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Thursday, November 5, 2009

World Energy Engineering Congress

朝、出勤してみると、案の定、例の係長氏からメールが入っている。「念のため、今日来る予定だった人たちに電話いれといて」との由。おいおい、相手が(延期メールを見逃して)本当に来るつもりしてたら、一時間前に電話したって無意味でしょうが…と内心、ブツクサ言いながら、数人に電話をいれる。幸か不幸か皆さん留守電。で、ふたを開けてみたら、結局、誰も現れず。朝10時からの会議の延期を、前日の夕方6時のメールで知らせただけで、全員にちゃんと伝わるとは、アメリカのiPhone / Blackberry文化、恐るべし…。念のため付言しておくが、「6時前だったら、普通にみんなオフィスにいてたんじゃないの?」という見立ては、たぶん正しくない、と思う。この国においては。

    
というわけで、briefingにまつわるドタバタからも解放された今日の午後は、Washington市内(というかうちのofficeから徒歩10分)で開催中のWorld Energy Engineering Congress (WEEC)にお邪魔してきた。「Congress」との名称ではあるが、実際には、日本で言うところの「○○博」とか「××見本市」に近い感じ(というか、そのもの)。Washington Convention Centerという東京国際フォーラムみたいなでっかい会場で、国内外各社によるブース展示と、Conference(テーマごとに行われるセミナー)とが3日間、行われている。今日はその2日目。上司(例の係長氏ではない)から「話を聞いてきて私に報告するように」との寛大なミッションを頂き、半日、Conferenceに参加させていただいた。
 
九つの会議室で同時並行的にセミナーが行われており、一つのプレゼンの尺は30分ずつ。というわけで、予定表を見ながら、面白そうなのをいくつか回ってみたのだが、結論から言うと、どれもあんまり面白くない。だいたいの場合、エネルギー系のコンサルタントか、そうでなければ事業会社の環境・エネルギー担当の人が、彼らのbest practiceについて喋ってくれるのだが、わりに言っていることが基本的だったり、あまり深くまで踏み込んだ話をしてくれなかったりで、少なくとも僕的には退屈な話が多かった。「僕が、実際にビジネスをやったことがないからかも」とも思ってみたのだが、僕なんかよりはるかに詳しく技術のことを知っていらっしゃる、その道のプロみたいな人たちが聞けば、ますますつまんないんじゃないかとも思われ…。
    
にもかかわらず、皆さん、安くもない参加料を払い、もしかしたら遠路はるばる駆けつけたりもして、このConferenceに参加しているのは何故なのだろうか?結局のところ、この手の見本市は「人脈作りの場」ということであって、展示やセミナーは、壮大なる「前座」(良く言って「きっかけづくり」)に過ぎない、ということなのだろうか。日本にいたときからそうなのだが、この手の「見本市」(東京モーターショーとか、全米家電ショーみたいな、やたら注目度の高いものを除く)の本当の機能がどういうところにあるのか、よくわからない。うーむ…謎。
my room, Washington DC, Nov 5, 21:54

postponement

恐縮ながら昨日に引き続き、インターン先のどたばた話。木曜日のブリーフィングまで残り22時間を切った今日のお昼過ぎ、参加予定者の一人から、「ごめんなさい。やっぱ行けません。電話で参加させてください」とのメールが入る。その話を例の係長氏に伝えたところ、

「参加者が少なすぎる。来週に延期しよう。12日で可能かどうか課内の人に聞いてみて」

とのメールがぴょろっと届く。えーっと、もうとっくに24時間切ってるんですけど!!

これが日本だったら、「係長、いやいやそれは。。」と食い下がるところだろうが、ここでは、所詮インターンの身。このタイミングでの開催延期は、参加を表明してくれている人にさすがに失礼だろうとは思いつつ、とりあえず、係長氏の指示に従うことにする。

「ぴょろっとメール」で指示された通り、課内関係者の日程と、会議室の空き状況を確認して回る。とりあえず、うちの課的には12日でもOKそうということを確認して、いざ報告に入ろうとすると、今度は、係長氏本人が個室にこもって電話会議中。。。うーん、少しは焦ってくれ。

僕自身の2時からの会議の予定(まぁ、所詮聴いてるだけですけど)を袖にしつつ、招待者宛てのリスケメールのドラフトも作って待っていたのだが、待てど暮らせど、肝心の係長氏の電話会議が終わらず、GOサインを貰えない。さすがに、会議を全部すっぽかすわけにもいかず、もう待てないというわけで、係長氏の個室に飛び込み、「あんたのところにリスケメールのドラフト送っといたから、あとの送信はよろしく」と言い置いて(もちろん、了承ももらって)会議に向かう。

で、5時前。会議から戻ってみると、僕のところには、係長氏からのリスケメールは届いていない。まぁ、cc.入れずに送ったってことも考えられるわな…と淡い期待を抱きつつ、彼の個室を覗いてみると、「あぁ、いまちょうど送ろうと思ってたところだったんだ」との由。おーーーい、大丈夫か??

アメリカのビジネス慣行って、こんなもんなんでしょうか。いやいや、さすがに緩すぎる気がするぞ…。明日の10時に、ステイクホルダーさんがひょっこり現れないことを祈るのみ。。。
my room, Washington DC, Nov 4, 24:05

Wednesday, November 4, 2009

telephone calls

今週の木曜日、インターン先の上司(branchのヘッドではなく、その下の係長くらいの人)が、とある案件のステイクホルダーを集めたブリーフィングを行う。その日まであと二日となった今日、その上司から、案内メールを出したきり参加/不参加の返事が返ってきていない人達に、電話で参加の是非を確認するように、との仕事を仰せつかる。 

……。

確かに、銀行だとか、自動車保険だとか、相手にどう思われようが関係なく、とにかくこちらの要望を通せばいい(通すしかない)類の電話であれば、何とかこなせるようになってきた今日この頃ではある。しかし、B2Bの電話となると話は別。全然、別!! しかもこちらは、ギョーカイでは、それなりに名の通った組織。そこの肩書きを名乗る輩が、変チクリンな英語で電話をよこしてきたとなると、受話器の向こう側の人間が訝しがるのも、至極当然の成り行きと言え。。。

