Friday, June 26, 2009

more 365 days...

マイケル=ジャクソンが死んで、CNNの画面から、イランのニュースが消えた。昨日まで、あんなに大騒ぎしてたのに。マイケルが死んで一番喜んでいるのは、アフマディネジャドだったりするんじゃないだろうか。なんて言ってる僕も、Yahoo!にマイケルのニュースが出ていたら、思わずクリックしてしまう(苦笑) ご冥福をお祈りします。
  
今日は、Maxwell School MPAコースの卒業式。僕のような、一部の落ちこぼれ留年学生(ではなくて、dual degree二年コースの生徒)を除き、大半の同級生たちは、晴れてSyracuseの学び屋を旅立っていった模様。目下、僕のFacebookの画面には、そんな同級生たちの晴れがましいコメントが並んでいる。MPAの皆さん、ご卒業おめでとうございます。Congratulations!! (←と、英語で書いたところで、誰も見に来ないんだけど。笑)
  
僕にとってのアメリカ生活は、ずっと彼らと一緒だったので、帰米後の学生生活がどんなふうになるのか、今はまだ想像がつかない。まぁ、アメリカに帰った後も、DCに半年、Syracuseに半年と流浪の日々が続くので、二年目の留学生活は、一期一会の繰り返しの中で過ぎていくのかもしれない。
  
ともあれ、今日がMPAの卒業式だったということは、一年後の今日には僕もたぶん卒業してしまうということ。正直な実感としては、「まだ一年もある。ラッキー!!」って感じかなぁ。やりたいことは山ほどあるが、この一年間でそれなりのことをやってこれたという(勝手な→)自信もある。残り一年間でどれだけの知識を得、考えを深め、ビジョンを描くことができるか――。自分との勝負だと思う。(あ、あと、どれだけ体脂肪を減らせるかも…)
Accra, Ghana, June 26, 18:23

Thursday, June 25, 2009

Corporate Finance Class

ワークショップ二日目。話がかなり「マジbanker」向けになってくる。Corporate Financeの知識のない僕にとっては、いささか苦しい内容も。とはいえ、ガーナでこんなに詳しい金融の話を聞かせていただけるなんて露も予想せず。非常に得した気分になりながら、帰宅後も配布資料をめくって復習に励む。

今日の講義では、午前中からNPVとIRRの二語が飛び交う。NPV (Net Present Value) の方は経済学でも出てくるので、まぁ一応わかるのだが、IRRの方は、話の筋から何となくわかるものの、実際、何のabbreviationなのか、恥ずかしながら最後までわからず。帰宅後ググってみると、Internal Rate of Returnの略らしい。 直訳してもよくわからないが、意味的には「投資収益率」のような感じ。

CDMの世界では、additionality (追加性: the planned reductions would not occur without the additional incentive provided by emission reductions credits)を証明する過程でIRRの概念が用いられる。additionalityを証明するには、いくつかのステップをクリアしなければいけないが、そのうちの一つがinvestment analysis。「提案されているCDMプロジェクトが、CER売却からの収益なしではfinancially attractiveではない」ということを証明しなければいけない。具体的には、CER売却益を含まないときのIRRが、ベンチマーク(たとえば、同様のプロジェクトに対する市中銀行の一般的な貸出金利)を下回っているということを証明しないといけない、というわけ。

CER売却益を含んだときのIRRは、CDMの申請上、問題にならないが、プロジェクトを黒字にするためには、当然、ベンチマークを上回っている必要がある。つまり、IRRが大きすぎず小さすぎず、絶妙の幅に収まっていることが「良いCDM案件」の条件というわけ。IRRが大きすぎては、そもそもadditionality要件をクリアできないし、小さすぎてはCDM化してもbreak evenしないので、誰かが赤字をかぶってくれないとプロジェクトとして成り立たない。

ちなみに、これでも一応、ただ座って講義を聴いているだけではなくて、仕事(=他の参加者とのネットワーキング&情報収集)の方でも、今日は一つ、成果があった。ワークショップの参加者の中から、僕らのユニットが、参考事例にしたいと考えている西アフリカ某国のCDM化案件(まだCDM登録には至っていない)のprojectに参加している某銀行の行員の方を発見。同案件のこれまでの経緯について、いろいろ教えていただいた。
  
彼は非常に若い(たぶん僕と同じくらい)のだが、名刺を見ると、“Assistant of the Chairman & CEO”とのこと。聞くと、学部からアメリカに留学し、学部で経済学をMajorしたあと、某アイビーリーグ校のMBAを卒業、母国に戻って銀行に就職、という輝かしい経歴。次は、更に、economicsのPhDを目指しているらしい。非常に育ちもよさそうで、もしかしたらその銀行の重役か、政治家の息子とかなのかも。PhDでは、Environment Economicsを学ぼうとしてるんだとか。彼のような地元の超一流エリートが、環境を、自身のコアコンピテンシーにしようとし、現にCDM案件に尽力している姿を見ると、全くもって他人事ながら、勝手に何となくうれしくなってしまった。
my room, Accra, Ghana, June 26, 24:11

Wednesday, June 24, 2009

CDM lecture for bankers

今日から3日間は、世銀 & Ecobank(←西アフリカ・中央アフリカ各国で展開しているアフリカローカルの国際商業銀行)主催の、ワークショップに参加。「CDMの何たるか」に始まって、CDMプロジェクトの開発の仕方から、それに伴うリスクまで、CDMの実務面を、3日間で学びましょうという会。参加者は、7割が金融関係者(その大半はEcobank行員)。残りの3割は、事業会社の人たちと政府の職員が半分ずつ。トーゴやナイジェリアといった近隣国からやって来ている人も多い。

レクチャー自体は基本的な内容もそこそこ混ざっているのだが、いざ、ディスカッションが始まると、一部参加者のCDM知識の豊富さに驚かされる。多少なりともビジネスの絡むお話になると、役人より実業界の人たちの方がよく事情に通じているという状況は、日本でもアフリカでもあまり変わりがないようで。こういう人たちを巻き込むのに成功したという点においては、何はともあれ、CDMの功績は大きいように思う。
  
ただ、そうやって、それなりにCDMを理解している人たちはいてくれているのに、結局これまで、ガーナで一件もCDMが成立していないのはなぜなんだろうと考え始めると、頭が痛い。おとといのエントリーにも書いた通り、プロジェクトの資金の出し手(≠CERの買い手)が見つからないことが、ボトルネックの一つになっているんじゃないかと思うのだが、もしそうだとしたら、僕らは何をすればいいんだろうか??
  
レクチャーの中で紹介されていたUNEP Risoのweb siteを見て驚いた。 CDM Pipeline overview というダウンロードファイルが秀逸。これまでにregisterされた(あるいはregistraton申請中の)CDM案件にまつわるありとあらゆる統計情報が一つのエクセルファイルに詰め込まれている。きっと、エクセルをちまちまいじるのが好きで好きでたまらない担当者さんがUNEP Risoにはいらっしゃるんだろうな。僕もあながち、その気がなくもないので、彼/彼女の気持ちはよくわかる(笑) ともあれ、このファイル、非常に有益。これまでUNFCCCのサイトから、いちいち時間をかけて、pdfファイルをダウンロードしていたのがアホみたい。今晩は、このエクセルシートを眺めながら、いろいろ思いを馳せてみよう(←ちょっと変態?)

関係ないが、目下、米下院ではWaxman-Markey法案の審議が大詰め。金曜日には採決が行われる予定らしい。Washington Postによると、環境系NGOは、この法案のロビイングに既に$ 10 million以上の巨費を投じているんだとか。良い悪いは別にして、DC政治のこういうところはすさまじいの一言に尽きる。確かに、DCの地下鉄に乗ると、advocacy系の広告がやたら貼られているのが目につく。ああいう光景は、世界広しといえども、DCくらいでしか見れないんだろうな。

ちなみに、同記事によると、Starbucksは法案に賛成、Friends of the Earthは反対なんだそうで。
my room, Accra, Ghana, June 24, 22:10

Giant Killing

コンフェデ準決勝、アメリカが 2-0 でスペインを下す。

後半開始5分1-0のところから観たのだが、試合終了まで、possessionは、ほとんどスペイン。アメリカは、後半ほぼ唯一と言っていいチャンスをものにして追加点を挙げた。スペインは、もっとシンプルに攻めればいいところを、持ちすぎてチャンスをつぶす場面多し。正直、ちょっと舐めてたんじゃないかな。。アメリカに二点目が入って以降は、明らかに焦りが見え、淡白な攻めに終始。86分にアメリカの選手がレッドカードをもらい、一人多い状態になったものの、一点すら返すことができず。

アメリカ代表は、派手さはないし洗練されてもいないが、基本に忠実でひたむきな、好感のもてるチーム。はっきり言って、全然アメリカ人らしくない。まぁ、アメリカ人のくせに(←失礼)サッカーなんて選んでしまう時点で、アメリカ人らしくない人たちなんだろう(笑) 最初は何となくスペインを応援していたのだが、観ているうちにだんだん気持ちがアメリカに移ってしまって、勝利の瞬間には思いもかけず、軽く感動なんてしてしまった。
my room, Accra, Ghana, June 24, 21:11

Tuesday, June 23, 2009

Green-car loans awarded to Ford, Nissan, Tesla

久々に北米発信のニュースを。

日米各紙が報じているところであるが、日産が、米国テネシー州の工場で、電気自動車の量産を始めるそうだ。NY times紙(web版)によると、これから工場の改修を行い、2012年末には生産を始めるとのこと。

なぜ日産の電気自動車量産工場第一号が、厚木ではなくてテネシーなのかと言えば、それは勿論、米国のGreen Stimulusのおかげ。今回使われた政策は、“create thousands of green jobs while helping reduce the nation’s dangerous dependence on foreign oil.”(国外産石油への危険なまでの依存を緩和するのに資するとともに数千人規模の雇用を生み出す)自動車会社に対し、政府が低利融資を行うというもの。このプランを利用して、日産はテネシー工場改修のための$1.6 billion(1,525億円)の融資を米国政府から受けることになる。
  
いくら政策融資を受けられるとはいえ、量産第一号の工場を外国に作ってしまうなんて、結構大胆だなぁと思うのだが、ハイブリッド車(HEV)でトヨタ・ホンダに水をあけられた日産にしてみれば、“nothing to lose”の心境で、電気自動車(EV)での一発逆転に賭ける思いがあるのかも知れない。
  
今回の融資第一弾の対象には、Ford、日産という既存メーカー二社の他に、Teslaという聞きなれない社名の会社も含まれている。同社は、2003年シリコンバレー創業の電気自動車スポーツカー生産専門の会社で、一部コアなファンの間では、既にかなりの人気を誇っているとか。

