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Monday, June 28, 2010

8310 miles

二年間連れ添った愛車とお別れしてきました。

個人売買も一応画策してみたのですが、修理屋さんで見てもらったところ、何気に結構ガタが来ていて、いろいろ修繕が必要であることが判明。買い手候補だった人(ていうか、うちの大家なんですけど)はそれ聞いて、購入を断念したので、まぁまぁな値段をつけてくれていたこの地域一番の巨大ディーラーに引き取ってもらうことにしました。買った時もそこだったので、CR-Vにしてみれば、里帰りみたいなもん。

後ろの席のドアのカギが変とか、運転席側のドアにサビが浮いてるとか、年相応に、こまごました不調はいくつか出ているものの、パッと見、そんなに古そうでもないし、何より、足回りは全く問題なかったので、おめかしされた後、数週間後には新しいパートナーを見つけて旅立っていくことでしょう。こっちはこんなに悲しんでるというのに、ほんと、薄情なヤツです。

今日の売却時点で、この車の通算走行距離は108,739マイル。買ったときは101,429マイルだったので、二年間で8,310マイル(=約13,000km)走ったことになります。まぁ、二ヶ月間、ガーナに行ってたり、DCでは、ほとんど週末にしか乗らなかったりしたので、アメリカにしては圧倒的に少ない距離。でもまぁ人生で初めて買った車にしては、よく乗ったんじゃないかと思います。
  
最初の秋は、このblogでもCR-Vのこと、結構愚痴ってましたが、今思えば、よく走ってくれた良い車でした。(立場上、燃費がそんなに良くなかったことはヒミツです。)
my room, Syracuse, June 28, 17:36

Sunday, June 27, 2010

よしなしごと

舌の根も乾かぬうちに、今週末のよしなしごとを。
 
土曜日は、昨日のblogを書いた後、DCからわざわざ出てきてくれたアメリカ人の友人と二人でサッカー観戦。アメリカ対ガーナ戦。普段、自分の生活圏を見渡しながら、「アメリカでは、ワールドカップはそこまで盛り上がっていない」と思っていたが、「盛り上がっていない」んじゃなくて、単純に、自分の周りに人がいなかっただけだということに気付く。大都会NYCでは、ワールドカップは立派に盛り上がっていた。
 
East Villageの数あるバーはどこも満席。しばらく探し歩いた末に、フィリピン・バー(=フィリピン系アメリカ人によるフィリピン系アメリカ人のための健全なバー)に着陸。試合結果は御存知の通り、延長戦の末に2-1でガーナの勝利。僕の友人氏含め、アメリカ人の皆さん(というか、店内は全員そう。何系のアメリカ人かはともかく)、一様に落ち込んでいたものの、立ち直りは至って早い。結局のところ、アメリカ人にとってのサッカーというスポーツは、昼間っから呑む口実にはなっても、そこまで本気で入れ込む対象ではない。友人氏は正直に、「サッカーは4年に1回、(ワールドカップの時だけ)観戦するもの」と言っていました。
  
その後、市内をぶらぶらし、友人氏に夕食を御馳走になった後(ごちそうさまです)、もう一人の方も合流して男三人で、タイムズスクエアのマリオットの最上階にある、展望バーへ。このバー、初めて行った(というか、そんなものがあるなんて全然知らなかった)のだが、マンハッタンのど真ん中からの夜景は、なかなかのもの。それだけに、結構良いお値段するのかと思いきや、入ってみると、中の雰囲気は、どこの街にもあるタワーモノのそれに近く(=basically観光客向け)、それゆえ、値段もそこまで高くはない。席に着くまで、多少待たされはしたが、基本的に予約も不要。この先、NYCに行かれる方には是非お勧め。友人氏の粋な計らいで、NYC最後の夜に、良い思い出をつくることが出来た。
  
そのまま、タイムズスクエアの隣にあるPort Authorityからgreyhoundバスに乗り、明け方6時にSyracuse到着。多少呑んでいたこともあってか、車中では一度のinterruptionもなく眠り続ける。まだまだ夜行バスで動けるなと、いらん自信を新たにする。
  
今日は、夕方から、同級生さんたちと一緒に、Syracuse Jazz Festを聞きに。Onondaga County主催の無料のイベントなのだが、かなり気合いが入っていて、オオトリには、かのNatalie Coleまでが登場する。僕にとっては、「名前は知ってるけど、なんて曲を歌ってるのかは知らない」くらいの人だったのだが、生で聞いてみると、その迫力たるや半端ない。
  

二年の間に、多少は耳が英語に慣れたせいか(ホンマか!?)、英語の歌詞の響きが、留学前より幾分、ハートに直接響くようになったような気もした(救いようなく主観的な意見でスイマセン)。帰国したら、今度こそ真面目にjazzを聞いてみようかと思ってみたり。まぁ穏やかでありながら、みんなが心底楽しんでいる、あの雰囲気は、アメリカ(の田舎)ならではなんだろうなぁーとも思いつつ。日本のjazzコンサートでは、こうはなんないだろなぁ。適当に言ってますけど。
  