まぁ、開き直ってやるしかないと自分に言い聞かせ、立て続けに数件、電話してみたのだが、最後にかけたおばちゃんからは、「なぜこの案件で私のところに案内状が来たのか、私に何が期待されているのか、さっぱりわからない。それがわからないもんだから、悪いけど、あんまり中身も確認せずに放置してあったわ。」と言い捨てられる始末。リストを渡されて、ただただ電話している僕にも、そんなことは、もちろんわからないわけで、「上司に確認してみます」の一言を絞り出すのが精いっぱい…。

英語ができないことも去ることながら、この年になって、絵に描いたようにキレイな「ガキの使い」状態に陥ってしまった自分に凹み中。とっさの一言が出ないというのは、やはり苦しい。。
my room, Washington DC, Nov 3, 24:01

Friday, October 30, 2009

Retreat

今日は、“retreat”といって、室員全員で外の会議室に一日中籠り切り、今後半年間の方針についてブレインストーミングするというイベントがありました。室のretreatのほかに、課のretreatや、局のretreatというのもあるそうです。局のretreatは、毎年一度、泊まりがけで行われているんだとか。もっとも、比較的最近転職してきた室員の一人が、「こんな行事、初めてだよ」と言っていたので、アメリカのオフィスならどこでもやっているというわけではなさそうです。
  
最近どうも心身ともにお疲れ気味らしく、今日は、一日中、英語がまるで頭に入ってこなくて大変凹みました。そもそも、ネイティブ同士のブレインストーミングについて行けるだけの英語力を持ち合わせていないと言ってしまえばそれまでなのですが。話す速さも去ることながら、使う言葉のバリエーションが多くて(難しい単語を多用するというより、こなれた慣用句を使いまくる感じ)、なかなかついていけません…。

というわけで、疲れを取るべく、今日は早めに寝ようかと。こんなしょうもない日記書いてるくらいだったらとっとと寝ろという話ですが(笑)

ちなみに、Capitol界隈では、下院の倫理委員会に、今年7月に提出された秘密文書とやらが漏出して、ヤバいことになっているみたいです。議会職員が自宅で仕事をしていたところ、file-sharing ソフトを介して漏出しちゃったんだとか(Post)。恐ろしいことですね。このあと、いったいどういう展開になっていくのでしょうか…。
my room, Washington DC, Oct 29, 24:29

Thursday, October 15, 2009

Late USA goal breaks hearts

インターン先のサッカーフリークの皆さんと、W杯予選を観に行ってきました。北中米予選最終戦。アメリカは、先週末のaway gameでHondurasに勝って、既に南ア行きを決めています。対するCosta Ricaは、この試合に勝てば、自動的に3位以内=W杯本戦進出を確保。引き分けか負けだと、暫定4位のHondurasの結果次第となり、Hondurasに上に行かれた場合は、南米予選5位のUruguayとのplay offへ。というわけで、アメリカにとっては単なる消化試合、Costa Ricaにとってはめちゃめちゃ重要と、両チームにとって好対照な意味を持つ一戦でした。


(RFKスタジアム。もともと野球場なので,ピッチと観客席の配置が札幌ドーム的。)

そんなわけで、モチベーションに勝るCosta Ricaが普通に勝つんじゃないかと思っていたら、案の定、我が(??)USAは、前半だけであっさりと2点を献上。「カウンター命」のアメリカは、その後、Costa Ricaにびっちり守りを固められ(Costa Rica陣内で常に10人がプレイしている状態)、ほとんど決定機を作れないまま、後半も残り15分あたりまで粛々と進んでいきます。

なんとなくスタジアムがざわついてきたのはその頃。Costa Ricaのあからさまな時間稼ぎに、それでなくとも鬱憤溜まりまくりだったUSAサポーターがヒートアップ。ブーイングの声が高まるにつれ、ピッチ上でもラフなプレイが目立ち始め、なんとなく、不穏な空気がスタジアムを包み始めます。これが国際試合の雰囲気か…と他人事のように感心する僕(まぁ、実際、他人事ですから)。

そんな中、後半27分に、アメリカが一つ目のゴールをget。しかし、その数分後には、アメリカ代表DFの一人が負傷退場。交代枠を使い切っていたアメリカは以降、10人での戦いを強いられます。

そんなわけで、一点を返されたとはいえ、その後も普通に淡々とやっていれば、Costa Ricaは、逃げ切れたんじゃないかと思うのですが、彼らが執拗な遅延行為(よくわからんタイミングで倒れる→Costa Ricaの救急隊出動→ピエロ並みの滑稽さでピッチ上に道具箱をひっくり返すetc.)を繰り返しているうち、だんだんアメリカに火が点いてきちゃったんですね。関係ないはずの僕まで、いつの間にか、アメリカ人と一緒になって熱くなっていました…(笑)

で、ロスタイムを5分もとられ(この件でも、Costa Ricaベンチと第四の審判は何やら揉めていましたが…)、本当に最後の最後、あと、1プレイか2プレイというところで、アメリカがコーナーキックを獲得。そのこぼれ球を頭で押し込まれ、同点。直後に試合終了。Costa Rica、万事休す。アメリカ人、勝ったかのような大騒ぎ。打ち上げ花火も発射!!

まぁ僕的にも、「今日はアメリカを応援するぞ」と思ってきていたので、(さらに、度重なるCosta Ricaの時間稼ぎに結構いらいら来ていたこともあり…)勝利の瞬間はめちゃくちゃ嬉しかったわけですが、次の瞬間、目の前で起こった光景が、あまりにも、93年のあの光景とかぶってしまい、いささか、複雑な気持ちに…。実際、ピッチに崩れ落ちている選手や、涙目になっているCosta Ricaサポーターも結構いました。。

変な時間稼ぎとかせず、フェアに粛々とやっていれば、アメリカもそこまで本気にならなないまま、2-0か2-1で終わってたんじゃないかという気がしてしまうのですが、そうとはわかっていても、こうならざるを得ないのが、大一番の国際試合というものなのかも知れません。そんなに期待していなかっただけに、思いもよらず、めちゃくちゃ熱い試合を観させてもらえて、大満足の一夜でした。

