面白かったのは、彼女が、「それぞれの主体にはそれぞれの立場があって当然なので、ここに書かれている内容自体が突飛だとはまったく思わないが、それを書いたのが、think tankの人だというのには驚いた。彼は、この論文を書いた後、干されてしまったりはしないのか?」と、皮肉や嫌味ではなく、マジメに僕に尋ねてきたこと。僕、答えて曰く、「日本で言うところの『シンクタンク』は、(建前上、中立を旨としなければならない)アメリカのthink tankとは、だいぶ様相を異にしています。こちらの論文を書かれた方の『シンクタンク』も、アメリカのスタンダードで言えば、限りなく“advocacy”団体に近いのではないかと。日本では、そのことはみんな重々承知の上なので、この方が、今回、こういった論文を書かれたからと言って、そのことで、仕事を干されるなんてことはあり得ないと思います」と。
彼女の思考回路を遡ると、アメリカのthink tank業界の一つの特徴が見えてくる。つまり、あまりに偏った意見や、特定の団体の意志を反映しているかのような意見を述べる人(もちろん、どういう論拠で以てそれを述べているかにも依ると思うが)には仕事を回さないという、「スクリーニング機能」が業界自体にbuilt-inされているということなのだろう。そういう慣習があってこそ、業界全体としてのcredibilityを維持できている、ということなのかも知れない。
my room, Washington, DC, Sep 28, 24:37
2 comments:
同じようなシチュエーションに直面しました(苦笑)
日本では「公共政策」教育や「政策研究」の分野が確立されていないのか、シンクタンクが既存の学問領域と対応するように、アドボカシー団体もどきと、事業管理/SEの行政事務系、公共事業等の工学系、景気予測等のマクロ系に分かれちゃっていてますよね。
本来的な「政策」が官庁系シンクタンク(と下請け)と学者くらいしかないので、そもそも飯の種にならないからというのもあるのかもしれませんが。
コメントありがとうございます。
独立した立場から、きちんとした政策提言を行うシンクタンクが存在し得るかどうかは、結局のところ、そういった活動を支えるだけのカネが集まる構造になっているかどうか、という点に尽きるのかも知れませんね。税制度の違い、「寄付の文化」の有無、超大金持ちの多寡etc.といった、文化的・社会的背景も影響しているのかなぁと思ったりします。
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