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Friday, June 4, 2010

Completion

Popp先生からメール到着。Independent Studyについての最終コメント。今週月曜日に提出したバージョンで受理していただけるとのこと。

その他、メールに書いてあったのは、“You have done a nice job bringing together both the economic and administrative hurdles that affect the development of new transmission lines.”とのこと。最後も、彼らしい、politeなコメントだったが、まぁ何はともあれ終局を見たということで、ホッと一息。これでようやく、卒業の目途もついた(実は、これまではついてなかった)。

いろいろと苦労したindependent study。書いたことの中身そのものよりも、「プロジェクトを如何に進めるか」という一般論の部分で、学んだことが多かった気がする。どれだけ未知の領域でも、「とりあえずあれこれ調べてみよう」とするのではなく、常にゴールへの道筋を意識しながら進むべきこと、斬る対象にばかり意識を捉われるのではなく、斬る道具についてもきちんと理解するよう努めるべきこと。Independent Studyから学んだ二つの教訓。
Maxwell School, Syracuse, June 4, 16:26

Sunday, May 23, 2010

reboot is not easy

ここ一週間以上、論文のことは、blogでまったく書いてこなかったので、(リアルやメールで)話していると、終わったものだと思われている方も多いのだが ―― という話題が出るくらいに関心を持っていただけているだけでも幸甚 ――、実はまだ完全には終わっていなくて、一週間半ほど前に、「ほぼ完成版」を先生に提出したところで、一旦、小休止状態になっていた。

先週金曜日、Popp先生から「ほぼ完成版見終わったよ」とのメールが届く。というわけで、論文モードを再起動しないといけないのだが、capstone(!!)やらpotluck(!?)やらで、実際に時間的に忙しかったのと、気分的になかなかそちらに向かえないのとで、ほぼ丸二日間、放置を決め込んでしまった(お礼のメールだけはいちおうすぐに出しましだけど)。capstoneの方も、週末にやるべき仕事はほぼし終え、言い訳もなくなってきたので、そろそろ再起動するしかない(と言いつつ、blog書いてる)。学期中に比べて、学校も一気に静かになったせいか、最近、エンジンのかかりが遅い。いかんなぁ…。

まったく関係ないが、isologue by 磯崎哲也事務所 のこのエントリ(『既に始まっている電子出版ービジネスマンのための書籍スキャン入門』)に唸る。IT系の話は、好きか嫌いかと言われれば、正直、あんまり好きではないが、情報を効率的に吸収するための技術は、好き嫌いに関わらず、アップデートし続けないとと思う(既に若干遅れ気味…!?)。その意味で、この記事はけっこう衝撃的。とりあえず、キンドルであれ、iPad(as電子書籍)であれ、電子書籍って何が出来て何が出来ないのか、ちゃんと知らないとなぁと思う今日この頃。誰か実際に使ってる人、いないかなぁ…。
Maxwell School, Syracuse, may 23, 17:47

Friday, May 21, 2010

Energy Star faces scrutiny

少し気になる記事が出ていたのでご紹介(Sustainable Industries 5/18)。言わば、Energy Starの「偽装」疑惑。

疑惑を告発したGAO(無理繰り言えば、日本の会計検査院に当たる役所。ただし、検査の対象は会計面に止まらない。立法府に所属。)によると(これがGAOの出した紙。別途、30ページモノのレポートもあり)、Energy Starを所管するDOE及びEPAは、これまで、製造業者の“self-certifications”に基づいて、この制度を運用してきていたとのこと(両庁とも、その事実は認めている)。また、GAOがフェイクの製品でEnergy Star登録を申請したら、そのうちのいくつかが見事に通ってしまったらしい。その中には、“Gas-Powered Alarm Clock”なるトンデモ商品まで含まれていたんだとか…。

Energy Starは、クリントン政権下で始まった米国連邦政府のプログラムで、一定の省エネ基準を満たした商品に、ラベル認定を行っている。認定されなければ売ってはいけない、といった強制力をもつ制度ではないが、連邦政府の調達の際に効いてくるなど、実際のインパクトは相当のものらしい。

ちなみに、同ラベルは、経済産業省に申請を行うことで、日本でも取得が可能である(参照)。日本でラベルを取得すれば、同じ商品を米国で売る際にも、そのラベルを使えるという形式になっている。
my room, Syracuse, 5/21, 26:30

Wednesday, May 12, 2010

What can you cook with your soup pan?

Independent Studyのダメだった点を改めて考えてみた。基本は、この日に書いたのと同じことだが、もう少し落ち着いて、冷静なアタマで分析してみる。

まず、前回の「反省文」を書いた時点でも、まだクリアには自覚していなかった点。論文を書き始める前に、経済学論文の“基本パターン”を押さえていなかったのは、(こんなところで書くのも恥ずかしいが)我ながら、恐るべき蛮行だったとと思う。

思うに、「論文を書く」という行為には、三つの要素が絡む。料理にたとえるならば、“食材”と“道具”と、料理人の“技量”。論文で扱う問題が“食材”ならば、それを分析するツール/方法論が“道具”、執筆者の能力が“技量”という具合いである(←あくまで僕オリジナルの発想であって、特に根拠があるわけではない)。

“道具”としては、economicsなりpolitical scienceなりengineeringなりといった方法論があるわけだが、料理に用いる道具と同様、方法論には、それぞれ、得意・不得意な“食材”がある。「炊飯器」という道具で「米」という食材は調理できても、「かぼちゃ」を調理するのは難しい(実際、試したことはないが、たぶん難しいと思う)。その点、経済学/economicsなる道具は、非常に多機能・多用途で、それ一つあれば何かと調理できるのは事実 ―― ソースパンくらいのイメージか。だが、そうは言っても、ソースパンとて、この世の全ての食材を調理できるわけではない。また、どの程度、幅広い食材を捌けるかは、料理人の“技量”にもかかっている。料理に自信がないのなら、スープパンで米を炊くのは止した方がいい。残念な結果に終わるのはだいたい目に見えている。

この例で言えば、僕は、食材を観察することばかりに気を取られ、手持ちの道具がどんな食材の調理に向いているのか、まともに勉強したことも、気にしたことすらなかったおっちょこちょい、ということになるのだろう。自分の技量を踏まえるならばなおさら、トリッキーな食材ではなく、ソースパンにお似合いのオーソドックスな食材の中からテーマを選ぶべきだったと思う。

この反省から今後の教訓を得るならば、「もっと“道具”に気を使うべき」ということだろう。短絡的に“食材”に目が向きがちなのは ―― 少なくとも僕の場合 ―― 論文執筆に限ったことではない。普段の仕事でも、手持ちの道具で何が出来るかを考える前に、単純に、問題の全貌解明に走ってしまったことがあった。

時間が無限にあるのなら(あるいは、全貌解明したところでたいして時間がかからないのなら)それでもいいかも知れないが、限られた時間の中で最大限のアウトプットを出すには、手持ちの道具の特性を常に意識しつつ、それを実際に使うためにはどういう情報が必要かという視点で、濃淡をつけて問題を理解していく方が効率的。

もういい加減大人なんだから、そういう仕事の仕方も覚えていかないとなぁ。我ながら、レベルの低いことを言っているような気もするが、ともあれ、それに気づかせてもらえたのは、論文を書いたことの、少なくとものメリットだった。
my room, Syracuse, May 11, 26:17

Tuesday, May 4, 2010

playing on others' grounds

After a long study on renewable energy, I finally got to the cost allocation issue about public infrastructures, which is somehow similar to the one concerning telecommunication industry's universal service.
  
