学期末。というわけで、final paperの季節。とはいえ、今学期は受講しているコースがそもそも二つだけなので、普段の学期に比べればだいぶ楽、のはずなんだが…。
以下、Global Financial Securityのfinal paper下書き。金融政策に関係する何らかのトピックを選び、それに関する提言レポート(4枚程度)を作成して、授業中にプレゼンする、というのがこのコースの期末課題。まぁ、final paperと名乗るには、いささか軽すぎる課題です。目下、「マジ」paperで苦しんでらっしゃる皆さん、スイマセン(笑)
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1. Introduction
The Clean Energy Jobs and American Power Act (S.1733。通称Kerry-Boxer Bill)やそれと同様の法案で提案されているcap-and-trade条項の経済的効果については、未だ激しい論争が繰り広げられているが、その論争の中心的議題の一つに、carbon allowance価格の変動性(volatility) の問題がある。allowanceの市場取引価格が、2008年7月からの7~8か月間で75%近くも下落したEU-ETS (EU-Emission Trading Scheme) の経験(*1)は、cap-and-trade制度に基づくemission trading marketが、現に非常にvolatileになりやすい性質を有していることを示唆している。cap-and-tradeの持つadvantageを維持しつつ、高いvolatilityによるnegative impactを最小限に抑えるためには、どのような制度設計がなされるべきなのか。この問は、環境政策の遂行上、答えを出すことが非常に重要なものであるというだけでなく、金融政策にとってみても、これまでの豊富な知見の蓄積を活かすことのできる格好の機会であると言える。この点を踏まえ、本レポートでは、Clean Energy Actで提案されている市場安定化措置の有効性について、主に経済学的見地からの検証を行う。なお、本レポートでは、cap-and-tradeに関して指摘されることのある、その他の問題点(allocationの公平性・効率性、enforcementの制度など)については扱わない。
2. Volatility of Carbon Markets and Methods to Curb it
market based approachによる温室効果ガス(GHG)の排出削減政策は、世界中の環境政策担当者の間で、年々、その支持を高めつつある。中でも、近年、もっとも注目を集めているのがcap-and-tradeであり、その政策手法は、EUの気候変動政策のcenterpieceともなっている。伝統的なcommand-and-control型のアプローチとは対象的に、cap-and-tradeの下にある企業は、十分な量のallowances(いわゆる「排出権」)を保有している限りにおいて、どのような方法で、また、どの程度まで、GHGの排出を削減するかについてのflexibilityを有する。また、cap対象企業間でのallowancesのtradeを通し、安価なGHG排出削減手法が見出され、それにより、社会全体としての削減コストの削減が図られることも期待されている。(*2)
一方で、GHGについては世界初のsubstantialなcap-and-tradeである、EU-ETSの本格運用が続けられる中で、emission trading marketに本質的に内在する高いvolatilityが明らかになりつつある。
現在のemission trading marketにおいて、取引総額がもっとも大きい3つの商品――EUA ($ 91,910 million), pCER ($6,519 million), 及び sCER ($26,277 million) (取引総額はいずれも2008年の値)――はいずれも、2008年の後半から2009年の前半にかけて、大きく価格を落とした。中でもEUAは、2008年7月に€28.73を記録して以降、7-8か月の間に75%近くも値を下げ、2009年2月には€7.96にまで達した。(下図)(*1)
このような“Carbon Crunch”が発生した原因として、World Bankは、以下のような理由を挙げている。(*1)
- Europe and elsewhereにおけるeconomic slowdownの結果、製造業の生産量・活動量が落ち、セメント・鉄鋼などの高炭素排出型産業の企業がallowancesを購入する必要性を失った。
- 更に、厳しい信用状況に耐えかねた企業が、当座のcashを得るため、手持ちのallowancesのsell offに走った。
- 加えて、初めて本格的取引が行われたAAUが、その競合商品であるpCER及びsCERに対する需要の一部を奪った。
これらの現象は、今回限りのものでもEU圏内に特有のものでもないので、今後、cap-and-tradeの導入を検討している政府機関は、emission trading marketのvolatilityを緩和するための措置を併せて導入することを検討すべきである。
