Saturday, April 10, 2010

after ‘shrimp-turtle’

昨日のエントリの続きと言えば続きの話。今朝のInt'l Trade Lawのクラスでの教授のコメントが面白かったので、メモしておく。ちなみに教授曰く、そのコメントは「このクラスのprofessorとして」ではなく、彼一個人としてのもの、とのこと。

議論のベースは、昨日のエントリでも触れた“India etc vs US: ‘shrimp-turtle’”事件。書き始めると長くなるので、詳細は端折るが(ご興味ある方はこちらを)、端的に言うと事件の経緯はこうである。
  1. 米国が、ウミガメの混獲防止措置を取っていない国からのエビの輸入を禁止する法的措置を施行。
  2. インド、マレーシア、パキスタン、タイの4か国は、米国のこの措置が、WTO協定に違反するとして提訴。
  3. Panel(一審に相当)、Appellate Body(二審に相当)とも、米国のWTO協定違反を認める。
問題は、米国の措置(Section 609 of Public Law 101-162)がなぜWTO協定違反とされたかという点なのだが、米国自身、この措置が、輸入の量的制限(Quantitative Restrictions)を禁じたGATT Art XIに違反しているという点については争っていない。したがって、当該措置が、GATT Art XX: General Exceptionsの適用を受けるかどうかが争点となった。

Art XXの適用を受けるかどうかは、①当該措置が、Art XX各項に定める例外事項のscopeに該当するか否か、と、②(If so,)当該措置が、Art XX chapeau(柱書き)の要件を満たしているか否か、の二段階のテストで以て判定される。Section 609は、①のテストをクリアしたものの、②のテストで「否」とされ、結果、「WTO違反」と判定されるに至る。

Section 609を「WTO違反」に追いやったArt XX chapeauの原文は以下の通り(下線、blog筆者);
Subject to the requirement that such measures are not applied in a manner which would constitute a means of arbitrary or unjustifiable discrimination between countries where the same conditions prevail, or a disguised restriction on international trade, nothing in this Agreement shall be construed to prevent the adoption or enforcement by any contracting party of measures:
つまり、“arbitrary or unjustifiable”(恣意的な又は正当化できない)な方法で以て、ある国と別の国とを“discriminate”していないかどうかが判定のポイントとなる。

本事件において、Appellate Bodyは、以下の二つの理由により、アメリカの取った措置は“unjustifiable”であると判定した;
  1. エビの輸出国に対し、事実上、米国の国内規制とcomparable(同程度)なだけでなく、essentially the same(本質的に同じ)な措置を取るよう求めた。⇒ 必要以上に輸出国のflexibilityを制限しすぎ。
  2. unilateralな措置を講じる前に、一部の国との間でのみ、真摯な国際交渉(negotiation)を行い、それ以外の国と同様の交渉を行う努力を怠った。⇒ discriminatory & unjustifiably
判決後の米国は、Section 609自体は維持しつつも、他国の規制措置をより柔軟に認めるよう、ガイドラインを改定するとともに、インド等エビ輸出国との協定締結に向けた交渉を実施。‘shrimp-turtle’事件の判決から三年後に、マレーシアが、米国の判決不履行(=Section 609を撤回していない)に関して、再度の提訴を行った際には、Panel、Appellate Bodyとも、「米国の改善努力は十分行われており、その結果、Section 609は、今や“justified under Article XX”なものになっている」との判定を下している。

前置きが長くなってしまったが、この事件に関してのColares先生の指摘は以下の二点;
  1. Appellate Bodyの二つ目の判定理由(一部関係国との真摯なnegotiationの不実施)には、それを以て“unjustifiable”かどうかの判定理由とするだけの十分な根拠がない。
  2. かつ、米国の措置を“unjustifiable”と断じたその判決が、結果的には、同国による「“multilateral”を騙った“unilateralism”の遂行」をauthorizeするという、皮肉な事態を招いた。
つまり、一回目の訴訟の判決が、「協定締結に向けた交渉努力をしさえすれば、米国の措置はWTO上、“シロ”と判定される」との状況を準備した形になり、米国は、訴訟に負けたにもかかわらず、「“真摯”に交渉を行った」という実績さえ作れば、unilateralなエビ禁輸政策を大手を振って執行できるという、考えようによっては非常に美味しい結果を得た、というもの。二回目の訴訟の結果は、実際、その通りになっている。

いつもながらに辛口のColares先生、ご自身の同僚(特に環境法の先生)の中にも、この判決を「国際環境問題の分野におけるunilateralismの否定、multilateralismの勝利」を打ちたてたものであるとして、肯定的に評価する向きが少ないくいことに言及しつつ、そういった見方は「表面的(superficial)である」と、バッサリ。

貿易関連のlawyerとして、実務畑でもそれ相応の実績を積んでこられた方であるが故の、洞察とでも言うべきか。
my home, Syracuse, Apr 9, 27:10

Friday, April 9, 2010

Interview #1

Interview企画第一弾。州都Albany郊外のNYISOを訪問してきました。

正式名称は、New York Independent System Operator。念のために言っておくが、“ISO14000”とか“ISO9000”とかの“ISO”とはまったく関係ない。あちらさんは、“International Organization for Standardization”の略。こちらのISOは、“company”という体裁をとってはいるが、non-profitの機関で、NY州内の①電力系統の運用、②電力市場の運営、③電力網建設の長期計画、④技術の開発・普及(Developing & Deploying )という4つの役割を担っている。電力自由化のタイミングに合わせ、1999年に設立。

建物の外壁には、それが「NYISO」であることを示す表示は一切なされておらず(もちろん、表札なんてご丁寧なものはない)、一旦、行き過ぎてから引き返し、恐るおそる守衛さんに尋ねてみて初めて、そこが目的地であることを確認できた。道路からやや奥まったところに位置するその建物は、小ぶりの要塞かと見紛うほどの堅牢な建造物。聞いてみれば、州内全域をカバーする電力系統のオペレーション業務がこのビルの中で行われているんだとか。マンハッタンへの電力供給も、ここでコントロールされているということを考えると、建物の造りがそれだけdefensiveなのもむべなるかな。 

現地では、事前にメールで送っておいた質問リストに沿って、“Senior Communications & Media Relations Specialist”なる肩書きのおじさんから2時間弱の説明を受ける。英語のリスニング能力不足のせいか、はたまた、工学的バックグラウンド知識の不足のせいか――まぁ、両方だろうな…――、おじさんの説明を隅から隅まで理解できたわけではなかったが、関連資料をがっさりいただき、「読んでみてわからんことが出てきたら、またメールで教えてね」とお願いして帰ってくる。まぁ、間違いなくメールするな(笑)

今後、renewable energy(RE)発電の導入量が増えれば――少なくともNY州においては、“風力発電の導入量が増えれば”とほぼ同意である――、RE発電の“産地”(=upstate)から“消費地”(=downstate=NYC+Long Island)に電力を運ぶtransmission(送電線)の不足が、更なるRE導入のボトルネックとなりうる。というか、その問題は既に発現し始めている(参考)。そんな最中、NY州は、昨年12月、RPSの目標値(州内の全電力消費量に占めるRE起源電力の割合)を「2013年までに25%」から「2015年までに30%」に引き上げる決定を行った。

この状況を、「電力網建設の長期計画」を担うNYISOとしてはどう見ているのか――今日のinterviewでは、この点を一番聞きたかったのだが、二時間弱のinterview全体から受けた印象としては(※ 彼が具体的にこう言ったわけではない)、「NYISO的にはあまり深刻には捉えていない」といった感じ。何と言うか、要するに、「他人事」なのだ。

なぜそうなるのか、interviewの最中、或いは、帰りの車の中で、いろいろ考えてみたのだが、察するに、一番の理由は、文字通り「他人事だから」なんだろう。

NYISOの2008 Annual Reportの背表紙には、“The NYISO operates New York’s bulk electricity grid, administers the state’s wholesale electricity markets, and conducts reliability and resource planning for the state’s bulk electricity system.”とある。この一文、(明記はされていないものの)NYISOのstatement of purposesと見て良いと思うのだが、「環境保護」に関する取組には、一切、言及がない。つまり、究極的に言えば、電力の「安定供給」と「経済運用」だけが彼らのmissionなのであって、それ以外のこと(including 環境対策)は、知ったこっちゃない――文字通り「他人事」なのだ。

とは言え、州の政策の中で、「環境保護」(ここで具体的には、「RPS目標値の達成」)が絶対的な目標として位置づけられているのであれば、NYISOとしても、その実現を所与とした上で、「安定供給」と「経済運用」を達成しなければならなくなるわけで、間接的にではあるが、「RPS目標達成」が他人事ではなくなるはず。

しかし、実際には、NY州におけるRPS目標値の位置付けは些か曖昧。日本や、米国の他の多くの州のように、各utility companyに、bindingな達成目標を負わせているわけではなく、州政府の一機関であるNYSERDAが、唯一の買い手として、公募・入札をするという方式なので、目標年次までに目標値に到達しなかったとしても、「政治責任」以上の問題が発生するわけではない。となれば、今後、transmissionの不足に伴うcongestion(混雑)問題の顕在化などにより、REの発・送電単価が上昇した場合、州政府としては、rate payer(電力消費者)への課金額を値上げしてでも目標値の達成にこだわるか(←NYSERDAによる買取の原資は、電力使用量に比例してrate payerに課されるお金で賄われている)、目標達成をあきらめる代わりに課金額の上昇を抑えるか、という選択を迫られるかたちになる。この構造からすれば、RPSの目標値は、「絶対的ではない」と見る方が自然だろう(ましてやこの秋には知事選を控えている)。

つまりその、「環境問題に取り組まないNYISOが怪しからん」と言いたいわけでは全くなくて、transmissionの拡張が、今後のRE普及のカギを握っているのにもかかわらず、transmission敷設計画の任を負うNYISOに「環境保護」のmissionが課されていない、或いは、RPSを取り仕切るNYSERDAにtransmissionを云々する権限が与えられていない、という、現状の責任分担構造そのものに問題があるのではないかと。この辺り、もう少し深めれば、論文の結論部分に持って来れるかなと思ってみたりもしている(甘い?)

ちなみに、帰り際、窓越しに、“operation room”も覗かせていただいた。もちろん、撮影禁止なので、ここで写真で紹介することはできないが、だいたいこれとよく似た感じ。一チーム5人の12時間交代制なんだそう。PCのディスプレイが、一人当たり、7,8枚はあったように思う。さながら、飛行機だか宇宙船だかのコックピット×5セットの様相。とはいえ、暑くも寒くもない今日みたいな日は、発電capacityにも十分余裕があると見え、皆さん、のんびりと仕事をこなしておられた。
Maxwell School, Syracuse, Apr 9, 23:23

Thursday, April 8, 2010

with a lot of potential?

IBM Many Billsというwebサービスが、今日、launchしたらしい。曰く、“Many Bills is a web based visualization that aims to make congressional legislation easier to digest. It presents bills from the House and Senate organized into collections and split into sections which are color coded and labelled to indicate what topic each section is about.”なんだとか(下線、blog筆者)。  

どうやって使えばその妙味を活かせるのか、いまいちよく分からないが、アップされている“使用例”を見ると、例えばこんな感じ。(クリックで大きくなります)

これは、“Canada”と“the Environment”で2009年の法案を「and検索」してみた場合のアウトプットで(たぶんそういう意味なんだろうと思う)、グラフの作者曰く、この絵から、「“It seems environmental legislation related to Canada focuses on the Great Lakes region and water quality, specifically in 2009.”(2009年について言えば、カナダが関連する環境法案は、五大湖地域と水質にフォーカスが当てられていたようだ)ということが分かる」ということらしい。 

このサービス、もうしばらくいろんな人にグリグリ遊んでみてもらわないと、「使える」かどうか、俄かには判断できなさそうだが、いずれにせよ、ここまで作り上げるのに相当の労力(とそれを支える資金)が費やされたはず。

と考えると、プロジェクトの始動前から、「こういうサービスがあると便利」なり、「こういうサービスがあれば確実に使うよ」といった声が、それなりに寄せられていたということなのだろうが…。少なくとも、日本でこれをやってもあまり役には立たなさそうだが、アメリカだと、一つの法案に、雑多な規定がごった煮状に盛り込まれていたりするので、意外と役に立つのかな。。。なんて言いつつ、見た目のカッコよさに惹かれて、思わずblogに掲載。
Maxwell School, Syracuse, Apr 8, 16:36

cherry blossom in campus


Spring in Campus, Syracuse, NY, originally uploaded by ::baya::.
日本のと違って、葉っぱと同時に花が咲き始めるので、遠目にはそれとわかりにくいですが、うちの大学内にも、いちおう桜(らしきもの)があります。

上は、今朝、登校するときに撮ってきた写真。七分咲き、くらいでしょうか。アメリカ(←屋外での飲酒は違法)なので、桜の下で酒盛りしている人はいません。非常に地味ぃに咲いているので、そもそも、何人の人が「桜」と認識できているか、ナゾですが(笑)

ここ数日は、明日と来週月曜のヒアリングに備えてIndependent Study関連の勉強に没入中。いちおう、最終稿の骨格は固まってきたかなと。来週月曜のヒアリングが終わったら、ちょっと他のことにも目を向けないとなぁと思う今日この頃。そろそろ帰国準備も始めないとですしね。
Maxwell School, Syracuse, Apr 8, 10:10

General Exceptions (GATT 1947 Article XX)

GATT 1947 第20条の規定する“General Exceptions”に関するAppellate Bodyの見解(@India etc vs US: ‘shrimp-turtle’)。Int'l Trade Lawの教科書から引用(斜体原文)。
It appears to us (= Appellate Body), however, that conditioning access to a Member's domestic market on whether exporting Members comply with, or adopt, a policy or policies unilaterally prescribed by the importing Member may, to some degree, be a common aspect of measures falling within the scope of one or another of the exceptions (a) to (j) of Article XX. Paragraphs (a) to (j) comprise measures that are recognized as exceptions to substantive obligations established in such measures have been recognized as important and legitimate in character. It is not necessary to assume that requiring from exporting countries compliance with, or adoption of, certain policies (although covered in principle by one or another of the exceptions) prescribed by the importing country, renders a measure a priori incapable of justification under Article XX. such an interpretation renders most, if not all, of the specific exceptions of Article XX inutile, a result abhorrent to the principles of interpretation we are bound to apply.
要するに、「第20条(a)~(j)の各項に規定する例外事項のいずれかに該当している限り、ある国が、他のWTO加盟国からの輸入品に対して、一方的(unilateral)な措置(measure)を課したとしても、そのことを以て自動的に、WTO協定違反とはならない(だって、そうなってたんじゃ、第20条を置いてる意味ないじゃん)」ということかと。

ちなみに、環境規制に関係してくるのは、(g)項。以下、chapeauと(g)項の原文を。
Article XX: General Exceptions
Subject to the requirement that such measures are not applied in a manner which would constitute a means of arbitrary or unjustifiable discrimination between countries where the same conditions prevail, or a disguised restriction on international trade, nothing in this Agreement shall be construed to prevent the adoption or enforcement by any contracting party of measures:
(g) relating to the conservation of exhaustible natural resources if such measures are made effective in conjunction with restrictions on domestic production or consumption;
Maxwell School, Syracuse, Apr 8, 11:42

Monday, April 5, 2010

joyful note

直近のエントリでも書いたとおり、昨晩は、結局、答えを出せないまま、重ーい気分でベッドに入ったのだが、寝ている間に、三人の方からコメントをいただき、朝一にそれを読んで、またちょっと頑張ってみようという気分になる。持つべきものは友かな、と。三人の方々、ありがとうございます。のちほど、コメント方には、別途、御返信させていただきます。

今朝は、もう一つうれしい知らせが。職場の後輩の今年の夏からの留学先が、お隣のCornellに決まったとの由(両校の位置関係)。upstateの魅力(と冬の悲惨さ!?)を共有できる相手が、身近に一人増えると思うと、無性にうれしくなってくる。予定的には、週末一つ分くらいは滞在期間がかぶりそうなので、上手く行けば、諸々、引き継ぎ(?)めいたこともできるかと。
Maxwell School, Syracuse, Apr 5, 10:49

elusive quest?