EVは、HEVと違い、内燃機関をまったく必要としない乗物。自動車というものが発明されて以来、当然のように、車づくりの中心に君臨し続けてきた内燃機関が完全に否定されてしまうわけだ。これほど大きな技術転換ともなると、旧技術の蓄積(見方を変えればシガラミ)を持たない新興企業の方が、既存のエスタブリッシュメントより有利な開発条件を得られる可能性がある。そんなわけで、先ほど紹介した米国のTeslaのほか、中国の電池・EVベンチャーBYDなど、最近、急速に注目を集めているEV系新興企業がいくつかある。これは、HEVの普及期には見られなかった現象だと思う。
 
もちろん、日本の既存自動車メーカーさんたちには、来るべき(←たぶん、そのうち来ると思う)EVの時代にも、これまで通り、世界を股に大活躍していただきたいわけだが、政策的には、別途、EVベンチャーを育てる手立ても講じておくのが賢いリスクヘッジというものだろう。日本政府が今行っている低公害車の減税措置も、それはそれでいいと思うのだが、販売段階の優遇だけでは新興企業は育たない。「勝って兜の緒を締めよ」ではないが、HEVの次の時代を見据え、日本も、EVの開発に的を絞った開発段階のサポート施策がそろそろ必要なのではないだろうか。

p.s. なんでGMは、General Engines ではなくてGeneral Motors なんだろうか。 どうでもいいっちゃぁどうでもいいんですけど。(もう倒産しちゃったし。)
my room, Accra, Ghana, June 23, 22:08

訂正:日産は「来年秋には追浜工場(神奈川県横須賀市)で年5万台の規模で生産を始めることを決めている」(by 日経web)そうです。たぶんこれがEVの量産第一号工場ですね。失礼しました。

Monday, June 22, 2009

Deeper reason for sub-Saharan backwardness on CDMs

なぜCDMプロジェクトには如実な地域的偏りがあるのか。中でも、南アを除くsub-Saharaの国々で、これまでほとんどCDMが行われてこなかったのはなぜなのか(←ナイジェリア2件、ウガンダ、タンザニア、ケニアが一件ずつ)。

この問に対する最も一般的な回答は、「“CDM後進国”における ①削減ポテンシャルの不足 と ②キャパシティ不足」というものだろう。

①の方は確かにその通りで、ガーナのような国が中国やインドやブラジルのように、バカバカCDMを量産できるわけはない。そもそも、削減ポテンシャルの量が違い過ぎている(逆に言えば、中国やインドやブラジルのように、バカバカGHGを排出しているわけではないということ)。ただ、そうは言っても、一つもCDMを作れないほど、削減ポテンシャルがないわけではないので(少なくともガーナはそうだし、他の国でも事情は同じだと思う)、①の理由は、案件が「0」、あるいは、それに限りなく近い状況であることの直接の説明にはならない。

②の方は、そもそも何の“キャパシティ”なのかがはっきりしないので、当たっているとも間違っているとも言えないのだが、仮に、ここでいう“キャパシティ”が、CDM申請のために必要な諸手続きに関するキャパシティのことなのだとすれば、対応は、比較的簡単なのではないだろうか。それにまつわる技能については、国際機関や各国ドナーが、途上国の政府職員に対するキャパシティビルディングをわりと頻繁に行っているみたいだし、また、その気になれば、コンサルタントを呼んできて、丸々お願いしてしまうことだってできる。
  
それよりむしろ根の深い問題なのは、CDMのベースとなる事業(たとえば、landfill gas回収型のCDMであれば、廃棄物処理場の建設、運営を行う事業)を的確に運営できるoperatorがいないこと、また、いたとしても、その事業を立ち上げるだけの資金を調達できないことではないかと思う。
  
CDMから生み出されたCERの売却益は、確かに事業収益の足しにはなるが、事業コスト全体をカバーしてくれるという保証はない。事業に要するコストの額と、削減されるGHGの量、それに、CERの市況次第。また、仮に、CERの売却益が事業コストを上回ったとしても、CERの売却益が入ってくるのは、一年以上事業を回した後なので、それまでの事業立上げ期は、CERの売却益以外の資本でファイナンスしなければならない。信用力の乏しい低開発国の事業者が、この部分のファイナンスに難儀することは、想像に難くない。


この点が、sub-Saharaの国々でのCDMの成立を難しくしている、ひとつの大きなポイントなのではないかと、最近、仕事をしながら感じている。こんなことは、ビジネスサイドからCDMを見ている方々にとっては常識なのかも知れないが。
my room, Accra, Ghana, June 22, 22:00

Sunday, June 21, 2009

expectation for 2010

開催国にとって、単なるスポーツイベント以上の「歴史的転換点」となった大会がある。1964年の東京五輪然り、1988年のソウル五輪然り。去年の北京五輪もそういった大会の一つに数えられるのだろう。
 
しかし、2010年のW杯は、南アフリカという国にとって、それらに勝るとも劣らない、歴史的転換点になるのではないだろうか。コンフェデ ブラジル-イタリア戦の中継を観ながら、そんなふうに感じた。
  
プレイの合間に映る観客達が、目の前で行われている試合を、本当に心から楽しんでいる様子が画面を通して伝わってくる。単に愛国的に自国のチームを応援するわけでもなく、自分達の国で、世界レベルの試合が行われているという事実に感動し、素直に喜び、楽しんでいる様子。
  
一年後、彼らの国にやってくるW杯は、コンフェデの何倍もの喜びと感動をもたらすことになるだろう。それが、白人やエリート層だけでなく、南アの人たちみんなの「自信」につながれば、南アという国にとって、来年のW杯は、文字通り「歴史的転換点」といえるイベントになるんじゃないかと思う。
  
それにしてもブラジルは強い。3-0の圧勝。イタリア相手に3点を稼いだFWもさることながら、DFの堅さを評価すべきだと思う。イタリアは、ブラジルゴールのペナルティエリア内でほとんど仕事をさせてもらえず。終始、単調にセンタリングとロングシュートを蹴り込むだけで、チャンスらしいチャンスを作ることができなかった。
my room, Accra, Ghana, June 21, 20:44

Carbon Market

ガーナのようなCDM未経験の国が、自国初のCDMプロジェクトを実現しようと思えば、そのホスト国の側にも、乗り越えないといけない壁は当然いろいろあるわけだが、CDMというものの性質上、そもそもお金が流れてこないことには何も始まらない。そんなわけで、今日はCDMをめぐる市場がどうなっているのか、少し調べてみた。プロの皆さんからすれば、基本の「キ」の内容だと思いますが、間違いあれば、添削していただければ幸い(笑)

CDMプロジェクトから生み出されるいわゆる「排出権」は、正式には、CER (Certified Emission Reduction) と呼ばれており、ロシア、ウクライナなどのもつ余剰AAU (Assigned Amount Unit) 、JIから生み出されるERU (Emission Reduction Unit) とともに、京都議定書上の約束達成に用いることができる(CER、AAU、ERUの3つをまとめて「京都クレジット」とも呼ばれる)。世銀が2008年5月に発表した推計によると、京都議定書第一約束期間(2008~2012年)における世界の京都クレジットの需要量(=京都議定書目標達成に必要な京都クレジット量)は約24億トン-CO2。この内、EUからの需要が19億トン-CO2、日本からの需要が4.5億トン-CO2で、この二つを合わせると23.5億トン-CO2。つまり、京都クレジットの買い手は、ほぼこの二者で独占されていると考えていい。しかも、EUのシェアは日本の4倍以上、全体の7割以上。

一方、CERには、京都議定書の約束達成の他に、もう一つの使い道がある。EU内では、EU-ETSと呼ばれる独自の排出権取引が行われているが、この制度においては、EUA (EU Allowance。EU-ETSでの本来の排出権) の不足分を、一定の比率で、CERで補うことが認められているのだ。このため、EU-ETSの規制を受けるEU企業は、EUAだけでなく、CERの売買も行っており、そのボリュームがCER市場の中で非常に大きな割合を占めているので、結果、CERの市場価格は、事実上、EUA価格に連動する形になっている。

(出典:NTTデータ経営研究所)

ではEUA価格は何によって決まるのか。このレポートやこのレポートによると、EUAの最大の価格形成要因は、エネルギー価格と、EUの経済活動水準とのこと。たとえば石油の値段が上がると、石油価格up→火力発電所における石炭への燃料転換進展→石炭使用量up→CO2排出量up→排出権需要upというパスを経て排出権の値段が上がる。逆もまた然り。また、景気が後退して経済活動が低下すれば、当然ながらCO2の排出量も減るため(また、機関投資家がそのようなシナリオを予測するため)排出権が売られて価格が下がることになる。

となると、ここ最近の排出権価格の市場動向は、お察しの通り。昨年8月から今年2月までの半年間で、EUAは70%以上、CERは60%以上、価格が下落している(出典:日本総研三木優氏)。 三木氏によると、こういった市場価格の下落に加え、以前はプライマリーCER(CDMプロジェクトの実施に伴って発行されるCER)よりも割高だったセカンダリーCER(既に発行済みのCERの転売商品)の価格が、ここにきて、プライマリーと同水準まで下がってきたため、リスクの伴うプライマリーCERの購入を見送るバイヤーが増加しているとのこと。「この状態が長く続けば、CDMプロジェクトへの資金の出し手がいなくなり、CDMプロジェクトの開発が停滞することが懸念される。」 (by 三木氏)

つまり、現下の状況は、CDM資金の出し手を探すには、かなり厳しい状況のようだ。三木氏は、「価格の低迷している今こそが、CDMプロジェクトの開発を進める絶好の機会とも考えられる」と書いておられるし、市場動向だけからすれば、確かにそうなのだが、CDMをめぐっては、第一約束期間以降(2012年以降)のルールが固まっていない(いちおう、今年12月のコペンハーゲンで固まる予定)という、さらにやっかいな(ある種、根本的な)問題もある。

こう考えると、残念ではあるが、ガーナが自国初となるCDMにチャレンジしようとしても、プロジェクト資金の出し手・クレジットの買い手を見つけ出すのは、かなり難しいだろうし、仮に見つかったとしても、大きなリスクプレミアムが織り込まれた、安い価格でのクレジット売却を覚悟しないといけないのだろう。

my room, Accra, Ghana, June 21, 13:26

Friday, June 19, 2009

Ghana is "Decoupled" ?

2日ぶりの投稿でございます。
   
リーマンショック以降、ひと頃、巷で話題になっていた「デカップリング」説。「新興国経済は、もはや西側諸国への依存から脱却した。したがって、西側諸国が不況になっても、新興国経済には影響がない(あるいは小さい)」というお話ですが、最近、また盛りあがっているとのこと。
  
そういえば、この国は、金融危機の影響をどのくらい食らったんだろうと気になったので、昨日、帰りに乗ったタクシーの運ちゃんに、最近のAccraの景気について聞いてみた。運ちゃん曰く、「何もかわっとらん。相変わらず物価は上がり続けとる」とのこと。なんと。デカップリング済み???
  