一方で、そういったvolatilityを緩和するための方法論に関する知見の整理も進みつつある。それによると、private sectorによる自発的なfinancial instrumentsの開発の他に、政府が措置することのできるvolatility緩和策としては、大きく分けて、① banking 及びborrowingの導入と ②政府当局による市場への介入の二つがある。(*2)
bankingとは、今期の排出権の余剰分を、将来に繰越すことであり、borrowingはその逆に、将来期間の排出権を前借りしてきて今期のcomplianceに充てることである。cap-and-tradeの適用を受ける企業に、これらの選択肢を与えると、allowanceの価格は長期的な排出削減コスト期待を反映するようになるため、marketにおける短期のdisruptionをoverrideするのに効果的である。規制当局から、排出削減目標の長期的見通しが示されている場合には、特に効果的であると言える。
市場介入とは、allowanceの市場価格があらかじめ設定されたレベルを超えた場合に、追加的なallowancesを市場に供給し、更なる価格の高騰を抑える仕組みである。介入を、あらかじめ設定された一定量の範囲内でのみ行うallowance reserveと呼ばれる制度と、量に制限を設けることなく市場から求められるだけのallowance供給を行うsafety valveと呼ばれる制度が提案されている。
safety valveには、allowance価格のceiling以上への高騰を完全に防ぐことができるという利点があるが、同時に以下の二つの深刻な問題を有する。 一つは、環境保護派からの評判が非常に芳しくないというpoliticalな問題であり、今一つは、①bankingが認められており、かつ、②ceilingの将来的な値上げが規制当局によってnotifyされている状況での発生が合理的に予想される、制度開始後早い段階でのbanking目的のallowance買込みに歯止めをかけることができないという問題である。allowance reserveは、safety valveのように、ceilingを厳格に維持することはできない(このため、allowance reserveの設定するceilingは“soft ceiling”とも呼ばれる)代わりに、これら二つの問題に対しては、safety valveよりもより柔軟に対応することが可能である。(*3)
3. Stabilizing Mechanisms of the Clean Energy Act
米国においても、cap-and-tradeをcenterpieceとする気候変動対策法を制定する動きが、連邦議会で進んでいる。Henry Waxman [D-CA30] とEdward Markey [D-MA7] によって提案されたThe American Clean Energy and Security Act of 2009 (H.R. 2454) が6月26日に下院を通過した後、上院では、9月30日に、John Kerry [D-MA] とBarbara Boxer [D-CA] によりThe Clean Energy Jobs and American Power Act (S.1733) が提案され、現在、その審議が行われている。
Kerry & BoxerのClean Energy Actにおける市場安定化措置に関係する規定の概要は以下のとおりである。(*4)
- 2012年から2050年までの各年におけるallowanceの総量を設定(Section 721)
- 以下の条件の範囲内でbanking及びborrowingを容認(Section 725)
- banking … 無制限に可
- 次年度分からのborrowing …無制限に可
- 2~5年後分からのborrowing … compliance obligationsの15%までに限り、使用可。ただし、その際には8%のpremiumの支払い義務あり。
- “market reserve stability”制度の創設(Section 726)。具体的には;
- Section 721によって設定されたallowance総量の一部を用いてmarket stability reserveを設ける。
- Administratorは、market stability reserve allowancesのauctionを四半期ごとに実施する。
- market stability reserve allowances auctionの最低入札価格は、$28 in 2012とし、その後、2013年から2017年までは5%(+ inflation rate)ずつ、2018年以降は7%(+ inflation rate)ずつ、毎年、上昇していく
- market stability reserve allowancesの量は、2012年から2016年までは、その年のallowance発行総量の15%まで、2017年以降は、同25%までとする。ただし、Administratorが必要と判断した場合には、発行数上限の調整可。 等
4. Evaluation of the Clean Energy Act
Clean Energy Actの市場安定化措置については、以下のように評することができる。