Independent Study。一通り、日本語・英語交じりで荒々書いてみたのだが、なんとも面白くない論文になりそうな予感。構成の仕方に“originality”があるとは言ってはみたものの、パーツパーツはどこかで既に書かれてあることの寄せ集め。単位を取れるかどうかということより、あと一カ月、僕自身がこの面白みのない論文に付き合ってられるか、というところで疑問を感じ始めてしまった。もう少しひねりを加えられないかと考え始めてはみたものの、既に数時間経過。まったく答えらしい答えが見えてこず…。

「面白い」議論をするには、まだまだこの世界のことを知らなさすぎなんだろう。書かれてある主張の一つ一つは理解できても、その間を埋める空間がどうなっているのかを把握できていない。結果、自分なりに、この分野を斬るということができない。誰かが既に通った道しか通れない。。。

出口が見えず、ちょっとまいり気味。。
Maxwell School, Syracuse, Apr 5, 25:54

Sunday, April 4, 2010

Clean Water Act for regulating CO2?

Clean Water Act(CWA)でCO2を規制してはどうか、という話があるらしい。元ネタはこれ:“EPA may try to use Clean Water Act to regulate carbon dioxide”@McClatchy Posted on April 4.

記事によると、米EPAは、現在、“the effects of ocean acidification as it relates to the Section 303(d) program”に関するパブリックコメントを行っているとの由。

EPAの解説によると、CWAのSection 303(d) programというのは、
  1. “the Impaired Waters”(汚染水域)のリストを作成する。
  2. リストに掲載された水域ごとにTotal Maximum Daily Load (TMDL)(総負荷許容量)を設定する。
  3. TDMLに基づき、各point sources(工場・事業場等)及びnonpoint sources(住宅地、農地等、それ以外の汚染源。非人為的なものも含む)にpollutant loadを割り振る。
  4. point sourcesに対しては、bindingな総量排出規制が適用される。
といった構造だそうだ。大気中のCO2濃度が上がることにより海水の酸性度が増してしまう、という問題自体は理解できるが、このスキームでCO2を規制しようというのには、かなり無理があるのではないか。

普通に考えれば、汚染と汚染源との因果関係が、ある程度特定可能である場合に適用可能な制度であると言えよう。この前提は、“CO2起因の海水酸性度の増加”という「汚染」には、当然ながら当てはまらない。オレゴン沖合を“Impaired Water”に指定したからと言って、Oregon州(あるいはその周辺)のpoint sourcesに対してのみCO2の排出規制を課すというのでは、とてもじゃないが、納得は得られないだろう。

EPAのパブコメ告知を見ると、それほど具体的なステップにまで話が進んでいるというわけではなく、「もし仮に、CWA Section 303(d)を海洋酸性化に適用するとしたら、どういった点に気をつけるべきですかね?」という段階のよう。ともあれ、パブコメの結果を踏まえて今年11月15日までに発表されるというmemorandumにはやや注目か。
Maxwell School, Syracuse, Apr 4, 17:00

Saturday, April 3, 2010

Maple Farm Tour

初夏の陽気に誘われて、Syracuse郊外のMaple Syrup農園に行ってきました。

Maple Syrup農園なんかにやって来たのは、言うまでもなく、これが生まれて初めて。樹皮を傷つけて、そこから出てくる樹液を地道にちょろちょろ回収してるのかと思ったら、意外に合理的な(というか「強引な」?)方法で、ちゅーちゅーと吸い取られていました。(→ チューブを差し込んで樹液を吸い取っている様子)
農園内には、近代的な“樹液パイプライン”が張り巡らされています。
案内してくれたおじさんの話によると、mapleさんたちは、チューブで吸い取られた液体の分だけ、根っこから新しい水を吸収するので、樹液を吸い取られたからといって、ダメージを受けるわけではないし、むしろ、新陳代謝が良くなって健康に良いくらいなんだそうです。ほんまか?とも思いましたが、おじさん的にも、mapleに枯れられては困るでしょうから、たぶん、ほんとなんでしょう。「デトックス」の先駆けと言えるかもしれません。(それこそ、ほんまか?)

集められた樹液は、この窯で煮られて、syrupになります。下の写真は、syrup職人のおじさんから製造工程のレクチャーを受けているところ。詳しい話は聞き取れませんでしたが(いつもながら恐縮です…)、要するに、「maple syrupってなものは、寒い季節に作らないと、良い味なんて出せないんだよ。こう暖っかくなってしまっちゃぁ、俺たちの仕事はもうお手上げだね」といった感じのよう。例年より、かなり早くに春(というか夏?)が来てしまったせいで、今年の工場稼働時期は、極端に短かったそうです。


(syrupのサンプラー。煮詰める度合いに応じて、味や用途が違ってくるんだとか。一番黒っぽいsyrupは、たばこのフレーバー用だそうです。)

おじさん曰く、maple syrupの産地は、世界でも、米加国境を挟んだこの一帯だけ。とは言え、普通であれば、「Maineが不作なら、NYは豊作」みたいに、ある程度、採れ高にばらつきがあるらしいのですが、今年の春の異常な暖かさは、MaineからOntarioまで、maple産地全体に広がっており、今後、世界のmaple syrup市況が値上がりするのは必至だろうとの由。maple syrup投資でひと儲けしようという人は、今が買い時かも知れません。
  
おじさんの説明を受けた後は、レストランでブランチ(もちろん、maple syrup添えのパンケーキ!!)をいただき、芝生の上でごろごろ。maple農家の皆さんに、少し後ろめたい気分を感じつつも、例年よりも早く訪れた春の陽気を満喫させていただいた一日でした。
Maxwell,School, Syracuse, Apr 3, 17:58

EU emissions plunge

このエントリでも紹介した、ロンドンに本拠を置くNGO“sandbag”が、昨日発表された、EU Emission Trading Scheme(EU-ETS)の最新取引状況について、分析記事をupしている。彼らの意見にすんなり同意できるわけではないが、cap-ant-tradeという制度について、political economy的な側面も含め、practicalに改めて議論し直す際の出発点としては参考になるかと。

以下、彼らの記事の中から、事実関係に当たる部分と、彼らの主張に当たる部分を、何点かピックアップ。(下線はblog筆者)

■事実関係■
New data released today reveals greenhouse gas emissions across the EU are in steep decline. Emissions covered by the EU Emissions Trading Scheme between 2008 and 2009 dropped by 11%, following on from a cut of 6% the year before.
Power generators saw their emissions fall by 119 tonnes (8%) last year but that still left them 124 tonnes short of permits. On the other hand heavy industry including steel and cement saw a fall of 96 million tonnes (18%) leaving them with 185 million tonnes of permits spare or 30% more than they needed.
At the moment, under the EU’s target of a 20% cut in emissions by 2020 this would mean a reduction in the cap of 1.74% a year. Today’s figures revealed that we are already half way to achieving that reduction level with a decade still to go.
■sandbagの主張■
unless caps are tightened there will be no overall reduction in pollution levels. Permits issued under the EU trading scheme can be banked forward indefinitely meaning they will sooner or later be used to pollute.
If they (=heavy industry) were to sell them at today’s prices this would raise €2.4 bn with most of this money would coming from consumers of electricity.
Given the cuts achieved to date, which can be banked, and the levels of reductions rich countries like the EU are now expected to deliver, it would seem tighter targets are the only sensible way forward.
いろいろと問題は叫ばれているものの、個人的には、cap-and-tradeを諦めるにはまだ早い(というか、それにまともに対抗出来うる手段がない)という気がしているのだが、殊、EU-ETSという具体的実施事例に関して言えば――目標値が緩すぎるかどうかは別にしても――、放置しづらい問題が、いくつか生じてきていると言えよう。そういった不具合がcurableなものなのかどうか、また、そうであれば、どういった対策で以て治癒できるのか、しっかり検証しておく必要があるなと思う。

このニュースに触れ、先学期、米国のcap-and-trade法案(←瀕死)についてのエントリを書いたことを思い出し、読み直してみた。やや書生的な匂いがしないではないが、この法案、非常によく書けているなと改めて感じる。残念ながら、この国で、この法案が日の目を見る可能性は、あまり高くはなさそうだが…。
my room, Syracuse, Apr 2, 26:43

Friday, April 2, 2010

Spring has come (may have gone, already)

天気良すぎ(笑) 春を一気に通り越して、早くも初夏の様相を呈している。

つい半月前まで雪で覆われていたキャンパス内の芝生の上には、学生たちが一斉に散らばり、夏休みのビーチを思わせる混雑ぶり。思い思いのスタイルで春の日差しを満喫しながら、「部屋の中にいたら負け」みたいな空気を撒き散らしている。

そんな空気に当たったせいか、今日はなかなかやる気が起きない。そこらへんで、本でも読みながら、ボケーっと日向ぼっこしていたい気分。そう考えると、これまでの数か月間のSyracuseの環境が、勉強に集中するのに、如何に「恵まれた」環境だったかということがよくわかる(笑)

論文にもなかな身が入らないので、Dunkin Donutsにコーヒーを買いに行きがてら、のんびり、写真を撮って帰ってきました。




Maxwell School, Syracuse, Apr 2, 16:30

"Drill, Baby, Drill!"

2008年の大統領選の時に盛り上がった、offshore石油掘削の話が、再び盛り上がっている。

効果があるだのないだの、毀誉褒貶の激しい(という言い方は日本語として変?)この政策(案)だが、効果のあるなし、メリット(デメリット)の大小を論じる際の評価軸は、(真面目に政策論として議論するならば、)大雑把に言って、だいたいこんなところではないかと思う。
  • エネルギー自給率の改善
  • エネルギー価格の低下
  • 雇用創出
  • 企業・政府の収入増
  • 気候変動への影響(+ or -)
  • 海洋環境への悪影響
CFRのwebサイトに出ていた3月31日付の記事“What New Offshore Drilling Will Yield”によると、
  • エネルギー価格の低下 … 消費者が認知できるほどの変化は起こらない  
  • 企業・政府の収入増 … significant。netで$900 billionとの試算あり。 
  • 気候変動への影響(+ or -)… 他産油国の反応次第でプラスにもマイナスにも。 
という感じになるらしい。他の項目については、特段、触れられていないが、価格がほとんど下がらないということは、供給量の増分は、おそらくたかが知れているはずで、となると、エネルギー自給率に与えるインパクトも限られているのだろう。雇用と海洋環境への影響は、この記事からだけでは何とも分からない。

記事は、そういった真面目な政策議論よりむしろ、大統領選以来、Obamaがずっと、その効果に疑問を呈し続けてきたoffshore drillingに“go sign”を出すことで、エネルギー・気候法案の審議を本格化さるという、政治的意味合いの方が強いのではないか、との分析で閉じられている。
my home, Syracuse, Apr 1, 26:18

Thursday, April 1, 2010

Obama’s new fuel-economy rules

こちらはおそらくApril Foolではないと思うのだが、米連邦政府による自動車の新排出規制が、本日、発出されたとの由。NYTなどが報じている。

Gristに、新規制の概要が出ていたので、転記しておく。
The bottom line: New automobiles will have to get better gas mileage
The numbers:
  • Current standards: 27.5 miles per gallon for cars and 24 mpg for light trucks 
  • Starting in 2012, fuel efficiency will rise more than 5 percent each year 
  • New standards for 2016: 39 mpg for cars and 30 mpg for light trucks -- an overall average of about 35.5 mpg
The environmental benefits: 
  • Will save 1.8 billion barrels of oil over the life of the program
  • Will prevent 900 million metric tons of greenhouse-gas emissions
  • Will be like taking 177 million of today's cars off the road, or shutting down 194 coal-fired power plants
Fans of the plan:
  • The major automakers, because they now have certainty and one clear set of regulations to follow 
  • The major environmental groups, because the federal government is actually doing something to reduce greenhouse-gas emissions
  • California and 13 other states, because they have long wanted tougher auto emissions standards
日本とは異なり、アメリカの自動車燃費規制は、メーカーごとに、売ったクルマの平均値で判定されるシステム。先述のNYT記事によると、Nissan Leafのような電気自動車は、申告できる台数(つまり、平均値を出すときの分母の数)にリミットはあるものの、「排出ゼロ」としてカウントされる(will be classed as zero-emissions vehicles, although there is a cap on the number of all-electric vehicles that carmakers can claim credit for.)らしい。