明日からは、二年間のMaxwell生活、いよいよ最後の一週間です。
my room, Syracuse, June 27, 23:54

Saturday, June 26, 2010

NYC滞在中

NYC滞在中。帰国前のNYC訪問はこれが最後。残念ながら絵画を愛でる感性をどこかに置き忘れてしまった僕としては、今さら美術館巡りに躍起になるわけでもなく、人に会う以外はスタバでのんびり過ごしています。「あれ、お前、TOEFL受けてるはずじゃ??」――はい、正しいツッコミ。でも人生には時折、TOEFLよりも大事なものがある、といわけで。それが「徹夜カラオケ」ってのは救いようないけど。

最近、ブログの更新頻度が下がっているのは、忙しいからというより、書きたい気持ちが下がっているからだと思います。「考える」のは、とりあえず、もうこんなもんでいいかなと。いや、もうちょっと正確に言うと、また違ったアングルから考えていたりもするんですが、それを赤裸々に書くと、ちょっとじめじめし過ぎてしまうのでいかがなもんかなと。かと言って、MSJで、日常生活のよしなしごとを書く気にもならず。帰国してから、新装開店するならともかく、このblogは、そういうのじゃないかな、と。何のこだわりやねん、こらっ(笑)

ちゅうわけで、この後、帰国までに、何回くらいblog書くかはわかりませんが、何はともあれ、Syracuse生活も残り一週間というわけで。月~木、4日間の授業と金曜日の卒業式でおしまい。
NYC, June 26, 11:00

Monday, June 21, 2010

思い出づくり

二年前に買ったまま、これまで一度も使う機会のなかった“Hiking New York”なる本を活用するべく、突然思い立って、ハイキングを企画してみた。行き先は、Syracuseから二時間ほど北東に走ったところにある、ちょっとしたトレイル。こんな「藪から棒」企画にお付き合いくださったのは、MPA/IRの二年目組アメリカ人の皆さんと、日本人MPA生の皆さん。ありがとうございます(って、ここで書いても前者の人たちには届かんな)。心配された雨に遭うこともなく、終日、気持ちいい快晴の下、いつになく健康的な一日を過ごしてきました。

ハイキングコースに向かう道すがら、wind firmの真っ只中を通過。規模がメチャクチャ大きかったので、これはもしやと思って帰って調べてみたら、やはり、NY州内最大のwind firmであることが判明。このwind firm、僕の書いた論文に、ダメな風力発電の例として登場するもの。建ても建てたり、195基の風車を建てたはいいが、作った電気を送りだす送電網容量が不足していて、ピーク時には電気を100%送り出せないというのが現状らしい(参考)。せっかく電気作ったのにね、残念…。
二年間連れ添った愛車、CR-Vとの遠乗りも今日のハイキングがたぶん最後。思いがけず、トレイルヘッドに繋がる最後の数mileが未舗装のダート道だったので、わざと水たまりのあるとこを選んで走ったりしながら、最初で最後の“RVらしい”走りを満喫してみました。そういう意味でも良い思い出を作れた一日。
my home, Syracuse, June 20, 25:37

Sunday, June 20, 2010

デカいにもほどがある。

同級生M君とのドライブ旅行第二弾。第一弾の報告、まだ書いてなかった気がするけど、まぁなんしか第二弾。

今日の行き先は、感覚的にはお隣(?)大学のCornellさん。農学、ホテル学、開発学etc.で世界にその名を轟かす名門中の名門。我がSyracuse大学とは、upstateの雄の座を二分する関係にある(と思っているのは、たぶんうちだけ。)
  
Cornell大学は相当な田舎に位置している。Syracuse在住の分際で何を抜かすか!と突っ込まれそうだが、はっきり言って、うちの比ではない。何せ、Cornell生にとっては、このSyracuseに「出て」来て買物するのがイベントになるというくらいだから、その田舎ぶりが察せようというもの。

そんなわけで、都会人bayaとしては、「いつかそのうち行ってやろう」「行けなかったらそれはそれでOK」くらいに思っているうち、いつしかその存在すら忘れかけていた。このたび、M君からの貴重なるお誘いを受け、ついに訪問する機会を得たわけだが、いざキャンパスに足を運んでみて、実物をこの目で見るなり、直観。

ワタクシ、見くびっておりました。

何はともあれ敷地がデカい。うちとCornellを同縮尺で比べると、うちの大学がかなり貧相に見えてしまう。
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実際、キャンパス内を歩いてみて、その広さと風格に圧倒されてしまったワタクシ(とM君)。学び舎の風格という意味では、これまで見てきたどの大学(Harvard、MIT、Columbia、NYU、Chicago U、Naval Academy、UC Berkley、GWU、AU)よりもCornellの方が上に感じられました。広いといっても、ただだだっ広いだけでなく、アイビーリーグの名にふさわしい気品を漂わせているところがこれまた素敵(←完全にやられちゃってる人)

ただ、問題は、結局元に戻るが、「田舎すぎる」ということだと思う。Syracuseもたいがいだが、Cornellで車がないと、移動の自由が本当になくて難儀すると思う。Ithacaの街からは完全に隔絶されているので、歩いてキャンパス外に出るのは事実上不可能だし、キャンパス内の移動にしても、車がないとかなりきつそう。学期中になれば、バスが頻繁に運行されはするんだろうけど。まぁそうやって荒さがしをしながら、Syracuse大の相対的な優位点を必死に探していた、というのが本当のところなのかも知れません…。
キャンパスの中を貫く渓谷の壮観
my room, Syracuse, June 19, 26:00