Apparently, I'm in a place where I never expected to be, when I was started this research last December. Before recognizing it as the core of my answer, so long time already had passed; and not so much time was left, when I noticed it. But, if I knew this before I started my research, I'm not sure whether I still picked up this topic as my Independent Study's, because I'm not a guy highly concerned with infrastructure cost allocation issue. Simply saying, my area of concern is environment.

I think such phenomena should be common not only in the academic research field, but in the practical world. Even though quested value is environment, required policy tools to achieve it do not necessarily fall within the environmental policy field. Besides, such tendency has to grow as the environmental policy challenges are becoming increasingly complex.

Knowing this fact, I'm asking now what should I study? how should I collaborate with others? and in short, what should I do after coming back to my place? I have no clear answer.
Maxwell School, Syracuse, May 4, 22:06

Independent Study goes on...

Although I went to school this morning with firm determination to finish the 1st draft of my thesis before the end of the day, in the evening I got an email from my professor loaded with his comments, which just didn't seem to be able to be digested in a matter of hours. That should be appreciated, and actually I do (really I do!!); but at the same time, I felt certain that I have to keep on being involved in this thesis more couple of days.

My Independent Study goes on ...

my room, Syracuse, May 3, 26:07

Thursday, April 29, 2010

Cause of defeat

論文執筆が失敗に終わった原因は何だったんだろうかと考えてみる。

まぁ、まだ完全に失敗と決まったわけではないし、それにそもそも、失敗であろうがなかろうが、もうしばらく書き続けないといけないことには変わりはない。たとえ「失敗作」であったとしても、いちおうは完成させなければIndependent Study分の単位が降って来ず、単位が降って来なければ、卒業させてももらえない。というわけで、否が応でも、もうしばらく(たぶんあと一週間くらい)は書き続けないといけないわけだが、いろいろと自分自身に対するフラストレーションが溜まっている今だからこそ、思いのたけを書いておけば、あとあと何かの役に立つかなと思ってみた次第。negativeな空気を排出しちゃってゴメンなさい(ある種の外部不経済ですね)。

敗因を一言で言えば、「経済学という道具は、どういうふうに使えば、上手にモノを斬れるのかをよくわかっていなかった」、約めて言えば「経済学をよくわかっていなかった」ということかと。情けないけど認めます。

経済学であれ何であれ、あるディシプリンの基本様式を十分習得し切らないうちに、応用編に走りだしてしまうのは、昔からの悪い癖。学部時代の卒論も、おかげでぐだぐだ~な仕上がりになってしまった。

こういうタイプは、環境をやっている人間(特に文系)に多い気がする。僕自身、学部時代の反省を踏まえ、自分の周囲の環境屋さんたちの、そういう生半可な姿勢を批判してきたものだが、蓋を開けてみれば、結局、自分も改心し切れていなかったということか。残念なことこの上ない…。

いまは、econometricsだとか、マクロ経済モデルだとか、そういう、ちゃんとした経済学を、もう少しきちんとした形で勉強しておきたかったなぁという思いが強い。まぁ、それをテーマに論文を書いていたらいたで、「もっとプラクティカルなことをやりたかった」と今頃愚痴っていたのかも知れないが(というか、その可能性は非常に高いに決まっている)。

こう、ついつい、「王道」をよけて、変な道から押し通ろうとしてしまう辺り、自分自身、要領が良いんだか悪いんだか、よくわからんなぁとときどき感じる。寄り道せずに、一発でシュパッと王道を見つけだし、シュルシュルッとその道を突き進んでいく人を見ると、非常に羨ましく思う。要するに、何をするにも、我流で乗り切ろうとするのではなく、もう少し謙虚になって、先人から学ぶ姿勢を大事にしなさい、ということなのかも知れない。天才でもなければ、「守」にかける時間をケチって「破」や「離」の境地に向かったところでロクなことはない。(そしてもちろん、天才ではない。)

そもそも、mandatoryでもないIndependent Studyを受講し、莫大な時間を費やして論文を書いてきたのは正解だったのだろうか、という疑問もある。確かに、電力の分野にそれなりに詳しくなりはしたけれども、それ以外の勉強――たとえば、上に書いたような、正統的な経済学の勉強――をしたり、nativeの人たちと積極的に絡んで、language skillを磨いたりする時間を犠牲にするという意味での、相応の機会費用を払ってきたのも事実。ただまぁ、こればかりは、しばらく年数が経ってからでないと、良いも悪いも評価は下せないのかな…。そんな気もする。

そんなことを言いだすと、論文に限らず、二年間の留学全体の過ごし方はどうだったんだ、という話に繋がってくる。しかし、それを議論し始めると、また随分と時間がかかってしまいそうなので、とりあえず今日はこの辺で。ぼちぼち、おうちに帰ります。
Maxwell School, Syracuse, Apr 28, 25:10

Friday, April 23, 2010

How does differ "discussing" from "reporting"?

論文執筆に没入しはじめて今日で4日目。予定では、昨日までに書きあげているはずだった分量のうちの半分くらいを、昨日までに書きあげた。ほぼ予定通り(!?)

先日いただいた「“論文”と“報告書”は違う」とのご指摘を踏まえ、構成を編み直してみる。正直、最初はピンとこなかったのだが、やっているうちに、その違いが何となく見えてきた気がする。

僕的には、“論じる”ことと“報告する”こと、というふうに両方とも動詞形にた上で比較する方が、何となくしっくり来るのだが――もちろん、言わんとしていることは同じ――、“論じる”の方が「説得する」に近いイメージなのに対して、“報告する”の方は(やや極端に言えば)見聞きしてきたことを「並べる」「開陳する」に近いイメージなのかなと。

いちおう、単なるアホではないので――そうだと思いたい…――、何の脈略もなく、知っていることをただただ「並べる」なんてことは、元々していなかったはずで、曲がりなりにもテーマを設定し、それに関するストーリーを描いた上で、それに沿わせた形で“収集物”を並べる、くらいのことはしていたように思う。

ただ、「テーマ」という言葉で表わされるsomething ambiguousをpaperの礎石に据えるのと、「paperの目的=○○というquestionに答えを与えること(だけ)」という意味での“research question”を明確にidentifyした上でpaperを書き進めるのとでは、やはり明らかに質的な違いがあるなと。それによって、要る部分/要らない部分がはっきりと見えてくるようになるし、また、「知ってはいるが自分のものにし切れていない理論・考え」というのも如実に浮き上がってくる。そういったものは、引用という形で単に「並べる」ことはできても、自分の頭で理解し切れていなければ、読者を「説得」するための材料としては使えないので。

このことは、おそらく、「paperを書く」という行為に限らず、一般化可能ではないかと思う。何か物事を見るときに、ただ漫然と眺めている――本人的には手を抜いている、サボっているといった意識はなくても――のと、何らかの問題意識を持ってそのperspectiveから分析的に眺めるのとでは、理解の深さが全然違ってくる、という意味で。たとえばスポーツを観るとき、ある選手、あるポジションの視点から試合を観るようにすれば、何となく全体(或いはボールの周辺だけ)を見ているだけより、ゲームの流れをより深く理解できるようになる、というのもその一例。

去年の同級生の方(そう、あなたです。笑)が、よく「この問題をどう斬るか」「この論者のこの斬り方が面白い」といった文脈で「斬る」という動詞を使っていた。今思うと、彼の言う「斬る」のイメージも、これに近いものだったのかなぁ…なんて思ってみたり。「全然違いますよ。分かってないなぁ~」なんて怒りのコメントが早速入るかも知れませんが…(笑)
Maxwell School, Syracuse, Apr 23, 11:48

Tuesday, April 20, 2010

Icelish??