となると、自動車メーカーにしてみれば、電気自動車の販売台数を伸ばそうというインセンティブは、日本でよりもアメリカでの方が、この先、強く働くことになるのだろうか。そもそも、電気自動車に対する関心は、日本より、アメリカの方が強く持っている気がするけれど。
Maxwell School, Syracuse, Apr 1, 17:04

FlickrPad

April Foolである。

毎年、密かに(というわけでもないが)、GoogleのApril Foolネタを楽しみにしている。僕が一番好きだったのは、2008年の“Virgle”だが、今年も、ひねりの利いたネタを提供してくれているようで。Lilacさんの解説記事を興味深く読ませていただいた。アメリカの高速インターネットサービス事業の抱える問題は、transmissionの敷設に関する問題とも、大いに通じるものがある(と思う)。transmissionの方が、越えなければいけないハードルは、何倍か大きいような気がするが。

Googleの影に(「Yahoo!の影に」と言うべきか)隠れて目立たないが、僕のお気に入り、Flickrさんも、blogでApril Foolネタを発表している。「AppleのiPadに対抗するFlickrPadを独自開発しました」というネタ。まぁ、見てやってください(リンク)。アホです。どアホです。大したひねりもなくて、早い話がグダグダです(笑)  
Maxwell School, Syracuse, Apr 1, 16:35

Wednesday, March 31, 2010

“Teaching” or “Talking”

今学期受講の、“International Trade Law”(以下、ITL)と“Comparative Foreign Policy”(以下、CFP)の授業スタイルを比べてみると、いろいろ面白いことが見えてくる。今学期はこの二つしか受けていないので、余計にそう見えるのかもしれないが、いろんな点で、対照的なのだ。

まず、reading assignmentの量が圧倒的に違う。CFPでは、毎週、読み切れないくらいのreadingが課されるのに対し、ITLは限定的。加えて、単純に「この論文を読んでこい」というだけでなく、「○ページの△段落目~◇ページまで」と、読むべきエリアの細かい指示が付される。

その実、授業中にreading assignmentに書かれてある以外の内容に話が及ぶ機会は、CFPの方が圧倒的に多い。「大学院生なら、これくらいのことはわかっていて当然」ということなのかも知れないが、カーターがどうした、ニクソンがどうしたと言われても、(少なくとも留学生にとっては、)正直、キツイ。その点、ITLの方は、reading assignmentを読み込みさえしていれば(ただし、精読は必須)、そこに書かれてある以外の知識がなくても、十分理解できる授業内容になっている。法律の授業なので、英米法の知識が必要となる場面はもちろん多々あるのだが、その都度、端折らずに、丁寧に説明してくれている(ただ一人、ロースクール外からの聴講生である僕向けのサービス、という面もあるのだろうが、客観的に見て、他のロースクール生たちにとっても、悪くはない復習の機会になっているようだ)。

ITLでは、毎回、「少なくとも、これを理解して帰りなさい」という何か(概念、考え方、ルールetc.)があるのに対し、CFPにはそれがない。先生の頭の中にはあるのだろうが――それを感じ取れるくらい、じっくり傾聴すれば、聴く側にも見えてくるのかもしれないが、僕のリスニング能力では残念ながら無理――、普通に受講している限りは、なんとなく、山も谷もなしに、先生のお話が2時間半続いて、眠くなってきた頃に終わる、というイメージ。

最後に、これはほぼ余談だが、ITLの先生は、生徒を笑わせるのに一生懸命(ただし、95%はブラックジョーク)なのに対して、CFPの先生は、喋りながら、ときどき、自分の話に自分で笑う。聴き手によっては、重要なポイントかも知れない――僕にとっては重要です。

なぜこういった違いが生まれるのかを考えていたのだが、おそらく、ITLの先生は、文字通り、「教える」こと、或いは、何かを「伝える」ことに主眼を置き、そこから逆算をして授業を構成しているのに対して、CFPの先生は、「語る」ことに主眼を置いてしまっているのではないかという気がする。もちろん、CFPの先生も、「語る」ことを通して「教え」ようとされてはいるのだろうが、やはり、なんというか、間接的で、効率が悪い。

こういう言い方をするのは申し訳ないのだが、CFPの先生は、自分の考えや思いことを語ることに満足してしまっていて、その内容を生徒が理解したかどうかについてはあまり関心が持てていないように見受けられる。毎回、授業の最後にquestionを受け付けたりはするのだが、全般的な印象としては、どうしても、“one-way”なのだ。もちろん、ITLの先生と比べれば、ということであって、彼女が突出して良くない、というわけではないんだけれど。

まとめると、「教える」という行為は、自分の口から何かを発すればそれで終了というものではなく、教えられる側の頭の中に、何か(=伝えたいこと)を着床させてはじめて完了するものなんじゃないか、ということ。また、そうであるならば、そこまでのプロセスを、もっとも効率的に提供するのが、良い「教え方」というものであって、「私が語るから、あとは自分で理解しろ」というのは、「教え方」として、あまり効率的でないのではないかということ。

書いてしまえば当たり前のことだが、実行するのは容易ではない。自戒もこめつつ。
Maxwell School, Syracuse, Mar 31, 16:28

inevitably imperfect

朝からPower System Economicsなるマニアックな本(でも一応教科書)を読んでいたら、印象的なquoteを見つけたので転載。
The conclusion today, seventeen years later, is essentially the same . . . industries differ one from the other, and the optimal mix of institutional arrangements for any one of them cannot be decided on the basis of ideology alone. The "central institutional issue of public utility regulation" remains . . . finding the best possible mix of inevitably imperfect regulation and inevitable imperfect competition.
Alfred E. Kahn
public utility regulationに限らず、幅広く妥当する卓見かと。
Maxwell School, Syracuse, Mar 31, 10:16

Tuesday, March 30, 2010

“Bird Library” Hypothesis

図書館でreading assignmentを打ち出しながら、隣でくっちゃべっているunder-grad達の会話を聞いていて、しょうもない仮説を思いついてしまった。しょうもないとは分かっていても、思いついたからには書いておかないわけにいかない。

verbalな会話におけるアメリカ人の表情・表現の豊かさは、日本人のそれを、はるかに凌いでいると言われる。「言われる」なんて、婉曲表現を一応使ってはみたが、実際、こちらで暮らしてみると、それが疑いようのない事実であることは、ほぼ明白。大学院の授業で、ロールプレイをする(させられる)ときの、彼らの「なりきり」度合いといったらタダモノではない。仮に英語を堪能に話せるだけの能力が僕に備わっていたとしても――と、いきなり、極めて非現実的な仮定を置いてしまったが――、彼らほどの迫真の演技力・表現力を持って自分の役柄を演じ切れるかと言われれば、そんな自信はさらさらない。それをするには、英語力のほかにもう一つ、一般的domestic日本人(like me)には備わっていない能力(=演技力・表現力)が必要なのである。

なぜ、日本人とアメリカ人の間には、こういった差が生まれてしまうのか?(※ 平均の話をしています。もちろん、「オーバーリアクションの苦手なアメリカ人」なんて生き物も、探せばどこかにはいるんだと思います。正直、あんまり見たことないですけど。)

「そんなもん、いろんな原因が影響しとるに決まっとるやないか。一つに特定することなんてできるかい」――ごもっとも。 「てか、この話、どうでもよくない??」――つくづく、ごもっとも。ごもっともではあるのですが、思いついてしまったからには書かないわけにはいかないのでありまして、お時間のある方は、この先、もうしばらく、お付き合いいただければと。

僕が思いついた仮説(さしあたり、思いついた場所の名を冠して“Bird Library仮説”と命名しておく)は、「英語と日本語の語順の違いが、表現力・演技力の差を生み出しているのではないか」というもの。

つまりこういうことである。日本語の場合(特に話し言葉の場合)、その語順の性質上、直接話法が使われることは極めて稀。第三者がしゃべった内容を相手に伝えるときには、「A君がこう言いやがってさ」みたいな感じで、話のコンテンツ(A君が何を話したか)だけを伝えるのが普通である。ちょっと試してもらえればお分かりのとおり、日本語(の語順)で、直接話法を会話の中に取り入れるのは、結構、大変。どうしても不自然な言いまわしになってしまう。

これに対し、英語(の語順)であれば、むしろ、直接話法の方が自然。“He said like, ‘blablabla’”みたいなゆるーい会話は、日々、そこら中で垂れ流されている。こういった語順の違いから生じる直接話法の使用頻度の違いが、日本人とアメリカ人の表現力の差に、有意な影響を及ぼしているのではないか――というのが、“Bird Library仮説”の要諦。だいぶ、どうでもよくなってきましたか??

たとえば、「第三者がこんなことを言っていたよ」というネタで笑いを取りにいくとき、日本語(の語順)であれば、――落語のような特殊な状況でもない限り――「何を言ったか」という“コンテンツ”の部分一本で勝負せざるを得ない。「あいつ、こんなこと言いよったんやでぇ~」的な言い方で、コンテンツにアクセントを置くことはできるが、それはあくまで、コンテンツ部分に聞き手の注目を集めるための技術であって、演技力とは関係ない。

これに対し、英語の場合は、“He said like ...”まで言ったところで、一旦、小さなタメ(=いわゆる枝雀理論で言うところの“緊張”に当たる部分ですな)を作り、それに続く直接話法の部分で話を落す(=同じく枝雀理論で言うところの“緩和”)のが会話の定石。このため、笑いを取るためには、「何を言ったか」(=“コンテンツ”)だけでなく、「どう言ったか」の部分も非常に重要になってくる。つまり、第三者の発言ぶりを上手に――場合によっては、実物以上に大袈裟に――再現できるヤツこそが、満場の笑いをさらってしまえるというシステムになっているのだ(!!)

こういった、直接話法での表現力・演技力の巧拙が、会話の質――ひいては、小学校のクラスでの人気モノ度、大人になってからの合コンでのモテ度――に決定的な影響を及ぼす社会環境の下で育ってきたアメリカ人たちが、「コンテンツ一本槍」の日本人に比べ、表現力・演技力の面で秀でているのは自然の道理なのではないか、といのが、“Bird Library仮説”の全容。言いたかったことは以上であります。

この時間まで夕食も食わずに、オレ、何やってんだろ…(苦笑)
Maxwell School, Syracuse, Mar 30, 21:20

Camp in Albany?

Independent Studyの絡みで、NY州内のいくつかの機関にinterview(日本語で言うところの「ヒアリング」)のofferを出している。なかなか色よい返事をもらえず、半ばあきらめかけていたのだが、二つの機関から立て続けに、「しゃべってやってもいいよ」との回答が届いた。

待ちに待っていたことなので、それ自体は大変うれしいのだが、問題は、その日程。二機関とも、ここから車で片道二時間半の州都Albanyにあるのだが、片方が4月9日(金)、もう一方が12日(月)という、何とも中途半端な日程で…。普通に考えれば、日帰り×二往復で対応するところだろうが、その頃の週末ともなれば、Syracuseにいたって、どうせ論文執筆に埋没していることだろうし、せっかく行くからには、少しくらい州都の観光だってしてみたい。というわけで、週末ぶち抜きでAlbanyに居座り、一人「論文合宿」を張るというのもありかなぁと思案中。。エクスぺディってみたら(とは言わないわな)、ダウンタウン近くでも、一泊$60くらいからあるみたいだし。あながちなくもないかなと。

問題は、Albanyみたいな(パッとしない)ところに、一人で三泊もしていたら、いくら「合宿」のつもりとは言え、さすがに滅入ってくるんじゃないかということ。というわけで、その週末、Albanyに行く予定がある(又は、行ってやっても良い)という方、いらっしゃれば、ぜひ御一報を。

まず、いるわけないけどね(笑)
Maxwell School, Syracuse, Mar 30, 16:12

Monday, March 29, 2010

Climate Programs Evaluation by CBO

米CBO(Congressional Budget Office)が、連邦政府の気候変動関連プログラムに関するレポート“Federal Climate Change Programs: Funding History and Policy Issues”を発行したので、読んでみた。

特段、高度なeconometricsを使うこともなく、至ってシンプルかつオーソドックスにまとめられている。読みものとして、面白いか面白くないかと言われれば、はっきり言って面白くない。CBOという組織のmissionを考えれば、非常にいい仕事をしているのは確かなんだけど。
   
全般的に、(経済学的に見れば)当たり前のことが述べられているだけなので――いや、それが彼らの仕事だから仕方ないんだが――、敢えて、ここで紹介したいと思える記述は、あんまり見当たらない。強いて言えば、Climate-Related Tax Preferences(気候変動関連租税特別措置)関連のくだりが比較的面白いかと。曰く;
Most analysts argue that the most direct way to reduce GHG emissions is to tax them or to otherwise increase their price—for example, by imposing a cap-and-trade mechanism. Increasing the cost of GHG emissions would encourage reductions in emissions through a variety of means but leave determination of the best method to the individual or business. Tax preferences, by contrast, usually favor ways of reducing emissions that are specified in legislation. For example, there is a tax credit to encourage people to reduce consumption of home heating oil by installing solar-powered heating units, but there is no similar incentive to turn down the thermostat or put on a sweater, even though doing so could reduce GHG emissions at lower cost than installing solar powered heating units.
「炭素税よりは、税控除の方が、概して、排出削減政策として好まれる傾向があるが、温室効果ガスの排出を減らす、より直接的な方法は、税控除ではなくて、課税の方である。たとえば、税控除の対象に、家庭用太陽熱ヒーターを指定すれば、それによって家庭で使われる暖房用の石油の量を減らせるかもしれないけれど、税控除で以て、暖房の温度設定を下げたり、単純にセーターを羽織ったりすることを、各家計に促す方法はない。その方が、太陽熱ヒーターの設置よりも安いコストで、同じだけの排出削減を達成できるかもしれないのにも拘わらず」との由。
     