帰り道、上司(女の人。結構いい年。サッカー経験者)、狂喜乱舞の止むところを知らず。行動が完全に高校生レベル。どっかから拾ってきた細長い風船(両手に持ってパコパコ鳴らすやつ)で、電柱やガードレールをぱしぱしたたきながら、僕にはとても聞き取れない早さの英語で、超ご機嫌に(まぁ、普段からハイテンションなんですが…)何やらまくしたててらっしゃいました(笑)
my room, Washington DC, Oct 14, 27:18

【追伸】 結局、Hondurasが昨日の試合に勝ち、Costa Ricaは、11/14に行われるUruguayとのplay offに回ることに…。

Wednesday, October 7, 2009

Autumn in DC

僕のいるDivision(日本でいうと「部」くらいか。いまだに全体像がよく見えないのだが、おそらく、総勢百人くらいの組織ではないかと思われる)のDirectorさんが、今週いっぱいで転出される(というか、別の組織から引き抜かれた)ということで、今日は、臨時のDivision全体会議が催された。去り行くDirectorさんから、「訓示」的なものでも聞けるのかと思って行ってみたら、確かに、Directorさんのお話を聞けたことには間違いなかったのだが、その「お話」の仕方が、僕のイメージしていたものとはずいぶんと違っていた。

その様子を日本語で表すならば、「訓示」というより、一個の「講演会」と言った方がおそらく正しい。Directorさんは、今日の会議のために、パワーポイントのプレゼンテーションまで用意してきておられ、その資料に沿いながら、30分にわたって、我がDivisionの今後進むべき方向性をとうとうとお話になられた。終了後には、質疑応答セッションが続く。さながら、「講演会」である。どっちが良いとか悪いとかいう話でもなく、単純に、日米のスタイルの違いに驚かされた。

勤務後は、Woodrow Wilson Centerで行われた“China and Climate Security”なるワークショップに参加する。面白い話が聞けるんじゃないかと、結構期待して行ったのだが、“Climate Security”という概念の周縁が定まらず、話が進むにつれて、“Climate”を離れて、単なる“Security”のお話(というか、中国脅威論みたいなお話)にハマってしまい、期待していたほど面白いものではなかった。最初に話をされた北京居住歴15年というフィンランド人のおばちゃんの話は、それなりに面白かったのだが、そのあとに出てきた“China Specialist”とかいう肩書のネオコン親爺が頂けなかった。聴衆の中には中国人風の方も何人かいらっしゃったが、あまり良い思いをせずに帰られたのではないだろうか…。

ワークショップ終了後、ワークショップに来るはずだったのに、道に迷って会場にたどり着けなかったというY.Y氏とディナーを共にする。屋外の席で食べたのだが、食後、しばらくすると、ずいぶんと肌寒くなってきた。DCもすっかり秋めいてきたなぁと実感する。まぁもう10月の声を聞いて一週間になるので、当たり前と言えば当たり前かも知れないが。

帰宅後、インターネットでCNNを見ると、普段、「Tokyo」でさえも、ごくごくさらっとしか触れてくれない天気予報のお姉さんが、今日に限っては、「Tokyo」だけでなく、「Osaka」や「Fukuoka」の名前も口にしていた。もちろん、台風のせいである。先週、フィリピンでも台風による相当の被害が出たようであるが、天気図で見ると、その、フィリピンで大きな被害を出した台風よりも、いま日本に向かっているそれの方が、かなり大きいように見える。やや心配である。。
my room, Washington, DC, Oct 7, 25:16

Tuesday, September 29, 2009

“Think tank” v. “Advocacy”

今日は、週に一度の上司との面談の日。タスクの進捗状況を確認した後の雑談で、とある“a Japanese Think Tank”の“Executive Senior Fellow”の方が書かれた、とある論文が話題になった(ちなみに、この論文は、Climate-L.orgという、その道では結構メジャーなmailing listに投稿されていたので、アメリカ人の彼女も知っていたというワケ)。

面白かったのは、彼女が、「それぞれの主体にはそれぞれの立場があって当然なので、ここに書かれている内容自体が突飛だとはまったく思わないが、それを書いたのが、think tankの人だというのには驚いた。彼は、この論文を書いた後、干されてしまったりはしないのか?」と、皮肉や嫌味ではなく、マジメに僕に尋ねてきたこと。僕、答えて曰く、「日本で言うところの『シンクタンク』は、(建前上、中立を旨としなければならない)アメリカのthink tankとは、だいぶ様相を異にしています。こちらの論文を書かれた方の『シンクタンク』も、アメリカのスタンダードで言えば、限りなく“advocacy”団体に近いのではないかと。日本では、そのことはみんな重々承知の上なので、この方が、今回、こういった論文を書かれたからと言って、そのことで、仕事を干されるなんてことはあり得ないと思います」と。

彼女の思考回路を遡ると、アメリカのthink tank業界の一つの特徴が見えてくる。つまり、あまりに偏った意見や、特定の団体の意志を反映しているかのような意見を述べる人(もちろん、どういう論拠で以てそれを述べているかにも依ると思うが)には仕事を回さないという、「スクリーニング機能」が業界自体にbuilt-inされているということなのだろう。そういう慣習があってこそ、業界全体としてのcredibilityを維持できている、ということなのかも知れない。
my room, Washington, DC, Sep 28, 24:37

Friday, September 11, 2009

Fall has come.

最近、突如、秋めいてきたワシントン。街ゆく人の中には薄手のコートを羽織って歩く人もちらほら。こちとら、北の果てから来ておりますので、寒の備えは十分過ぎるほど十分であります…と高をくくっていたのだが、ワードローブを見渡して見て、はたと考える。あれ、都会で着れそうなまともな冬服、一着もなくね??
   