しばらく投稿が滞りました。

4月もあと10日となり、いい加減、論文を仕上げにかからないといけないだろうというわけで、お尻に火が点いてきた今週。時間的にもそうですが、精神的にも、余裕が若干なくなってきつつあるようです。とりあえず論文の方は、4月中には終わらせたいなと思っていて、そんなわけで、ここ10日ほどは、blogの方は、若干、御無沙汰気味になるかも知れません。

なんて言いながら、くだらないことを考えていたりもするんですが、最近の疑問は、
  • England → English
  • Poland → Polish
  • Scotland → Scottish
  • Ireland → Irish
なのに、なぜ、Icelandの形容詞形は、“Icelish”や“Icish”じゃなくて、“Icelandic”なのか?? というもの。

他の4つは、「○○族の土地」という意味なのに対して、Icelandはそうじゃないから、ってなことかなぁとは思うんですが…。まぁ、そんなことより、とっとと論文仕上げろって話ですね。
my home, Syracuse, Apr 19, 24:46

Saturday, April 17, 2010

comments on thesis draft #1

先日来の長文垂れ流しエントリ(汗)に、丁寧なコメントをいただき、ありがとうございます。いただいたコメントを元に、目下、アタマをひねっているところです。

おいおい、エントリなりコメント欄なりで、お返事を書かせていただこうと思っていますが、取り急ぎ、knj君からもらった二つのコメントについて、いろいろと考えてみました。一昨日の時点では見えていなかったところが見えてきたりもして、非常にいい勉強になりました。以下、その考察の結果です。また改めて、コメントいただければ幸いです。

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1.「水平部分の価格=MC」と言えるか?
  
No。この点、明示的には書かなかったものの、僕自身も「水平部分の価格=MC」というイメージを持っていたのですが、よく考えてみれば、この部分にも何らかのprice regulationが適用されているはずで、であれば、「水平部分の価格>MC」となっている可能性が高いのではないかと。ちなみに以下、「水平部分の価格」を、Pw/o-c(Price without-congestion)と表記します。
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2.「“Pw/o-cと価格の差”=“congestion charge”」と言えるかどうかかはともかくとして、「“Pw/o-cと価格の差”=“quasi-rent”」と言えるか?
 
Yes/No。まず、1.を踏まえ、MCをPw/o-cに置き換えています。その上で、「“Pw/o-cと価格の差”=“quasi-rent”」と言えるかどうかですが、
  • イ) Pw/o-cにquasi-rentが含まれていなければ「言える」
  • ロ) Pw/o-cにquasi-rentが含まれていれば「言えない」 ⇒ この場合、
    “Pw/o-cと価格の差”=全quasi-rent-(全quasi-rent中、Pw/o-cに含まれている額)
ということになるのではないかと。また、ロ)で、かつcongestionの発生していない場合が、knj君の言う『効率的な市場でも(Externalityがなくても)』quasi-rentが発生している状態に当たるのではないかと思います。

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3.Quasi-rentが発生しているのに追加投資が起きないのは異常であると言えるか?
 
これはNoではないかと思います。というのは、価格pについて、「AVC<p<AC」という関係が成立していれば、定義上、「quasi-rentは発生しているが、新たな参入を正当化できるだけの利潤を生み出せるほどには価格は高くない」という状態になるはずで、(非常にtheoreticalな議論ですが)現状のNY州送電サービス市場がこの状態にあると想定すれば、追加投資が起きない状態が「異常」だと言うことはできないのではないかと考えます。

詰まる所、「“Pw/o-cと価格の差”=“quasi-rent”」とのknj君の指摘(※ 同じく、MCをPw/o-cに置き換えました)自体は、基本的に(=2.のイの状態を仮定する限りにおいては)その通りだと思うのですが、この価格差の“quasi-rent性”に着目するapproachでは、「なぜ追加投資が起きないか」という問の答えに近付くことは出来ないのではないかと。

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4.「“Pw/o-cと価格の差”=“congestion charge”」と言えるかどうか?

2.で一旦「ともかく」とした問に戻りますが、これについては、少なくとも業界用語としては、Yesではないかと思います。たとえば、American Public Power Association(APPA)という団体の出した2008年の文書の中に、以下のような記述があります(強調付加):
The mechanism that most RTOs use to manage congestion on their transmission systems (where demand for transmission service in a specific direction exceeds the capacity of the needed lines) is to charge a premium, known as a “congestion charge” to transmission customers using those lines. When congestion prevents generation from being delivered to customers in a “constrained zone,” more expensive generation located within the zone may be provided to meet those customers’ demand. The customers’ price reflects the offer submitted by this higher cost generator, even if there are generators offering lower prices in the RTO, but that cannot deliver their power because of the constraints. The difference between the lowest price in the RTO and that charged in the constrained zone is referred to as the “congestion charge.”
この定義は、これまで読んできた、NY州の電力業界に関する論文・著作の中で用いられている“congestion charge”の意味とも合致します。少なくともこの定義に照らせば、先のモデルにおける“Pw/o-cと価格の差”は、まさに“congestion charge”と呼ぶべきものなのではないかと思います。

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5.“Pw/o-cと価格の差”は、経済学的な意味でも“congestion charge”と言えるか?

英語版Wikipediaの“Congestion pricing”の項にある説明を「経済学的な意味での“congestion charge”の定義」とみなして議論しますが、この問も実は、基本的にはYesなのではないかという気がしています。

Wiki同項の記述に見ると(強調付加)、
Congestion pricing is a concept from market economics regarding the use of pricing mechanisms to charge the users of public goods for the negative externalities generated by the peak demand in excess of available supply. Its economic rationale is that, at a price of zero, demand exceeds supply, causing a shortage, and that the shortage should be corrected by charging the equilibrium price rather than shifting it down by increasing the supply.
とあります。ここで、“public goods”=送電サービス、“negative externalities”=transmissionのcongestion、“available supply”=transmissionのcapacityと見れば、上に引用したAPPAの定義で言うところの“congestion charge”と、ここでいうところの“congestion pricing”は矛盾しないのではないかと。

ただ、違いを指摘するとすれば、いわゆる“congestion pricing”の考え方の背景に、
  • 需要家の行動次第で、需要の量は削減可能であり、かつ、
  • 需要を野放しにしたまま、供給の量を増やすことによってcongestionを解消する戦略は、何らかの理由(環境への負荷の増大、公的支出の増大、etc.)により好ましくない
という前提があるのに対して、transmissionの問題については、いずれの前提も完全には成り立たない、という点があるかと。

これらの前提も、“congestion pricing”という考え方に包含されているのだとすれば――たぶんそうだろうと思いますが――業界で使われている“congestion charge”というwordingには、ややミスリーディングな面があるなぁと思います。
my home, Syracuse, Apr 17, 26:38

Thursday, April 15, 2010

thesis draft #3

祝、Sabers、playoff初戦勝利。というわけで、心おきなく第3periodです。

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RPS制度とtransmissionの増設に関する同様の問題に対し、具体的な対策を講じている事例をテキサス州に見ることができる。テキサスは、RPS制度によって、これまでにもっとも大量の再生可能エネルギー(RE)発電(capacity base)を導入してきた州であり、NY州と同様、その大半は、風力発電によって賄われている。