この記述の中身(=経済学の基本の「き」)自体がどうこうというよりも、こういうことをはっきりと言ってくれる機関があるというのは、素晴らしいなと。まぁ、このCBO様のお言葉が、どれだけ上下両院の皆さまに斟酌されるかはともかくとして。
my room, Syracuse, Mar 29, 23:49

Current mood around Cap-and-Trade

Heal care法案がひと段落して、マスコミ、メディアでcap-and-tradeの文字を目にする機会が増えている気がする。たとえば、NY TimesのJohn Broderが、25日付の新聞に“‘Cap and Trade’ Loses Its Standing as Energy Policy of Choice”との記事を載せれば、28日、ハーバードのRobert Stavinsが、同記事に絡めて“Who Killed Cap-and-Trade?”との記事を、web上で発表する、といった具合に。以下、両記事の抜粋・要約を。

■“‘Cap and Trade’ Loses Its Standing as Energy Policy of Choice” by John Broder
  • Why did cap and trade die? 
    • “it was done in by the weak economy, the Wall Street meltdown, determined industry opposition and its own complexity.”
  • 下院審議では、多数票を得るため、“coal companies, utilities, refiners, heavy industry and agribusinesses”に対する妥協的・例外的措置をふんだんに盛り込み。
    • オリジナルのシンプルさは失われ、反対派からは、“cap-and-trade”ではなく、“tax-and-redistribution”と評される結果に。
■“Who Killed Cap-and-Trade?” by Robert Stavins
  • そもそもcap-and-tradeは本当に「死んだ」のか?
    • 決して「死んだ」わけではない。
    • 現在、準備中のKerry-Graham-Lieberman legislationにせよ、その対抗法案であるCantwell&Collinsの“the CLEAR Act”にせよ、提案者たちは“cap-and-trade”とは呼んでいないが、実質的にはそれと同じ機能・性質を持った制度が、部分的にであれ、盛り込まれている。
  • なぜ短期間に政治的な人気が激減したのか?
    • the economic recession; the financial crisis; and the complex nature of the Waxman-Markey legislation (which is mainly not about cap-and-trade, but various regulatory approaches)
    • しかし、もっとも重要な要因は、単に、cap-and-tradeが、もっとも真面目な討議に付された案だという事実(the simple fact that cap-and-trade was the approach that was receiving the most serious consideration)。下院を通す課程の中で真剣な討議が行われ、それが、反対勢力に火を付けた。
    • こういった結末は、それがどんな形の政策であれ、最初の気候変動政策(any front-running climate policy)は必ず迎えていたであろうもの。cap-and-tradeだったからこうなった、というわけではない。
  • なぜアメリカではこれほどまでに気候変動対策政策に対する政治的支持が低いのか?
    • それによってもたらされる「被害」の直接の結果(a direct consequence of the “disaster”)が明らかではないから。(これまで、米国で立法化に成功した環境法案は、いずれも、何らかの環境被害が広く周知された結果として制定されたもの)
    • 昨今のワシントンの、党派対立を前面に押し出す風潮(partisan political climate)が、同法案成立を一段と難しくしている。
というわけで、頑張ってまとめてはみたものの、どっちの記事もたいして目新しいことは書かれてませんでした。さ、勉強しよ。
my home, Syracuse, Mar 29, 12:02

Sunday, March 28, 2010

Intrepid

前回、前々回、前々々回と、NYCには、立ち寄るも観光する時間なし、ということが続いていたのだが、今回は、呑み会の前に半日だけ時間があり、Maxwellの同級生さん御推奨のThe Intrepid Sea, Air & Space Museumに行ってみた。

第二次大戦にも参戦した米国海軍空母Intrepidをそのまま利用した博物館。日本人にはあまり知られていないが、巨大な空母が、マンハッタンのハドソン川べりに、どどーんと停泊されてある。中身は、Intrepid自体の軍歴含め、海軍関係の展示+宇宙開発関係の展示が少々(Intrepidは、スペースシャトルが開発される前、海にぽちゃんと落ちていた宇宙船の回収任務にも当たっていたとの由)。船外には、冷戦期に就航していた同じく米海軍の潜水艦と、British Airwaysのコンコルド(これは完全に民用機)も展示されている。

この分野、専門でもなんでもないので、軽々にああだこうだと言えることはあまりないが、一つ言えるのは、勧めてくれた方も言っていた通り、博物館の記述が総じて客観的で、旧日本軍が「卑劣だった」だの、「野蛮だった」だの、といった書き方は、ほとんど見られなかったということ。それは、冷戦展示コーナーでのソ連軍に対する記述についても当てはまる。戦勝国の余裕なのか、はたまた、軍事大国であるが故に、その辺りについては、感情を差し挟まず、客観的に理解するマインドセットが出来上がっているということなのか(イスラム勢力に対する近年のattitudeを見ていると、必ずしもそうとは言えない気もするけれど)。

Intrepidは、レイテ沖海戦などで、複数回にわたり、日本軍によるいわゆる“神風”特攻にも遭っている。上にも書いたとおり、そのことを、「卑劣」だの「野蛮」だのと称する記述はないのだが、ただ、相当の脅威であったことは間違いないらしく、“Kamikaze”関連の展示には、かなりのスペースが割かれてあった。

昨日それを見るまで知らなかったのだが、日本軍の特攻機が空母に衝突する瞬間のカラー動画(色は後から補ったのかもしれないが)が残されていて、展示の一部に使われている。かなり衝撃的な映像で、(こういう言い方が適切かどうかはわからないが)その動画を観た瞬間、直観的に思い出したのは、9.11のあの映像だった。

実際にその事件が起こった船の上で、アメリカ人に交じって、そういった映像を観るというのも、非常に複雑な心境。正直、何と言っていいのか分からない。ただ、少なくとも、日本の戦った相手の国であるアメリカで、そういった展示を見れたということは、その時に自分が抱いた複雑な感情も含めて、貴重な経験になるのではないかと思う。
Maxwell School, Syracuse, Mar 28, 16:13

AM5:00 at Korean Town of NYC

(夜明け前の7th Ave)
30時間でNYC-Syracuse間を往復。早い話が、片道5時間かけて呑み会に参加してきたということ(苦笑)

毎度恒例のことながら、ホテルは取るも、そこでは寝ないで、ほぼ、単なる荷物置きとして使用(もったいない…)。帰りのAmtrakで爆睡し、危うく乗り過ごしてRochesterまで行きそうになりながら、発車間際に起床。なんとか無事、Syracuse帰還。

参加者の一人に、スペイン語・ポルトガル語の堪能な方(日本人)がいらっしゃって、カラオケで、Gipsy Kingsの“Volare”を熱唱されていた。一同、サビのところで弾ける(笑) カラオケでこの曲を聴くのは初めてだったが、誠に使える一曲だということが一発で判明する。導入部分で、「ん?なんだっけこの曲??」と思わせておいて、サビのところで、「あぁ、この曲か」というeurekaとともに、一気にボルテージ全開に誘ってくれる感覚が最高。もっとも、そのギャップ感をきれいに演出するには、導入部分の歌詞(イタリア語?)を、卒なく歌いこなせる必要がある。ハードルはかなり高い。練習してみる価値アリ???

4時半にカラオケボックス(←日本にあるのとほぼ同じ。昔懐かしのレーザーディスク方式なので、曲の合間ごとに、がっちゃんがっちゃんやってはいたけれど)を出た後は、〆めにということで、地元NYC在住者の案内で、Korean Townに向かう。24時間営業の韓国料理屋があるのでそこに行きましょう、との話だったのだが、行ってみたお店の盛況ぶりが圧巻。明け方5時ともあろうに、その時間の新橋のような淀んだ空気は微塵もなく、午後7時、8時の夕飯時かと見紛うばかりの活気。〆めどころの騒ぎではない。そこら中で、若者たちが焼肉をつついている。さすがNYC。というか、さすがKorean!? 何にせよ、なかなかスゴいものを見させていただいた。繁盛しているだけあって、味も非常にgood。もっとも、僕らのテーブルの空気だけ、明け方の新橋ばりに立派に淀んでいたことは否定し得ない…。
Maxwell School, Syracuse, Mar 28, 15:49

Friday, March 26, 2010

COP 6, Election 2000, US Withdrawal ...

Comparative Foreign Policyのエッセイ、二つ目を提出。このエントリで少し触れたが、外交史上の事件を一つピックアップし、Foreign Policy Analysisのメソッドを使って分析していくという課題。エッセイは3回(各回、ダブルスペースで10ページ)に分けて提出することとされていて、一回目の課題は、事件概要の記述。僕は、2001年の米国の京都議定書からの脱退をピックアップし、それに至る米-EU間のやりとりを調べて書いてみた。
   
今日提出した二つ目エッセイの課題は、「これまで授業で扱ったtheoryを使い、当該事件を分析しなさい」というもの。いちおう断わっておくと、MaxwellのIR(International Relations)コースのクラスは、総じてこんな感じにアカデミック。実践性を期待してくると、少なからず肩透かしを食らう。MPA(Master of Public Administration)の方はそうでもない(と思う)けど。

この辺りのエントリで書いたとおり、IRという学問の考え方・方法論には、些か、のめり込めないものがあり、今回のエッセイも、あんまり気乗りせずに書いていたのだが、いちおう、体裁を整え、規定の10ページを満たしたところで、さっくり提出。

とは言え、書いてみると、やっぱり学んだことはある。詳しく書き始めると長くなる(し、あんまり面白くもない)ので端折らせていただくが、今回、使ったtheoryに基づいて言えば、あるpartyにとって、交渉相手が、①関係良好な相手であり、②経済的な相互依存度の高い相手であり、かつ、③相対的に自分よりも大きなcapabilityを持った主体である場合、当該partyは、相手に対し、譲歩をしてでもagreementを引き出そうとする、ということになる。しかし、実際に、2000年12月のCOP6において、EU代表団がとった選択は、米英二国がバイでまとめた妥協案を蹴り、同会議を「成果なし」で終えるというもの――EUにとって、上記①~③が当てはまると言えそうな状況であったのにもかかわらず。ちなみにその一か月後、米国ではBushが大統領に就任、更にその二か月後に京都議定書からの脱退を宣言するに至っている。

こんな定性的・感覚的なtheoryがいつも妥当するとは限らない、というのは確かにその通りなのだが、「役立たず」と斬って捨てたくなる気持ちを抑え、「なぜこのとき、theoryの御宣託は当たらなかったのか」と考えてみると、少しは面白くなってくる。

僕がエッセイの中で書いたのは、結局のところ、EU(もちろん、他の国もだが)の意思決定権者(特にpoliticalな)にとって、気候変動問題というのは、そこまでurgentな課題ではなかったからではないか、ということ。上記“theory”は、暗に、「二国間交渉=双方(少なくとも一方)にとってurgentな課題」との前提に立っているが、気候変動問題を巡るEU-US間の交渉は、実際にはそうではなかったが故に、theoryの主張と異なる結果がもたらされたのではないか、と。

と書いてみたところで、引き続き、当たり前のことを言ってるだけのような気もする。しかし、僕のような環境屋からしてみれば、ついつい、「希望的観測」や「べき論」といった色眼鏡で見てしまいがちな、この種の外交イベントを、客観的に、或いは、実際の意思決定権者のそれに近い視点で理解しなおすのを手助けしてくれるという意味では、こういったメソッドにも、それなりの御利益があるのかも知れない。

まぁ、それによって多少は気持ちが明るくなるかというと、実際には、その真逆なんだけどね。
Maxwell School, Syracuse, Mar 26, 17:08

Syracuse's season was closed

NCAAトーナメント。昨日の“Sweet 16”(準々々決勝)で、Syracuse、まさかの敗戦。所詮、このトーナメントしか観ていない俄かファンなので、あまり多くを語る資格はないが、自分の学校が負けたとなると、普段は全然観てなくても、やはり、一抹の寂しさがある。(普段から観てた人は、当然ながら、もっともっと寂しがっておられる。)甲子園常連校出身の人の気持ちって、こんな感じ??

普段は、わりとへらへらしてるアメリカ人だが、こういうときにはやっぱり泣いちゃうものなんだと実感。そりゃそうだよね。

お天道様も、そんなSyracuse市民の気持ちを察してか、今日は、気温も零下に逆戻り中。
my room, Syracuse, Mar 26, 10:19

Wednesday, March 24, 2010

Sweet 16

明日は、NCAAトーナメントの16強が対戦する、通称“Sweet 16”の日。アメリカやカナダで、女の子の16歳の誕生日を特別にお祝いする習慣、“sweet sixteen birthday party”にちなんで、そう呼ばれているらしい(…たぶん)。実際には、軒並み2mを越えようかというお兄ちゃん達が、ガリガリとバスケをするわけなので、おそらく、“sweet”なんて言葉の響きとは程遠い展開になるものと思われる。いや、「おそらく」じゃなくて、「間違いなく」だな。

我がSyracuse Orangeは、Homeから遠く離れたSlat Lake Cityで、この“Sweet 16”を迎えるのだが、今年はなんと、全米で4つあるSweet 16(と、その次のquarterfinal)会場の一つに、我がSyracuse市が選ばれていて、お隣のCornellさん始め、全米から4つの大学がお見えになる。そんなわけで、大学構内にある試合会場(Carrier Dome)の周辺は、昨日あたりから、なんとなく、そわそわムード。テレビ局の人が、学生に交じって、その辺で、ロケの練習をやっていたり、普段は適当なポロシャツを着て仕事している入構管理のおじさんが、おもむろに、SUカラーのウィンドブレーカーを羽織っていたり…。

TV局の人たちは、バスケやアメフトの試合があるときには、普段でも、だいたい、一、二社乗り込んできているのだが、今回は、さすがに全米注目のイベントというだけあって、各局の中継車が揃い踏み。日本(てか、関西?)的に言えば、2chから36chまで全員集合~!!みたいな感じになっている。

正直なところ、他の3か所は、どこともプロスポーツ球団のホームアリーナで開催するという中にあって、うちだけ、こんな、愛想も素っ気もない田舎スタジアムで、ほんまにええんかいなという気がする。accommodationだって、貧相なことこの上ないし ― 会場から徒歩圏にあるのは大学構内のSheratonだけ ―、はるばる全米中から来ていただいた皆さんに、試合の前後、ぶらっと楽しんでいただけるような場所も、皆無と言うに等しいし…。(Marshall Street??)

