UC Santa BarbaraのCharles Kolstadという、IPCCのlead authorを務められた先生と、そのお弟子さん(?)が、「(アメリカの)気候変動法案が通ったら、結局、誰が負担することになんだっけ?」という議論をwebに載せている。彼らの結論を先に書くと「法案に対する反対は、本当は、分配の問題への懸念から発しているんじゃなくて、イデオロギーの問題に過ぎない」(Strong opposition to the legislation will probably be based more on ideological grounds than distributional concerns.)というもの。
彼らの整理によると、法案に対する反対論のコアには以下の3つの理由がある、と。
アメリカの国内産業が国際競争力を失う。
逆進的な効果を持つ
発電に占める石炭火力の割合の高い州の住民が大きな負担を強いられる。
これに対する彼らの反論をかいつまんで言うと、一つ目については、「実質的なインパクトを被る業種は限られている(トン当たりの炭素価格を$ 15とした場合に、コストが5%以上増えるのは、分析対象の500業種中、5業種のみ)」、二つ目については、「裸でcap-and-tradeを導入すれば、逆進的になりうるが、下院案に既に盛り込まれている(低所得者向けの)負担相殺措置を盛り込めば、逆進性がオフセットされることが、CBOの分析で明らかになっている」というもの。3つ目については、特段の言及なし。(強いて言えば以下の一文のみ。“Virtually all of the regressivity has been neutralised, though regional differences may still persist, an issue addressed by Hassett, Mathur, and Metcalf (2009).”)
予約制だというので、onlineで予約してから行ったのに、行ってみたら、何のことはない、“first come, first served”制。受付みたいなところがあるのかと思っていたら(普通、思いますよね。予約してるわけだし・・・)、街中に突如、一枚目の写真のゲートが現われて、わけもわからず行列に加わらせられるという仕組み。
一方、「量」の面で、どこまでの財政支出が正当化できるかという議論はなかなかクリアに言葉にするのが難しい(と僕は思う)のだが、Bruce Bartlettという、先のBush政権で財務省のエコノミストを務めたおじさんが、8/14付のForbes.comの記事(“Keynes Was Really A Conservative”)で、それなりに分かりやすくまとめてくれている。曰く、
In Keynes' view, it was sufficient for government intervention to be limited to the macroeconomy--that is, to use monetary and fiscal policy to maintain total spending (effective demand), which would both sustain growth and eliminate political pressure for radical actions to reduce unemployment.
One of Keynes' students, Arthur Plumptre, explained Keynes' philosophy this way. In his view, Hayek's "road to serfdom" could as easily come from a lack of overnment as from too much. If high unemployment was allowed to continue for too long, Keynes thought the inevitable result would be socialism--total government control--and the destruction of political freedom. This highly undesirable result had to be resisted and could only be held at bay if rigid adherence to laissez-faire gave way, but not too much. As Plumptre put it, Keynes "tried to devise the minimum government controls that would allow free enterprise to work."
この公園、ただの公園ではない。というのも、1980年まで実際に運行されていた高架鉄道の線路跡をほぼそのまま利用しているのだ。official siteによると、鉄道路線としての“the High Lline”は1934年に開通。陸上交通への影響を回避しながら食肉加工工場とその倉庫を結ぶ働きを果たしていたが、自動車流通の興隆に押され、1980年に廃線。その後、高架橋下の土地所有者らが線路の取り壊しを進めようとしたが、'80年代半ばには、「チェルシーの住民であり、活動家であり、一介の鉄道オタクであるPeter Obletz氏が取り壊し運動に対して訴訟を起こし、鉄道運行の再開を求めた」(“Peter Obletz, a Chelsea resident, activist, and railroad enthusiast, challenges demolition efforts in court and tries to re-establish rail service on the Line.”)らしい。そうこうしている間に、1999年には、High Lineの保存と、公共スペースとしての再利用を求めるNPO団体、Friends of the High Lineが結成され、市当局の協力を取り付けることに成功。デザイン案のコンペ、リノベーション工事を経て、今年6月、晴れて第一区画がオープンした、というわけだ。
(HIGH LINE、一期工事、二期工事区画のデザイン)
こういう話を知ると、やっぱり、結局は「人」だなぁと思う。それも、(さっきのエントリーではないが、)損得勘定を抜きにして、「ただ面白いから」とか、「ただ好きだから」というモチベーションで動ける人がどれだけいるかが勝負だと思う。訴訟を起こした鉄道オタクのおっさんやら、Friends of the High Lineやらがいなければ、今頃、この土地は、何の変哲もない、単なる街区の一部になっていたことだろう。しかし、そうはならず、HIGH LINEが残ってハイセンスな公園に生まれ変わったおかげで、この界隈の街としての魅力は、確実に上がってくるはずだ。それはきっと、周辺地域の地価にも反映されていくことだろう。
『コミュニティ・オブ・プラクティス ―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践―』という本の邦訳版を読んでみた。 三人のアメリカ人コンサルタントの共著で、日本語版の初版は2002年に出ている。本著が扱っているのは、タイトルどおり、“community of practice(=実践コミュニティ)”。若干、冗長ではあるが、「うんうん」と唸らされるポイントがいくつもあり、傍らに置いておいて、ときどき読み返しみたいと思える一冊だった。
ワシントンという街は、一辺10マイル(=16km)の正方形を、きれいに45度傾けた形をしているが(ただし、南西側は欠落)、Georgetownは、その北西部に位置し、南側は、ポトマック川に面している。大西洋からチェサピーク湾を航行してきた外洋船舶がポトマック川を遡上できる最も奥まった地点という地の利を活かし、内陸と外洋を結ぶ中継港として、18世紀前半から栄えていたとのこと。1801年にDistrict of Columbia(DC)が成立する何十年も前の話である。DC成立後も、1871年に現在の形のWashington市が形成されるまで、Georgetown市としての市制を保ち(1871年までは、DCの中に、3つの市と2つの郡が置かれていた)、商業港としての独自の発展を遂げてきた歴史を持つ。(出典:Wikipedia ワシントンDC、ジョージタウン)
DMV(Department of Motor Vehicles)というところは、「非効率なお役所組織」の代名詞として、アメリカ人の間では有名である。連邦ではなく、州政府(ワシントンでは、DC)の組織なのだが、その非効率ぶりは、全米共通のようで、今日、GeorgetownにあるDCのDMVに行ってみたら、SyracuseのDMVと同様の、淀んだ空気が充満していた。なんというか、アメリカのダメな部分を濃縮して一部屋に押し込めたような組織だと思う。
気を取り直して、Maxwellの分校、Greenberg Houseへ。5月にAfrican Development Seminarを受講した際に一週間通った建物。秋も、ここで週に一コマか二コマ、授業を受けることになる。ここには、SUのdirectorが一人、常駐することになっているのだが、そのポストに異動があり、6月までIR officeに勤められていたRyanさんが7月から着任されている。今日は、そのRyanさんへの挨拶に。
昨日は朝、秋からのインターン先に挨拶に行った後、Social Security Officeで「この人には、SS Numberを取得する資格がありません」というletter(←自動車免許の手続きに必要)をもらい、夜、日本人お二人とご飯を食べる。今日は午前中、免許の試験勉強をした後、午後は、秋に通うことになるSUのWashington分校への挨拶と、DMV(Department of Motor Vehicles)への免許取得手続きに行く予定。