テキサス州とNY州は、風力発電の適地と電力の消費地との間に地域的偏りがあり(テキサスの場合、風力適地は州西部、電力消費地は州東部)、両地域を結ぶtransmissionのcapacityが限られているという点で、非常に良く似た地理的条件を備えている。RPSによるRE発電の導入でNYに先んじたテキサスでは、transmissionのcongestion問題にも、NYより数年早くに直面していた。この問題に対処するため、同州議会は、2005年、以下の事項を主な内容とする “Senate Bill 20”を制定した;
  1. Public Utility Commission of Texas(PUCT)が「高いRE発電の開発可能性を有する地域(“areas with high renewable energy resource potential”)」を “Competitive Renewable Energy Zones (CREZ)”に指定する。指定に当たっては、各地域におけるRE発電事業候補者のfinancial commitmentの程度も勘案する(実際には5つのCREZsを指定)。 
  2. PUCTが、CREZsと電力消費地とを結ぶtransmission網の建設シナリオを複数策定する(実際には4つのシナリオを策定)。 
  3. ERCOT (Electric Reliability Council of Texas) が各シナリオの建設コストを試算する。 
  4. ERCOTの試算に基づきPUCTがtransmission網の拡張計画を決定する。 
  5. 同計画に含まれる各transmissionの事業主を、一定の基準を満たす事業者の中からPUCTが選定する。 
  6. 選定を受けたtransmission事業者は、transmission拡張計画の詳細を固め、PUCTからの最終承認を受ける(“シナリオ”の時点では、建設計画の詳細まで完全に固められているわけではない)。 
  7. このプログラムによるtransmissionの増設コストは、sub-areaに関係なく、ERCOT管轄地域全域のratepayerによって、一律に負担される。 
なお、ここで出てくるPUCT及びERCOTは、それぞれ、NY州におけるPublic Service Commission (PSC)、New York Independent System Operator (NYISO)に相当する。

2010年4月現在では、transmission事業者の選定(上記5.)までしか進んでいないため、同政策の成否を今の時点で評価するのは時期尚早である。非常に大胆な政府介入政策であるため、今後、何らかの“government failure”的非効率が発生する可能性はもちろん否定できず、プラス・マイナス両面を加味した最終的な評価を下すには、さらに数年、結果を見守る必要がある。

しかし、この政策が、――“government failure”という副作用をどの程度伴うかはともかくとして――先に挙げた送電サービス市場の、諸market failure要因を克服する手立てとなっているということは少なくとも言えるだろう。そういった意味において、RE発電の導入増に伴うtransmission不足に対処する政策としては、(少なくとも米国内で)もっとも先進的な取組であるということもできる。

では、今後、ますます増加する(と予想される)遠隔地RE発電施設からの電力供給により、transmissionのcapacity不足の深刻化が懸念されるNY州に、このCREZ政策を導入しようとした場合、どのような点が課題となるであろうか。導入に当たり、大きなchallengeとなりそうな二点を、以下、指摘しておきたい。

一点目は、この政策によって発生するtransmission建設コストの費用負担の問題である。先にも述べたとおり、NY州では、transmission建設コストの負担に関して、伝統的に、“beneficiary pays approach”の考え方が取られてきた。一方、テキサスのCREZ政策の肝は、transmission建設の費用負担を「域内一律」とした点にある。それによって、(上流-下流の費用負担論争に左右されることなく)純粋に効率性の観点から敷設シナリオを検討できる環境を確保できたという実務的メリットに加え、RE発電普及による利益(温室効果ガス排出の削減、energy securityの強化、etc.)は、特定の地域(発電地域and/or電力消費地域)にのみ帰属するものではなく、域内のratepayerに一様に帰属するものであるという根本的な問題構造の面から見ても、この費用回収方法は、理にかなっていると言える。

そもそも(RPSとの関連以前の問題として)、transmissionについては、競争的な電力市場を“可能にするもの(enabler)”と捉え、それ自体は競争政策の埒外に置くべき(したがって、政府が、その供給に積極的に関与するべき)とする考え方と、NY州のように、transmission自体も発電施設の競合財と捉え、競争政策の中で同列に扱うべしとする考え方とがある。それら二つの考え方の優劣を巡る議論はこの論文の射程を越えているが、双方の考え方に長所・短所があるということ、また、それらのうちどちらを選ぶかは、電力政策上、RE導入促進に関わる問題よりも、より高次に位置づけられるべき政策判断であるということが言える。

したがって、ここでNY州の“beneficiary pays approach”を非難する意図はまったくないし、また、RE導入促進との相性が悪いという事実だけを以て、NY州が、そのapproachを根本的に見直さなければならない必然性もない。ただ、“beneficiary pays approach”の方針を全く曲げずにCREZ政策を単純に「接ぎ木」することはできないというのもまた事実であろう。このため、NY州にCREZ政策を導入するとならば、費用負担に関する考え方の違いから生まれる「矛盾」をどのように解消するかが一つの大きな課題となると考えられる。

もう一つの課題は、組織の構造と意思決定に関するものである。

NY州内の電力系統の運用を統括するNYISOは、電力の安定供給と経済運用のみをミッションとする機関であり、RE発電の導入促進に自発的に協力しなければならない立場にはない。それどころか、現行のルールの下で、NYISOが、RE発電施設に有利なようにtransmissionを敷設する計画を支援したとすれば、そのことは、彼ら本来のミッションである経済運用との間で支障を来しかねない。

一方、RPSプログラムの執行に責任を負うNYSERDAの方は、RPSプログラムとの関連においては、制度の執行にのみ責任を負う機関であるため――別途、研究機関としての役割も担っているが――、送電網の敷設という(少なくとも現行制度の下では)RPS制度の完全に外側にある事柄に対して、何らかの積極的働きかけを行いうる立場にはない。

これら二機関を管轄下に置き、“order”という形でルールを制定する権限を有しているのは州政府の一セクションであるPSCである。彼らは、RE発電の導入促進とtransmissionの拡張という、両方の課題を同時に視野に入れられる立場にあるわけだが、RPSの目標値の引き上げを決めた“Order Establishing New RPS Goal and Resolving Main Tier Issues”(2009年決定)の中では、RPSの今後にまつわるいくつかの懸念事項が論じられているものの、transmissionのcongestion問題については、一切の言及がなく、そもそも、彼らがこの件に問題意識を持てているのかどうかさえ定かではない。

このように、関連三機関の立場・言動を見渡してみると、“RE発電の導入促進に伴うtransmissionの不足”という形で、統合的にこの問題を捉えられている機関が、NY州政府内には今のところ存在しない可能性がある。テキサス同様、最終的には、立法府による行動が必要だとしても、日々の執行を司る――それゆえ、問題発見に一番近い場所にいるはずの――担当者の間でさえ、十分な問題把握・問題理解が醸成されていないとならば、元来、専門家以外の者による理解が難しいこの問題が、世間や州議会議員の耳目を集める可能性は、非常に低いのではないかと察せられる。このことから、NY州における、現在の関連組織間の責任分担構造が、CREZ政策をNY州に導入しようとするならば、二つ目の大きなチャレンジになるのではないかと考えられる。
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この後に、多少、implication的なものをくっ付けてconcludeしようかというのが、とりあえず今の時点での全体構想。実際書いてみて、最後の方が、定性的というか説明的というか、要するにグダグダだということがよくわかりました…sigh

テキサスの事例を引き合いに出してくるところまでは良いとして、そのあと、どういう方向に持っていくか。今の案のまま、頑張ってロジックを詰めるか、あきらめて別の展開を用意するか。。。
Maxwell school, Syracuse, Apr 15, 22:24

thesis draft #2

今日開幕のNHL Playoffをちら見してリフレッシュ。こんな話、どうでもいいと思いますが、今日あった東地区の二試合は、二戦とも、下位シードのチームが上位シードのチームを食う結果に。この流れが、明日のSabersの試合(Sabers=第3シード。第6シードのボストンと対戦)に乗り移らないことを祈るばかり。。