逆に言えば、そんな状況であるにもかかわらず、我がSyracuseがSweet16会場の一つに選ばれたということは、少なくともバスケ界では、「東にSyracuseあり」と、広く認知されているということなのかも知れない。俄かファンなので、詳しいことはよくわからんが、きっとそうであるに違いない。

ロチェスターのコ●ック亡き今(いや、まだ完全には死んでいないか…)、バスケットを、酪農と水力発電と“Wegmans”に並ぶ、upstateの主力産業の一つに数えてあげてもいいんじゃないかと思いはじめた今日この頃。。。

(↓街を挙げて(?)の受入れ準備の様子を伝える地元9cnのニュース)
my room, Syracuse, Mar 24, 23:19

National Archives UK go to Flickr


Carrying Children, originally uploaded by The National Archives UK.

僕も愛用させていただいている写真掲載サイトFlickrに、英国公文書館(The National Archives UK.)が接続したとの由。さっそく覗きに行ってみると、上のような、古い日本の写真が転がっていた。19世紀終盤の写真らしい。

数日前の官庁webサイトの話と同様、効果を算定するのは難しそう ― それは究極的には、意思決定をする人に効果のほどを理解してもらうのが難しいということに繋がるわけであるが ― だが、 これまではロンドンに行かなければ見られなかった写真が、世界中、どこからでも見られるようになったわけで、公有資源の活用方法の改善であることは間違いない。その受益者と負担者がマッチしているかどうかという問題は別にして…(少なくとも僕は、英国政府に税金を納めた記憶はあまりない)。

Flickrに繋ぐと、単に誰でもどこからでも写真を見られるようになるというだけでなく、その写真を見た世界中の人たちが勝手に「Tag」をつけていく(はずな)ので、アップされた写真が、時間の経過とともに検索で引っ掛かりやすくなる(はず)とのメリットもある。上の写真であれば、既に、“The National Archives (UK)”、“Japan”、“children”、“rocks”、“hand coloured”、“tinted”、“Colonial Office”の7つのタグが付いている。気が向けば、誰でも好きな「Tag」を追加することもできる。

一つ気になるのは、接続先の選定で揉めたりはしなかったのかということ。普通に考えれば、Picasaを有するG社さんはじめ、他の会社も、「うちにも繋げろ」と言ってきそうなものである。個人撮影写真のストック用ならともかく、パブリックな画像アーカイブとしては、既に、Flickrがdominant、という理解なのだろうか。

ちなみに、まったくもってどうでもいい話だが、小生撮影の写真は、5年ばかり英国公文書館に先駆け、Flickrにて公開中。お暇な方は、こちらからどうぞ。
Maxwell School, Syracuse, Mar 24, 13:51

Tuesday, March 23, 2010

Connecting two fields

論文の方、だいぶ考えが煮詰まってきたので、昨晩、knj君に一時間ほど付き合ってもらって、ブレインストーミングをしてみる。今さらながら、こういうときにSkypeって便利。彼らがどうやって儲けてるのか、ビジネスモデルが未だによくわかんないんだけど。

knj君との議論の中で、何となく見えてきたのは、originalityを発揮することにそこまでこだわらなくてもいいんじゃないかということ。まぁ、言ってしまえば、所詮はMasterレベルの論文なんだし。

それよりむしろ、engineeringの世界の方々が、あちこちで書きまくってておられる論説を、電気工学のバックグラウンドがない人でも理解できるよう、「文系フィルター」を通して編み直し、こっちの世界 ― まぁどっちが「こっち」かはともかくとして ― の人たちに問題の存在を知らせる一助となるような論文を目指すというのも、アリなんじゃないかと。

まぁ、いずれにせよ、「問題の存在を知らせる」なんてのは、あくまでバーチャルな物言いであって、結局のところ、誰が読むでもない論文になるのは必定。問題は、「論文を書く」というプロセスで蓄えたモノ(知識・考え方・人脈、etc.)を、東京に戻ってから、活かせるかどうかの一点に尽きる。そう考えると、一足飛びに“originality”を目指すよりも、既存の論説を ― ただ「読んだ」というだけでなく ― 自分の言葉で、言い直せるくらいまで、しっかりと咀嚼・吸収する方が、結局、自分にとっては意味があるんじゃないかと思えてきたのであった。

というわけで、おぼろげながら、最終稿の輪郭が見えてきたかなぁという感じ。残された時間は、一カ月とちょっと。
Maxwell School, Syracuse, Mar 23, 22:53

Air of Law School

Law Schoolの授業に出ていると、Maxwellにいる人たちだけを見て、「これがアメリカ人だ」と思ってはいけないんだなぁとつくづく感じさせられる。まぁ、Law Schoolと言っても、取ってる授業は一つだけなので、僅か数名のクラスメイトから、“Law School生”全体の像を類推するのも危険と言えば危険なんだけど。

Law School生に典型的な行動だと僕が(勝手に)感じているのは、先生が喋っていてもお構いなしに、自分の発言をかぶせていく振る舞い。特に、ある生徒が発言した後、先生がその発言にコメントしている最中、その生徒が再び喋り始めるケースが殊のほか多い。先生の言葉を制してまで、その生徒が主張するのは、往々にして、自分の発言の正当性。先生が、自分の発言に、少しでも否定的なコメントを始めようとするや、宛てられてもいないのに割って入り、「本当はこう言いたかったんだ」とか、「でもこういう見方だってできるはずだ」とか、とにかく、「彼/彼女の発言も“間違い”とは言い切れない」という線が確保できるまで執拗に食い下がる。そんな彼らの口癖は“but”と“right”。“But, but, blablabla”で、喋り始め、防衛ラインが確保できたと見るや、“Right.”で以て幕引きする。日本人の僕からすると、先生の言葉に“Right.”で答えるというのは、何とも失礼に感じられるのだが、まぁ、この辺は、単純に、日本語と英語の語感の違いなのかも知れない。

彼らの性向は、一見すると“aggressive”そのものなのだが、反面、少しでも自分が「間違っている」と言われることを極度に恐れる「弱さ」が滲み出ているようにも見える。自信満々でここまで勝ち上がってきたからこそのナイーブさというか…。

先生も、その辺りは重々承知していると見え、授業中、「この注意は、あなただけに向けているわけではないですからね。ほとんどの生徒が犯しがちなミスだからこそ、重点的に指摘しているだけ。今回は、そのミスを、たまたま、あなたが犯してしまったというだけのことです」なんてフォローを、これでもかとばかりに、差し挟んでくる。正直、「大変だなぁ…」と先生の側に同情してしまうほど。もっとも、クラスの中でも本当にデキそうなヤツらは、そんなフォローアップも不要で、間違いを指摘されれば、さらりと受け入れるだけのmaturityを持っているんだけど。

それに比べて、MPAコースの生徒はというと ― と言っても、今年組はほとんど知らないんだけど ―、総じて、良い感じに肩の力が抜けていて、そこまでガツガツと前に出て来るヤツは稀。まぁその分、総じて、いい加減だったりもするんだけど…(笑)

言わずもがなのことながら、一口に「アメリカ人」と言っても、業界が違えば、性格や言動は、いろいろと違ってくる、ということのようで。。
Maxwell School, Syracuse, mar 23, 17:07

Monday, March 22, 2010

ObamaCare passed the Congress, and then ...

ヘルスケア法案(通称、ObamaCare)が議会を通過。

というわけで、少しくらいは知っておこうと、新聞・雑誌をいくつか流し読みしてみる。この記事(from The Economist)なんかが一番よくまとまっていて、僕のような、ObamaCare初心者にも分かりよいかと。
  
同記事によると、昨日の深夜に下院を通過したのは、「上院案丸呑み」法案と、“reconciliation”法案の二つ。前者の方は、(上院案丸呑みなので)これで以て、議会プロセス完了。後はObamaのサインを待つのみ。ここでObamaがvetoするはずはないので、最低限、この案の成立は確定。

一方の“reconciliation”法案は、上院のおかげで“flawed(「欠陥含みで」)and pork-laden(「豚肉満載の」。転じて、「選挙区向け公共事業満載の」)”になってしまった法案を、下院でもいちど叩き直したもの。よって、上院の再議決が必要なのだが、それには本来、60/100のsuper-majorityが必要(for filibuster-proof)なところ、Democrats執行部は、「これは予算関連の規定ですよ」ということにして(※ 予算関連規定であれば、budget reconciliation rulesで以て、単純多数決で通せる)、ことを進めようとしているらしい(同数だった時の最後の一票は副大統領Bidenが握っているので、厳密に言えば、過半数である必要もない。50票とれればOK)。

当然ながら、Republicanはこれに反発。「“reconciliation”法案の一部は、この条件に合致しとらん」と。こんな場合、どうやって収拾つけるんだろうか。背景知識がないので皆目、見当もつかず。

なんて記事を読んでいたら、隣に、Climate法案関連の記事も発見。Kerry、Lieberman 、Grahamの三者が、一段と、cap-and-trade色を弱め、エネルギー開発促進色を強めた法案を練り直しているとのこと。

Economistの見立てによると、新法案では、エネルギー開発への補助金が、“一丁目一番地”になるという。cap-and-tradeは、「その原資を得るため(“to raise money”)」という位置付けに格下げされ、capの対象はutilitiesのみ。

経済学的に言えば、― 税とcap-and-tradeのどちらが効率的かという議論はともかく、どうせcap-and-tradeを入れるのであれば ― economy-wideで入れる方が効率的なのは自明。R&Dなど、一部、公的補助が必要な部分はあるにせよ、それはあくまで「例外」として扱うべき。白黒逆転させて、utilityにのみ「例外」的にcap-and-tradeを導入してしまっては、cap-and-trade本来の効能は著しく損なわれる。

政策の効率が落ちるというとは、その分だけ、余計なcostがかかり、totalで見れば、同じ政策目標を達成するのに、より多くの公的負担が必要になるということ。にもかかわらず、議論はそちらの方向へと流れていってしまう。economicsの儚さというか、political economyの難しさというか…。

それでも、このタイミングで、何がしかの(連邦レベルの)cap-and-trade制度が、この国に成立するかどうかは、今後の世界の気候政策情勢に極めて大きなインパクトを持つ、と思う。実際のところは、きちんと数字を見ながら議論しないといけないが、直観的には、今の状況のままのEU-ETS市場が、今後も、単独で立ち続けていられるようには思えない。
Maxwell School, Syracuse, Mar 22, 19:33

sketchy?

ここ数日の気候は、心地よい冷気と、芝の匂いが相俟って、子供のころによく行った信州のような、夏の高原のそれを思わせる。今朝は小雨交じりの空模様なるも、湿った空気に芝の匂いが溶け込んで、これはこれで非常に心地よし。

“March Madness”(3月の狂乱)と呼ばれるバスケットの全米大学トーナメント。我がSyracuse大学は順調に二回戦を突破し、16強に名を連ねた。結局、スタジアムでは一度もバスケの試合を観戦しなかった不忠な僕だが、在学中、最後のビッグイベントとなる、このトーナメントくらいは、最後までTV観戦しようかと。(うまくいけば)残り4試合。怪我で欠場していた主力選手も、次の試合からは復帰するらしい。

そんな爽やかな話題からは、いきなり180度転換するが、Syracuseのdowntownの、あの得も言われぬ荒んだ感じは、口語米語では“sketchy”と表されるらしい。教えてくれた人に、「“spooky”とは違うのか?」とアホな質問をしてみたら、「それはHalloweenに使う形容詞だ」と言われてしまった。この辺りの口語的な形容詞が使いこなせるようになれば、コミュニケーションはもっと楽しくなるんだろう。それをするには、もっともっと、nativeな人たちとの日常会話を経験しなければいけなかったんだろうけれど。

ともあれ、春休みも終わり、春学期も残り1か月と少し。
Maxwell School, Syracuse, Mar 22, 10:38

Saturday, March 20, 2010

bureaucratic web designology

いつもblogを拝見させていただいている、某省からの留学派遣の方が、某省webサイトの問題点をいろいろ指摘しておられる。いつもながら非常に御尤もな指摘で、感心しながら読ませていただいた。(勝手にリンク張っていいものかどうかわからないので、とりあえず、リンクはなし。)

問題は、その某省webサイトは、日本の官庁webサイトの中では、(僕の印象では)比較的(あるいは「かなり」)良くできた方に分類されるということだ。といっても、僕が、とある必要に迫られて、各省webサイトを覗いて回っていたのは、今から2年以上も前のこと。その後、各省が、当時のままの(総じてイケてない)webサイトをそのまま墨守しているのかどうかはわからない(というか、知らない)。ただ、少なくとも、その某省さんのサイトだけが、官庁webサイトの中で群を抜いて劣っているなんてことはあり得ないとだけは確実に言える。(民間企業広告の話は、ともかくとして。)

「お役所」という存在には、万国共通のある種の「どんくささ」が付きまとう。去年の夏と秋、日本国外の公的機関でインターンをさせてもらったが、日本との違いも見えた反面、「やっぱり役所は役所だな」という印象も大いに持った。良い意味でも、悪い意味でも。

webサイトにしても、夏のインターン先(某機関のローカルオフィス)のものは、はっきり言ってひどかったし、秋のインターン先のものも、日本のカウンターパートのそれと比べてどっこいどっこい(見せ方という意味で。情報量は、日本のより断然スゴい)。ただ、夏インターン先のヘッドクォーターのサイトは、一応それなりに洗練されているし、秋インターン先のwebサイトも、トップページと、その一つ下くらいまでは、一応、きれいに仕上がっている。その点、トップページを開いた途端に、情け容赦のない文字の洪水が押し寄せてくる日本の官庁webサイトとは、小さいながらも実質的な違いがある。

要は、そこに時間とお金をかけるかどうかという話なので、とどのつまりは、組織(或いはそのトップ)の「哲学」や「価値観」の問題なんだろう。効果のほどを数字でスパッと言い表せるものではないだけに、この組織カルチャーを、ボトムアップで変えていくのは、おそらく容易なことではない。
Maxwell School, Syracuse, Mar 20, 18:51

Thursday, March 18, 2010

Spring in Syracuse

休養も終えてさっそく今日からフル回転!!