というわけで、何か検証できる数字はないかいなと思って(←webで拾える情報はかなり限られている)、Ghana Investment Promotion Center というところの出している、四半期ごとの国内投資実績データを調べてみた。毎回、フォーマットが違っているので(←なんでそういうことする!?)、経年データは激しく集めにくいが、一応、2007年以降のレポートは、すべてwebにアップされているので、それだけでもかなり優秀。

で、その結果がこれ。(赤い線は、新規登録案件。つまり、その期に新たに登録された投資の案件。額は推定。青い線は、実際にその期に投資された額。Y軸の単位は million US$)


うーん…。なんとも言えません。。

無理繰り解釈させていただくと、2007年第Ⅳ四半期の、アホみたいな新規登録案件の膨張が2008年第Ⅲ四半期の実投資の山をもたらし(それでもだいぶ逃げられてますが)、その後、新規登録案件、実投資とも、右肩下がり…という感じでしょうか。

ちなみに、2009年第Ⅰ四半期の新規登録案件は、(グラフ上はほとんど地面についてますが)18.05 million US$。同期の実投資は372 million US$あったので、それと比べても約20分の一。何か月後かに、実投資がこの水準まで落ち込むとなると、さすがにGhana経済にも大きな影響が出るのでは?? とこの数字を見て、一人、勝手に心配してしまいました。(ちなみにGhanaの2008年GDPは34.04 billion US$ by CIA)

Accra, Ghana, June 19, 18:22

Tuesday, June 16, 2009

Belgian, American, Japanese

ワークショップ二日目。

昨日も書いたとおり、HCFCをガーナの市場からphase-outすることが、このワークショップの最終的なゴール。その道のりは、ガーナの人たちからしてみれば、それなりに厳しいものなので、ぎちぎち議論するだけでなく、「やればできますよ。がんばりましょう!」とポジティブに働きかけるのも大事なこと。ただ、そのやり方が、ベルギー人とアメリカ人で大きく違っていて、今日は、そんな二人の様子を興味深く観察させていただいた(←はるばるアフリカまで来て何を見てるんだという話ですが。苦笑)。
  
ベルギー人の方は、意識的にテンションを挙げて、ポジティブな話をされているご様子。その話術はなかなかのもので、ガーナの人たちの心をとらえていたと思うし、僕も感心して聞かせていただいた。だが、コーヒーブレイクのときなんかに二人になって話をすると、「ココとココがまだまだ課題なんだよねぇ…」といった感じで、本音の部分も聞かせてくれる → ある種、日本人とも似た雰囲気を感じる。

それにひきかえ、アメリカ人。

この人は、根っからのポジティブ。プレゼンをしていようが、二人だけでしゃべろうが、話す内容は全く変わらない。自分の持ってきたプランに絶大なる自信を抱いていらっしゃるご様子。はっきり言って、そのプラン、突っ込みどころ満載なんですけど…。

まぁ、このお二人の姿だけから、一般的なベルギー人(あるいは欧州人)像/アメリカ人像を描き出そうというのも無茶と言えば無茶なのだが、そうは言いつつ、それなりにそれぞれの特徴が現れているような気がした。特にアメリカ人の方は。なんというか、絵に描いたようなリベラル系アメリカ人。シリコンバレーとかに行くと、こういうタイプがゴロゴロいてそう(行ったことないけど。)。

ここから先は一般論。かつ、半分(以上?)推論なのだが、彼ら(=アメリカ人)の流儀を一言で言うと、「ビジョン先行」、「細部なんて詰めない」、「learning by doing」。細部は放っておいて、とりあえず美しいビジョンをどかーんと示すもんだから(←その見せ方は確かに上手)、聴いている側は一気に彼らの世界に引き込まれてしまう。そんな雰囲気の中、細部にまつわる質問なんてしようものなら、「そんなちまちました話をこんな場で聞くんじゃねぇよ、このコンサバ野郎!!」くらいの勢いで冷たい応対が返ってくる(←被害妄想??) 「悪魔は細部に宿るんだぞ!!」と言ってやりたいが、場の雰囲気は、完全に彼らの手中。吠えてみたところで負け犬の遠吠え。。。
  
それでいて、実際のところ、彼らのプランがいつもいつもうまくいっているかというと、もちろんそんなわけはない。詰まっていないプランがうまくいくわけはないのだ。ただ、彼らは失敗に対する返し技をよく心得ていらっしゃる。いくつかあると思うが、一つは、そもそも、失敗を失敗と認めない作戦。確かに、成功と失敗の境目はたぶんに主観的であるので、ポジティブな側面だけ捉えて「成功しました」と自信満々に言い張れば(←ここがポイント)、周りもいつしかそんな気にさせられてしまう。二つ目は、「方向性は間違っていなかった」とばかりに、次なるプランを「いけいけどんどん」で投入する作戦。投入に当たって、一つ目の「失敗」の反省なんて辛気臭いことはしない。そして極めつけは、「さっさと忘れる」作戦。「忘れたふり」ではなく、本気で忘れてしまえるところが強い(というか怖い)。
  
そんな彼らの行動原理は、日本人的価値観からしてみれば、「無責任」の一言に尽きるわけだが(言い過ぎ?)、それが彼らの弱みになっているかと言うと、これが皮肉にもそうでない気がするから複雑だ。個人でも社会でも同じだが、「失敗がないかわりに挑戦もない」状態よりも、「失敗はあるが挑戦もある」状態の方が、早く成長できるのは事実。よく言われる話だが、アメリカは失敗に対する許容範囲が大きな社会。それを裏で支えているものの一つは、彼らの持つ、天性の「無責任性」だったりするんじゃないかと思ってみたり。もちろん、そのツケは、世界中にまき散らされているわけだけど・・・。
  
かといって、僕自信、そんな風になりたいかと言うと、正直、なりたくはないし、たぶんなれないとも思う。「失敗したら反省しなさい」という風土の中で育ってきたので、今さらそれを改めろと言われても、気持ち悪くて、まずできない(日本人社会の中では、「反省しない人」だとよく言われておりますが・・・汗)。
  
ただ、日本という国・社会を見たときには、もう少し、社会全体が、失敗に対して寛容になる必要があるとも思う。別に、アメリカ並みになるべきだとは思わないけれど。
  
リスクをとってチャレンジする人のいない社会に進歩はない。自戒も込めつつ。
my rrom, Accra, Ghana, June 16, 23:26

Monday, June 15, 2009

HCFC Phase-out

今日と明日は、オゾン層関係のワークショップに出席。もう少し具体的に言うと、「ガーナが、HCFCの使用からどうやって卒業するか、みんなで考えましょう」というイベント。午前中のセッションには、ガーナの環境大臣もいらしていた(関係ないが、ちょうど今日、彼女関連の記事が地元の新聞に出ていた)。
  
HCFCというのは、代替フロンと呼ばれるものの一つで、いわゆるフロン(=CFC)に比べてオゾン層を破壊する効果は小さいが、ゼロではない。というわけで、国際合意により、まずCFCを全廃し、次にHCFCを全廃しましょうということになっている。途上国と先進国では、この全廃スケジュールが違っており、途上国のHCFC全廃期限は2030年。ただし、2013年以降は、年間使用量に上限が課せられ、以降、2030年まで、その上限が徐々に下がっていくという仕組みになっている。
  
フロンと言えば、その昔、東京で担当させていただいた案件。先進国の側から見ていた話を、逆の側から見れるというのはなかなか面白い。日本の援助が(←出資国は日本だけじゃないが)どうやって使われているのかを間近で見れるというのも貴重な経験。
  
ただ、このワークショップに出ていてそこはかとなく感じるのは、日本のフロン回収・破壊技術は(制度的・組織的な意味でのインフラも含めて)やっぱり世界一なんじゃないかという思い。別に各国の現状を見て回ったわけではないが、その道の第一人者とされる方々(NYやカリフォルニアから、はるばるこのワークショップのためにいらっしゃっている)の話を聞いていると、そんな風に思う。「日本の方がすごいぞ」と(笑)
  
残念なのは、その情報が海外にほとんど伝わっていないこと。フロン回収・破壊というのは、モントリオール議定書(forオゾン層保護)と京都議定書(for気候変動対策)の間に落ちたような、なんともニッチな世界で、日本としても、そこに大きな勢力を割くわけにいかない台所事情があるのだが、こういう場に出てみると、なかなか歯がゆいものがある。
  
家に帰ってきてTVをつけると、CNNもAl Jazeeraもイランの話題で持ちきり。文字通りの「ガチンコ」で、落とし所がまるで見えない。Obama政権にとっても、ここのところ、イランとの関係改善を仄めかしていただけに難しい話だと思う。開票直後の声明では、どちらにも転がせる、様子見的なコメントに徹していたが、ここにきて、共和党の一部からは、Mousavi支持を鮮明に打ち出すべしとの突き上げも始まっているとのこと。この件については、Obamaがそう軽々に動くとも思えないが・・・。
my room, Accra, Ghana, June 14, 24:40

Sunday, June 14, 2009

Walking in Old Side of Accra

ただ洗濯機のそばについていてもどうしようもないので、結局、午後から散歩に行くことにした。
  
Accraに住んで、早や二週間になるが、この間、オフィスへの通勤と買物以外、外出らしい外出をほとんどしていない。仕事をする上で、肌感覚としてのガーナがなかなか掴めない(掴む機会がない)のも、ちょっとストレスだったので、今日は、昔ながらの庶民の暮らしが残っていそうな、旧市街の方に出かけてみることにした。
  
トロトロと呼ばれる小型乗合バス(というよりむしろ、多少大きめのバン)に乗って(というよりむしろ、詰め込まれて)、 Nkrumah Circleへ。初代大統領の名が冠されたこのサークルは、Accra市内の道路のハブ。市内では単に“Circle”と言えば、ここのことを指す。というくらいなので、それなりに(あくまで「それなりに」)近代的なビルが道路の周りに立ち並んでいるんだろうと思って行ってみたら、完全に期待を裏切られた(笑)
  
その後、海方面に向け、Nkrumah Avenueを南下。通りの名前からして、いちおうこの街の(というか、この国の?)メインストリートの一つのはずなのだが、のどかな(言い方を変えれば「パッとしない」)街並みが続く。
  
一日、二、三本の電車が発着していると言われている(←本当かどうかよくわからない)Accra駅に行ってみたら、正直、現役の駅とは思えない雰囲気。。 線路まで行って写真を撮りたかったのだが、駅舎の中にお住まいの方がたくさんいらっしゃいそうだったので、怖気づいて引き返す。駅周辺は、昔ながらのマーケット。しばらくぶらぶらしてみたが、外国人が珍しいらしく、やたら視線を感じる。いろんな人が声も掛けてくる。基本、悪意はないんだろうけど、一人で深入りするのもちょっと不安になってきたので、今日の散歩はそこで終了。タクシーを拾ってAccra Mallへ向う。
  