さて、リフレッシュも終えたところでthesis draft後半戦。

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こういった不都合の原因となりうる送電サービス供給量の硬直性は、同市場に見られる諸々の“market failure”要因によって説明できる。

まず何より、transmission事業は、「初期投資(capital cost)が莫大で、規模の経済(economies of scale)が働きやすい」という、自然独占(natural monopoly)の典型的条件を兼ね備えている。このため、新規参入が難しく、NY州においては、電力自由化以前からの“legacy transmission owners” 8社による、事実上の寡占状態となっている。これらの既存transmission事業者にとっては、transmission capacityの不足によってgrid内の二地点間で電力単価(Locational Based Marginal Price (LBMP))の開きが生じていたとしても――congestionが一切なければ、送電ロスのrecovery費用を除いた電力単価はgrid内全域で等しくなるはず――、その差をcongestion chargeとして徴収できるので、送電サービスの供給不足が、transmissionの積極的な増設を促すことにはならない。

公共財(public goods)的性質を色濃く持つが故の、費用負担の問題も深刻。NY州では、「transmissionの建設コストは当該transmissionの新設によって恩恵を受ける者=beneficiariesによって負担さるべき」とする“beneficiary pays approach”が取られているが、そもそも、beneficiariesの特定が非常に困難。遠隔地の電力を安く使えるようになるとは言え、transmission建設コストの全額負担は割に合わないと考えるdownstateと、自分たちが恩恵を受けるわけではないのに(一部とはいえ)transmission建設コストを負担させられるのは嫌だと主張するupstateの対立に、その中間地域におけるsiting(立地)問題が絡み、その必要性自体は広く認識されていても、具体的なプロジェクトとなると、なかなか話がまとまらないといった状況がNY州では長らく続いている。

Enforcement costsの問題もある。Transmission ownerにしてみれば、発電事業者が約束通りに新規発電所の建設及び送電サービスの利用を行ってくれなければ、新規transmissionの建設コストを回収できず、一方、発電事業者にしてみれば、transmission ownerが約束通りにtransmissionを建設してくれなければ、プラン通りの発電事業を行えないといった状況が想定されうる。このような場合、互いに相手方の約束履行の確証が得られなければ、双方ともに事業の実施に踏み切ることはできず、結局、事業の実施が見送られる事態に陥りがちである。

規制が送電サービスの供給を妨げている可能性もある。NY州においては、安定供給の面からその必要性が認められる場合を除き、新規transmissionの建設の認可を受けるためには、①“strict cost-benefit tests”をクリアするとともに、②州内load serving entities(LSEs・配電事業者)の80%以上からの賛同を得なければならないことになっている。この仕組みは、理論的には、ratepayerがtransmissionの過剰投資に伴うコストを負担させられる事態を防ぐために設けられているものであるが、LSEsの多くがlegacy transmission ownersの子会社であるという現実を考えると、既存transmission事業者を過度に利するかたちで機能している可能性がある。

以上は、RPS制度の導入如何にかかわらず、NY州の送電サービス市場が本来的に抱えている“market failure”であるが、これに加え、RPSとの関連では、externality(外部不経済)の問題も指摘されうる。そもそも、RPS制度は、既存の電力市場が「温室効果ガスの排出」や「国外産エネルギーへの依存に伴う安全保障の脆弱化」といった「外部不経済」を適切に評価しきれていないという反省に立ち、それらを内部化(internalize)するために導入されている制度であるが、transmission建設認可の際の、上記“strict cost-benefit tests”では、そういった外部性がまったく考慮されず、explicitlyに示されるbenefitのみが勘案の対象とされる。このため、ある地域へのtransmissionの延長が、新規RE発電施設の導入を促すと予想されるとしても、それに伴う社会的価値は考慮の対象とはならないので、そういったtransmission建設案が“strict cost-benefit tests”に耐えられる可能性は低いままとなる。(to be continued.)
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「後半」のつもりでしたが、この先、もうしばらくかかりそうなので、第3ピリオドは、また稿を改めて。
Maxwell School, Syracuse, Apr 14, 24:29

Wednesday, April 14, 2010

thesis draft #1

うだうだ言っていてもはじまらないので、とにもかくにも、現在手持ちの知識と考察で、論文の骨子を書いてみることにした。ご意見いただければ幸いであります。

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Renewable Portfolio Standard(RPS)政策は、市場メカニズムの中で決定される「最低価格」で以て、再生可能エネルギー(RE)発電の導入を進めようとする制度であり、温室効果ガスの排出削減やenergy securityの観点から、米国内でも多くの州で導入されている。ニューヨーク州は、カリフォルニア、テキサスと並び、RPSによるRE発電導入を最も積極的に進めている州の一つであり、現在は「2015年までに州内消費電力の30%」をRE由来にするとの目標を掲げている。

市場メカニズムに立脚するその方法論から、RPS政策は、同政策の支持者の間で「所定のRE導入目標をもっとも経済的かつ効率的に達成できる方法」と考えられている。しかし、この命題は、政策の対象である商品(=RE発電)が、競争的な市場で取引されているという前提の下でのみ成立するものである。加えて、発電施設がstand-aloneでは機能せず、送電網(grid)に繋ぎ、送電網(transmission)会社から送電サービスの供給を受けてはじめて機能するものであることを考えると、この前提は、送電サービス市場においても満たされていなければならないものである。

送電サービス市場が競争的であるならば、RPS制度の導入で、新設RE発電事業者からの送電サービス需要が増えることにより、より多くの送電サービスが――それに伴って価格も上がるにしても――供給されるようになるはずである。そのためには、送電サービスが、滑らかな供給曲線を持たなければならないが、実際には、送電サービスの供給媒体であるtransmissionは、簡単には増設されにくい特性を有しており、NY州内では、RPSの導入開始(2004年)後はおろか、1980年代半ば以降で見ても、ごく小規模なものを除いて、transmissionの新設・拡張は行われていない。このことから、送電サービスの供給曲線は、滑らかではない右上がりの階段状をしており、より短期的に見れば、右下に頂点のあるカギ形(ある量までは水平、その量に達した時点で垂直)の形状を有していると考えられる。

このような市場において、需要曲線の右上シフトが続けば、あるところまでは、需要に応じた量のサービスが問題なく供給されるが、ある水準(=transmissionの物理的なcapacity)に達した時点(=需要曲線が、供給曲線の屈曲点を通る時点)で、それ以上は供給量が増えず、価格だけが上昇する局面に至る(この局面で積み増される追加的な価格がtransmissionの“congestion charge”(混雑料金)に相当する)。実際のところ、NY州におけるRE発電の主力である風力発電の適地は、電力の消費地(=downstate=NYC& Long Island)から離れたupstate(特に州北部及び西部)に集中しており、従来、発電施設の多くなかったこれらの地域では、既存transmissionの送電容量が限られているため、今のペースでRE発電施設の新規導入が進めば、早晩、transmissionのcongestion問題が深刻化するであろうと予測する向きは少なくない。

送電サービスの供給過少が生じた際、もっとも直接的に懸念されるのは、RE発電事業者が、当初契約通りのRE電力を送電(delivery)できなくなるという事態である。実際、2008年には、transmissionのcongestionが原因で、RPSプログラムに参加するある大規模wind firmがdelivery不足に陥り、RPS プログラム上のdelivery commitmentの下方修正を余儀なくされる事態も発生している。ただし、このような事態は、RE発電事業者の側にも追加的な負担を強いるため、今後、congestionが頻発するようにな(ると予測され)れば、論理的には、congestion chargeがRPSの入札額に織り込まれるようになり、そのことが、RPS入札額の値上がりにつながると予想される(ただし、transmissionのcongestion chargeが、RE発電事業の全事業コスト、ひいては、RPSの入札額にどの程度のインパクトを持つかについては、定量的な情報を得られていない)。

