Tuesday, April 28, 2009

A Question of Balance #3

長らく店晒しにしてきた"A Question of Balance"の感想文の最終回を書こうと思う。

1回目2回目で、「NordhausとSternのそれぞれのモデリングの結果には大きな違いがある」「その違いの最大の原因は、割引率の設定の仕方にある」「割引率の設定には価値観の要素が入らざるを得ず、したがってどのくらいに設定するのが正しいかを客観的に言い当てるのは困難」「ただし、少なくとも言えることとして、Sternの用いている割引率は、一般的に用いられている水準からはかけ離れている」といったことを書いた。
  
つまり、これまで2回は、Nordhaus-Stern論争 を軸に本書の内容を紹介してきたわけだが、実は、この本の中で、Nordhausが目の敵にしているものが、Stern Reviewのほかにもう一つある。京都議定書がそれだ。
   
webに掲載されていた本書の書評などを読んでいると、どちらかといえば、Nordhaus-Stern論争の方にフォーカスを置いて紹介しているものが多いように思うが、現実的な話からすれば、Nordhaus-Stern論争を深追いすることには、あまり利益がない。(喜ばしいことではないが、)現在の取組状況からすると、Nordhausの案でも十分にchallengingなので、Stern案は、super challengingとでも言うべきもの。"Challenging" vs "Super-Challenging" の議論を続けていっても、プラクティカルな意味では、あまり得るものがない。(割引率を巡る議論自体には、深める価値があると思うけれども。)
  
そういう意味では、むしろ、Nordhaus-京都議定書論争 の方が、実践的な意味で、深く考える価値があるのではないかと思う。

そもそも、Nordhausは京都議定書のどこが気に入らないのか――。時間がないので、若干端折らせていただくが、端的に言うと、彼の主張は、quantity-type approach(各主体に排出枠を定めることにより、排出を量的に制限する手法)よりも、price-type approach(排出量に応じて課金をすることにより、各主体の最適化行動を通して、排出削減を実現する手法)の方が、効果的・効率的だ、というもの。より具体的に言えば、京都議定書のような各国に排出削減目標を設定するやり方よりも、国際温暖化税の方が優れているというのが彼の主張だ。
  
彼の指摘する京都議定書の弱点(第Ⅷ章にて詳述)は、「将来の不確実性に対する対応幅がより限られている」「排出権価格の不安定さ(volatility)が大きい」などだが、基本的には、どれもほぼ的を射ているように思う。これらの指摘自体には、僕個人としては、ほとんど異論はないし、むしろ、よく研究する必要があるとすら思う。ただ、全体としての彼のスタンスには、大いに異論がある。彼が京都議定書の対抗案として掲げる、'harmonized carbon tax'は、意志決定プロセスをほとんど考慮に入れずに仮定された「理想形」の政策、言ってしまえば「絵に描いた餅」に過ぎないからだ。
   
彼は、この'harmonized carbon tax'"(an approach under which) countries would agree to penalize carbon emissions at an internationally harmonized ‘carbon price’ or ‘carbon-tax’"(国際的に調和のとられた「炭素価格」又は「炭素税率」で以て炭素の排出に課金することを各国政府が合意するアプローチ) と定義している(p.149)。実際の国際的な意思決定のプロセスを考えたとき、このようなアプローチがfeasibleだと言えるのか――。確かに、京都議定書のような(良くも悪くも)前代未聞の政策が産み出されてきた実績のある世界なので、何が起こっても不思議ではないと言ってしまえばそれまでだ。しかし、落ち着いて考えれば、国際法平面で主権国家に義務を課す(その代り、その義務の履行方法については問わない)京都議定書形式と、各国の国内法平面にまで手を突っ込んで、税率を指定してしまう'harmonized carbon tax'形式とでは、国際的な意思決定の難しさの次元が、一次元、違ってくるはずだ。そのような点には特に言及せず、単純に、国際政治の成果物である(したがって、不可避的に妥協の産物でもある)京都議定書と、一つの理想形である'harmonized carbon tax'との比較を通して、「quantity-type approachよりもprice-type approachの方が優れている」と結論付けてしまう論法には、いささか、公平さと丁寧さが欠けているように思う。