Friday, June 18, 2010

"No more war"

午前中に授業が終わった後、同級生たちと一緒に、paintballなるゲームをしに行ってきた。この競技、「○○ボール」と名乗って如何にも「球技ですよー」みたいな雰囲気を醸し出そうとしているが、なんてことはない、ただの銃撃戦ゴッコ。いや、「ただの」というわけでもなく、結構本格的な空気銃を使った撃ち合いを有無を言わせずやらされる。弾は、当たると弾けて塗料が飛び出すグミみたいな物体で、これに当たると結構痛い。

もちろん、フットボールやベースボールの類でないということは重々承知の上で参加したので、まったく文句は言えないのだが、「やっぱこの人たちとは何かが違うよね…」と改めて痛感する結果に。どこでそんなワザ覚えるんだよみたいな戦争映画顔負けの普段の文民生活ではまったく必要とされない動きを普通にやってのけたり、やたら統制の利いた作戦で有機的な攻撃をしかけてきたりするアメリカ軍(こっちは、非米連合)。要するに、「おいアメ公、お前ら、どんだけこの競技やりこんでんだよ!!」と言いたくなるわけ。

と思っていたら、僕らと入れ替わりで、お父さん(と思しきデブっちょなおじさん)に率いられた子供たち4、5人がpaintballを開始。年の頃なら小学生~中学生くらい。そして納得。彼らはこうして子どもの頃から訓練されてきたのかと(苦笑)

一応、断わっておくと、クラスのアメリカ人のみんながみんな、この遊びに興じているわけではない。むしろ、今日来ていたメンツは、どっちか言うと、普段の呑み会やらで見かけないメンツがわりあい多かった気もする。アメリカ人全員が撃ち合いゴッコに興じているわけではない、と。かといって、極レアってわけでもないみたいだけど(笑)

連戦に次ぐ連戦で、疲れ果てた日本人同級生の口から洩れた一言――“No more war!!” その言葉の重みが一段と身に沁みる一日でございました。まぁでも、一つの「アメリカ体験」という意味では、これもまた面白かったかな。
my home, Syracuse, June 17, 28:29

Thursday, June 17, 2010

考えつづければ答えは出るか?

たぶん育ってきた環境と、大人になってから出会った人の影響が大きいと思うんだけど、僕は、何か困ったことや不満なことがあると、その原因は何なんだろうかとひたすら考える習慣がある。まぁ、そんなことは、今さら本人が書かなくても、このblogをお読みの皆さんなら、お察しの通りかも知れません。

というか、そうすることしか能がないとも言えるし、そうしていればとりあえず安心できるみたいなところもある。特に、時間をふんだんに使えた留学期間中はそうだった。でも、それって、ある種の“信仰”なのかもなぁ…と、思い始めた今日この頃。「考えよ、さらば答えが与えられん」――ホンマか、と。

考えることが無益ではないこと、いろんなことをクソ真面目に考える姿勢が今の自分を形成してきたこと、その自分にある面では自信を持っていること――これらは全て本当だと思える。ただ、「考える」ことの“限界便益”も、他の財と同じようにきっと逓減していくはずで、だとすると、「とにかくひたすら考える」という姿勢は、有限なる資源の分配方法として賢い選択ではないはず。

ましてや、自分の“予算制約線”は、特に大きいわけでもない。「この人の才能には敵わんな」という人は、これまでの人生の中で何人も見てきた。それでも、これまでは、無理繰り、“予算制約線”を広げる方向で努力していたように思う。頑張っていればそのうち広がるんじゃないかと、自分のポテンシャルに過信していた部分もあったように思う。けど、やっぱり、この年にもなれば、そんなものは、そうそう大きく変わらない。むしろ、自分の“予算制約線”の大きさ(小ささ)を受け入れ、その中での利潤最大化を考える方が、現状と比べて得られるものは大きいような気がしてきた。

そう考えると(また考えてますが。笑)、「考える」ことに割く時間や労力はもっと減らした方が良いということになる。まぁ、何をするにももちろん何かは「考え」るんだろうけども、抽象的なテーマや、「理想」に近いような遠い遠い目標について考えるよりも、日々の仕事を如何に上手く捌くか、日々の生活を如何に楽しむかということの方に、もう少し意識を振り向けるべきなんじゃないかと。

同級生M君との会話や、Executive Leadershipの授業の中で感じたことです。
my home, Syracuse, June 16, 24:20

Wednesday, June 16, 2010

PC復活とExecutive Leadership

まず、何はともあれPC復活。祝!! こんなに荷物の到着を待ちわびたのは久しぶり。

というわけで、さっそく、あんなこととか、こんなこととか、blogに書きましょと思っていたのだが、晩飯から帰ってきて、風邪薬を飲むなり妙な頭痛に襲われて、昨晩はそのままダウン。たまたまそういうタイミングだったのかも知れないけれど、普段あんまり経験しないタイプの頭痛だっただけに、副作用が疑われる…。まぁ、blogを書くこと以外、特にやんないといけないこともなかったので、まぁいいっちゃぁいいんだけど(風邪自体はいちおう良くなってる気もするし)。

Executive Leadershipの方は昨日で二日目終了。周囲の評判は頗るよろしくないが、個人的には、「予想してたのよりは良いんじゃない?」という気がしている。もともとの期待値は僕の中でもそんなに高くなかったわけだが、大して役に立ちそうにない授業というのは、これまでにもいろいろあったわけで、それに比べてこのコースが特にひどいということではない気がする。