の予定だったが、夕方からは一気に失速。31歳と3か月の身に、往復夜行バスは、さすがに堪えたらしい…。

Syracuseがすっかり春の陽気なのも良くない。いや、すごく良いんだけど(笑)

最高のお天気に誘われ、家の前のWestcott St.で撮影会。この写真をアップしたら、今日のところはとっとと寝て、明日から仕切り直すとしよう。

my room, Syracuse, Mar 18, 23:57

The rest of Toronto Stay

バスターミナルの隣のスタバで、帰りのバスを待ちながらblogを書いてます。旅行記書くのにも(予想通り)そろそろ飽きてきたので、初日の午後以降は、手短かに。

【16日午後】
● Hockey Hall of Fame
平日にも関わらず大変なにぎわい。この国におけるホッケー人気の高さを改めて実感する。Jリーグ登場前の日本のプロ野球人気並み(あるいはそれ以上)のものがあるのではないか。子供そっちのけで展示に見入るお父さんたちの姿には、ON時代(関西的に言うと、村山・小山時代)を懐かしむ古き良き日本の野球オヤジに近いものを感じる。

その昔(といっても比較的最近まで)フィールダーはヘルメットをかぶっていなかったという話は聞いたことがあったが、その更に前の時代には、ゴーリーも、首より上に何も着けていなかったということを初めて知った。下がその証拠写真。今から思うと、ほとんど冗談みたいな絵である。(ちなみに、このゴーリーの人は、殿堂入り。マスクなしなのに頑張ったから、という理由ではない。たぶん。)
展示は、大きくNHLコーナーとナショナルチームコーナーに分かれていて、ナショナルチームのコーナーには、カナダがアベック優勝を飾ったバンクーバー五輪の展示が早くもなされていた。決勝でCrosbyが決勝ゴールを決めたときのパックも、近く、ここに運ばれてくるらしい。

● CN Tower
海外の街に行って、そこにタワーがあれば、ほぼ間違いなく上ってしまう僕。今回も、半ば義務感に駆られながら(…)CN Towerとやらに上ってみた。Towerのビジネスモデルは、世界中、どこに行ってもだいたい同じ。CN Towerも、忠実にその例に倣っている。エレベーターに乗る前には強制的に写真を撮られ(あの写真、買う人いるのかなぁ…)、展望階にはコジャレた(っぽい)レストランが設けられてあり(絶対、値段ほどの味はしないと思う)、入場料は「法外」と言っていいほど高い。まぁ、それでも僕みたいなのがひょいひょいと上るもんだから、値段下げたり、新しいサービス考えたりしようというインセンティブが湧いてこないんだろうけど。

エレベータのお姉さんのChinese Englishに衝撃を受けたという話は昨日のエントリに書いたとおり。以下、地上百何十mかからの(あるいは、CN$30也の)眺望を。

夜は、数か月ぶりの日本人板さんの握った ―アボカドやキウイやチリソースの入っていない― お寿司を堪能。「最高」の一言に尽きる。隣のテーブルでは、国際結婚夫婦と、その旦那の両親と思しき4人組が会食中。会話を途切れさせるまいと英語で奮闘するお父さん(いちおう、それなりには話される御様子)の姿が見ていて微笑ましかった。

【17日午前】
● Lake-side Walk
朝は、湖畔エリアを散策。トロントのウォーターフロントは比較的最近、開発が進んだものと見え、築後そんなに経っていないピカピカのタワーマンション(←日本語で言うところの)が林立している。
沖合1kmほどのところに島(埋立地ではなくて天然の島)があり、市民のレクリエーションに使われているらしい。船で渡りはしなかったが、『歩き方』によると、避暑用のコテージやら、ヨットハーバーやらがあるんだとか。
(湖岸からのToronto市街の眺め)

対岸島の端っこ(その部分は埋め立てだと思う)は、飛行場になっていて、本土からは狭い運河を隔てた目と鼻の先。
面白いことに、空港ターミナルは、運河の両側に分かれて建っていて(本土側は、上の写真の右側の丸くて白い建物)、僕らが成田でゆりかもめの出来損ないみたいなのに乗るように、乗客は連絡船に乗って搭乗口へと向かう。
  
小さな空港なので、大型機は止まれないが、それでも40人乗りくらいのプロペラ機が就航していて、毎日、シカゴ6便、ボストン4便を飛ばしている。そういう意味では、こう見えて、いちおう「国際」空港。値段がいくらくらいなのかはわからないが、街の中心から車で10分で行けてしまう空港というのは正直、魅力的。それなりに繁盛していると見え、ターミナルの前では、到着客狙いのタクシーがびっしり待ち構えていた。

―ここまで書いたところで時間切れ、バス搭乗。以下は、Syracuseの自宅にて―

【17日午後】
リトルイタリーで少し早目の昼食を済ませた後は、再び、ダウンタウンの散策へ。ポルトガル人街、ケンジントンマーケット(“トロント版アメ村”)、Toronto一番の繁華街、Yonge通りなどを渡り歩く。
(ポルトガル人街)
(ケンジントンマーケット)
前にもどこかで書いたが、基本的に、「絵画を愛でる」という感性が欠落している僕 ― 奥さんには、「美術館と音楽会が似合わない」と言われている。ちょっと悔しいけど、反論する材料が全く見当たらない ―、 美術館の類には、それがどれだけ有名であっても、あまり依り着かないのだが、ケンジントンマーケットでたまたま立ち寄ったCD屋兼Japanese “Kakejiku”屋の店主(奥さんは僕の実家の隣町の出身らしい)から、「州立ギャラリーが今日はタダだ」という話を聞き、それならばということで、夕方、ギャラリー(Art Gallery of Ontario)に行ってみる。
  
タダだったからと言って、突然、絵を愛でる感性が湧き上がってくるはずもなく(そりゃそうだ)、あまり興奮を覚えないまま(スイマセン)、ぶらぶらと、一通り館内を見て回る。建物は、2008年にFrank Gehryのデザインで増改築されたもの。ファサード部分が、木組みとガラス張りの長い廊下になっていて、内部は、なかなか魅力的な空間に。
ついでに、美術館の前でみつけたマクドの写真を。Mの字の真ん中にカナダ国旗のカエデマークがあしらわれています。もはや美術館とはまったく関係なしですが(笑)

Toronto最後の夕食は、そのCD屋兼掛け軸屋のおやじに教えてもらったラーメン屋へ。おそらくは韓国人店主の経営と見え、メニューには、些か怪しい日本風料理も載っていたが、ラーメン自体は、期待以上の出来栄え。二日間の旅行に、見事な「有終の美」を添えてくれた。

ただ、そこで少し気になったのは、中韓留学生の多さに比べての、日本人留学生の圧倒的なまでの少なさ。そのラーメン屋も、大変な盛況ぶりで、店の外まで学生(ほぼ皆さん東アジア系)が溢れていたのだが、英語、中国語、韓国語は聞こえて来れど、日本語はまったく聞こえてこず。繁華街を歩いていても状況は同じ。

もちろん、一人ひとりに関して言えば、留学すればそれだけでOKとか、留学しなければ即OUTとか、そんな単純な話ではまったくないが、集団として見たときには、中韓の僕ら(~もう少し下の)世代は、留学性の多さの分だけ、日本人より、集団内部に豊かな多様性を持てているということ。その差が、数年後、数十年後に、大きな差となって表れて来ないとも限らないのではないか… ― 改めてそんな気持ちにさせられたトロント最後の夜であった。(まぁどっちか言うと、ラーメン食べれた喜びの方が大きかったんだけど。)
  
23:15発のバスでTrontoを経ち、深夜、Buffaloの入管を通って、アメリカ側に戻る。 朝6:00前、Syracuse着。短い日程ではあったが、丸二日間滞在できたこともあって、大満足の旅行であった。さて、そろそろ、勉強に戻るとしますか。
my room, Syracuse, Mar 18, 9:50

Wednesday, March 17, 2010

Today's Top Newses on CBC

今朝のCBC(Canadian Broadcasting Corporation)ニュースで報じられていたトップニュースをご紹介。

「Health Care法案を巡る議論、正念場に ― DCの議会周辺では、Tea Paryがデモ活動中 ―」
→ CBCを観るつもりが、間違えてNBCを観ていた、なんてわけではありません。これが、正真正銘、今朝のCBCのトップニュース。

「ノース・ダコタの河川で洪水発生中」
→ ノース・ダコタと国境を接する、カナダ・マニトバ州に影響が出る可能性があるんだとか。このニュース、本国アメリカの全国ニュースでは、こんなに大きくは報じられていないだろうなぁ…。(アメリカ人にとってのノース・ダコタ=「田舎」「辺境」の代名詞)

「アイスホッケー、ワシントン・キャピタルズのキャプテン、Alex Ovechkinに対し、二試合の出場停止を命令が下る。」
→ この辺りになってくると、これが本来、隣の国で起こったニュースだ、という感覚すらなくなってくる。ちなみに、この国でのアイスホッケー人気は、やはり相当のもの。スポーツニュースの冒頭は、常にホッケーだし、それも、日本のプロ野球並みの時間枠を取って、丁寧に報じられている。

「カナダドル、米ドルとのレート差が縮まる。」
→ ようやくカナダオリジナルのニュースが!! といってもやっぱり対米関係なんだけど(笑)下は、Yahoo!から拝借した、この一年間のUSD/CNDレートの推移。素人目でも、この一年、加ドル高が進んできたことがよくわかる。

この国では(少なくともTorontoやOttawaでは)街中での普通の決済に米ドルを使うことも可能。といっても、いちいちレート換算をするわけではなく、1USD=1CNDのどんぶり勘定なので、加ドルが安かった頃は、Torontoの街中のリテイラーが、小遣い稼ぎを出来ていたということになる。

今朝のニュースによると、USDとCNDのレート比は、今日にも逆転しそうな勢い。実際、カナダ国内で米ドルを使う人がどのくらいいるのか知らないが、その割合によっては庶民生活にも直接的な影響が…?? まぁ逆に言えば、それだけ、(お隣に比べて)カナダ経済は比較的堅調ということの表れなのかもしれない。

てな具合いに、若干の寂寥感の伴う(…)CBCニュースであったが、前夜のホッケー中継中に流れていた、このCMは非常にいい感じ。その名もずばり、“Canadian”という商品名のビールのCM。
Starbucks, Toronto, Mar 17, 17:16

Subjective Discussion on Canada

午後の行程に移る前に、独断と偏見による個人的カナダ考を。

直前のエントリでも書いたとおり、Torontoは、北米随一の移民の街。街を歩いていても、白人以外のいろんな人種の人たちとすれ違う。アメリカ同様、カナダも ― 少なくともオンタリオのこの辺りは ― 「人種のるつぼ」なわけだが、米加両国を較べてみると、「るつぼ」の具合いがかなり違っている気がする。一言で言うと、カナダの方が、人種間の壁がより小さく、融合が進んでいるように見えるのだ。

カリフォルニアに遊びに行ったときには、幾分マシなようにも感じたが、少なくとも、僕の暮らしてきたSyracuse、DCといった米国東海岸の街では、人種ごとの職業の住み分けは、かなりはっきりと残っている。もちろん、カナダでも、そういった傾向が皆無ではないのだろうが、街を歩いていて、職場の同僚どうしが人種を異にする人たちである確率は、アメリカのそれより格段に高かったように思う。彼らが何の違和感もなく談笑を楽しんでいる姿は、米国から来た身からすると、やや新鮮ですらある。 

中でもすごいなと思ったのは、CNタワー(後述)のエレベーター運行係の女性。地上百何十メートルかまで上がっていく間に、タワーの沿革やら構造やらを説明してくれるのだが、強烈な中国語なまりの英語で、正直、僕は半分以上聞き取れなかったし、ネイティブにしても聞き取りは難しかったんじゃないかと思えるほど。それでも、彼女を雇い、エレベータ運行係に据えるという雇い主の方針もなかなか徹底していると思うし、社会の側にもそれを受け入れる準備があるんだろう。

あと、これは極めて卑近な話なのだが、トロントでは、ホテルの受付にせよ、スタバにせよ、客を待たせているとわかると、店側の人たちが、急いで仕事をしようとする。少しでも早く処理して、客の待ち時間を少なくしようと努力してくれる。

日本でこの記事を読まれている方は、「そんなの当たり前じゃないか」と思われるかも知れないが、アメリカでこの記事を読まれている方には、僕の言いたいことが分かっていただけるはず。今日、このホテルにチェックインした時、僕も含めて客が二、三組並んでいたのだが、少しでもこちらの待ち時間を短縮しようと、テキパキと、同時並行にチェックインの処理を進めていくフロント係員さんの姿を観て、軽く感激。お礼の言葉を連呼してしまったのだが、落ち着いて考えれば、僕の中の期待値のダダ下がり具合に驚愕である(苦笑)

最後に、カナダのポスター事情を少々。個人的には、なかなかイケてると思うのだが、どうだろうか?この辺りのセンスも、アメリカとは結構違っている(気がする)。僕がSyracuse基準でモノを考えているから、というわけでも、必ずしもないと思うのだが…。
ついでに、こんなadも…

Strathcona Hotel, Toronto, Mar 16, 25:04

Downtown Toronto

スタバでの一人作戦会議の後は、トロント・ダウンタウン一周の旅に出た。

トロントは、オンタリオ湖畔に形成された碁盤の目状の近代都市。「湖畔」、「碁盤の目」、「高層ビル群」という取り合わせは、年末に訪れたシカゴにも通じるものがある(ちなみにシカゴはミシガン湖畔)。

人口250万を有するカナダ最大の都市だけあって、近郊住宅地は、それこそ果てしなく広がっているのだが、いわゆるダウンタウンと呼ばれる区域は、せいぜい、南北2.5km東西1.5kmの長方形の範囲内。そう考えると、東京にせよ、大阪にせよ、日本の都市のダウンタウンの広さ(というか、多さ?)は、ある種、異様ですらある。日本の場合、ダウンタウンの中でも、(オフィス街ではなくて)商業区域の面積がやたら大きいように思うのだが、あれは、日本人が、家の外で飲み歩くことと、衣料品の買物をすることを、こよなく愛する民族だからなのだろうか(そういう意味では、ソウルの街のつくりも、東京・大阪のそれに似ていると思う)。