移動時間約20分。Accraの南から北に少し移動しただけで、街の雰囲気は大きく変わる。先週も書いたが、Accra Mallは、「ここはアメリカか」と見紛うばかりの近代的な大型ショッピングセンター。改めてモールの界隈を見回してみると、高級そうな新築マンションの建設現場が目立つ。市北部のこの地区は、Accraの新市街(というかベッドタウン)として、外国人やエリート層を中心に、これから発展していくのだろう。
  
以下、今日の散歩の写真を。


ちなみに、日本では(もちろんアメリカでも)たぶんまったく盛り上がっていないと思うが、南アフリカではコンフェデレーションカップが始まっている。アフリカ初開催とあって、Accraでもそこそこの盛り上がり。来年のW杯の開催を危ぶむ声もあるみたいだが、テレビで見る限り、コンフェデの試合は普通に行われている。今日の夕方やっていた、スペイン vs NZの試合は、スペインイレブンがかわいそうになるほどNZがへちょくて、見るに堪えない試合だったが、それは南アの責任ではない。。(苦笑)
my room, Accra, Ghana, June 14, 23:15

Water Leaking

洗濯が終わって、水を止めようとしたら、洗濯機につながる水道の水が止まってくれない。洪水のような駄々漏れではないが、放置するにはちょっと忍びない量。主はあと一週間戻ってこないし。まいった…。。
  
その辺に転がっていた止水テープみたいなので、蛇口のひねって回すところ(←そういえばなんて名前なんだっけ??)をぐるぐる巻きにして、なんとか応急処置はしたものの、完全には止まってくれない。イギリスにいる主夫妻にメールを出して、現在レス待ち中。今日はAccraの街をぶらぶらしようと思ってたんだけど、どうしたもんか。。
  
というわけで(どういうわけ?)汗だくになりながらソファに座ってMTVを観ていたら、突然、日本の風景が目に飛び込んできた。David Guettaというフランス人DJの “Everytime We Touch”という曲。 今年1月にリリースされた曲らしい。
  
Gwen StefaniのPVにもときどき日本が出てくるが、彼女の描く日本のイメージはだいぶ独創的(というか、何か間違っている。。) その点、この“Everytime We Touch”のPVに出てくる「日本」は日本人から見ても比較的自然(ドラえもん!? という突っ込みはありつつ。汗)。日本語版wikipediaでは項目が立っていなかったので、日本ではあまり知られていない曲なのかもしれないけれど。


my room, Accra, Ghana, June 14, 10:37

Wild Thunders

深夜、激しい雷雨に見舞われる。雷の数もさることながら、衝撃の大きさが尋常じゃない。雷の衝撃で家(コンクリート造4階建て)が揺れているのがはっきりとわかる。普段、雷に対する恐怖心なんてほとんど感じない方なんだけど、昨日の雷には、正直、まいった。
  
一度、本当に真上から爆音が降ってくるような雷があって、電気がダウン。気づけばインターネットもダウンしていて、万事休す。大人しくベッドに向かうことに…(とはいえ、雷のせいでしばし眠れず)。
my room, Accra, Ghana, June 14, 7:46

Saturday, June 13, 2009

Ghanaian Weding Party

インターン先の上司Sさん(←3週間の夏休み中♪)が、「妻の誕生日&娘のengagement」を記念してパーティを開くというので、Accra郊外のSさんのお宅へ。ホームパーティみたいなものを予想して行ってみたら、本気の結婚式だった。それならそうと言っておいてくれ。。。と言っても始めらないので、平服のまま(…)、ガーナ流結婚式に参加させていただく。
     
ガーナの人たちは(というか、僕以外全員そうなのだが)、基本、ガーナの民族衣装。上司Sさんも、普段職場で見かけるスーツ姿より、遥かに見栄えがする(失礼!?) ただ、洋装の人も少なくない。この辺は、日本と似ているかも。
   
新郎新婦不在の中、家族だけで式は始まり、両家メンバーの紹介が延々続く(もちろん現地語)。その後は、引き続き新郎新婦のいない中、大量の結納品が運び込まれる。ドレス、寝具、装身具、スーツケース、お酒…etc. ものすごい量の贈り物。隣の席のおじさんが教えてくれたところによると、新朗側から新婦側に贈り物を贈るのが習慣なんだそうで。これも日本の結納とそっくり。
  
律儀にも、贈り物一つ一つに説明がついてくる。しかも、毎回違う人が説明に立つ。たぶん、ドレスは新郎の両親から、スーツケースはおじさんから、お酒はいとこから…みたいな感じなんだろうと思う。ときどき笑いも起こっていて、皆さん非常に楽しそうなのだが、引き続き現地語なので僕にはさっぱりわからない(沈)
  
特段、「儀式」的なものもない中、年長者らしき人によるキリスト教式のお祈りを以て式は終了。参加者は、三々五々、部屋から庭に下りていく。あれ、新郎新婦は???
   
庭に下りるとテントが張ってあり、さながら野外パーティ会場の様相。ざっと見た感じ、300席くらいはあったと思う。めちゃめちゃ盛大。披露宴は、そんな野外会場でのビュッフェパーティ。終始、アップテンポの音楽が流れていて、ご飯を食べ終わった人から、そぞろに踊り始める。年配の参加者は言うに及ばず、ご飯を運ぶ給仕さんや、3, 4歳の子供たちまで、自然と体が揺れているのが面白い。この辺は、さすがアフリカ。中でも一番盛り上がってたのは、Sさん夫妻だったりする(旦那58歳。奥さん60歳)
  
そんなこんなでしばらく待っているとメインテーブルにケーキが運び込まれる。ようやく新郎新婦の登場かと思いきや、なんと、奥さんの誕生日お祝い用のケーキだった。奥さんもノリノリ。happy birthday song大合唱のあと、なんと、奥さんによるケーキカットまで。さすがにちょっとやり過ぎやろう…と思って見ていたら、入刀の瞬間、ケーキ台の両端から花火が噴出。もはや言葉を失う僕。ここまでやるならある意味あっぱれ(笑)
  
ケーキ入刀(?)を見届けたところで、職場の人たちは帰るというので、僕も一緒においとまさせていただくことに。結局、新郎新婦にはお目にかかれずじまい。新婦の母が入刀したケーキの横に、もひとつ大きなケーキがセットされていたので、たぶん、これから出てくる予定だったんだろうけど。。とはいえ、僕がおいとまさせていただいた時点で、既に式の開始から5時間余り。新郎新婦が登場したところで「はい終了」なんてことになるとも思えず。あの会は、いったい、いつまで続くのやら…。

パーティを盛り上げる合唱団。その場で彼らのCDも買えます(笑)











披露宴会場の様子。皆さん、ご飯を取りに行ってたときなので空席がありますが、実際には満席でした。
                 
      
my room, Accra, Ghana, June 13, 18:44

Friday, June 12, 2009

Ghanaian Way?

インターン先で仕事をしたり、(日本人を含め)他の外国人と話をしたり、ただ街をぶらぶら歩いたりしていて思うのだが、この国の人たちには(という一般化も雑かも知れないが)、あまり野心というものがないような気がする。政府の方針では、いちおう、更なる発展を目指すことになっているが、一人一人の本音としては、今の状況に既に満足しちゃっている人が多いのではないだろうか。少なくとも首都Accraに関して言えば。
 
その点は、中国やインドと決定的に違う気がする。今後、何年、何十年と経ったとしても、ガーナが、年率二桁%以上の経済成長を経験する日なんて、まずやってこないんじゃないだろうか。
 
それが良いことか悪いことかは誰にもわからない。「これがガーナ流なんです」と言われたら、我々外国人としては「はい、そうですか」と言わざるを得ないだろう。
  
ただ、問題は、いまのガーナの定常状態(或いは、ちょびちょび右肩上がり状態)が、自立的に達成されているわけではなく、諸外国からの援助があって初めて達成されているという現実だ。援助なしでは、現状維持もままならないけれど、援助を続けたからと言って、援助の必要ないレベルまで発展していくわけでもない(たぶん、ない)。
  
よくよく考えると、これはなかなか難しい問題だと思うのだが、援助する側もされる側も、今の状態が「当たり前」になっていて、難しく考えている人がいないんだろうなぁという気がする。落ちのない話で恐縮です・・・。
my room, Accra, Ghana, June 12, 21:53

Thursday, June 11, 2009

Home Alone

主夫妻は、今日からしばらく、イギリスに里帰り。奥さんの方は、旦那の実家に寄った後、北アイルランドに飛んで、紛争解決の授業を受けてくるらしい。夕方、家に帰ったら、机の上に、旦那氏直筆の置き手紙が。見ると、“Try not to miss us too muh!!” とのこと。なかなかお茶目な御仁である(笑)
    
今日は、ガーナに来て初めての本格的な雨。そのせいか、帰りはタクシーがなかなかつかまらない。つかまえた後も、道の混雑が尋常じゃなかった。空気もひどく悪いので、タクシーに乗っているだけで疲れる。。 雨の日は、渋滞の時間を避けるべし。今日、学んだ教訓。
  
帰宅後は、久々に自炊。水屋からツナ缶を見つけ出してきて、ツナ入りペペロンチーノを作る。アメリカで一年暮らしてみて、ペペロンチーノだけは、そこそこ上手に作れるようになった。別に、アメリカの名物料理でも何でもないんだけど。さて、明日からは何を作ろうか…??
  