秋インターン、一週目終了。今のところ、比較的落ち着いている。否、「絶対的に」と言うべきか。
   
お世話になっている組織のカルチャーというよりは、この国自体のカルチャーによるところが大きいんじゃないかと思うのだが、とにかく自由放任主義。まぁ夏のインターンでも、それなりに放置プレイは食らっていたが、あちらでは、なんというか、他の人の手が回らなくて結果的に放置されていた傾向が強かったのに対して、こちらでは、単に僕が放置されているということではなく、そもそも、組織全体がそういうやり方で回っている、といった印象。もちろん、日本のような大部屋ではなく、「キュービクル」と呼ばれる、二畳ほどの半個室に各人が納まるスタイル。周りから干渉されることのない至ってパーソナルな空間で、住み心地はきわめて快適なのだが、ちょっと静かすぎてたまに寂しい気もする。それぞれ、一長一短あるのだろうが、ともあれ、このあたりの事情は、日米で真逆といっていいほど違う。
 
こういう環境で新人クン・新人サンたちは、どんな風に教育されるんだろうか…なんて考えてみたりもするのだが、おそらく、「新人」が習得することを期待されているスキルからして、日本とアメリカでは全然違うんだろうし、また、終身雇用を前提としないこの国では、「新人教育」なる発想自体があまり強くないのかも知れない。どっちがいいかと言われれば…この点については僕は正直、ビミョーです。日本の社会人一年生が経験する、「雑巾がけ」的御奉公も、自分に関して言えば、あれはあれで、非常に意味があったと、本気でそう思うので。若いうちの苦労は買ってでもするべき!! とまでは言いませんが…。(あ、やっぱり、言いたい。)
  
「最初は無理のないように」との、ご好意からであることは疑うべくもないのだが、正直、ちょっと暇を持て余しているところもあるので、来週以降、ここでの泳ぎ方をいろいろ探ってみようと思う。せっかくなので、自分の所属する部署だけでなく、いろんなところも覗いてみたい。
my room, Washington, D.C., Sep 11, 20:24

Tuesday, September 8, 2009

the real reason I couldn't fit in

秋インターンと秋の授業が同時に始まった。長かった夏休みも明け、留学二年目のシーズンが本格的に始まった感じ。
  
インターンの方は、今日のところは、PCのセッティングや、入館章の申請手続きなど、house-keeping的なお仕事が中心。今後4ヶ月のインターン期間中、具体的に何を担当させてもらうかは、明日以降、ボスさんと相談することに。周りはアメリカ人ばかりなので、当たり前だが、皆さん英語がめちゃくちゃキレイ。夏のインターン先とは比べ物にならない。ここで4ヶ月間暮らしたら、僕の英語もさぞかし上達するだろうなと、勝手な期待を抱きつつ、インターン初日を終えた(←でも何気にマジで期待している)。
   
インターン先を少し早目に抜けさせてもらい、大学のオリエンテーション会場に直行する。約4か月ぶりに会うInternational Relationsコースの同級生たちと話してみてわかったことは、僕が彼らの輪の中にイマイチ溶け込めなかった原因は、英語の問題も去ることながら、連中との年の開きが一番の要因だったということ。圧倒的な英語力不足から来る自己不信のあまり、ついつい連中のペースに取り込まれがちだった当時は、あれもこれもが混然一体となって自分の力不足のせいに思われ、事あるごとに自分を責めていたものだが(と文字で書くほど本格的に凹んでいたわけでもないが)、曲がりなりにも一応は聞いたり喋ったりできるようになった今、改めて連中と対峙してみると、「若すぎて、よぅついていけまへん(というか、ついてかんでいいし)」というのが素直な感想。我ながら、気づくのが遅すぎた気がしないでもないが、自信のなさは、それだけ、心の眼鏡を曇らせるということなのかも知れない(とまとめておく)。
  
その点、MPAとIRのdual degreeの面々は、皆、それなりに落ち着いていて、特に頑張ってテンションを上げなくても普通に会話が続くのでありがたい。まぁ、今更ムリやり頑張って、友達増やそうなんてタイミングでもないので、秋学期は、dualの仲間とまったりやりながら過ごしていくのも悪いくはないかという気がしている。
my room, Washington, D.C., Sep 8, 22:18

Tuesday, August 4, 2009

Atlantic breeze

歓送会は、大西洋を望む海辺のホテルのレストランにて。二か月間の宿を提供してくれた、部屋の主でもあるCさんが、インターン先のinternational staffに声をかけて催してくれた。浜からの風の吹き抜ける半戸外の食堂で、波の音を聞きながら、ガーナで最後の夕食を味わう。同じ職場の人同士ということもあって、食事中に仕事の話が出ることも。「じゃ、その件は明日の午後に」なんて話を聞いていると、その「明日」に、僕がこの場にいないということが、なんとなく奇妙にも感じられる。
  
食後、みんなで浜辺に降りていく。近くに灯りはないが、ほぼ満月に近い月の光のおかげで、浜全体が仄かに明るい。暗闇の中、ゆったりと白波を送り続ける大西洋を眺めながら、思えば遠くへ来たもんだなぁと、少しだけしみじみ感じた。
  
この二か月間、全力で走り抜けられたかというと、決してそうではない。動きたくても動けない環境にイライラしたこともあったし、そのうち、そんな環境にも慣れてしまって、何となく日々をやり過ごしていた時期もあった。最後の最後に出張させてもらえたとはいえ、もう少し、フィールドを見ておきたかったという思いも正直なくはない。しかし、そういった思い通りにならない気持ち悪さみたいなものも全部ひっくるめて、「援助」であり、「開発」なんだろうなぁと今は思う。人間がすることである以上、いくら最初のきっかけが崇高な理想であったとしても、非効率や怠惰(あるいは、ときに「腐敗」と呼べなくもないもの)を完全に排することはできない。そういった負の要素を「ないもの」として見ないようにするのではなく、その存在を認めた上で、それらをいかにうまくコントロールしていけるか ― そういう、ある種、とても懐の深い対応こそが求められる世界なんだろうと思う。その意味で、上に立つ人の「人間的魅力」というのは、結局のところ、何のことなんだろうかと考えさせられた二か月間でもあった。
  
ともあれ、明日からはアメリカでの二年目の生活が始まる。やりたいことの多さを考えると、あまりのんびりともしていられないのだが、まずは少し落ち着いて、たまっている日本語と英語の本を読むための時間に充てたいと思う。