ただ、日本人/アメリカ人に関わらず、ここまで周囲の評判が悪いとなると、オレの価値観ズレてるのかなと逆に心配になってみたりもする。まぁ、多少ズレてるんだろうな。

ともあれ、教室の内外で、ここ最近、感じたことについてはまたおいおい。
my home, Syracuse, June 16, 7:57

Monday, June 14, 2010

PC Charger was Broken

久しぶりの投稿です。

何日か前に、PCが壊れたかも的な記事を書きました。

結局、PCは壊れてなかったんですが、ACアダプタが壊れていることが判明(人からお借りした同じモデルのアダプタだと普通に立ち上がった)。で、早速T○SHIBA USAさんに新しいアダプタを注文するも、日本のクレジットカードは使えないとかなんとか(まぁ、それだけなんですが)でトラぶり、ここ数日間、PCなしの生活を強いられております。大学のPCでも日本語使えるんですが(現にいま使ってますが)、なんとなく、心理的ハードルが高いようです。ブログは、自前PCで書く、というのが染み付いているらしい。。

とりあえず、明日には新アダプタが届くらしいので、ぼちぼちブログライフも再開。ここ数日はというと、週末は遊びに明け暮れ、今日からは、Executive Ledearshipなるコースが始まり、気持ち的には、留学終了のカウントダウンが始まった感じ。家では箱詰め作業進行中で、部屋の中が想像以上にひっくり返ってます。思ってたよりモノ多いかも・・・汗。
Maxwell School, Syracuse, June 14, 21:21

Wednesday, June 9, 2010

PC Charger Emergency

電源に繋いでいるのに、PCの充電が出来ないという事態に振り回される。

コードがイカれちゃったかと思い、Erie Blvd.沿いのBest Buyに買いに行くも、「TOSHIBA用はないよ」と言われ、Carousel CenterのBest Buyに行っても同じことを言われ(ローカルな話でスイマセン)、一つ下の階のRadioShackに行って、ようやくuniversal対応のコードが見つかる。

良かったよかったと思ったのも束の間、その場でコードを試してみると、PCはまったく反応しない。RadioShackのオヤジ曰く、コードが断絶したときにPC側の受け手もやられちゃったんじゃないかとのこと。そんなことってあるのかなぁとは思いつつ(充電が切れるまでPCは動いていたので、PC本体が完全にやられちゃってるわけではない)、それ以外に納得のいく理由も思いつかないので、最悪の事態(!!)を受け入れる心の準備を始める。

同級生のM君に電話し、学校のPCで日本語を使う方法を伝授してもらいつつ、善後策について協議する。日本で買ったPCをアメリカで修理してもらえるものかどうか、買い直すとしたら、NotebookかNetbookのどっちがいいか…etc. 残り一カ月というタイミングが、また微妙。。

風邪気味の、いつもに以上に動きの悪いアタマで、どうしたもんかと考えながら学校に戻る。何も考えずに、何となく「もう一回だけ」と、コードを繋いで起動ボタンを押してみたら、何事もなかったかのように動き始めるPC。What!!? この数時間に起こったことはいったいなんだったのだ。全く以て納得のいく説明は得られないままだが、何はともあれ、自分のPCでこうしてblogを書けているのが現状。単に接触が悪かったということなのか…?(自宅で試してみても、学校で試してみても、RadioShackで試してみてもダメだったので、単純にそれだけとも思えないんだけど。)

IT関連にはそれほどこだわりはないので、手持ちの機器が最先端でないと厭だということはまったくないのだが、これだけPCを使って日々生活しているわけなのだから、本当は、一揃えのバックアップ(データの、という意味ではなく―それはもちろんなのだが―、装置そのものの、という意味で)を手元に置いておくべきなんだろうなと実感。
Maxwell School, Syracuse, June 9, 16:31

Tuesday, June 8, 2010

"Global Leader"

東京ベースのとある勉強会のメーリングリストで、このところ、“Global Leader”の話題が盛り上がっている。その言葉自体、英語として正しいかどうかはともかくとして、国際社会で活躍できるリーダーになるためにはどういう素養を身につけなければいけないか、といったお話。アメリカ人とのグループワーク漬けの日々を送っている時期なだけに、身につまされる話が多い。

一昔(いや、二昔?)前に流行った、“Globalization = Americanization”みたいな言説に乗っかるわけではないが、結局のところ、“Global Leader”になるための素養というのは、英語圏のビジネス流儀(もちろん英語を含む)を身につけることとほぼ同義なのではないかと思う。語学の壁は大きいし、何はともあれそれを越えないことにはどうにもならないのだが、本気で“リーダー”を張ろうと思ったら越えないといけない壁はそれだけではないはず。こちらのビジネス慣行――もっと分かりやすく言えば「常識」――みたいなものも習得しないといけない。所詮、学生のお遊びとは言え、グループワークで揉まれながら、そのことをつくづく感じる今日この頃(純粋な語学の部分でも、まだまだキツイわけですが。。)。