NY州のRPSプログラムでは、ratepayerから消費電力量に応じて徴収されるお金を原資に、NYSERDA(New York State Energy Research and Development Authority)が一括してRE発電電力(厳密には、物理的な電力そのものから切り離された「REで○kWhの電力を発電しました」という権利)を調達する仕組みが取られているので、RPS入札額の値上がりは、①原資不足による目標の未達成、又は②(あくまで目標を達成するための)対ratepayer課金単価の値上げ、のいずれか(或いはそのcombination)という結果を招く。また、将来、①②のうちの、どちらの政策がとられるかわからないという不確実性の存在そのものが、RE発電開発コストを押し上げている可能性もある。

こういった不都合の原因となりうる送電サービス供給量の硬直性は、同市場に見られる諸々の“market failure”要因によって説明できる。(to be continued.)
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頭がオーバーヒートしてきたので、続きは次回にて。
Maxwell School, Syracuse, Apr 14, 19:12

Tuesday, April 13, 2010

Interview #2

昨日は、NYSERDA(New York State Energy Research and Development Authority)へのインタビューに行ってきた。
  
“Advance innovative energy solutions in ways that improve New York’s economy and environment.”をミッションに掲げるこの組織は、州法に基づき1975年に設立されたNY州政府の一機関。元々は、化石燃料の消費を減らすためのR&Dに特化した研究機関だったのだが、時代が下るにつれ、行政的役割も担うようになってきている。州のRPS Programにおいては、“the central procurement administrator”、つまり、公募を主催し、発電事業者から再生可能エネルギー電力(厳密には、“再生可能エネルギーで○kWhの電力を発電しました”という実績に伴う権利のみ。物理的な電力は、別途、電力市場に売りに出される)を買い取る役割を担っている。

先週、NYISO(こちらは、電力系統の運用・電力市場の運営などに責任を負っている)にインタビューに行った際、“RPS? So what??”的な反応を返されたという話をその日のエントリに書いたが、今回は、期待通り(?)にその真逆で、“Transmission? So what??”的な反応が分かりやすくも返ってきた。

彼らの発想並びにスタンスは、「RPSの目標達成上、transmissionのcongestionが深刻なbarrierとなる可能性は想定していない」というもの。文字通り、「想定していない」といったご様子で、NY州のtransmission事情についてなら、むしろ僕の方が詳しいんじゃないかと思ったくらい。もちろん、応対に出ていただいた方の専門分野ではなかったから、ということもあるのかも知れないが。

実際のところ、transmissionの問題が、今後、どの程度、再生可能エネ普及の足枷になるのかは、よくわからないところがある。直接的に知りたければ、再生可能エネ発電事業者のコスト構造を覗かせてもらうのが一番なのだろうが、何社かにインタビューの依頼を出してみたものの、これまでのところ音沙汰なし。まぁ、元々、ダメもとのつもりで出していたお願いなので、無視されたとしても無理はない。

むしろ、論文の中では、そういった不確実性――この場合で言えば、「transmissionの問題が再生可能エネの普及にどの程度の悪影響をもたらすか」、より具体的には、「transmissionのcongestion chargeの値上がりがどの程度発生し(厳密には、「発生すると予測(expect)され」)、それが、RPSのbid価格をどの程度上昇させるか――を可能な限り絞り込むための努力を行政の側ができているかという点と、それでもなお残る不確実性が、制度上、適切に扱われているか、という点にフォーカスを当てるべきかとも思う。PSC、NYSERDA、NYISOという、関連する三機関の責任分担構造にも絡めつつ。

というような話を昨日の夕方にはアップし、その勢いで、論文の執筆に取り掛かろうと思っていたのだが、昨日の午後は、クリエイティブな方向にアタマを働かせる気力が出ず、だらだらとInt'l Trade Lawのリーディングをして終わる。慣れない長時間運転の疲れのせいもあったとは思うが、論文漬けの生活に、若干、疲れが出ているのも事実。たかだか、1セメスターのことではあるんだけれど。

いろんな意味で(もう一つくらいの意味しかありませんが…)、ちょっと運動した方がいいかもなぁ…。
my home, Syracuse, Apr 13, 11:14

Friday, April 9, 2010

Interview #1

Interview企画第一弾。州都Albany郊外のNYISOを訪問してきました。

正式名称は、New York Independent System Operator。念のために言っておくが、“ISO14000”とか“ISO9000”とかの“ISO”とはまったく関係ない。あちらさんは、“International Organization for Standardization”の略。こちらのISOは、“company”という体裁をとってはいるが、non-profitの機関で、NY州内の①電力系統の運用、②電力市場の運営、③電力網建設の長期計画、④技術の開発・普及(Developing & Deploying )という4つの役割を担っている。電力自由化のタイミングに合わせ、1999年に設立。

建物の外壁には、それが「NYISO」であることを示す表示は一切なされておらず(もちろん、表札なんてご丁寧なものはない)、一旦、行き過ぎてから引き返し、恐るおそる守衛さんに尋ねてみて初めて、そこが目的地であることを確認できた。道路からやや奥まったところに位置するその建物は、小ぶりの要塞かと見紛うほどの堅牢な建造物。聞いてみれば、州内全域をカバーする電力系統のオペレーション業務がこのビルの中で行われているんだとか。マンハッタンへの電力供給も、ここでコントロールされているということを考えると、建物の造りがそれだけdefensiveなのもむべなるかな。 

現地では、事前にメールで送っておいた質問リストに沿って、“Senior Communications & Media Relations Specialist”なる肩書きのおじさんから2時間弱の説明を受ける。英語のリスニング能力不足のせいか、はたまた、工学的バックグラウンド知識の不足のせいか――まぁ、両方だろうな…――、おじさんの説明を隅から隅まで理解できたわけではなかったが、関連資料をがっさりいただき、「読んでみてわからんことが出てきたら、またメールで教えてね」とお願いして帰ってくる。まぁ、間違いなくメールするな(笑)

今後、renewable energy(RE)発電の導入量が増えれば――少なくともNY州においては、“風力発電の導入量が増えれば”とほぼ同意である――、RE発電の“産地”(=upstate)から“消費地”(=downstate=NYC+Long Island)に電力を運ぶtransmission(送電線)の不足が、更なるRE導入のボトルネックとなりうる。というか、その問題は既に発現し始めている(参考)。そんな最中、NY州は、昨年12月、RPSの目標値(州内の全電力消費量に占めるRE起源電力の割合)を「2013年までに25%」から「2015年までに30%」に引き上げる決定を行った。

この状況を、「電力網建設の長期計画」を担うNYISOとしてはどう見ているのか――今日のinterviewでは、この点を一番聞きたかったのだが、二時間弱のinterview全体から受けた印象としては(※ 彼が具体的にこう言ったわけではない)、「NYISO的にはあまり深刻には捉えていない」といった感じ。何と言うか、要するに、「他人事」なのだ。

なぜそうなるのか、interviewの最中、或いは、帰りの車の中で、いろいろ考えてみたのだが、察するに、一番の理由は、文字通り「他人事だから」なんだろう。

NYISOの2008 Annual Reportの背表紙には、“The NYISO operates New York’s bulk electricity grid, administers the state’s wholesale electricity markets, and conducts reliability and resource planning for the state’s bulk electricity system.”とある。この一文、(明記はされていないものの)NYISOのstatement of purposesと見て良いと思うのだが、「環境保護」に関する取組には、一切、言及がない。つまり、究極的に言えば、電力の「安定供給」と「経済運用」だけが彼らのmissionなのであって、それ以外のこと(including 環境対策)は、知ったこっちゃない――文字通り「他人事」なのだ。