(この二ヶ月間に撮りためた、ガーナの写真を。)


my room, Accra, Ghana, Aug 4, 24:41

Development depends on efforts

昨晩は、一緒に出張に行かせていただいた日本人の上司の方(土曜日に御馳走していただいた方です)と、とあるホテルのレストランで、いろんな話をさせていただく。本当にいろんなお話を聞かせていただいたので、すべてをうまく消化しきれているわけではないのだが、今思い出してみて、特に大事だと感じる二点を書き残しておく。
  • 二つの仕事(職業でも、組織でも、ポストでも)を比較して、どっちが良い、どっちが悪いと論じることにはまったく意味がない。比べること自体がナンセンス。それぞれの仕事には、それぞれのメリットとデメリットがあるもの。国際機関で働くことは一見、華々しくも見えるが、プライベートの面での犠牲が大きいのも事実。一方で、安定して見える日本の組織であっても、そこで働き通すにはそれなりの努力と覚悟が要るものであり、その中で培われていく能力は決して馬鹿にされるような代物ではない。ポイントは、自分が大事にしたいと思っている物事を実現できる場に立てているかどうか、ということ。「自分の大事にしたい物事」が、年齢とともに移ろっていくのはある意味、自然なこと。それはそれでいいので、そのときどきにおいて、自分が何を一番欲しているかを見極め、それにあった仕事を選んでいくことが重要。
      
  • 日本人にとって、「国際的に通用する人」になるということは、Westernizeされることとイコールではない。欧米人のやり方を真似ることで、国際人としての素養を高めようとしている間は、欧米人を超えることは決してできない。日本人には日本人なりの、他国の人に真似のできない独特の強みがある。とことん詰めてモノを考える習慣であったり、チームの中で自らの役割を的確に見出し、それを果たす能力であったり。そういった能力が高く評価されるのは、何も日本独特のカルチャーではなく、国際的な舞台においても同じ。日本人(特に、日本の組織の実務経験を持つ人)は、自らの持つそういった能力の有用性を自らきちんと認識すべきであり、いたずらに欧米流のimitationに走るべきではない(ただし、一定の「文法」としての国際カルチャーを身に着けていることが前提)。

なんてことを思い出していたら、今日の本石町日記に、ルワンダ中銀総裁を務められた服部正也氏の昭和59年の国会答弁(抜粋)が掲載されていて、読んでいると、なんとなく、昨日のお話とかぶるものがあった。とりわけ、以下の部分が熱い。孫引きになるが掲載させていただく。

「仮に日本が援助をふやさなきゃいかぬということで、日本が世界全体のGNPの一〇%になるような大国になったならば、日本が援助哲学あるいは援助理論の間違っていることを正す、日本の援助理論を出すということが日本のまず第一の責任ではないか」

「いかに人間の努力というものがいろんなものを克服するかということがこれは日本人の歴史の中であるわけなんで、これを伝えるということ、機械的な統計的なモデルというものでやることがいかに不毛だということ、これはもう人間信頼の問題、個人信頼の問題だと私は思っております」

若干、思いが先走っていたのか、話者の意図が完全には把握しきれない部分もあるが(特に二つ目の引用)、一国の発展というのは、マクロ経済的な成長モデルで説明のつくようなものではなく、むしろ、国民一人ひとりの「努力」「頑張り」といった、多分に精神的な要素が決定的に効いてくる世界なんだ、ということがおっしゃりたかったのではないかと思う。そして、その点に激しく同意する、ガーナでのインターン、最後の夜であった。politicallyに難しいissueではあるのだが、開発・発展を考える上で、その点を無視して考えることは、現実を見て議論をしていることにはならないだろう。もっとも、この論点が、「努力して発展することは果たして普遍的な善なのか」という、より根源的な問題を惹起するのも事実なのだが。

というわけで、これから、歓送会に行ってきます。

Accra, Ghana, Aug 4, 18:15

Monday, August 3, 2009

Tamale Trip

朝6時発の便(←早っ!!)でAccraを飛び立ち、7時過ぎにTamaleに着く。空から見るGhanaを楽しみにしていたのだが、離陸して、次に気づいた時には、既に車輪が地面に着いていた(謎)
  
昼過ぎまで、とある会議に出席し、午後はその会議の参加者で、Tamale周辺のプロジェクトサイトを見て回る。キリスト教徒が主流のAccraとは違い、Tamaleのmajorityはムスリム。そんなわけで、車で街中を走っていると、わりと頻繁にモスクを見かけたり、街ゆく女性が頭にベールをかけていたり、それらしい時間になるとどこからともなくコーランが聞こえてきたりする。とはいっても、予想していたほどにはAccraの雰囲気と違わない。なんだかんだいって、ガーナはガーナなんだなぁと、よくわからないありきたりな感想を抱く(左上の写真は、Tamale市内の一般的な住居)。
  
とはいえ、経済的な格差は大きく、Tamale周辺では、未だに、薪での調理が主流。それも、“three stone stove”と呼ばれる、石を三角形に三つ並べただけの非常にclasicalな加熱器具(器具?)が普通に使われ続けている。
  
この“three stone stove”、少し考えていただければおわかりのとおり、人にも環境にも非常によろしくない。煙は、調理している人にまともに降りかかるので、そんなのを毎日浴びていれば、健康には当然良くないし(ひどいことには、お母さんに負ぶわれた赤ん坊がまともに煙を浴びていたりもする)、また、燃焼効率が悪い分、木を大量に消費するので、森林減少の間接的な原因の一つにもなっている。
   
というわけで、この古典的な調理方法からの脱却を図るべく、いろんな機関・NGOが、energy sourceの近代化を試みているわけだが、一見、簡単なように見えて、これが意外に難しい。理想的な燃料はLPGなのだが、値段が高く(高いだけでなく、変動幅も大きい)、一旦、ドナーがLPG調理器具を設置しても、しばらくすると使われなくなることが多いらしい。ソーラーで湯を沸かすというのも一時期盛んにチャレンジされたみたいだが、一旦、故障したり、バッテリーの耐用年数が過ぎたりすると、村人の自力では直せないので、これも結局、定着しなかった模様。
    