多国籍企業や、国際機関のHQで働いた経験はないので、実際に見てきたわけではないが、普通に考えれば、そういう“グローバル”な組織も、“グローバル”とは言いながら、結局、英語圏の流儀(せいぜい、その亜流)で回っているんだろうなと思う。仮に「亜流」だったとしても、英語圏出身の人間からしてみれば、外国人に多少「配慮」をすれば済むだけの話なので、こっちみたいに、一からコトバ覚えて、常識身につけて、云々カンヌンというのとは、根本的にワケが違う。羨ましいなぁと思うと同時に、そんな中で、帰国子女でもない日本人がリーダーを張っていくというのは、相当チャレンジングなことなんだろうなと今さらながらに実感する。自分を入れてたかだか7人の今のグループにしても、「明日からお前仕切れ」と言われて、仕切っていけるだけの自信は毛頭ない。それをするには、「議論について行ける」「それなりの貢献ができる」という、今のレベルとは、また一段違った英語力+αが必要だろう。

ホントは、この時期にそこまで辿り着いていないといけなかったんだろうなと思う。今さら言っても、仕方ないんだけど。次に目指すべき段階を、(ただただ「遠ーくの方」というのではなく)一応、具体的にイメージできるようになったということが、せめてもの救いか。
my home, Syracuse, June 7, 25:05

Sunday, June 6, 2010

Kabuto-mushi

International Trade Lawのクラスで一緒だったLaw Schoolの日系人A君に誘われて、Law School生グループのバーベキューに参加してきた。彼らLaw School生は一応既に卒業済みなのだが(そういう意味では、今日集まっていたメンツは、僕以外は全員“Dr.”)、卒業後も引き続き、bar examに向けた予備校の授業を受講中。その授業が月-土の週6日なんだそうで、今夜は束の間の息抜きを楽しんでいるようだった。

A君とゆっくり話をするのは実は今回が初めて。出身はワシントン州のオリンピアだが、小さい頃に、お父さんの仕事の関係で日本に住んでいたことがあるらしく、それがどこかと聞いてみれば、なんと京都の美山町。大学時代に何度か遊びに行ったことのある、僕の大好きな町の一つである。京都市内からはバスで約1時間半。茅葺民家が数多く残る、いわゆる「日本の原風景」みたいな土地だ。

「僕も行ったことがあるし、大好きな町の一つだ」という話をしたら、「美山を知っている日本人には初めて会った」と言って、彼の方がびっくりしていた(笑) 美山では、夏になれば、カブトムシやクワガタムシがそこらじゅうで簡単に捕まえられるらしく、少年時代のA君は、それらを捕まえてきては対決させて遊んでいたらしい。彼の“kabuto-mushi”の発音の流暢さから、如何に彼がその遊びに興じていたかが偲ばれた。
  
大阪の今里に住んでN○VAで働いてたヤツだとか、枚方に住んで淀屋橋のインターン先に通ってたヤツだとか、僕の周りの日本在住経験者は、妙に西に偏っている気がする。いわゆる“類友”ってやつだろうか??
my room, Syracuse, June 5, 25:35

Sunday, May 30, 2010

"Dirty Dancing"

昨日のblogでは、「Thousand Islandsは“超”が付くくらいの金持ちたちの保養地」みたいなイメージで描いたが――実際、戦前まではそうだったと思うのだが――今では、もうちょっと庶民的なリゾートホテルが建っていたりもする。そんなホテルの脇をクルマで通過するとき、アメリカ人の同級生が、「“Dirty Dancing”みたいなセカイだね」と言った。「それ、なんね?」と聞くと、「アメリカ文化を知る上で欠かせない一作。今すぐ観ろ」と言うので、今日、さっそく、その『Dirty Dancing』(米・1987)とやらを鑑賞してみる。もう一人のアメリカ人は、「その前にIron Manを観た方がいいよ」と言っていたが、まぁ、順当と思われる判断により、とりあえず却下(笑)

NYC郊外のリゾートホテルで、長期の夏休みを過ごす医師一家。そこの次女である、高校出たてのinnocentなお嬢様が、ホテルで働くダンス・インストラクターと恋に落ち、父親の制止に抗いながら、大人の階段を上っていく、というストーリー。真っ先に浮かぶ感想は「お父さん、かわいそう…」てなもんだが、ここでは、むしろ、ストーリーより文化的背景の方に注目。

作中、NY郊外のリゾート地に家族単位でマイカーで集まってくる人たちは、長期(二、三週間?)の夏休みの間、ゴルフをしたり、湖水浴を楽しんだりしながら、ホテルでまったりと過ごす。客層は、中の上~上の下くらいの人たち。それこそSt. Lawrence川の島の上に別荘を建ててしまえるような、滅茶苦茶な金持ち層ではない。ある意味では、「普通」の人たち。

そんなわけで、ホテルは、Social School的なサービスも提供している。ダンス・スクールは、その中でも一番人気と見え、ホテルは、主人公(男の方)を含む住み込みのインストラクターたちを多数雇っている。リゾートシーズンの終わりには、宿泊客、従業員が参加してのパーティを開催。そこでは、従業員だけでなく、宿泊客の有志も一緒になって歌や踊りを披露。ある種、「大人の学芸会」な様相。その場面は、この映画のクライマックスにもなっている。