それはさておき、まずは、その縦長長方形のダウンタウンの四辺を歩いて一周してみることに。
(ダウンタウンエリアでは、市電を頻繁に見かける。こういったところは、アメリカというより欧州的。)

旅行の直前に予習したWikipeiaの記事によると、トロントは、マイアミに次いで世界で二番目に、人口に占める移民の割合が高い街らしく、それが証拠に、ダウンタウンの周囲には、韓国人街、イタリア人街、ポルトガル人街など、エスニックタウンが広がっている。

唯一、ダウンタウンの内側にまで勢力を張り出しているのが、言わずと知れたチャイナタウン。そこで朝食(「アワビと鶏肉の中華粥」的な感じのタベモノ)を済ませ、一路、ダウンタウンの北半分に広がるトロント大学キャンパスを目指す。

ダウンタウンは広くないと書いたが、にもかかわらず、そのうちの半分は、大学のキャンパスに充てられている(日本人とカナダ人の志向の差を反映!?)。『地球の●き方』によると創立は1827年なんだそうで、こんな、いかにもな感じの古めかしい校舎もあるかと思えば、
廊下(?)の一部が飛び出した、こんな斬新な作りの建物も。
音楽スクールでは、古くなった音楽堂を、モダンな建物で囲って使い続ける工夫がなされていた。

キャンパス内に位置する(といっても、アメリカの大学と同じで、敷地境界に壁があるわけではないので、厳密な意味でキャンパスがどこまでなのかはわからないが。)二つの博物館にも一応立ち寄ってみる。といっても中には入らず、外からの写真撮影。
(Bata靴博物館)
(Royal Ontario Museum (新館))

トロント大学キャンパスの散策後は、目抜き通りのUniversity Avenueを通り、ダウンタウンの南半分、Financial Districtに戻る。
(Unicersity AveからFinancial Districtを望む。)
  
Financial Districtのビルに多いのは、①反射する外装、②広大なグラスハウス、或いは、そのどっちも、というパターン。厳しい冬の間、少しでも有効に太陽の光を活用しようという意図の表れなのだろう。

といった感じで、午前中の日程は終了。午後の行程は、また稿を改めて。
Strathcona Hotel, Toronto, Mar 16, 24:07

Tuesday, March 16, 2010

Crossing the Border

1:30AM、Tronto行きのバスに乗車。

夜行バスに乗るのは何気に久しぶり。少なくとも、アメリカに来てからは、初めてな気がする。まぁ、「もうそんな歳でもないでしょ」と言われてしまえばそれまでなんだけど。思い返してみれば、大学4回生の時、初めて日本を脱出し、ロンドンに着いた次の日の晩には、さっそくリバプール行きの夜行バスに乗っていた。あれから早や8年。いろんなところで、いろんなバスに乗ってきたものだと、軽く感慨に浸る。

下は、Syracuseの駅兼バスターミナル。いつもながらの場末感が漂う(笑) こんな写真を撮っていたら、DC帰りのくもすけさんにばったり遭遇。くもすけさんの乗ってこられた、NY発Toronto行きに入れ替わりで乗車。

4:20AM、Buffalo(カナダ側の街の名前はわからない)の国境を通過。

一旦全員バスから下ろされ、入管ビルで手続きを済ませる。いつもどおり、無駄にビビってみるも、いつもどおり、何事もなく国境を通過。下は、入管ビルを出てきたところ。木をふんだんに使った建物が既にカナダっぽい(かいかぶり過ぎ?)

6:30AM、Toronto到着。やべ、めっちゃ都会かも!!!

で、さっそくスタバで休憩。こうなることはわかっていたのに、到着後の予定をまったく決めてこなかったので、慌てて一人作戦会議中。下、スタバの内装。アメリカのスタバと(日本のスタバとも?)なんら変わりはありません(笑)

休憩中の店員さん(バリスタ、とか言うんだっけ?)が、話しかけてきてくれる。ソウル出身の子で、一年間のワーホリ中なんだとか。今週いっぱいで「ワー」の方を終え、その後2カ月半、「ホリ」に専念する御予定とのこと。とりあえず、オタワ、モントリオール、ケベックシティとカナダを旅し、後は、アメリカをぐるぐる回るらしい。
そんなこともあって、「やっぱカナダって(某隣国に比べて)断然、感じいいわ」とさっそく気分良くなってみたところ。もちろん、カナダというより、彼女がフレンドリーなだけだったのかも知れないけれど(笑)

というわけで、これから丸二日間、Torontoの街をふらふらさまよってみます。
Starbucks, Toronto, Mar 16, 7:38

Monday, March 15, 2010

CDM in Numbers

先日は、EU-ETSのCERsに関する気の利いたinteractive mapを紹介したが、今日は、Kyoto ProtocolのCDMに関する、便利なグラフを見つけたのでタグしておく。

FT.comが昨年12月にアップしたもので、タイトルは、The UN’s carbon trading system in numbers。先日の記事でも言及したUNEP-RISOのデータを元に、シンプルな棒グラフと円グラフを描き起こしたもの。グラフの作り自体は非常にシンプルなのだが、「ホスト国ごと」とか「進捗状況ごと」とか、構成をいろいろ動かせるので、グラフ上でかちゃかちゃやっているだけで、「中印の割合が圧倒的なんだ」とか、「このくらいの確率でvalidationまでたどりつけるのか」とかいった具合に、いまのCDMのおおよその趨勢が見えてくる。

とりあえず、時間をかけずにCDMの全体像を掴まないといけない、という必要に迫られた人 ― そんな人がどのくらいいるのかわからないけれど ― には、お勧めの一品。というわけで、そろそろToronto行ってきます。
my room, Syracuse, Mar 15, 23:42

contact-lens-free day

大学当局は、Spring Break=“誰もキャンパスには残らない期間”と認識しているらしく、いろんなサービスがスカスカになっている。例えば、幸い、僕には関係のない話だが、サウスキャンパス(メインキャンパスから車で10分のところにある学生居住エリア。広大な敷地に2階建てのアパートが立ち並ぶ。Google mapで見るとこんな感じ)とメインキャンパスを結ぶバスが、今日は完全運休。このサウスキャンパス、広大すぎて、車orバスなしでは、敷地外に出ることさえ一苦労なので ― まぁ、敷地外に出たところで何もないんだけど ― 車のない住民にとっては、バスが止まるとほぼ完全に“陸の孤島”状態。なかなかヒドイお話である。

そんな中、クラスメイトの一人が、どこにも遊びに行かずにサウスキャンパスに居座っているというので、様子うかがいがてら、昨晩、“Enjoy your South “PRISON” Life!!”なんてメールを送ってみた。彼女からさっき届いたメールによると、食っちゃ寝しながら、それはそれで、“Prison Life”を満喫しているようである。

僕にも影響のあるところでは、昨晩から今日にかけて、メンテナンスだか何だかの理由で、Maxwellのインターネットがストップ。というわけで、今日は一日、コンタクトもはめず、“メガネにジャージ”というlazyなスタイルのまま、一日中、家の中で過ごす。NBCで、Capitals vs Blackhawksの試合(Ovechkin、危険行為で退場!! でもCapitals逆転勝ち♪)を観た以外は、日がな一日PCとにらめっこ。自習室に比べると机が狭いのがやや難だが、他の人に気を遣う必要もないし、これはこれで悪くないかもなぁと実感。

明日は、Independent Studyをお休みして、Comparative Foreign Policyの課題に取り組む予定。で、明日の深夜から、カナダ、行ってきます。
my room, Syracuse, Mar 14, 27:27

Sunday, March 14, 2010

Wind Consideration (cont.)

風力ネタ、続き。一部、knj君とのdiscussionへの回答含。(今回も、レスお待ちしてます)

前回取り上げたPuga and Lesser (2009)によると、NY州のRPSは、transmissionとの関連で、以下の3つの問題を抱えているという。
  1. NYISO(New York Independent System Operator)のgrid system planning process上、新規のtransmission建設が認められにくい。(because ①厳格なcost-benefit test と ②配電事業者(LSEs: Load Serving Entities)による80% supermajority approvalの両方をクリアしなければならない)
  2. 最近まで、系統連係(=発電施設をgridに接続する)時の“deliverability test”(which “ensures that the electricity a new generating resource ... can actually be delivered to load centers over the transmission grid.”)を欠いていた。
    → “a significant share of existing wind generating capacity in New York is "bottled up."” (現在、NY州内に存在する風力発電能力の相当割合が“ダダ漏れ”している)という結果に。
  3. ようやくdeliverability requirementを課したのは良いが、そのrequirementをクリアするための負担(for renewables発電事業者)が重すぎて、renewables導入の大きな障壁となりうる。
1. 及び 2. からすると、renewablesの導入量が増えるに従って、風力(或いは全renewables)からのdeliverability(の平均値)は下がってきたかに思われるのだが、generation/capacity値 [1000MWh/MW] の推移を計算してみると(データ元:US Energy Information Administration(DoEの下部組織)のwebサイト)、風力についてもrenewables全体についても、そういった傾向は見られない。

また、3.からは、直観的には、renewablesの導入量が増えるに連れて、RPS電力の買取価格が上がっていくことが予測されるが、実際には、買取価格の契約単価の平均値は、過去三回行われている入札ごとに下がってきている。

<入札実績 (実施年, 契約件数(うち風力の件数), capacity合計, 契約単価平均値)>
  1. 2004年, 5件(2件), 254MW, $22.90
  2. 2007年, 19件(8件), 533MW, $15.52
  3. 2008年, 8件(3件), 180MW, $14.75
※ 契約件数は、契約履行に至ったもののみ(これ以外に、契約するも事業開始前に頓挫したケースがある)

もちろん、deliverability及び契約単価には、transmission以外のいろんな要因が影響しているので、上記のような結果が見られたからといって、Puga and Lesser (2009)の分析が誤っているということにはならない。Puga and Lesser (2009)の妥当性を厳密に調べようと思ったら、deliverability及び契約単価の変化と、transmission要因とのcorrelationを見ないといけないが、もちろん、そんな込み入ったデータはweb上に落ちていないし、入札に参加したrenewables事業者にその点を聞いても教えてくれるかどうかは怪しい。いずれにせよ、そこまでやっていては、おそらく、予定通りに卒業できない、なんて困ったことになってしまう。
一方、トレンドとして、「deliverabilityが下がる」又は「契約単価が上がる」といった傾向は見られないにしても、そもそも(完全競争状態に比べて)「deliverabilityが小さすぎる」又は「契約単価が高すぎる」可能性はある。

NY州の場合、RPS市場の「買い手」はNYSERDA一者のみであり、NYSERDAの主催する入札に、renewables発電事業者が「売り手」として参加する仕組み。(この、「買い手が一者のみ」という形式は、NYのRPSに特有のものだが ― 他の多くのRPS制度では、買い手も複数いて、collaterallyに取引が交わされる ―、この点が、今のこの議論にsignificantな影響を与えるとは思えないので、ここでは、この特徴について深掘りすることはしない。)

renewables発電事業者は、RPS市場における「売り手」であるが、彼らは同時に、送電サービス市場における「買い手」でもある(← 発電した電気を売るためには、transmission事業者から“送電サービス”を買って、電気を目的地まで送り届けてもらう必要がある)。この送電サービス市場において、「競争圧力の排除」が見られるならば ― 上記1.の問題により、その可能性は高い ―、「非効率性と費用の上昇」(=X非効率性)が発生している可能性がある。[泉田・柳川 (2008) “プラクティカル 産業組織論” 有斐閣 p.78]
  
この場合、RPS市場そのものは完全競争的であったとしても、そこで提供される財(=“RPS Attribute”。RPS対象施設での発電量に応じて生みだされる権利)の生産コストに、transmission事業者の享受する(送電サービス市場での)独占利益が織り込まれるかたちになるので、全体としてみれば、必ずしも効率的ではない可能性がある。NYS-RPSの場合、NYSERDAが購入するRPS Attributeの対価は、電力料金に上乗せしてratepayerから徴収されるお金で賄われているので、「効率的でない」ということは、すなわち、ratepayerが「完全競争価格」以上の料金を負担させられている、ということ。もし本当に、そういったことが起こっているのだとしたら、望ましい状態であるはずはない。

RPS制度とtransmission整備に関するここまでの議論を整理すると、
  • RPS目標値を達成するためには、renewables発電源に十分なdeliverabilityを与えるtransmissionの整備が必要。
  • 単に目標値を達成するだけでなく、それに要する費用(究極的にはratepayerが負担)を最小化・最適化するためには、transmission整備に要する費用の適正分担が必要。
ということになるかと。

さらに言うと、前回の議論にも通じるが、ratepayerから義務的に徴収される財源で以て賄われるものである以上、RPSの目標値は、闇雲に上げていいものではないはずである。
この点に関し、NYの公共サービス委員会(Public Service Commission; PSC)のOrder (Apr 14, 2005)に基づくmid-term program evaluation (2009)(参照)の中で、“independent evaluation contractors”の一つとして、RPS制度の評価・分析を行ったKEMAは、同evaluation報告書の中で、今のトレンドで行くと、当初の目標を達せするためには、RPS Attribute買取資金が不十分であることを指摘。具体的には、2004年の公共サービス委員会Orderで認められた買取資金の徴収総額$741.5millionを原資に、2013年までの目標を達成するためには、RPS Attributeの買取単価は$7-8/MWhでなければならない計算になるという。一方、実際の価格は、先に見た通り、制度開始当初に比べれば下がったとはいえ、10ドル台中盤で推移しており、未だ、その差は大きい。[“New York Renewable Portfolio Standard Program Evaluation Report” (2009) p.39]

KEMAは、同報告書の“Recommendations”において“If targets are not set in accordance with available funding, the target is not realistic.”とも述べている。[p.55] この点、KEMAがNYSERDAに提出した、元報告書(KEMA (2009) “New York Main Tier RPS Impact & Process Evaluation”)の方も、読んでみる必要があるかと思う。