で、結局、薪は薪として使いつつ、人体への影響が少なく、燃焼効率のましな方法を模索しましょう、というのが、当面の目標となっている。左の写真は、そんな“improved stove”の一つ。日本で言うところの「七輪」とそっくり。「ガーナ版七輪」は、外枠が金属でできていて、その中に焼き物の灰皿(?)を置き、周りを黒い塗料でコーティングしたもの。熱が発散しない分、three stone stoveより燃焼効率が高く、また、燃料が燃え切るので、煙の発散も少ない(らしい)。残念ながら、焼き物の部分はTamaleでは内製することができず、Accraから買ってきているそうだが、それ以外のパーツは、地元NGOの実施したキャパシティビルディングの結果、Tamaleの職人さんが自力で作れるようになったとのこと。
    
こちらの写真は、学校の給食調理室。ここで、500人分の生徒のご飯をつくってるんだとか。この小屋でも、昔は、three stone stoveを使っていたそうだが、その頃がどんなだったのか、正直、にわかにはイメージできない。とにかく、相当煙かっただろうなぁと思う。。 そんな調理室にも、improve stoveの一種であるコンクリート製の窯を導入。今では、薪は、壁の裏(建物の外)側からくべる構造になっており、煙は、煙突を介して出ていくので、部屋の中には基本的に煙が入ってこない。この窯が導入されて以来、給食調理のおばちゃんは、すっかりこの調理室が気に入ってしまい、自前で、床のタイルの張り替えまでやってのけたらしい(笑)
  
案内してくれた地元NGOの方が、「結局、一番難しいのは、習慣を変えてもらうことです」と話していた。なるほどなぁと思う。慣れない器具より使い慣れた器具についつい手が伸びてしまうのは、本質的には、先進国のおじいちゃん・おばあちゃんの「機械音痴」と同じ理屈で、ごく一般的に見られる現象だろうと容易に想像がつくが、それだけでなく、中には、「スープには煙の匂いがついてないと嫌だ」という理由で、煙モクモクのstoveを使い続けたり、「こっちの水の味の方が口に合う」という理由で、水道がきているのにもかかわらず、drinkableでない水質のため池の水を飲み続けたりする事例も少なくないんだとか。そのNGOは、某ドナーの支援で、来年、behaviorのchangeを促すためのプロジェクトを回すとのこと。確かに、こういう地域では、そういった取組が、物質的な援助と同じか、もしかしたらそれ以上に、大事なのかもしれない。
 
もうひとつ、印象的だったのは、先の七輪工房で売られていた、ソーラーパネルとLEDの卓上ライトのセット、30セディ(約21ドル)也。ソーラーパネルと言っても15cm四方のごく小さなもので、ライトの方もシンプルというか、かなり、ちゃち(失礼)。でも、このシンプルさが受けて、ソーラーライトセット、送電線の届いていないGhana北部の村々で、非常によく売れているらしい。地方の人たちに30セディという値段はちょっと高いんじゃないかとも思ったが、聞くと、2回、3回の分割払いで買っていく人も多いんだとか。
  
援助する側は、ついつい、複雑に考えてしまいがちなのだが、現場で本当に役に立つのは、こういった極めてシンプルな製品だったりするんだろうなぁと思う。シンプルさは、丈夫さに通じ、メンテナンスフリーにも通じる。いちおう聞いてみると、やっぱり、made in Chinaとのこと。さすが、ツボを心得てらっしゃいます。
Tamale, Ghana, Aug 3, 18:28
Posted by Picasa

Sunday, August 2, 2009

quite unlike me...

今日中にパッキングと部屋の片づけを済ませるべく、早起きして動き始めたら、僕らしくないことに、意外と早く終わってしまい、午後はなんだかダラダラして過ごしてしまった。まぁ、それも悪くはなし。アメリカに戻ったら、どうせまたカツカツ動き始めると思うので、「ガーナ時間」で暮らす生活も残りあとわずか。

インターン先での勤務も、残すところ、明日・明後日の二日だけとなった。が、どういうわけか、この二日間がTamale(←ガーナ北部の街)への一泊出張(笑)これだけ聞いたら、「どんな日程やねん!?」と思わず突っ込みたくなるが、まぁこれも紆余曲折の結果なので仕方なし。とりあえず、ずっと見たい見たいと思っていた北部の様子を見てから帰れるだけ、よしとしよう。
  
明日朝一の便でTamaleに飛び、火曜日の朝の便でAccraに戻る。その日一日、インターン先での最後の勤務をした後、水曜午前の便でJFK経由、Syracuseへ。7日には、再び飛行機でDC入り。今週は飛びまくりの一週間です。




















my room, Accra, Ghana, August 2, 21:23

Saturday, August 1, 2009

How to enjoy 30's, how to live 30's

ガーナで過ごす最後の土曜日は、お土産選びに費やす。

奥さんからは、「マータイさんが着てそうなアフリカンなドレスを買ってこい」との指令が下る。まんまマータイさんの服を買って帰ったら、ネタにはなるだろうけど、そう頻繁には着てくれないだろうな(毎日職場に着てこられても困る??)…なんて思いつつ、ともあれ、まずはお店を見て回ることに。二軒ほど、わりとトラディショナルな服屋さんを見て回った後、インターン先の同僚から教えてもらった、ちょっとこじゃれたお土産屋さんに行ってみる。が、そこは工芸品が中心で、衣類のラインナップはいまいち。とりあえず石で出来たアフリカンなブレスレットを買いつつ、「この辺りにいい感じの服屋さんはないですか?」と聞いてみたら、「こじゃれた服屋がすぐ近くにあるわよ」とのお答え。

言われたとおりに、てくてく歩くこと3分弱。件のコジャレ服屋に到着。そこがなんと、オーダーメイド専門のお店。自前でファッションショーを開いたりもしているらしく、部屋の壁にはその時の写真が。見たところ、センスも悪くない(←まぁ、あくまで僕基準です。汗)。ガーナにもこんなお店があったのかと半分驚きながら(失礼!!)値段を聞いてみると、そこまで高くはない。というか、日本の基準で考えたらめっちゃお手頃。というわけで、さっそく奥さん用に、ドレスを一着お願いすることに。サイズを伝え、布とデザインを決めて今日のところは伝票だけもらって帰ってくる。来週火曜日の朝には出来上がるとのこと。どんなのが出来あがるのか、結構楽しみ。昨日のエントリーでは、若干、辛気臭いことも書いたが、30代になればなったで、人生の新しい楽しみ方も出てくる、ということか。