作中で、ホテルの支配人が、「世の中も変わった。このビジネスモデルもそろそろ限界かな…」とこぼすシーンがある。その言葉からして、この映画が公開された87年の時点では、こういったスタイルのリゾートは、既に過去のものになっていたということが分かる。今から言えば二世代近くも前の話だ。ただ、この「学芸会」文化、social party文化的なものは、今でもアメリカに息づいているように思う。あくまで、一定の所得層以上、ということではあろうけれど。この辺りは、単純に言葉だけでは割り切れない、文化的な「違い」の部分。そういうところに頑張って入り込んでいかないと、アメリカ人との本当の意味での人間関係はなかなか築けないものなのかなと思ってみたりもする。

アメリカの現代文化(というか、単純に言えば「ノリ」みたいなもの)を知る上で、この手のクラシック映画を観るのはなかなか便利な方法。と言いつつ、僕はこれまでほとんど観て来なかったので、これから留学される方には、早めにいろいろ観られることをお勧めします。
my home, Syracuse, May 30, 19:00

1000 Islands

この地に来てから初めて知った話だが、ドレッシングのThousand Islandsは、Syracuseからほど近い“Thousand Islands”地域に由来している…らしい。「伝説」の真偽はよくわからないが(Wiki参照)、ともあれ、今日は、二年目組の友人たちと一緒に、そのThousand Islands Regionに日帰り旅行に行ってきた。

五大湖の中で一番東(=下流)に位置するOntario湖から、St. Lawrence川がちょうど流れ出した辺りがThousand Islandsと呼ばれる地域。大型船舶も余裕で通れる幅広い河川の中に無数の島々が点在している。“Thousand Islands”なる地名の付け方は、長崎の九十九島や、ラオスのSi Phan Do(「4000の島」の意)とまったく同じ発想。観光ボートのガイドさんの話によると、実際には、この地域の島の数は、大小合わせて2000を下らないらしい。  

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(Syracuseからだと、ほぼ真北にI-81を北上すること1時間半。)

この地域は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて開発された伝統的なリゾート地。American Dream全盛の時代、NYで一旗あげた富豪たちが築いたという別荘が、島々に残されている。もちろん、現役の建物も多いのだが、中には、使われることなく長年放置されてきたという曰くつきの建物も。
その一つが、アメリカ側の港町、Alexandria Bayからほど近いHeart Islandに残るBoldt Castle。プロイセンから渡米し、下積みの末に、ホテル事業で成功を収めたGeorge Boldtなる人物が、自分の夢を叶えるためにと建設に着手したのがこの“Castle”。しかし、愛妻の突然の死で、「夢」を追う理由を失ったBoldtは、電報で以て城の建設の即刻中止を命令。完成を目前に控えていた城と、それに付随する建造物群は、以降70年に亘り、誰に使われることもなく、ただただ放置され、風雪に晒されてきた。1970年代に入り、この地域の道路を管理する公的機関が島全体を買収。その後、少しずつ復旧を進めながら、今は観光地としても公開されている。

実際、島に渡ってみて、城の中を見学してきたのだが、そのセンスの良さは圧巻。贅を尽くしたメインの邸宅の他、出島に作られた古城風の発電所、島の反対側には、同じく古城を模した見張り塔と、まさにやりたい放題なのだが、「いかにも成金」といった嫌らしさがあまり感じられず、全体として、非常にきれいにまとまっているから不思議である。銀閣寺と同じで、完成を迎えなかったことが結果的に良い方向に働いたのかな…なんても思ってみたり。まぁ、Boldtさん自身にとってみれば、悲劇以外の何物でもなかったわけだけれども。
建物の中には、凍結した冬のSt. Lawrence川でアイスホッケーを楽しむ人たちの写真や、別荘の主と思しき紳士淑女たちが、キレイに着飾って並んで立っている写真も。気持ちいい初夏の日差しの下、古き良き時代のアメリカに、少し触れることのできた一日だった。
my home, Syracuse, May 29, 25:45

Thursday, May 27, 2010

Conference Call

Capstoneのプロジェクトは、粛々と進行中。うん、「粛々」という言葉がピッタリくる。

そもそも、クライアントからの注文の内容が比較的はっきりしているので、プロジェクト管理さえしっかりやっておけば、そうそう大爆発は起こらない内容。そこに持ってきて、メンバーの過半(僕は含みません)が優秀なので、プロジェクト管理もほぼ問題なし。もちろん、この先の不安要素がゼロではないが、これまでのところ、文字通り「粛々」と進んでいる。班員は非常にビジネスライクな人たちで、その点が若干不満なのだが、まぁそれも、順調に進んでいるからこそ言えるゼイタクというものか。

他の班の様子を聞いていると、クライアントからの発注の曖昧さゆえに苦戦しているところが多そう。学生の「模擬店」的コンサルティングなのでなおのこと、というところはあるが、曖昧な(或いは、scopeの大きすぎる)発注ではコンサルタントが動きにくいというのは、現実世界にも当てはまる事実だろう。多くを狙いすぎてはダメ。基本的には世の中なんて、漸進的にしか変えられない。大きいけれど具体性の乏しい絵を描くより、分相応にscopeを区切り、その中で、より現実的な行動をとることが重要なのではないかと思う今日この頃。capstoneの話から、飛躍しすぎ?