Nordhausからはやや離れるが、より大きな視点から言うと、一番の問題は、経済学ベースの理論的考察と、実際の意志決定過程とを繋ぐbridgeが欠如しているということにある。純粋に経済学的な見地から見て、どのような制度が効率的・効果的かといった議論は、それ自体、絶対に必要なものだが、その考察を、現場で「使える」政策提言にまで持っていくためには、経済学だけでなく、政治学・国際法学の知見も取り込んで、どのような制度設計ならば国際的な合意が可能かといった観点からの分析を加える必要がある。その意味では、(僕のような素人の言う話ではないが)本書の結論は、まだまだ、現場で「使える」域には達していない。その点を経済学者であるNorhausに求めるのは酷かもしれないけれど。
   
一方で、もっと深刻だと思うのは、意志決定に携わる側の人間の理解不足。経済学の結論は、たとえそのままでは「使えない」にしても、ひとつの理想形として、(なぜそれが理想と言えるのかという理屈も含めて)きちんと理解しておく必要がある。実際の意思決定の現場では、そんなことを言っていられない修羅場に出くわすことも多いのだろうが、逆に言えば、だからこそ、どちらに向かう方が(少しでも)より理想に近いのかを、時間をかけずに直感的に判断できるよう、普段からしっかりとした理解を腹に落とし込んでおく必要があるんじゃないかと思う。

もちろん、大いに自戒を込めつつ、ということである。
My home, Syracuse, Apr 28, 25:22

5 comments:

r_shi2006 said...

おお、読みましたか。こちらも読み終わって職場に置いていますが、大体同じ感想を持っています。

この本は、温暖化対策のコスト予測とかモデル分析は納得できるところ多々あって、面白い学術書だと思います。

ただ、不確実性の経済理論を突き詰めたときの理想形と、政治・経済を含めた上での現実的な形が一致させられないときに、どうすべきかを書いて欲しいわけですけど、そこの分析は不十分ですよね。

「それは、経済理論の専門家の仕事ではない」と割り切って読むべきものだと思いました。

髙林 祐也 said...

初コメント、ありがとうございます。おっしゃる通りですよね。

えらそうなことをいろいろ書きましたが、彼の文章は非常によく整理されていて、経済学の書としてはさすがだなと、うならされるものがありました。

それだけに、残された仕事(interdisciplinaryな温暖化政策論の構築)の大きさを思うと、気が遠くなるものがありますが…(苦笑)

久々に私~ said...

>実際の意思決定の現場では、そんなことを言っていられない修羅場に出くわすことも多いのだろうが、逆に言えば、だからこそ、どちらに向かう方が(少しでも)より理想に近いのかを、時間をかけずに直感的に判断できるよう、普段からしっかりとした理解を腹に落とし込んでおく必要があるんじゃないかと思う。

ようこそMaxwellな世界へ(笑)。Maxwellの教え方って、「理論の名前とか覚えるよりも、それを実際に生かすときにどういう短所・長所があるのか、それを理解した上で、自分が実施政策を練るならどうするか?」を徹底して叩き込まれる気がします。

でもね、経済学理論では「正しい」かどうかというのは判断できなくて、「らしい」可能性を示すだけな気がする。人間の判断がやっぱり最後に絡むからこそ、人生楽しいのかも。というわけで、環境オタクな感じで頑張って判断してってください。

ちなみに、下にあるマクロ論争のお話ですが、マクロ経済学ってあんなに頭いい人いっぱい集めてるのに、マクロ経済学の核である「経済成長」の理論ですら一致できない、って、いや~、人間ってまだまだよね~とか思わない?で、あんなに頭いい人が議論してるわけだから、まあ多少失敗してもしょうがないかな~とか(そりゃ絶対おかしいよ、とか批判できる隙がない)。個人的には、そういうマクロの回答のなさが苦手です。そのわりにミクロみたいな遊びがないしさ~・・・。

くりた said...

ノードハウスさんの提案する炭素税、
どうやって税率決めるんだろうね・・?

髙林 祐也 said...

「私」さん>
今年に入ってから、マクロの方が好きになってきた気がします。(今学期、ミクロの授業を一つもとらなかったから、という話もありますが。笑)ミクロもちゃんと勉強しないとですね。

くりた殿>
conceptuallyには、"the carbon tax is a dynamically efficient Pigovian tax that balances the marginal social costs and marginal social benefits of additional emissions"だそうです。その後のパラを読んでいくと、具体的な税率については、最適化モデルを回して得るってイメージみたいですけどね。(本書p.148-151あたり)blog本文でも書いたとおり、税率に関して、どうやって国際合意に達するか、という点についてはほとんど書かれていません。p.160/161で、ちょこっと、taxを実現するに当たっての課題が書かれてますけどねー。