夕食は、インターン先の日本人の方に御馳走になる。日本人は、総じて真面目で頭がよくて我慢強いが、世界で活躍できるようになるためには、それだけではダメ。英語で外国人と互角に渡り合えるだけの度胸がないと。そんな度胸は場数を踏まずしては培われない。そのためには武者修行が必要。日本の組織の中にとどまっているだけでは、そういった素養は養われない…。おっしゃるとおりだなぁと思う。そして、そういう人間こそが、本当の意味で、日本に貢献できる人間なんだろうとも。
  
こういう話を聞くにつけ、これからの10年間をどう生きるかが、決定的に大事になってくるだろうなぁと思う今日この頃である。
my room, Accra, Ghana, August, 23:12

Friday, July 31, 2009

Farewell Parties

インターン先のinternational staff(ガーナ人ではないスタッフ、ということです)の皆さんに、送別ディナーを催していただく。昨晩は昨晩で、JICAガーナ事務所の方とのお別れお食事会。ガーナでの生活もそろそろ終わりが近づいてきた。

僕の頭の中も、既に半分は、帰米後のことに切り替わっている気がする。DCでの新居も決まり、郵便局に住所変更の届けをしたり、Syracuse→DCの飛行機を予約してみたり…。

2か月過ごした街 ― それも、生まれてはじめて訪れたアフリカの街 ― を去るとあって、それなりに寂しい気持ちはあるが、一方で、意外と簡単にモードを切り替えて、淡々と次の生活の準備を始めている自分もいる。30にもなってそれができないと逆にまずいと言ってしまえばそれまでなのだが、20代半ばまでは、旅行に出る度に感じていた、あの胸苦しいほどの感情 ― 敢えて言葉にすれば、不安と寂寥の入り混じった興奮感、とでも言えようか ― を感じなくなったことには、一抹の寂しさもある。

逆に言うと、やはり、20代の時にしか感じられない思いというものがある、ということなんだろう。その意味では、お金は激しく貯まらなかったけれど、20代のうちにいろんな国を見て回ったのは、正解だったと思う。このblogをお読みの20代前半~半ばの方には、多少無理をしてでも、今のうちに、できるだけたくさんの国を見ておくことをお勧めします。
my room, Accra, Ghana, July 31, 23:17

Wednesday, July 29, 2009

Greet me before ...

仕事と、仕事以外の両方で、今日はいろいろややこしいことがあり、久々に本気でぐったりきた。
  
失敗して、自分の力不足を痛感させられるのは、それはそれで堪えるが、自分の行いとはほとんど無関係なところから発生した災厄が、次々、自分の身に降りかかってくるのも、それはそれで萎える。今日は、後者の方のイベントが目白押しの一日だった。
  
夕方、既に十分やつれきった状態で、Delta航空のAccra支店を訪れた時のこと。はじめての場所だったので、ビルの入口のガードマンに、“Excuse me, where is Delta?”と聞くと、ひどいガーナ訛りで何かゴニョゴニョ言っている。「なんて?」と聞き返すと、“Before ask it, greet me.”(デルタの場所を聞く前に、まずは挨拶しろ)とのこと。ここまでひどい対応は、これまで、ガーナでも経験したことはなかったが、ついていないときというのはこんなものなのかも知れない。

逆に言うと、ここまで憔悴したのも久しぶりと言えば久しぶりで、思ってみれば、留学中というのは、それだけ楽をさせてもらえてるんだなぁと改めて実感する。とはいえ、これから寝て、起きたときには、もう少し、「ツキ」が戻っていてほしい。
my room, Accra, Ghana, July 29, 21:40

Tuesday, July 28, 2009

How to deal with intern

今日のFinal Wrap Reportの準備をしながら思ったことを忘れないうちに。
  
僕自身、東京の職場で経験したことがあるが、インターン生を受け入れるというのは、意外に容易いことではない。忙しすぎる部署だとインターン生にかまっていられないし、暇すぎる部署だとインターン生に与える仕事がない。そして、忙しくもなく暇でもなく、ちょうどいいくらいの部署なんてのは、世の中にほとんど存在しなかったりするものだ。
  
こういった事情は、役所だけに限ったことではないようで、留学に来る前、採用関係の業務を担当していたときに仕入れた情報では、採用活動に積極的な企業ほど、その会社の本体業務とは完全に切り離したところに学生を集め、mimicのプロジェクトを経験させているケースが多かった。学生の側からしてみれば、そんな「なんちゃってインターン」で、本当にその会社の実態が分かるのか僕にはよくわからないが、会社の側からしてみれば、インターン生に本体業務を邪魔されないし、見せたくない部分も見せずに済むしで、金は多少かかろうとも、結局、その方が好ましいという判断だったのだろう。もっとも、景気が落ち込んだ今も、そんな贅沢な採用活動を続けられているのかどうかは不明…。
   
そういう「外付け」タイプのインターンではなく、実際に、本体業務の中に学生を迎え入れるのタイプのインターン(←それこそが本来的な意味での「インターン」だと思うが。)では、ある程度、日数のかかる調べ物をやってもらうのが王道なのではないかと思う。こまめに小さな作業を依頼するのは、依頼する方も説明するだけで疲れるし(←はっきり言って自分でやった方が100倍速い)、インターン生の方も、なんとなくよくわからん作業をやらされていると感じるだけで、お互いにとって、あまり良いことがない。むしろ、一週間なり二週間なりの期間を区切って、その間に、これとこれについて調べて報告してくれ、と頼む方が、お互いにとってhappyでなのではないかと思う。もちろん、その課題の難易度は、インターン生の力量に応じて決めればいい。実力のある人なら、視点次第でいろんな斬り方のできる、射程の遠い課題を与えればいいし、そうでもない人なら、斬り方は既に固まっている、文字通りの「調べ物」をやってもらえばいい。
  
もう一つ、やってみたら面白いんじゃないかと思うのは、インターン生に、一日一つ、何でもいいから質問をしてもらうこと。業務の内容についてでもいいし、仕事の回し方についてでもいい。それなりのリソースを割いてインターン生を受け入れる以上、受け入れる側もインターン生から最大の貢献を引き出したいはず。そして、インターン生にできる最大の貢献は、学生の無垢な視点から発せられる素朴な疑問の提示なのではないかと思う。それを「学生のタワゴト」としてあしらってしまっては身も蓋もないが、真剣に答えを返そうとすれば、答える側が、逆にハッとさせられ、日常の業務を見直すヒントを得られることも少なくないのではないかと思う。
my room, Accra, Ghana, July 28, 23:13