食事後、メールをチェックすると、インターン先からの新しい仕事が。えっ、締切、明日じゃん。というわけで、だだっ広い部屋の中、一人、パソコンに向かってお仕事中。まぁどうせこれと言ってやることもないのでちょうどいいと言えばちょうどいい。最近、仕事の関係で、CDMとか京都議定書の勉強をすることが多い。それはそれですごくいい勉強になるんだけど、せっかくガーナにいるんだし、もうちょっとガーナの現状についても深く知りたいなぁと思う今日この頃。

ついでに言うと、knj君のblogがすごくいい刺激になっている。インターン先で、日々力をつけているのがビシバシ伝わってくるので。インターンの分野は全く違うが、僕も彼に負けないように、いろんなことを吸収して帰らねばと思う。そう思うと、いまいち、踏み込み切れていない気がする。いま、自分の周りにあるものを活用しきれていないというか…。今日降ってきた仕事から、新たな世界が広がってくれるといいんだけど。
  my room, Accra, Ghana, June 11, 23:34

Wednesday, June 10, 2009

Voluntary Carbon Market

今週、インターン先では、ガーナでCDMができないものかと考えている。
ガーナがホスト国となって「登録」(Registration)まで漕ぎつけたCDM案件は、今のところゼロ。したがって、CDMの登録に必要なノウハウも、ガーナには蓄積されていない。(蓄積されていないからこそ、CDM登録が0件なんだとも言える。ニワトリと卵)。2013年以降のCDM制度の先行きが不透明な中、ガーナとして、国内一例目のCDMにどこまでこだわるべきなのかという、もっともなご意見もある。というわけで、今日は、CDM以外の可能性も探るべく、いわゆるVoluntary Carbon Market (以下、VCM)について調べてみた。以下、今日の成果を。(ここまででお分かりの通り、今日のMSJは些かマニアックです。)。
   
参照させてもらったのは、Ecosystem MarktPlace と New Carbon Finance という二つの機関が毎年共同でまとめているVCMについての年次報告書(2009年版)(2009/5/20発行)。これによると、2008年のVCMは、前年に比べて大きく成長しており、クレジット価格の上昇や、市場規模の拡大が認められたとのこと。クレジットの主な買い手は、CSR (Corporate Social Responsibility) やPR (Public Relations) のためにoffsetを行いたい民間企業で、国別では、アメリカが最大の需要元(39%)。また、同年に発行された全クレジットのうち、96%は、第三者認証を経ているとのこと。
   
というわけで、本報告書はVCMの未来は非常に明るい!!といった筆致で描かれているわけだが、VCM素人の僕からすると、いろいろ気になるというか、引っかかるところがいくつかある。
   
まず、そもそもの話として、急拡大しているとは言っても、CDM市場に比べれば、VCMの市場規模はまだまだ小さい。 同報告書p.6の下の表によると、金額ベースで見たVCMの市場規模は、CDM(Primary + Secondary)の約30分の1。
その中でもアフリカのシェアは非常に小さい。マーケット全体のわずか1%。アフリカのシェアが少ないのは、CDMも同じなのだが、VCMがCDM市場と違うところは、30%弱をUSA産のクレジットで占められているということ。CDMのような、京都議定書に基づく制度ではないので、アメリカ国内での削減からだって、クレジットをつくることができるわけだ。また、VCMクレジットの買い手は、基本、排出削減義務を負っていない者(アメリカの企業がその典型)で、文字通り“voluntary”に買うわけだから、買い手が1 t-CO2あたりのクレジットに払ってもいいと考える額は、CDMよりも小さいだろう。そう考えると、VCMにおけるアフリカ産クレジットの割合は、単にいま小さいというだけでなく、今後も、小さいままで推移する可能性が高い。そんな気がする。
また、2013年以降のCDMの将来は確かに不透明なわけだが、そういう意味では、VCMの将来も同じように不透明。VCMクレジット最大の買い手である米国が、京都議定書の後継枠組みに加入でもすれば(してほしいですけど)、米国企業がVCMクレジットを買うインセンティブは大きく下がる。CCXだって、レゾンデートルを失いかねない。そう考えると、確かに今年、来年くらいは、VCMは引き続き拡大するのかも知れないが、このトレンドがいつまで続くかは不透明と言わざるをえない。
  
というわけで、VCMについては、そんなに真面目に追いかける必要もないかなと思った次第ですが、プロの皆様のお見立てはいかがでしょうか?
my room, Accra, Ghana, June 10, 20:35

Tuesday, June 9, 2009

Home Party

今日は、インターン先の幹部の方(日本人)からHome Partyにお招きいただき、仕事後、その方のお宅にお邪魔。久々の日本語でのパーティを心おきなく楽しんできました。
  
日本人ばかり、10人以上はいらっしゃったかと思いますが、Accraにいらっしゃる理由は、当然ながら、人それぞれで、どなたと話をしていても、正直、飽きません。その場で初めてお会いした方から、僕の勤め先(今のインターン先ではなく、東京にあるホントの勤め先の方)の後輩が最近結婚したという衝撃(!?)事実を聞かされるという一幕も。アメリカ人たちがよく使う“World is small”というフレーズどおりのシチュエーションだなぁと思っておりました。
  
でも最近本当に、世界って、広いようで意外と狭いもんだなぁと、感じることが多いです。どこで誰と誰がつながっているかわかりません。ほんと、アフリカにいようがどこにいようが、悪いことはできませんね(笑)
my room, Accra, Ghana, June 9, 24:04

Monday, June 8, 2009

Taxi Circumstances in Accra

言うまでもなく通勤電車や通勤バスなるものが走っていないAccra。インターン先への通勤には、基本、タクシーを使っている。朝夕の渋滞が激しいので、通勤時間は日によってまちまちだが、速いと10分、遅いときで30分。中には、2時間以上かけてマイカーで通勤している職員の方もいらっしゃる。距離自体は大したことないんだろうが、如何せん、渋滞がひどいので、ちょっと移動するのにも、えらく時間がかかってしまう。
  
ちなみに、この交通渋滞、Ghanaianたちが遅刻の言い訳をするときの常套手段にもなっている。まぁ実際に渋滞のせいでにっちもっさっちも行かなくなることはあるんだろうけれど、便利な(?)言い訳があるばかりに、みんなが時間にルーズになっているのも事実。まぁ、これがガーナ時間というものか。
   
別に驚くには値しないが、この街のタクシーには、「メーター」なる機械は装備されていない。「装備されていないものもある」ではなくて、「装備されているタクシーがない」。したがって、運賃は常に事前交渉制。だいたいの相場を知っていないと、どうにもならない。
 
うちからオフィスまでは、3~4 GHC(Ghanaian Cedi)が相場なのだが、毎朝毎晩、交渉は、15GHC辺りから始まる。ただ、ガーナ人の運ちゃんたちはそこまでガメつくもなく、こちらが「three」と切り返すと、一気に5GHCあたりまで下げてくる。そこからが本当の勝負…。

のはずなんだが、正直言って、僕はこの辺りまでくると、「3でも4でも5でも、まぁいいじゃん」と思ってしまう。とはいえ、すんなり 5 Cedi で受け合う気にもなれず、あとは、よくわからない義務感(??)で以て交渉を続ける。ちなみに、1GHC = 0.66USD なので、片道200円~330円くらい。
  
こういうときの欧米人というのは強い。うちのルームメイト(奥さんの方)と一緒に通勤することが多いので、そんなときは黙っていても(←黙っているから??)彼女が交渉してくれるのだが、普段温厚な彼女も、運ちゃんとの交渉となると、いきなり声のトーンを変えて、“Oh Gosh” なんて言って大げさに感情を露わにしてみたりする。わずか1 Cediの交渉でも、なかなか折れない。それでいて、一旦交渉が成立すると、突然普段の調子に戻って、超にこやかに “How are you doing, master?” なんて運転手に話しかけるもんだから、横にいるこちらとしては、「こういう人を敵に回すと大変だろうなぁ…」と朝から変な汗をかくことになる(笑)
  
こちらに来て1週間とちょっと。僕も一人でタクシーに乗るときは、例の謎の義務感で、なるだけ強気の交渉に臨んできたのだが、いつまでたっても、イマイチしっくりこない。どうしても、無理やり「演じてる」感が抜けない。と思っていたら、今日の帰り道、新しい作戦を思いついた―笑いに持ち込む作戦。

相手が「15」と言ってきたら、別にキレるでもなく、逆ににやにや笑いながら、「いやいや、15セディて、あんた。どんだけボリますの!?」的な調子ですり寄っていく。と、相手も釣られて笑いながら、「しゃーないなぁ。ほな、なんぼやったら乗るんさ?」と聞いてくる。このやり方なら、しっくりくるどころか、交渉プロセスを楽しめることを発見。日本人には(大阪人には?)、高圧的にキレる方法より、こっちの方が向いているらしい。幸い、ガーナの人たちも、この手が通用するくらいに温和な人たちだ。
my room, Accra, Ghana, June 8, 22:50

Sunday, June 7, 2009

The Elusive Quest for Growth #1

アメリカを出る直前にAmazonで買った“The Elusive Quest for Growth”(『困難なる成長の探求』??)なる本を読む。
  
William EasterlyというWorld Bankのエコノミストが書いた本。副題は“Economists’ Adventures and Misadventures in the Tropics”。第二次大戦以降、国際社会は、主流派と言われるエコノミストたちの描いた処方箋の示す通りに援助を行ってきた。にもかかわらず、多くの途上国は、エコノミストが予想したとおりの発展を遂げることができず、未だ貧困の中にある。なぜ、エコノミストたちの描いた処方箋は機能しなかったのか――援助を考える上では、ある種、根源的ともいえるこの問に挑戦しようというのがこの本の主旨。筆者は、世銀のエコノミストだが、世銀の立場を代弁するわけでも言い訳するわけでもなく、虚心坦懐に自論を展開している。英語で本を読むと、恥ずかしながら、一冊読み終えるまでに最初の方を忘れてしまいそうになるので、とりあえず、今日、読み終わったところまでの感想を書く。
    
マクロの教科書にも出てくるSolowの成長モデルは―Solow本人は先進国への適用のみを念頭に置いていたらしいが―開発の分野でも、長らく理論的拠り所として「信奉」されてきた。この理論によると、追加的な資本一単位から得られる収益は資本が積み上がるに従って逓減していく。
  
先進国で暮らす者にとって、この前提に特に違和感はない。僕がもし、(奥さんの説得に成功して)PCをもう一台買うことができれば、レポートを書いたりブログを書いたり写真を整理したりする作業の効率は、それなりに上がると思うが、これが3台、4台…と増えていっても、正直僕一人では使いきれない。つまり、追加的なPC一台あたりの収益(この場合は作業効率の改善度合い)は如実に逓減していく。逆にもし、僕がいま1台もPCを持っていなかったとしたら、1台目のPCを手に入れることによって得られる作業効率の改善度合いは、非常に大きなものになるだろう。
   
斯く具合に、Solowの理論に従って考えると、より資本蓄積の少ないところで行われる投資ほど、効率よく収益を生み出すはず。つまり、先進国で投資するよりも、途上国(それも、より発展度合いの低い国)で投資する方が有利ということになる。これが本当なら、黙っていても民間の資本は途上国へと流れ、彼の地での資本蓄積に貢献し、途上国のcatch-upを後押しするはずなのだが、誰が見ても明らかなように、現実はそうはなっていない。2009年の今もなお、資本のほとんどは先進国に投下されている。  
  
資本投下の実態について、本著曰く、
In 1990, the richest 20 percent of world population received 92 percent of portfolio capital gross inflows; the poorest 20 percent received 0.1 percent of portfolio capital
inflows.(1990年において、世界の全資本の92%は、もっとも裕福な2割の人々へと投下され、もっとも貧しい2割の人々には、わずか0.1%の資本のみが投下された)
とのこと。[p.58] このようにSolowの理論が現実に妥当しない原因として、筆者は、political stability(政治的な不安定さ)、corruption(腐敗)、the risk of expropriation(政府による接収のリスク)などの可能性を示唆しつつも、より根本的な原因として、「投下された投資が、必ずしも十分に活用されるとは限らない」点を指摘している。筆者曰く、
Multiplying machines when incentives for growth were lacking was useless. Maybe the machines would produce things nobody wanted. Or maybe the machines were there but other crucial inputs were unavailable. (成長への誘因を欠いた中で機械を増やしても無意味である。その機械は誰も欲していないモノを生産するだけかも知れない。あるいは、機械はそこにあるが、他の重要な生産要素が手に入らないといった状況に陥るかも知れない。)
だと。[p.68]