なお、KEMAは、買取価格が当初見込みより高くなっているだけでなく、renewables電源の導入スケジュールも、当初予定より遅れ気味である点を指摘している。もちろん、この事実だけでは、「当初の目標設定が高すぎた」と判断するのに不十分であり、更なる検討が必要なのだが。

一方で、公共サービス委員会は、RPSの導入目標を、現行の“2013年までに25%”から、“2015年までに30%”に引き上げる新Order [CASE 03-E-0188 “Order Establishing New RPS Goal and Resolving Main Tier Issues”]を今年1月に採択している。まだ中身は読めていないが、「目標値を引き上げる」という決断に至った背景の議論についても、このOrderの中で述べられているようなので、近いうちに読んだみたいと思う。
my room, Syracuse, Mar 14, 19:50

Saturday, March 13, 2010

torontoron

Independent Studyにどっぷり沈降気味の日々。これはこれで楽しいのだが、少しは春休みらしいこともしようと、Toronto往復の夜行バスチケットを買ってみた。というわけで、来週火・水、現地一泊+往復バス泊でToronto旅行に行ってきます。

アイスホッケーのHall of Fameに行くこと以外は、今のところ特に予定なし。読者の中のToronto通の皆さん(いるのか??)、お勧めスポットとかあったら、ぜひとも伝授してくださいまし。


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(何気に、Syracuseからだと、NYC行くより近かったりします。)
Maxwell School, Syracuse, Mar 13, 13:32

Puga and Lesser (2009)

風力発電ネタ。

J. Nicolas PugaとJonathan A. Lesserの共著論文“Why Transmission Planning and Cost-Allocation Methods Continue to Stifle Renewable Energy Policy Goals” (2009) が、大変、示唆に富んでいる。とりあえず、この論文の世界観をベン図で表してみると、多分、こんな感じ。
我々一般人(というか、ほとんどの人)がrenewables development (再生可能エネルギー発電源の導入促進)を考える際に、普通、最初に目が行くのは、Generating costs=発電施設そのもの(風車、太陽光パネル、etc.)のコストの問題。

しかし、発電施設というのはstand-aloneで使えるデバイスではなく、作った電気を市場に送りだせるよう、grid(送電網)に繋いではじめて意味を持つシロモノなので ― stand-aloneで使われるケースもなくはないが、現下の先進国の社会構造においてそういった使われ方をするケースは稀であり、また、通常、RPS制度の対象外でもある ―、 電気を作ったはいいが、grid側にその全量を受け入れるだけのcapacityがないということになると、(ごく大雑把に言って)「全量受入れ」から遠ざかる分だけcost-performanceが落ち、また、温室効果ガスの排出削減効果も減る、ということになってしまう。

このため、より広い意味での(言い換えれば、「より正確な意味での」)efficiencyを考えるためには、Generating costsだけでなく、Interconnection costs(接続コスト。expected renewable resource developmentのdeliverability(送電可能性)を確保するために必要なnetwork upgrade(送電網の補強)の費用)も加味したTotal costsベースで考える必要がある。しかし、このTotal costsについて、筆者らは、「多くのRPSにおいて、考慮されてこなかったように見受けられる(“does not appear to have been considered in the context of most RPS mandates”)」としている。(※)

この点、以下の二節で、もう少し具体的に述べられている:
The current situation, where states mandate the development of renewable generating resources and, at the same time, impose transmission cost allocation policies that make such development financially infeasible, is clearly unworkable. [p.17]
(拙訳) 州政府が、再生可能エネ発電源の開発に義務的目標を課すのと同時に、一方で、そういった再生可能エネ発電源開発を金銭面で困難にする送電網整備コスト配分政策をとっている今の状況は、うまくいくはずがない。 
Too many RTOs continue to have interconnection requirements that are biased toward existing transmission owners (e.g.. New York) or saddle renewable generators that happen to occupy certain spots in the queue with extraordinary upgrade costs. [p.19]
(拙訳) 未だに、多くのRTOs [注: Regional Transmission Organizations。単一の又は隣接する複数の州ごとに儲けられている電力市場運用を管轄する公的主体] は、既存送電網所有者に有利な接続基準 [注: 新規発電施設を送電網に接続するための基準] を維持していたり(たとえばNew York州)、或いは、運悪く特定の順番で接続の申し込みをしてしまった再生可能エネ発電事業者に、莫大な [送電網の] 改修費用を負わせたりしている。
つまり、Total costsベースでみたときのcost allocationが、新たに再生可能エネ発電源を建設・接続しようとする事業者に対して、過度に不利になっている場合が多く、そのことが、renewables developmentの妨げとなっている、というのが筆者らの主張。

この状況を改善するためには、“the [transmission interconnection] costs should be allocated broadly, as they are with many public goods”(送電網接続コストは、多くの公共財がそうであるように、幅広い主体によって負担されるべき -p.17-)と続く。

ここまでの筆者らの主張を僕なりの言葉で言い換えると、
  • RPS制度というのは、再生可能エネ発電源の導入率についての一定を目標値を、最小の社会的コスト(“least-cost”)で達成するための手段と看做されているが、
  • interconnection costsも加味したtotal costsベースで考えるならば、そのような成果は、以下のいずれかの条件が満たされる場合にのみ実現する:
    • 送電網側の送電容量に制約がない、又は、
    • (制約があったとしても)送電網事業者がmarket powerを有さず、「送電サービス」市場(←再生可能エネ発電事業者は、この市場のone of 買い手s)において完全競争が実現している。
  • 実際には、これらいずれの条件も満たされないのが普通であり、結果、「送電サービス」は過少供給(with高価格)となりがち。
  • したがって、RPSを義務として課す以上は、「送電サービス」を公共財として捉え、社会全体の幅広い費用負担をベースに、公的機関がその供給に責任を負うべきである。
といった感じになろうかと。

ここまでならば、しばしば見かける議論と言えなくもないのだが、この論文の主張は、更に外側へと拡大する(最初のベン図の緑色の世界から赤色の世界へ)。目標達成のための投資の一部に、「公共財」的性格を持たせる以上、RPSの目標値は、ただただ「高ければ高い方がいい」というようなものではなく、どこかに「適切な水準」があるはずだ、と。この点について、具体的には、以下のように述べている。
Most importantly, state legislatures must estimate and consider the cost of the transmission necessary to develop new renewable resource areas prior to increasing RPS goals. [p.19]
(拙訳) もっとも重要なことは、州議会の議員たちは、RPSの目標値を上げるのに先立って、新たな再生可能エネ発電立地エリアの立ち上げに必要な送電網整備コストの予測・検討を行わなければならないということである。
... policymakers need to rethink RPS requirements to make sure they are the most cost-effective means of achieving specific policy goals. In the case of RPS requirements, it seems that an urge to "do something" has, in some cases, overshadowed the complex but the necessary task of considering existing transmission policies both in a broader context and in relation to new policies. [p.19]
(拙訳) 政策決定者たちは、RPS基準が一定の政策目標を達成するための、もっともcost-effectiveな手段であるかどうかについて、今一度、再確認するべきである。RPSについては、しばしば、「何かしなければならない」という切迫感が、現行の送電網政策を一般的に、また、新政策との絡みで、見直してみるという複雑ながらも必要な課題を、覆い隠してきてしまったように感じられる。
個人的には、これまで読んできたrenewables development系の論文の中で一番のヒット。ちなみに、筆者の二人は、それぞれ、こことここで働く経済コンサルタントさんらしい。

※ 同論文の分析対象は、米国内各地のRPS制度。なお、現時点において、アメリカでは、連邦レベルのRPS制度は導入されておらず、州レベルでの実施のみ。
Maxwell School, Syracuse, Mar 12, 24:35

Friday, March 12, 2010

Carbon Offset Map

面白い資料を発見。

Sandbagという、emission tradingにfocusを宛てて活動している英国の団体が作成したinteractive map。どの企業が、どの途上国のプロジェクトからCER(Carbon Emission Reductions。いわゆる排出権)を獲得しているかを、視覚化して見せてくれる。プロジェクトタイプ(バイオマス、水力、省エネ、etc.)ごとの表示もできるなかなかのすぐれもの。作成に膨大な時間を要したであろうことは想像に難くない。UNEP-RISOなんかが公表している生データを眺めていても、全体のトレンドはなかなか見えてこないので(UNEP-RISOのデータベース自体、これはこれで素晴らしいものなのだが)、このinteractive mapの付加価値は結構なものだと思う。詳しい使い方は、以下のtutorial videoを。格調高いBritish Englishで解説してくれます ―― 正直、僕には聞きづらいけど。。(苦笑)

データは、京都議定書のCDMではなく、EU-ETS(EU内の排出権取引制度)に関するものなので、日本の情報がカバーされていないのは残念。しかし、しばらくカチャカチャやっていると、どの国の企業も、真南(=アフリカ)を避け、東(=中印)と西(=南米)からCERを獲得している様子がよくわかる。
Maxwell School, Syracuse, Mar 12, 15:17

Thursday, March 11, 2010

Spring Break is coming

来週は、大学のSpring Break。一週間、授業はまるまるお休みになる。ひと足早く、明日辺りからSyracuseを脱出する生徒も多いと見え、日頃、Maxwell生でにぎわう自習室は、既に人影がまばら。僕も、今学期が始まった頃には、「Spring Breakにはpolar bearに会いに行くぞ!!(彼らの家が北極海に沈んでしまう前に…)」なんて、妄想をたくましくしていたものだが、結局、抱え込んでいる3本のペーパーにまったく目途がつかず、とりあえずは、Syracuseに ― というか自習室に ― 居座ることに。ペーパー執筆にいちおうの目途がついたら、break期間後半に、一泊か二泊ででも、Torontoに遊びに行こうかと考え中。まぁ、こちらも結局は「妄想だった」ということになるかも知れない(苦笑)

ペーパー三兄弟の中でも、一番の悩みの種は、例のindependent study。「RPS制度を単純に導入するだけでは、(initial costだけでなく)operational costも加味した効率性の達成は図れませんよ」という点をまず押さえた上で、その先、
  • だから、単にRPS制度を導入するだけでなく、それによって増加することとなる再生可能エネルギー発電源を十分に活用できるだけの、grid側の補強が必要。そのための投資は、諸々の理由により、市場に任せていては不十分になるので、一定の政府介入が必要。
というところに持っていくか、はたまた、
  • RPSの目標値(全発電源に占める再生可能エネルギーの割合)は、exogenouslyに「えいや」で設定すれば良い(→ あとは市場に任せておけば、もっともefficientな方法で、その水準が達成される)なんていうほど単純なものではない。grid側のインフラには、(風車とは違い)すぐには増やせないという特性があるので、gridの状況と連動したかたちで目標設定を行う必要がある。目標設定の際、具体的に依拠すべき考え方はblablabla...
というかたちに持っていくかで悩み中。無難なのは一つ目だが、できることなら二つ目にまで持っていった方が面白そう。要は時間との勝負。後者を選んだ場合に、5月までに書きあげられそうかどうか、明日、もう一度じっくり検討してみるつもり。
my home, Syracuse, Mar 10, 26:23

Wednesday, March 10, 2010

20% reduction of coal consumption by the US power industry

FTのonline記事が、「アメリカの電力業界における石炭の消費量が2015年までに20%削減される」という説を紹介している。現行、この国の電力の半分弱※は石炭を焚いてつくられているわけだが、消費量の減る分だけ石炭由来の発電量も減ると単純に仮定すれば、全発電量に占める石炭火力のシェアは3分の1強にまで下がるわけで、かなりのインパクトと言えよう。

ちなみにこの変化、上の図でも示されている通り、旧式発電所の自然発生的な「退役」と、EPAのSO2及び水銀規制の結果としてもたらされるという。つまり、(この予測が正しいとすれば)greenhouse gasに対するregulationを見込まずとも、米国内の石炭業界が相当の打撃を食らうことは既定路線。と考えると、採炭州の与党議員が、EPAのgreenhouse gas regulationの延期に必死になる(参照)のもむべなるかな。

中間選挙を今秋に控えるObama政権としても、ここで、石炭業界に更なる一撃を喰らわすことには、相当慎重にならざるをえないのではないだろうか。

※ Department of Energyの下部組織、US Energy Information Administrationのデータによると、2009年実績は、1,597,244GW/3,600,739GW=44.4%
my home, Syracuse, Mar 10, 9:47

Tuesday, March 9, 2010

retaliatory measures

今日のInternational Trade Lawの授業、冒頭の15分は、昨日、ブラジル政府が発表した、アメリカに対する報復関税措置(retaliatory measures)の解説に充てられる。このクラスの先生は、ビッグマウスのブラジル人教授。なんら悪びれることなく、良い感じに冗談なんかも交えながら、ブラジル政府の正当性を高らかに主張。

もっとも、今回の件は、客観的に見ても、ブラジル側に完全に分がある。というのも、ブラジル政府は、米国の国内綿花農家に対する補助金がWTO協定に抵触するとして、今を遡ること8年前、WTO紛争委員会に提訴。同委がブラジルの主張を認める裁決を下すも、米国が改善措置を取らなかったため、WTOは、ブラジルに対し、対米報復措置を取ることを容認(それが半年前の出来事)。その後、米国側の妥協を待つも、改善が図られなかったため、ブラジルとしては、「実力」の行使に訴えざるを得なくなった、という次第。報復措置の規模($591m worth)についても、WTOから認められた上限($829m worth)内に収まっている。(参照:“Picking a fight” @ Economist Mar 9th)

報復関税の対象は、紛争の発端となった「綿花製品」(関税率、現行6%-35% → 100%)をはじめとして、全102品目に及び、中には、「自動車」(35% → 50%)など、現下のアメリカ経済にとって、非常にsensitiveな商品も含まれている。更には、上限までの残り枠を使い、ソフトウェア、医薬品などにも報復関税を課す“二の矢”もほのめかしているとのこと。これまで、あまりそういう目では見てこなかったのだが(失礼)、ブラジルという国は、なかなか強かな外交妙手のようである。

今回の報復措置、両国間での合意が見られなかった場合には、発表から一か月後に施行に移されるとの由。
my home, Syracuse, Mar 9, 22:26