とは言え、州の政策の中で、「環境保護」(ここで具体的には、「RPS目標値の達成」)が絶対的な目標として位置づけられているのであれば、NYISOとしても、その実現を所与とした上で、「安定供給」と「経済運用」を達成しなければならなくなるわけで、間接的にではあるが、「RPS目標達成」が他人事ではなくなるはず。

しかし、実際には、NY州におけるRPS目標値の位置付けは些か曖昧。日本や、米国の他の多くの州のように、各utility companyに、bindingな達成目標を負わせているわけではなく、州政府の一機関であるNYSERDAが、唯一の買い手として、公募・入札をするという方式なので、目標年次までに目標値に到達しなかったとしても、「政治責任」以上の問題が発生するわけではない。となれば、今後、transmissionの不足に伴うcongestion(混雑)問題の顕在化などにより、REの発・送電単価が上昇した場合、州政府としては、rate payer(電力消費者)への課金額を値上げしてでも目標値の達成にこだわるか(←NYSERDAによる買取の原資は、電力使用量に比例してrate payerに課されるお金で賄われている)、目標達成をあきらめる代わりに課金額の上昇を抑えるか、という選択を迫られるかたちになる。この構造からすれば、RPSの目標値は、「絶対的ではない」と見る方が自然だろう(ましてやこの秋には知事選を控えている)。

つまりその、「環境問題に取り組まないNYISOが怪しからん」と言いたいわけでは全くなくて、transmissionの拡張が、今後のRE普及のカギを握っているのにもかかわらず、transmission敷設計画の任を負うNYISOに「環境保護」のmissionが課されていない、或いは、RPSを取り仕切るNYSERDAにtransmissionを云々する権限が与えられていない、という、現状の責任分担構造そのものに問題があるのではないかと。この辺り、もう少し深めれば、論文の結論部分に持って来れるかなと思ってみたりもしている(甘い?)

ちなみに、帰り際、窓越しに、“operation room”も覗かせていただいた。もちろん、撮影禁止なので、ここで写真で紹介することはできないが、だいたいこれとよく似た感じ。一チーム5人の12時間交代制なんだそう。PCのディスプレイが、一人当たり、7,8枚はあったように思う。さながら、飛行機だか宇宙船だかのコックピット×5セットの様相。とはいえ、暑くも寒くもない今日みたいな日は、発電capacityにも十分余裕があると見え、皆さん、のんびりと仕事をこなしておられた。
Maxwell School, Syracuse, Apr 9, 23:23

Monday, April 5, 2010

joyful note

直近のエントリでも書いたとおり、昨晩は、結局、答えを出せないまま、重ーい気分でベッドに入ったのだが、寝ている間に、三人の方からコメントをいただき、朝一にそれを読んで、またちょっと頑張ってみようという気分になる。持つべきものは友かな、と。三人の方々、ありがとうございます。のちほど、コメント方には、別途、御返信させていただきます。

今朝は、もう一つうれしい知らせが。職場の後輩の今年の夏からの留学先が、お隣のCornellに決まったとの由(両校の位置関係)。upstateの魅力(と冬の悲惨さ!?)を共有できる相手が、身近に一人増えると思うと、無性にうれしくなってくる。予定的には、週末一つ分くらいは滞在期間がかぶりそうなので、上手く行けば、諸々、引き継ぎ(?)めいたこともできるかと。
Maxwell School, Syracuse, Apr 5, 10:49

elusive quest?

Independent Study。一通り、日本語・英語交じりで荒々書いてみたのだが、なんとも面白くない論文になりそうな予感。構成の仕方に“originality”があるとは言ってはみたものの、パーツパーツはどこかで既に書かれてあることの寄せ集め。単位を取れるかどうかということより、あと一カ月、僕自身がこの面白みのない論文に付き合ってられるか、というところで疑問を感じ始めてしまった。もう少しひねりを加えられないかと考え始めてはみたものの、既に数時間経過。まったく答えらしい答えが見えてこず…。

「面白い」議論をするには、まだまだこの世界のことを知らなさすぎなんだろう。書かれてある主張の一つ一つは理解できても、その間を埋める空間がどうなっているのかを把握できていない。結果、自分なりに、この分野を斬るということができない。誰かが既に通った道しか通れない。。。

出口が見えず、ちょっとまいり気味。。
Maxwell School, Syracuse, Apr 5, 25:54

Tuesday, March 30, 2010

Camp in Albany?

Independent Studyの絡みで、NY州内のいくつかの機関にinterview(日本語で言うところの「ヒアリング」)のofferを出している。なかなか色よい返事をもらえず、半ばあきらめかけていたのだが、二つの機関から立て続けに、「しゃべってやってもいいよ」との回答が届いた。

待ちに待っていたことなので、それ自体は大変うれしいのだが、問題は、その日程。二機関とも、ここから車で片道二時間半の州都Albanyにあるのだが、片方が4月9日(金)、もう一方が12日(月)という、何とも中途半端な日程で…。普通に考えれば、日帰り×二往復で対応するところだろうが、その頃の週末ともなれば、Syracuseにいたって、どうせ論文執筆に埋没していることだろうし、せっかく行くからには、少しくらい州都の観光だってしてみたい。というわけで、週末ぶち抜きでAlbanyに居座り、一人「論文合宿」を張るというのもありかなぁと思案中。。エクスぺディってみたら(とは言わないわな)、ダウンタウン近くでも、一泊$60くらいからあるみたいだし。あながちなくもないかなと。

問題は、Albanyみたいな(パッとしない)ところに、一人で三泊もしていたら、いくら「合宿」のつもりとは言え、さすがに滅入ってくるんじゃないかということ。というわけで、その週末、Albanyに行く予定がある(又は、行ってやっても良い)という方、いらっしゃれば、ぜひ御一報を。

まず、いるわけないけどね(笑)
Maxwell School, Syracuse, Mar 30, 16:12

Tuesday, March 23, 2010

Connecting two fields

論文の方、だいぶ考えが煮詰まってきたので、昨晩、knj君に一時間ほど付き合ってもらって、ブレインストーミングをしてみる。今さらながら、こういうときにSkypeって便利。彼らがどうやって儲けてるのか、ビジネスモデルが未だによくわかんないんだけど。

knj君との議論の中で、何となく見えてきたのは、originalityを発揮することにそこまでこだわらなくてもいいんじゃないかということ。まぁ、言ってしまえば、所詮はMasterレベルの論文なんだし。

それよりむしろ、engineeringの世界の方々が、あちこちで書きまくってておられる論説を、電気工学のバックグラウンドがない人でも理解できるよう、「文系フィルター」を通して編み直し、こっちの世界 ― まぁどっちが「こっち」かはともかくとして ― の人たちに問題の存在を知らせる一助となるような論文を目指すというのも、アリなんじゃないかと。

まぁ、いずれにせよ、「問題の存在を知らせる」なんてのは、あくまでバーチャルな物言いであって、結局のところ、誰が読むでもない論文になるのは必定。問題は、「論文を書く」というプロセスで蓄えたモノ(知識・考え方・人脈、etc.)を、東京に戻ってから、活かせるかどうかの一点に尽きる。そう考えると、一足飛びに“originality”を目指すよりも、既存の論説を ― ただ「読んだ」というだけでなく ― 自分の言葉で、言い直せるくらいまで、しっかりと咀嚼・吸収する方が、結局、自分にとっては意味があるんじゃないかと思えてきたのであった。

というわけで、おぼろげながら、最終稿の輪郭が見えてきたかなぁという感じ。残された時間は、一カ月とちょっと。
Maxwell School, Syracuse, Mar 23, 22:53

Sunday, March 14, 2010

Wind Consideration (cont.)