まず、bankingとborrowingの容認措置は、volatility緩和の観点から肯定的に評価できる。規制を受ける主体は完全に合理的であるという仮定――すなわち、将来分allowanceの前借りへの過度の依存は起こり得ない、とする仮定――に立てば、borrowingに制限を付す規定については、長期的なmarginal abatement cost expectationsを適正に反映するallowance価格の形成を妨げるものとして、negativeな評価を下さなければならないが、実際には、被規制主体は限定合理性の下で行動しており、このような仮定が成立する可能性は低いと考えるのが自然なので、このborrowing制限規定を容認することは十分可能である。また、Section 721において、2050年までの長期に亘る排出削減目標値が具体的に示されていることも、banking/borrowing容認制度と相まって、volatilityの緩和に貢献すると考えられる。
また、Section 726のmarket reserve stability制度は、allowance reserveの思想をほぼ忠実に具体化したものであり、現時点で考えられる範囲では、もっとも洗練されたvolatility緩和策に近いものであると評価できる。なお、marketのsoft ceilingとなるauctionの最低入札価格を如何なる水準に設定するかは、非常にchallengingな課題である。理論的に言えば、ceiling priceは排出削減のmarginal benefitから大きく外れない水準に設定されるべきであるが、そもそも、厳密なmarginal benefitの測定はほぼ不可能と言っても過言ではないので、stakeholdersにとって“not too high”な価格の設定を目指す方が現実的である。(*3)
Clean Energy Actの市場安定化措置に関して、一点、改善すべきと考えられるのは、市場価格の下限値(floor)を明確には設定していない点である。(market stability reserve allowances auctionではない)通常のallowanceのauctionに最低入札価格($10 in 2012;その後、毎年5% (+ inflation rate) ずつ増加 )を設けること(Section 778(b))や、market stability reserve allowances auctionの収益を市中creditsの吸収に充てること(Section 726(g))は規定されているが、一定のfloor価格を下回った場合に、Administratorが、積極的にallowances(又はcredits)の買取を行うべき旨を示した規定はない。また、Fundにauction収益が残っていない場合には、そもそも、Administratorによるcreditsの買取りは行えない規定となっている。このように、上方にのみ(softとは言え)価格の限界が設定されていて、下方には、同様の価格限界が設けられていない状況では、企業のallowance価格expectationsに下方方向の歪みが生じ、結果、環境・省エネ技術への投資が過少となって、社会全体として、当初目標通りの排出削減を達成できない事態に至る可能性がある。
このため、ceilingと同様にfloorも明確に設定し(allowance auctionの入札最低価格と同価格に設定するのが自然であろう)、allowanceの市場価格が、その水準を下回った場合には、一定の範囲内でallowance又はcreditsの買取りを実施する旨を明確に示した規定を設けるべきだと考える。
5. Conclusion
以上の考察から、本レポートでは、以下の三点を提言したい。
- 2012年から2050年に至る長期の目標設定(Section 721)、Banking及びBorrowingの容認(Section 725)、Market Stability Reserveの導入によるsoftな価格上限値(ceiling)の設定(Section 726)といったClean Energy Actの規定は、いずれも、carbon marketのadvantageを維持しながらvolatilityを抑制するのに資するものでありCongressは、これらの規定を維持すべきである。
- Soft ceilingの具体的な値(現行案では、$28/t-CO2e in 2012, rising 5% over inflation annually)は、政治的観点から設定されるべきである。
- private sectorによる低炭素技術への投資戦略に与える悪影響(ひいては、スキーム全体としての排出削減目標達成能力に与える悪影響)を抑えるためには、ceilingのみでなく、価格下限値(floor)も設けるべきである。
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*1 World Bank (2009)
"State and Trends of the carbon Market 2009"
*2 Palmer, Burtraw, and Wråke (2008)
"Managing Cost Variability in Emission Allowance Markets"
*3 Murray, Newell, and Pizer (2008)
"Balancing Cost and Emissions Certainly: An Allowance Reserve for Cap-and-Trade"
*4
"the Clean Energy Jobs and American Power Act [S.1733]"
my room, Washington DC, Dec 5, 27:15