今日からは、各州立法府事務局への電話インタビューが始まる。インタビュー第一弾はTexas。メモ取り要員(2号)として、最大限の貢献を期すも、Texasオヤジの、こちらの「質問リスト」を屁とも思わない勝手気ままなfree talkの前に、敢え無く惨敗。テーマが分からない議論を追うのは未だにキツイ。しかもそれが電話でとなるとなおさら…。明日は朝からMinnesota州。今日ほどの「自由」さは、Texanに特有のものと願いたい。。

夕食は、僕と同じ二年目組で、元N○VA講師のN君と一緒にMarshall St.のピザハウスへ。それぞれのcapstone projectの話に始まって、旅行のこと、仕事のこと、互いの奥さんのことと、二人でひとしきり盛り上がる。彼がルーマニア系移民の二世だという話を初めて聞いた。確かに珍しいfamily nameではあるが、珍しいfamily nameなんて、この国では、そんなに珍しくないので、これまで気にしたこともなかったし、たぶん、周りの人(アメリカ人含む)も全然気にしていないと思う。Europeanとそれ以外という差は、やはりあるとは思うが、それにしても、二世にして、これほど自然に“アメリカ人”になれてしまうところが、この国の凄さであり、強さの源泉なんだろうなと思う。
my home, Syracuse, May 27, 23:42

Monday, May 24, 2010

Cyber-shot

デジタル一眼故障中につき、小さい方のカメラ(某S社製Cyber-shot。伏せ字にする意味が自分でもよくわからない)にて撮影。慣れればこれはこれで楽しいかも。一眼レフとは完全に別物としてだけど。

最近のキャンパスは本当に人影がまばら。これなら、相当恥ずかしい体勢で写真撮ってても(って、変な意味ではなくて、たとえば、芝生に寝そべってキノコを接写するとか)バレない気がする。今日はやんなかったけど。

帰国前に、半日くらい、写真を撮るためだけに、Syracuse界隈で過ごす時間を持ちたいというのが、このところの密かな野望。そのときはもちろん、一眼レフの方で。
my room, Syracuse, May 23, 25:26

Sunday, May 23, 2010

what's the coolest job for MPA alumni?

Capstoneのチームメイトの一人が主催するpotluck partyに参加してきた。メンツはほぼ全員アメリカ人&一年目組で、親しい友人はほぼゼロ。なかなか厳しい環境ではあったが、日本人パーティ隊長(?)Sさんのサポートにより、終始孤立することなく(目標が低くてスイマセン…)楽しませていただいてきた。capstoneのチームメイトがたくさん参加(自分を入れると7人中5人)していたのも僕的にはlucky。皆、普段は、ミーティングが終わるとちゃっちゃと散って行ってしまうので、これまで、ゆっくりおしゃべりする機会がほとんどなかったのが、今日は、プロジェクトの話だけでなく、パーソナルなことについてもいろいろ話すことができた。彼ら的にも、一週間前にいきなり現れたアジア人のパーソナリティが、多少は掴めたと思うし、今週以降のcapstoneは、もう少し議論の輪に入りやすくなるんじゃないかと思う(願望交じり)。

時期が時期なので、自然と、卒業後の進路のことが頻繁に話題に上る。例の“頭が良いと評判”のC君と、もう一人のチームメイトM君(彼もそれなりに優秀。バランス良くまとまっている印象)は、それぞれ、政策系の民間コンサル会社に就職が決まっているらしい。去年卒業組の動向を見る限り、なんだかんだいって連邦政府は、今も人気の就職先のようだが、日本に比べてアメリカの方が、政策に関連した仕事の選択肢の幅が広い分、「公務員」というオプションが相対化されているのは確実。C君やM君が、どういう動機でコンサルという就職先を選んだのか ―― 逆に言えば、なぜ公務員を選ばなかったのか ―― もう少し詳しく聞いてみたい気がする。日本も、今のような政治環境が続けば、どのくらいの速度でかはともかくとして、趨勢としては、公務員の在り方が、アメリカのそれに近付いていってもおかしくないように思う。それが良いことか悪いことかはともかくとして。であるならば、将来像をイメージする意味でも、アメリカの実情を知っておいて損はない。
my room, Syracuse, May 22, 26:12

Saturday, May 22, 2010

more once or twice ...

コースは違うが、今学期、いろいろとお話をさせていただいた、ある日本人の方がSyracuseを去られるというわけで、空港までの足を御提供する。

別に感傷的になるわけではないが、この空港に来るのも、あと一、二回かなぁ…なんてふうにも思ってみたり。Syracuseのようなアメリカの田舎町に住んでいると、どこに行くにも飛行機が便利なので、この二年間は、日本にいたときと比べ物にならないくらい頻繁に空港を利用した。留学期間の途中からは、どこかからこの空港に帰ってくるたび、(愛憎入り混じる思いで)「帰ってきたなぁ」と感じるようになったものだが、この空港に「帰ってくる」のも、あと、一回、あるかないか。

かといって、別に感傷的になっているわけではないのだが(なってる??)残り一月ちょっと、悔いのないように過ごそうと、改めて思ってみた次第。以下、Syracuseに初めて降り立った日の空港の写真を(やっぱり、感傷的になってる!?)
my home, Syracuse, May 22, 6:07