先進国の経済を考えるとき、「投資が本当に活用されるかどうか」なんてことは考える必要がない。先進国での投資は、基本的に、民間主体によって自発的に行われるから、「投資はしたが使われなかった」なんてバカなことは、普通、起こり得ない(政府による投資ではしばしば起こる…)。だから、経済モデルを組むときに、「投資された資本のうちの何%が実際に使われるか」なんてことは、普段まったく気にされないし、Solowの成長理論も、御多分にもれず、その点はまったく配慮せずに設計されている(←Solow自身は先進国への適用を念頭に置いていたわけだから、当然と言えば当然)。そういう、先進国の常識の下で設計された経済モデルを、そのまま途上国に適用しようとしたことが、エコノミストたちの失敗の最大の原因、というのが筆者の主張。しかも、その誤った処方箋に則った援助政策が、何十年にもわたって行われてきたと、筆者は批判している。

彼我の違いが見えているときに、アプローチの仕方を調整するのは比較的簡単。本当に怖いのは、彼我の違いが目には見えないとき、つまり、疑いもなく万国共通だろうと思っていたルール・習慣が、実は彼の地では通用しなかった、というようなケースだろう。一昨日の「中間層」の話にも通じるが、途上国での政策を考える上で、この点は非常に重要なポイントのような気がしてきた。
my room, Accra, Ghana, June 7, 19:56

p.s. Weekly、更新しました。こちらからどうぞ。

Saturday, June 6, 2009

Construction Boom

【AM】 
昨晩、友人宅のパーティに出かけていた主夫妻(←何時に帰ってきたのか知らない。少なくとも1時以降)は、お昼頃まで惰眠を決め込んでいらっしゃる御様子。というわけで、一人起き出して、洗濯を始める。昔懐かしの二槽式 、かつ、自動すすぎ機能なし ⇒ 10分ごとに洗濯機に呼び出される(←正確にいうと、呼びだしてさえくれない。自分からすごすご寄っていく)。
  
一週間分の洗濯物が溜まっていたので、大きくもない洗濯槽には一回では納まりきらず。二回に分けて洗濯したら、それだけで午前中が終わってしまった。しかし、時間に余裕があるというのは素晴らしいもので、そんな、まどろっこしいプロセスも、特に「面倒くさい」とか「まどろっこしい」とは感じずに楽しめる。時間的な意味で、こんなに気持ちに余裕があるのはいつぶりだろうか…(えーっと、たぶん7年ぶりくらい??)
  
主曰く、このマンションの他の部屋の人たちは、乾燥機を使うか、お手伝いさんを使うかしているらしいが、主夫妻は、自分たちで(正確には、専業主夫の旦那氏が)洗濯物を干している。というわけで、必然的に僕もそのポリシーに従うことに。とはいえ、約一年ぶりの洗濯物干しは、これはこれで楽しい。アメリカの人たちも乾燥機なんて使わずに、戸外に干せば気持ちいいのにと思う。何かの記事に、「アメリカでは、外に洗濯物を干す=乾燥機を買えないと思われる=貧乏人だと思われる ので、みんな乾燥機を使う」と書いてあったのを思い出した(そういえば、六本木ヒルズのレジデンツもベランダに洗濯物を干すのは禁止らしい)。

【PM】
お昼過ぎに起きてきた主夫妻は、二人でどこかへお出かけ。僕はケーブルテレビのチャンネルを回して、サッカー日本代表のW杯予選を探すも、案の定見つからず。というわけで、諦めてスーパーに買い物に行くことに。

片道15分の道をとことこ歩く。30秒ごとにタクシーが寄ってくるが、気にせず歩く。

Accraはちょっとした建設ラッシュ。主に外国人向けと思われる高級マンションが、「そこかしこに」というほどではないが、「ところどころで」建てられている。右の写真は建設中のマンションの様子。おとといのカナダ大使館パーティの席で、超いい加減そうなアメリカ人の兄ちゃんから聞いた話によると、こういった建設案件では、いわゆる「サブコン」の位置を中国系企業が占めることが多いらしく、彼らは、昼夜分かたずに仕事して、バンバン建物を造っていくらしい。

いろいろと聞いてみたところでは、当地の高級マンションの賃貸料は、日本と同じかそれ以上。$2,000/月もざらだとか。そんなに広い部屋は要りませんと言っても、セキュリティの問題なんかで、結局、外国人の皆さんは、それなりのレベルの部屋を借りざるを得ないらしい。となると、Accraのレントが値崩れすることは当分なさそうで、そう考えると、いまAccraでマンションを建てるというのは、多少(?)のリスクさえとれれば、かなり効率のいい投資なのかもしれない。素人ながら、直観的には、まだ「バブル」というほどの建設ラッシュではないと思う。左の写真は、そんな高級マンションの一つの広告看板。
  
職業柄、先週から少し気になっているのが、この街のごみ処理事情。何人かに話を聞いてみたところでは、いちおう「ゴミ処理場」ということになっている土地がところどころにあるらしい。誰がどんな権限で指定したのかは不明だし(ていうかたぶん誰も指定とかしてない)、地下への浸透防止の処理がなされているはずもない。が、そういう「ゴミ処理場」まで運んで行って捨てるケースはまだマシなんだとか。多くの場合、地元の人たちの生活ゴミは、そこら辺の空き地に捨てられているらしい。
   
たぶん、昔はそれでも回っていたんだろうが、ゴミの量も増え、その中にプラスチックもたくさん含まれるようになった今では、そんな方法は、sustainableなはずもなく。。。我が家からスーパーに続く道沿いの側溝にも、ご覧の通りプラスチック系のゴミが散乱。幸か不幸かblogでは伝えられないが、異臭もかなりひどかった。
   
こういうのをどうにかしないと…、と思うのは、先進国から来た人間の趣味的発想なんであって、現地の人からしてみれば、まずは衣食住を足りさせろ、ということなのかも知れない。しかし、Accraくらいの街にもなれば、そろそろゴミのことも考え始めていいんじゃないかという気もする。結局のところは、この国の人たち次第なんだけど。
  
15分の散歩後、スーパーに到着。一週間分の食材を買い込んだ帰りはタクシーに乗ることに。口々に「你好」「你好」と言って近づいてくる運ちゃんたちに、いろんな意味でムカつきつつ、独り「你好」とは言わずに近寄ってきた運ちゃんのタクシーに乗る。

【夕方】
帰宅後、Yahoo! Japanをチェック。W杯本戦出場決定、おめでとうございます。
my room, Accra, Ghana, June 6, 20:04 

Friday, June 5, 2009

Lack of the middle class

今日、ある人から聞いたお話。

エリート層だけを見れば、ガーナにも、世界基準で「一流」と呼べる人材がある程度揃っているが、問題なのはその下。中間層がいない。「一流」の下がスカスカ。なので、いくらトップが良い政策を描いてみても、それをimplementするだけのリソースがない。トップが描いた「ビジョン」は、具体的な「執行」プロセスに落としこまれないまま、抽象的な「ビジョン」のままで葬り去られていく…。
  
なるほどな、と思った。結局、何をするにもそこがネックになるのだろう。この問題をクリアしない限り、中国やインドのような、加速度的な発展段階には進めない。いうなれば、「アイデア」を具体化・実現化するための回線が、ダイアルアップのまんまで、ブロードバンド化されていない。そんな“ダイアルアップ”環境下では、いくらトップが頭で想像的なアイデアを考えようとも、実際にできることの範囲は限られてくる。
    
「飛びぬけて優秀」というわけではないが、「そこそこに優秀」で、一定レベル以上のアウトプットが確実に期待できる――そんな中間層の存在が、一国の社会・経済にとってどれだけ大切か。この地に来てみてよくわかった。ガーナも、Sub-Saharaの中では比較的うまくいっている方とはいえ、中間層の厚みという意味では、まだまだ中・印や東南アジア諸国との間に大きな差があるのだろう。
   
そして言えることは、10人の「一流」を育てるより、1000人の「中流」を育てる方が、はるかに難しいということ。「一流」を育てるための教育インフラなら、「留学」というかたちで、外国のものを借用できるが、「中流」を育てるためには、そうはいかない。国内に、それに見合った教育インフラを作らねばならない。お話を聞かせていただいた方曰く、ガーナの教育システムは、そんな中間層を分厚く生み出すためには、質量とも、まだまだだということであった。

ともあれ、インターン一週目も無事終了。今週末は何をしようか。。
my room, Accra, Ghana, June 5, 24:29

Thursday, June 4, 2009

Surrounded by ...

仕事の後、ルームメイトに誘われて、カナダ大使館主催のパーティへ。白人だらけの会場の中、久々のどアウェイ空間をしばし彷徨う…。
  
Syracuseにいたときもそうだったが、こういう飲み会の席が一番しんどい。「所在なげ」という言葉があるが、「なげ」どころではなくて、どう考えても「所在ない」。そんなわけで、会場では、「来なきゃよかった」と何度か思っていたのだが、帰り道、ルームメイトから“Did you have a good time?”と聞かれ“Sure”と答えてしまうあたり、「日本人だなぁ」と思ってみたり。まぁそれ以外になんて答えられる??って話なんだけど。
  
ここから先は、いちいち真面目に分析するような類の話でもないのかもしれないが、半分、愚痴ということでお許しいただきたい。
  
こういう会に出てみると、「世界は結局、アングロ=サクソンな皆さんの間で、よろしく転がされているわけね」という気がしてくる。普段は別に、従属理論の信奉者でもなんでもないんだけど。
  
今日の会にしてみても、なかば、在ガーナ英米豪加人の「サロン」といった様相。黄色人種は自分だけで、他には、日本人も中国人もゼロ。パスポートさえ見せれば誰でも入れる会なので(会費も不要。飲食代は実費だが激安)、「オープンだ」と言ってしまえば確かに「オープン」なのだが、実際のところ、僕みたいに、たまたまカナダ人のところに転がりこんでいるような稀有なケースを除けば、英語を話す白人以外の人間が、この会に誘われることは、おそらく稀。結果、あくまで「結果的に」ではあるが、アングロ=サクソンだけの閉じたコミュニティが形成され、その人たちの間での「ツーカー」の関係が醸成されていく。そして、その「ツーカー」コミュニティの間で、政・財の重要な事柄が決められていき…と考えるのは、被害妄想が過ぎるだろうか…??
my room, Accra, Ghana, June 4, 24:42  

The Power of Thinktanks

少し前だが、Japan Business Pressというサイトに、「日中で差が開くシンクタンク力」という記事が出ていた。(読むのに会員登録を求められるかもしれません。無料ですが)
  