Final Wrap Report

毎週火曜日の朝は、定例の全体会議。この会に出席するのも今日が最後となった。というわけで、インターン生恒例の(←そういうことになっているらしい)"Final Wrap Report"とやらをさせていただく。
  
毒にも薬にもならないことをしゃべっても仕方がないので、それなりに批判めいたことも織り交ぜながら(というか、それだけ!?)10分弱ほどしゃべらせていただいた。ポイントは以下の3点。
  1. CDMを担当させていただいたのはいい勉強になった。ただ、その結果として、CDMを実施するのは難しいということがよくわかった。
  2. Climate ChangeやOzone Layer Protectionにかなり力を入れているのはそれはそれで素晴らしいが、domesticかつconventionalな環境問題(ゴミ処理、大気汚染、etc.)がおざなりになってはいないか?
  3. 組織内のknowledge managementができてなさ過ぎ。というか、そもそも「チーム内で情報をシェアする」という発想を持っていない人が多い。その点、もう少し改善されてみてはいかがでしょうか?
会議終了後、僕と同い年くらいのローカルスタッフのEさんが、「非常にinterestingだった」と言って、議論の続きをしに来てくれた。それだけなら、まま、よくある話なのだが、驚いたのは、彼が僕の二つ目の論点に触れながら、「ガーナの一番の問題は、環境状況のmonitoringシステムがまったく整っていないことなんだ」と言ったこと。 monitoringは環境行政の基本の「き」です。いかにも。そんなのは、「環境」をやってる人間にとって常識中の常識。とは言いながら、はたして、日本のいわゆる「環境学徒」(←特に、after Kyoto 世代)の何割までが、そのことをきちんと理解しているだろうか?そう思うと、彼が真っ先にその点を突いてきたことには、少なからずプラスの意味での驚きがあった。
  
聞けば、マンチェスターでEnvironment & Developmentを学んできたとのこと(たぶんここですね)。ちゃんとしたことを教えているなぁと思う。こういった古典的な環境問題(いわゆる「公害」)への取り組み方に関する留学生向けの教育は、公害を乗り越えてきた歴史を持つ日本(の大学)にとって、本来、もっと強くていい分野だと思うのだが、それをするには、言語の壁が大きすぎるのだろうか。はたまた、日本の、いわゆる「環境系」学部・学科は、気候変動を追いかけるのに忙しくて、もはや、公害対策の分野に多くのリソースを割いている暇はないのだろうか…。
  
もったいないことだと思う。せっかくのknowledgeが散逸してしまう前に、何か手を打たないと。
my room, Accra, Ghana, July 28, 19:53

Saturday, July 25, 2009

between abstract and concrete

ガーナで暮らしてみて再認識できたことの一つに、「具体の世界に降りていくことの重要さ」がある。当たり前の話だが、抽象的に物事を考えているだけでは、世界の本当の姿は見えてこない。本質的な問題は、ときに、すごく具体的な文脈の中にあったりするもんだ。
  
CDMにしてもそうで、「市場メカニズムの働きにより、もっとも少ない費用での排出削減が実現されるはず」なんて議論を繰り返していても、問題の本質には到底たどり着けない。このblogでも何度か指摘してきたように、CDM実施の最大のボトルネックは、潜在的プロジェクトオーナーのキャッシュフロー不足にあると思うのだが、ミクロ経済学的なグラフの上でいくら議論をしていても、そんなtransaction(=取引)レベルの問題は決して見えてこない。それだけなら、まだ文字にすることも可能だが、もっとfundamentalな部分にある、ローカルな人々のattitude(←“carbon credit”というものに漠然とした期待は抱いているものの、往々にして「詰めて考える」ということをしないので、一向に話が具体化せず、「キャパビル」と「ワークショップ」だけを繰り返して、なんとなく満足してしまっている)に至っては、(いちおう、青字で書いてはみたものの)正確に文字化することはほぼ不可能で、実際、彼らと時間を共にする中で、「感じる」しかないことだろうと思う。

これは、CDMに限らず、「開発」「援助」そのものについても言えることで、数字で表現できるインプット、アウトプット(orアウトカム)だけを見て議論していても、本当の答えはまず見えてこない。「そんなことは百も承知で、「近似」の話をしているんだ」ということなんだろうとは思うが、問題は、上のCDMの例のように、本質的なポイントが議論のフレームの外側にある場合だ。このような場合、議論は単なる「的外れ」でしかなく、近似にさえなっていない。こんな事例は、きっと世の中にごまんとあふれている。
  
「抽象」の世界から「具体」の世界に降りていき、「具体」の世界で見てきたことを「抽象」の世界の言葉に翻訳して紹介する――そうした行いを億劫がらずに続けていかないといけないと思う。それには、忍耐も必要だし、体力も必要。ネットワークやスキルもなくてはならない。そして「抽象」の世界の人たちに、「あなたがたが見ているものは「裸の王様」ですよ」と言える勇気も必須だと思う。
Accra, Ghana, July 25, 12:35

Thursday, July 23, 2009

Closing mode...

ガーナでの生活も残り二週間を切った。

東京で二週間もあれば、それなりの仕事もできそうなもんだが、ガーナの時間の流れの中では、なかなかそれも難しいだろう(ということをこの二か月で学んだ)。CDMに関する調査も、(「難しい」という結論で)いちおうひと段落した今となっては、もはや、まとまった課題もなく、あと二週間、ぼちぼち過ごして、アメリカに帰るのかなぁといった感じ。正直、そろそろアメリカに復帰したいような気もしてきた。

月に一回、この家にやってくるらしい掃除のおばさんが昨日来て、掃除をして行ってくれたのはいいのだが、一か所、網戸を閉めずに帰っていったおかげで、最近、家の中を普通に蚊が浮遊している。超怖い。。何の因果かわかりませんが、防虫スプレーを塗りたくって寝ます。
my room, Accra, Ghana, July 23, 24:55