Friday, May 21, 2010

Energy Star faces scrutiny

少し気になる記事が出ていたのでご紹介(Sustainable Industries 5/18)。言わば、Energy Starの「偽装」疑惑。

疑惑を告発したGAO(無理繰り言えば、日本の会計検査院に当たる役所。ただし、検査の対象は会計面に止まらない。立法府に所属。)によると(これがGAOの出した紙。別途、30ページモノのレポートもあり)、Energy Starを所管するDOE及びEPAは、これまで、製造業者の“self-certifications”に基づいて、この制度を運用してきていたとのこと(両庁とも、その事実は認めている)。また、GAOがフェイクの製品でEnergy Star登録を申請したら、そのうちのいくつかが見事に通ってしまったらしい。その中には、“Gas-Powered Alarm Clock”なるトンデモ商品まで含まれていたんだとか…。

Energy Starは、クリントン政権下で始まった米国連邦政府のプログラムで、一定の省エネ基準を満たした商品に、ラベル認定を行っている。認定されなければ売ってはいけない、といった強制力をもつ制度ではないが、連邦政府の調達の際に効いてくるなど、実際のインパクトは相当のものらしい。

ちなみに、同ラベルは、経済産業省に申請を行うことで、日本でも取得が可能である(参照)。日本でラベルを取得すれば、同じ商品を米国で売る際にも、そのラベルを使えるという形式になっている。
my room, Syracuse, 5/21, 26:30

Monday, May 17, 2010

Precious experience??

Syracuse到着予定時刻まで1時間を切った正午過ぎ、前掲のエントリを準備していたら、突然、大きな「ガタン」という音とともに、車輛両側の窓が粉塵に包まれる。「さすがに運転荒すぎだろう」と思っていたら、慣性力を使いきったところで列車は停車。と同時に、石油の臭いが車内に発ちこめはじめた。

「え?事故??」なんて思っていると、「車両後方に移動せよ」との車内アナウンスが。小さい方の鞄だけ引っ掴んで人の流れに乗る。車両後方の出口から地面に降りたところで待機命令…。というわけで、見事に鉄道事故に見舞われたのでありました。

現場では、事故原因についての説明はなかったが、この記事によると、隣に停まっていた貨車の破片を拾ったのが直接の原因だったらしい。その破片が、ディーゼル機関車の燃料系統を破損。線路の上にディーゼル燃料を撒き散らすとともに、機関車は自走能力を損亡。一瞬、火の手があがったとの話もあったが、その辺のところはよくわからない。とにもかくにも、幸い、けが人は一人も出なかった模様。
(とりあえず追い出されてみた人たち。)

線路の脇で2時間ほど待たされた後、地元消防署のバスに分乗して、最寄りのUtica駅に移動する。後続の列車が同駅に到着したところで、僕ら先行列車の乗客が乗り込む。それが3時半ごろ。事故現場の安全確認が出来次第、出発するという話だったが、それが結局8時ごろまでかかり、日が暮れかかった頃になってようやく出発。途中、事故現場で一旦停車し、事故列車から運び出された乗客の荷物をピックアップした上で、残りの旅程に向かった。幸い、僕の荷物は問題なし。

それにしても、こういう場面でのアメリカ人のおおらかさには驚かされる。日本で同じことが起これば、乗客の詰問の嵐の中で右往左往する乗務員の姿が容易に想像できるが、そういった局面は、最初から最後まで、一度も訪れなかったといっていい。「荷物はどうなるの?」との質問が出ても、乗務員が「消防署の現場検証が終わるまではまったく手出しが出来ないし、それが何時に終わるかも我々Amtrak側にはわからない」とだけ言ってしまえば、乗客の側はあっさり納得する。日本での様子を見慣れている側からすると、そのやり取りは、まるで魔法か何かのよう。線路で待たされている間もガタピシ文句は言わず、知らない者どうし、自然と会話を初めて適当に盛り上がるのみ。Utica駅への送迎に来た消防バスの運転手が「このバスは無料ですよ」なんて場違いなギャグを飛ばしたところで、「不謹慎だろう」的な反応はなく、皆、手を叩いて喜ぶ(それも、いわゆる「乾いた笑い」でなく、ホントの笑い)。というか、そのギャグを「場違い」だと感じたこと自体、そのバスの中では僕だけだったのかも知れない。

昔から思っていることだが、こういう局面で、なぜアメリカ人が「大人」な反応をとれるのかはよくわからない。一方の日本人が、ヒステリックに反応し過ぎなだけという気がしないでもないが、ただアメリカ人とて、あらゆる場面で「大人」なわけでは決してなく、むしろ子供っぽい性向の強い人たちでもあるわけで、なぜ事故や災害で交通機関が遅れたときの反応がこんなにおおらかなのかは、僕的に非常にナゾなまま。今日の事故で、そのことを改めて感じた。

そもそも、公共交通機関に対する期待値が低いということもあるのだろう。サービスに対する期待値が一般に低いということなのかも知れない。レストランのウェイター/ウェイトレスのサービスの悪さには、今でもたまに腹が立つことがあるが、アメリカ人のお客さんが、苛立っているような様子は見たことがない。

ただ一方で、苦境の時ほど力を発揮する、彼ら一流のユーモアの精神も功を奏しているのかなとは思う。この点に関しては、日本人も大いに学んで欲しい気がする。まぁアメリカ人にはそれと同じかそれ以上の勢いで、東アジア的勤勉さを学んでいただきたいですけど…(笑)
で、結局Syracuse到着は夜の10時。DCを3:15に出て以来、都合19時間の長旅でした。へとっ。
my home, Syracuse, May 16, 25:48