この記事の筆者である富士通総研の柯隆(Ka Ryu)氏は、記事の冒頭、「この20年間で、日中の外交力は完全に逆転したが、その背景には、日本のシンクタンク力の弱さがある。本来、シンクタンクは、その名の通り「知恵袋」として、その母体(国や企業)の進むべき方向を指し示すべき機関であるが、日本ではシンクタンクにそのような機能が期待されておらず、「刺身のつま」程度の存在になり下がっている」旨、述べた上で(ここまではbayaによる要約。柯氏の文章そのものではない)、以下のように書いている。

しかし、だからといって国や企業にとってシンクタンクの貢献が必要ないというわけではない。グローバル化が進む中で、市場競争は激しさを増す一方だ。それに勝ち抜くためには、強力な情報収集能力と情報分析能力が不可欠である。これは企業レベルのみならず、政府レベルも同じである。

例えば、日本の外交が弱体化したのは、その重要な原因の1つとして、戦略がおろそかになり、評論家を中心に戦術しか議論されなかったことが挙げられる。日本経済と日本の産業を立て直すために、知恵袋としてのシンクタンクの再構築が不可欠である。


このあと、筆者は、中国社会科学院、マクロ研究院(国家発展改革委員会傘下)、国務院発展研究センターといった中国の有力シンクタンクを紹介。これらが中国政府の戦略的な政策立案(とりわけ外交)に大きく貢献しているとしている。
    
中国のシンクタンク事情については全く以て“I don't know”だが、筆者の、一般論としての「シンクタンク」に関する考え方、また、日本のシンクタンク事情に関する認識には、完全にagreeだ。
   
日本に限らず、民主国家でありさえすればどこでも同じだと思うが、「政府」が「政府」である限り、はっきり言って 「言えること」 と 「言えないこと」 がある。企画立案の段階であってもそうだ。したがって、政府部内だけで企画立案を行っている限り、はじめから、「言えること」の範囲内でしかモノを考えることができない。そんな、後ろ手を縛られたような状況の中で、本当に戦略的な構想を描くことができるだろうか。
    
僕は正直、難しいと思う。別に日本に限ったことではなく、民主国家ならどこでも。本当に価値のある戦略を立てようと思ったら、知識と思考力のある人たちが、とことんfact baseで議論をし尽くさなければいけないだろう。そのとき、議論のbaseとなるfactの中には、都合の悪いものや、必ずしも道徳的でないものも含まれるかもしれない。しかし、factはfactである。どんな理由があろうとも、factを曲げて(あるいは実際よりも弱めて)解釈し、それをbaseに構想を描こうとする限り、outputとして出てくる「構想」の戦略性は、当然、不十分なものにならざるを得ない。この「fact baseでとことん議論する」というところに、シンクタンクの本領があると思うのだがどうだろうか。

筆者は、そのあとの部分で、米国のシンクタンクの言葉を引きつつ、以下のようにも述べている。
米国のシンクタンクであるアーバンインスティチュートの研究によれば、政策提言のシンクタンクは非営利的かつ独立した立場が重要であると言われている。確かに、シンクタンクが知恵袋である以上、利益を上げることは第一の目的ではない。そのスポンサーはシンクタンクがコストセンターであることを寛大に容認すべきである。シンクタンクはスポンサーからの影響をできるだけ受けずに、政策立案に取り組んでいくべきである。

先にも書いたように、中国のシンクタンク事情については、僕は全く以てno ideaだが、アメリカの事情については、この一年間、多少なりとも見てきた。そして思うのは、アメリカという国は、この「シンクタンク」という曰く形容しがたい、微妙なる存在を、非常に(異常に?)巧みに活用している、ということだ。誰かが意識的にデザインしたというよりは、長い歴史の中で自然発生的に出来てきたものなのかもしれないが、現代アメリカの政策立案機能を考える上で、「シンクタンク」という存在(「システム」と言ってもいいかもしれない)の果たしている役割は、到底無視できるものではないだろう。

その機能・役割は、非常に複雑かつ見えにくいものなので、なかなか全貌はつかみづらいが、アメリカに戻ったら、日本に帰国するまでの間、彼の国のシンクタンク事情について、もう少し真剣に掘り下げてみようと思う。

Accra, Ghana, June 4, 18:55

Wednesday, June 3, 2009

Adaptation for the Climate Change

(気候変動対策)=(mitigation)+(adaptation) 

環境屋さんの間では、いまや常識になった関係式(?)である。しかし、我々先進国で暮らす者にとっては、“adaptation”の方がいまいちピンとこないのも事実。だいたいが、「高波に備えて堤防でも作りまっか」という話で終わる。もちろん、東京を高波から守ることは、それはそれで大変大事なのだが、adaptationの主戦場(??)は、あくまで途上国。とりわけ、サハラ以南のアフリカは、気候変動の影響が世界で最も顕著に現れる地域といわれている。
  
では、アフリカに来てみれば、adaptationの何たるかが手に取るようにわかるのかというと、これが案外そうでもない。こっちはこっちで、「これから気候変動が起こりますよ。今のうちにadaptation(適応策)やっておかないと大変なことになりますよ」と、ようやく、環境庁が関係機関にふれて回っている段階のようで、現地の環境屋さん以外の人たちにとっては依然、“Adaptation, so what??”というのが実情のようだ。
    
自分自身、adaptationについてはほとんど素人のまま、ここまで来てしまったわけだが、この3日間、働いてみて、少しはガーナにおけるadaptationの現状が見えてきた(気がする)。そして思う。「これはなかなかややこしい話になりそうだ」と。――援助する側にとって。とりわけ、援助国の環境省/庁にとって。
  
何がそんなにややこしいかだが、まず、何より、「伝言ゲーム」の距離がやたら長い。典型的な二国間援助のケースで考えると、
  
(援助側)環境省→外務省→援助機関(又は国際機関)→(被援助側)外務省→環境省→(財務省)→各事業官庁
  
みたいな話になる。援助国自前の援助機関(ex. JICA、US-AID )の代わりに、国際機関がこの位置を占めることもあるし、また、お金の振分けの話なので、被援助国側の環境省と事業官庁の間に、財務省が割って入って来たっておかしくない。こうやって考えてみると、援助国側の環境省にしてみれば、自分の手元からめちゃくちゃ離れたところで(←物理的な距離の問題ではなく、間に入る人・機関の数の問題)adaptationのお金が使われることになる。そうなると、その予算が、どんな形で使われるのか、具体的に把握しろと言われても、正直、難しいと言わざるを得ないだろう。加えて言えば、adaptationとして実際に行われるプロジェクトは、たとえば食糧対策、たとえば農村対策、たとえば感染症対策…といった具合で、環境屋のナレッジが全面的に活かせる分野ではない。
    
もう一つの難しさは、日曜日の記事にも書いたとおり、adaptationプロジェクトと、通常の(=adaptationではない)開発プロジェクトを明確に線引きすることは、非常に困難(というか事実上、不可能)というところにある。確かに、同じ食糧対策、農村対策、感染症対策であっても、adaptation基金でfundされたプロジェクトはadaptation、それ以外の財源からfundされたプロジェクトは通常のプロジェクト、という具合に事後的に分類することはできる。しかし、このような分類は、結局のところ、文字どおり、事後的にしか役に立たない。
   
この「線引き不可能性」は、今後、先進国が途上国のadaptationのために、どの程度の支援を行うべきかという議論を詰めていく上で、非常に気持ちの悪いポイントになってくるんじゃないかという嫌な予感がする。何と言うか、南北両陣営の、お互いに対する疑心暗鬼の源になるんじゃないかと思うのだ。ただ、残念ながら、(たぶん)どこまでいっても「線」は引けない。adaptationをめぐる今後の議論の中で、にっちもさっちもいかなくなって、「線」が引けたことにするレトリックが現れる可能性は全く否定しないが、レトリックはあくまでレトリックであって、本質的な意味での「線」引きは、いくら知見を集めてもできないと思う。そもそもそういう性質のもんなんだと。
   
インターンが始まってからまだわずか3日なので、わからないこともまだまだいっぱいある(というか、ほとんど何もわかってない)。そんな状況なので、今後、思いなおして前言撤回、なんてこともあるかもしれないが(←すいません、予防線張りました)、とりあえず、今の時点での「思考メモ」として書き残しておく。

p.s. 「援助側にとって厄介」=「援助すべきでない/する必要がない」ということを言いたいわけでは全くありません。念のため。
my room, Accra, Ghana, June 3, 22:07

Tuesday, June 2, 2009

Harvard Professors debate over cap-and-trade

cap-and-trade法案について、ハーバード大のRob Stavinsは賛成を唱え、ハーバード大のMarty Feldsteinは反対を唱えている――と、ハーバード大のGreg Mankiwが彼のblogの中で紹介している。(ちなみに、Mankiw自身は、何のコメントも付していない。)

両方を読み比べてから感想を書こうと思ったのだが、Stavinsの方は途中で読み疲れてしまい、今日のところは断念。というわけで、とりあえずFeldsteinの記事についての感想を書いておこうと思う。Stavinsはまた後日。

で、Feldsteinの記事であるが、字数制限のある新聞コラムということを差し引いて考えても、ちょっと「場当たり的」に過ぎるというか、目に着いたところをとりあえず批判してみたという感じがして、アカデミックな深さの感じられない内容だった(言い過ぎ??)。

Waxman-Markey billについての、彼の批判のポイントは以下の通り。
  1. 得られる効果に比べて、家計への負担が大きすぎる。
  2. 排出権のほとんど(向こう20年間に配付される排出権の85%)は、オークションではなく、無償配付されることになっているので、政府が、その売却益を得られない。
  3. 一部の配電事業者への特例措置(排出権の30%はlocalの配電事業者に無償で配付されることになっている(らしい))は、その恩恵を被らない、他の家計に皺寄せが行くだけ。

まず、一見して明らかなように、2と3の論点は、細かな制度設計に関する批判である。2を「細かな」と言ってしまうと、確かにちょっと言い過ぎのような気もするが、ともあれ、2も3も、cap-and-tradeという制度の持つ本質的な欠点でないことは確かだ。排出権の無償配付が気に入らないだけなら、オークション枠の拡大を主張すればいいのであって、“Cap-and-Trade: All Cost, No Benefit”との表題の下、cap-and-tradeそのものを否定する必要はない。

1の論点は、より大きな問題を突いてはいるが、今度は逆に大きすぎて、cap-and-tradeというより、温暖化対策そのもののに対する批判のようになってしまっている。記事の中で彼は、「15%のGHG(温室効果ガス)排出削減を、cap-and-tradeによって達成するために平均的なアメリカ家計が負担する追加的コストは年間 $ 1,600」とのCBOの試算を示している(確かにこれは大きい!!)が、この値が、環境税(あるいはもっと古典的な非経済的手法(直接規制))と比べてどうなのか、という点についてはまったく触れられていない。つまり、「他の手法に比べてcap-and-tradeはイケていない」と言いたいのか、そもそも、「アメリカは、今の時点で、こんなにハイレベルな温暖化対策を取るべきではない」と言いたいのかがわからない。
   