風力ネタ、続き。一部、knj君とのdiscussionへの回答含。(今回も、レスお待ちしてます)

前回取り上げたPuga and Lesser (2009)によると、NY州のRPSは、transmissionとの関連で、以下の3つの問題を抱えているという。
  1. NYISO(New York Independent System Operator)のgrid system planning process上、新規のtransmission建設が認められにくい。(because ①厳格なcost-benefit test と ②配電事業者(LSEs: Load Serving Entities)による80% supermajority approvalの両方をクリアしなければならない)
  2. 最近まで、系統連係(=発電施設をgridに接続する)時の“deliverability test”(which “ensures that the electricity a new generating resource ... can actually be delivered to load centers over the transmission grid.”)を欠いていた。
    → “a significant share of existing wind generating capacity in New York is "bottled up."” (現在、NY州内に存在する風力発電能力の相当割合が“ダダ漏れ”している)という結果に。
  3. ようやくdeliverability requirementを課したのは良いが、そのrequirementをクリアするための負担(for renewables発電事業者)が重すぎて、renewables導入の大きな障壁となりうる。
1. 及び 2. からすると、renewablesの導入量が増えるに従って、風力(或いは全renewables)からのdeliverability(の平均値)は下がってきたかに思われるのだが、generation/capacity値 [1000MWh/MW] の推移を計算してみると(データ元:US Energy Information Administration(DoEの下部組織)のwebサイト)、風力についてもrenewables全体についても、そういった傾向は見られない。

また、3.からは、直観的には、renewablesの導入量が増えるに連れて、RPS電力の買取価格が上がっていくことが予測されるが、実際には、買取価格の契約単価の平均値は、過去三回行われている入札ごとに下がってきている。

<入札実績 (実施年, 契約件数(うち風力の件数), capacity合計, 契約単価平均値)>
  1. 2004年, 5件(2件), 254MW, $22.90
  2. 2007年, 19件(8件), 533MW, $15.52
  3. 2008年, 8件(3件), 180MW, $14.75
※ 契約件数は、契約履行に至ったもののみ(これ以外に、契約するも事業開始前に頓挫したケースがある)

もちろん、deliverability及び契約単価には、transmission以外のいろんな要因が影響しているので、上記のような結果が見られたからといって、Puga and Lesser (2009)の分析が誤っているということにはならない。Puga and Lesser (2009)の妥当性を厳密に調べようと思ったら、deliverability及び契約単価の変化と、transmission要因とのcorrelationを見ないといけないが、もちろん、そんな込み入ったデータはweb上に落ちていないし、入札に参加したrenewables事業者にその点を聞いても教えてくれるかどうかは怪しい。いずれにせよ、そこまでやっていては、おそらく、予定通りに卒業できない、なんて困ったことになってしまう。
一方、トレンドとして、「deliverabilityが下がる」又は「契約単価が上がる」といった傾向は見られないにしても、そもそも(完全競争状態に比べて)「deliverabilityが小さすぎる」又は「契約単価が高すぎる」可能性はある。

NY州の場合、RPS市場の「買い手」はNYSERDA一者のみであり、NYSERDAの主催する入札に、renewables発電事業者が「売り手」として参加する仕組み。(この、「買い手が一者のみ」という形式は、NYのRPSに特有のものだが ― 他の多くのRPS制度では、買い手も複数いて、collaterallyに取引が交わされる ―、この点が、今のこの議論にsignificantな影響を与えるとは思えないので、ここでは、この特徴について深掘りすることはしない。)

renewables発電事業者は、RPS市場における「売り手」であるが、彼らは同時に、送電サービス市場における「買い手」でもある(← 発電した電気を売るためには、transmission事業者から“送電サービス”を買って、電気を目的地まで送り届けてもらう必要がある)。この送電サービス市場において、「競争圧力の排除」が見られるならば ― 上記1.の問題により、その可能性は高い ―、「非効率性と費用の上昇」(=X非効率性)が発生している可能性がある。[泉田・柳川 (2008) “プラクティカル 産業組織論” 有斐閣 p.78]
  
この場合、RPS市場そのものは完全競争的であったとしても、そこで提供される財(=“RPS Attribute”。RPS対象施設での発電量に応じて生みだされる権利)の生産コストに、transmission事業者の享受する(送電サービス市場での)独占利益が織り込まれるかたちになるので、全体としてみれば、必ずしも効率的ではない可能性がある。NYS-RPSの場合、NYSERDAが購入するRPS Attributeの対価は、電力料金に上乗せしてratepayerから徴収されるお金で賄われているので、「効率的でない」ということは、すなわち、ratepayerが「完全競争価格」以上の料金を負担させられている、ということ。もし本当に、そういったことが起こっているのだとしたら、望ましい状態であるはずはない。

RPS制度とtransmission整備に関するここまでの議論を整理すると、
  • RPS目標値を達成するためには、renewables発電源に十分なdeliverabilityを与えるtransmissionの整備が必要。
  • 単に目標値を達成するだけでなく、それに要する費用(究極的にはratepayerが負担)を最小化・最適化するためには、transmission整備に要する費用の適正分担が必要。
ということになるかと。

さらに言うと、前回の議論にも通じるが、ratepayerから義務的に徴収される財源で以て賄われるものである以上、RPSの目標値は、闇雲に上げていいものではないはずである。
この点に関し、NYの公共サービス委員会(Public Service Commission; PSC)のOrder (Apr 14, 2005)に基づくmid-term program evaluation (2009)(参照)の中で、“independent evaluation contractors”の一つとして、RPS制度の評価・分析を行ったKEMAは、同evaluation報告書の中で、今のトレンドで行くと、当初の目標を達せするためには、RPS Attribute買取資金が不十分であることを指摘。具体的には、2004年の公共サービス委員会Orderで認められた買取資金の徴収総額$741.5millionを原資に、2013年までの目標を達成するためには、RPS Attributeの買取単価は$7-8/MWhでなければならない計算になるという。一方、実際の価格は、先に見た通り、制度開始当初に比べれば下がったとはいえ、10ドル台中盤で推移しており、未だ、その差は大きい。[“New York Renewable Portfolio Standard Program Evaluation Report” (2009) p.39]

KEMAは、同報告書の“Recommendations”において“If targets are not set in accordance with available funding, the target is not realistic.”とも述べている。[p.55] この点、KEMAがNYSERDAに提出した、元報告書(KEMA (2009) “New York Main Tier RPS Impact & Process Evaluation”)の方も、読んでみる必要があるかと思う。

なお、KEMAは、買取価格が当初見込みより高くなっているだけでなく、renewables電源の導入スケジュールも、当初予定より遅れ気味である点を指摘している。もちろん、この事実だけでは、「当初の目標設定が高すぎた」と判断するのに不十分であり、更なる検討が必要なのだが。

一方で、公共サービス委員会は、RPSの導入目標を、現行の“2013年までに25%”から、“2015年までに30%”に引き上げる新Order [CASE 03-E-0188 “Order Establishing New RPS Goal and Resolving Main Tier Issues”]を今年1月に採択している。まだ中身は読めていないが、「目標値を引き上げる」という決断に至った背景の議論についても、このOrderの中で述べられているようなので、近いうちに読んだみたいと思う。
my room, Syracuse, Mar 14, 19:50