わからないと言えばわからないのだが、同じ記事の中で、“The U.S. should wait until there is a global agreement on CO2 that includes China and India before committing to costly reductions in the United States.”(アメリカは、中国やインドを含むCO2に関する国際合意が成立するまでは、費用のかさむ排出削減に取り掛かるべきでない)とも書いていることを考えると、筆者の本音が、後者(温暖化対策そのものの否定)にあることは、ほぼ間違いないだろう。
   
まぁ、外交戦略上、そういう選択肢もあるといえばあるのだろうが(もちろん、それが良いとは思わない)、それならそれで、某テキサスおじさんのように、正々堂々と「温暖化対策そのものに反対」と論じるべきであって、cap-and-tradeだけを攻撃するのはあまりfairなやり方ではない。また、本質的な問題(=climate change)に対するスタンスを示さず、方法論のみを批判する筆者の論法は、将来世代の財政負担を考慮しない単純な増税反対論と同じであって、ポピュリズム以外のナニモノでもないと思う。
   
と、気づいたら言いたい放題書いてしまったが、僕としては、別にcap-and-tradeに全面的に賛成というわけでもない。ざっと読んでみただけだが、Stavinsの記事(cap-and-tradeに賛成)にも、突っ込みどころはいろいろあると思う。Feldsteinが主張するように、温暖化対策を単純に先送りすることは、僕的にはあり得ないと思うが、その対策手法として、cap-and-tradeの方が良いのか、環境税の方が良いのかについては、両者、一長一短であり、また、その国の社会・経済システム次第という面もある(たとえば、電力市場の自由化が進んでいる国での方が、cap-and-tradeは効果を発揮しやすい)。そういう意味では、cap-and-tradeが良いとかcarbon taxが良いとかいう、advocacy的な二者択一の議論はもういいので、より客観的・建設的な視点から、両者の長所・短所を比較してくれる記事をそろそろ読みたい。

my room, Accra, Ghana, June 2, 21:42

Too strong...

インターン二日目終了。なんだか頭が痛いっす。。

熱はないのでマラリアではないと思う。たぶん、強烈すぎる陽射しにやられてるんじゃないかと…。blogにも書いたとおり、昨日の夜も同じような症状(というほど深刻ではないですが)だった。思い返してみれば、一日の仕事に疲れたというより、帰り道で疲れたんじゃないかと思う。今日も、お昼を買いに外に出て戻ってきたら、グヘっとなってしまった。
  
暑さだけに関して言えば、東京や京都の夏も十分“terrible”なので、それなりに慣れているはずなのだが、陽射しの強さが、日本とはやはり全然違う(もちろん、Syracuseとも違う)。さすがは赤道に程近いだけのことはある。。

なんて悠長に言ってる場合じゃなくて、何か対策を考えねば。頭痛抱えながら英語読むのは、ちょっとしんどすぎる。。
Accra, Ghana, June 2, 16:53

Monday, June 1, 2009

First Day of Internship

インターンが始まりました。

午前中は、同じ課のガーナ人のおばさん(というか上司ですが)に連れられて、各課へのあいさつ回り。午後は資料を読んだり、課の皆さん(といっても僕以外には3人)と意見交換したりして終了。勤務時間は7:30~16:00なので、昼休みから戻ってきたら、午後の部はあっという間に終わってしまいます。朝は早いですが、基本、皆さん、残業もしないようなので、ライフスタイルは非常に健康的。言わずもがなですが、某島国(とりわけ某K**u**g**k*)とは、労働事情がかなり違っているようで。。。
  
そんなわけで、比較的楽チンなはずなんですが、今日は、4時過ぎに仕事が終わってタクシーに乗る頃には、激しい疲労が…。ちょっと暑さにやられている気がします。とはいえ、オフィスの中はいちおうクーラーも利いてて、某K**u**g**k*の某K省よりはだいぶましなはずなんですが・・・。

インターンの具体的な内容を書くのはちょっとまずいので、このblogでは、一般化した形で書いてみたり、公開情報をもとに記事を書いたりしていこうかなぁと思っています。まぁ、おいおい、ぼちぼち、ということで。
  
業務終了後、新しい家に越してきました。にわかに信じられないくらいの快適さを享受しています。今日の夕食は、「白身魚のソテー、トマトソースがけ」。旦那さんDさんの力作。Syracuseのレストランではまず食られないくらいの上等なお味でした。ひとつ問題といえば問題なのは、インターネットが、従量制のダイアルアップしか使えないということ。まぁふた月くらい、つなぎっぱなしの世界から解放されるのもそれはそれで悪くないかなと、ポジティブに、思っております。
my room, Accra, Ghana, June 1, 20:49

Sunday, May 31, 2009

CDMs in Western African Countries

明日からのインターンに向け、西アフリカ各国のCDMsの登録実績などについて、予習(付け焼刃?)。

■ 今年5月末現在、全登録(registered)件数(1,647件)のうち、アフリカ(サブサハラ以外を含む)がホスト国となっているCDMs案件の数は30件(全体の1.82%) [出典:UNFCCC]

■ 西アフリカでの登録済み件数はそのうちの2件のみ。いずれもホスト国はNigeriaで、いずれの案件も方法論は“Recovery and utilization of gas from oil wells that would otherwise be flared or vented”(油井からの排ガス回収及びその利用) [出典:UNFCCC]

■ CDM後進国におけるCDMsの開発を促進するため、UNEPは、“Capacity Development for the Clean Development Mechanism”(CD4CDM) プロジェクトを実施中。(with financial support from the Dutch Government) ガーナは、他の12か国(サブサハラでは、ガーナのほかに、コートジボワール、モザンビーク、ウガンダの4か国)とともに、Phase I に参加。 [出典:CD4CDM]

というわけで、ざっと見たところ、ガーナを含め、西アフリカでのCDMの実施は、まだまだ難しい状況の様子。登録には至っていない、準備中の案件がどのくらいあるのかについては、おいおい調べていこうと思う。以上、付け焼刃的予習でした。

Central Hotel, Accra, Ghana, May 31, 24:45

Where Here is??

Accraでの住居が決定。インターン先で働いていらっしゃる方(奥さんが働いておられて、旦那さんは今のところ専業主夫)のおうち(というか、日本で言うところの「マンション」)の一室を間借りすることに。
  
今日、部屋を見に行ってきたのだが、とにかく広い。リビング&ダイニング一続きの居間なんて、「いったい何畳あるんだっ!!?」っていうくらいにだだっ広い(まぁ、日本じゃないんで「畳」ってのもおかしいんだけど…。) オフィスからは乗合バスで10分くらい(ただし渋滞がひどいので、時間帯によってはもっと)とのことなので、至近というわけではないが、セキュリティがしっかりしてそうなのと、それに何より、いざというときに助けてもらえる方が間近にいるという環境が気に入って、昨日の大富豪さんには申し訳ないが、こちらに住まわせてもらうことにした。
  
ちなみに部屋の主夫妻は、イギリス人とカナダ人。Westernの方とルームシェアするのも初めてなので、これはこれで、また面白そう。今晩はもう一泊このホテルに泊まり、明日の仕事終了後、荷物をまとめてそちらのお家に移る予定。
  
そのマンションをおいとまさせていただいた後は、そこから車で5分くらいのところにある、Ghana国内最大のショッピングモール、“Accra Mall”へ。居候先のカナダ人の方が「mallに行くと、自分の国に帰ったような気持ちになる」と言っていたのだが、その言葉に偽りなし。一旦、モールの入口をくぐると、まるでアメリカのショッピングモールのような空間が広がっていた。
衣料品から電化製品まで、生活必需品ではない代物も、非常に豊富に取り揃えられている。 電化製品コーナーなんて、商品がてんこ盛り!!
値段はアメリカと同じか、下手をすると、逆にこっちの方が少し高いくらい。たとえば、ベッド用のシーツセットは、60 Cedi (=US$ 41) だった。客層はというと、確かに白人や中国人がそれなりに目立つが、そうは言っても、お客さんの約三分の二以上は黒人(ガーナ人なのかどうかは、正直、見分けがつかない)。地元の方でも、裕福な層になれば、かなりの購買力を有しているんだということがよく分かる。
  
というわけで、Ghana到着後3日目も無事終了。明日からはいよいよ、インターンが始まります。
Central Hotel, Accra, Ghana, May 31, 21:40  

Climate Change vs Development

最近、本や資料を読みながら考えているのは、「地球温暖化対策と(途上国の)開発の位置関係はどのようになっているのか??」ということ。というわけで、とりあえず今の時点での自分の頭の中のイメージを絵にしてみた。【※ マニアックな内容です】

ポイントは以下の通り。
  1. adaptation(適応策:起こってしまった温暖化に、どう「適応」するか、という対策)は、その大部分がdevelopmentと重なる。developmentの延長線上にadaptationがある、と言ってもいいくらい。途上国で求められるadaptationとは、具体的には、食料対策、風土病対策、砂漠化対策、ひいては、それらに起因する経済難民の取扱いなど。これらは、いずれも、既にdevelopmentとして行われている対策であり、それらをさらに推し進めることが、adaptationとなる。また、どこからがadaptationで、どこまでが「純粋なdevelopment」か、なんて線引きはできない。
  2. 途上国においては、mitigation(緩和策:温暖化を「緩和」するために、どれだけ温室効果ガスの排出を減らせるか、という対策)も、adaptationほどではないものの、developmentと重なる部分が大きい。先進国視点でmitigationを考えると、ついつい、「既にある設備・システムを、如何に低炭素型のものに置き換えるか」と考えがちであるが、途上国(特に低開発国)においてmitigationを考えるときには、「これから新たに設置する設備・システムを、如何に低炭素型のものにできるか」と考える方が良さそう。
  3. 京都議定書に基づくCDM(Clean Development Mechanism)は、まさにそれを体現する制度。先進国(=附属書Ⅰ国)的には、「如何に効率的にクレジットを生み出すか」という方向に目が向きがちであるが、途上国からすると、CDMを梃に、如何にdevelopmentを進められるかこそがポイント。
  4. ただし、CDMとして行われるプロジェクトの中には、「ホスト国の発展に寄与していない」と評されているもの(上の図で言えば、「development」の領域からはみ出ている部分)もある(HCFC製造工程からのHFC回収がその典型例)。

そもそも、京都メカニズムというものは、地球温暖化対策に市場の効率性を活かすことが、その目的の一つとなっている。その意味では、炭素「市場」を政策的に歪める政策(たとえば、HFC回収CDMを全面的に禁止する、など)が、一概に良い政策であるとは思わない。市場経済的にmake senseな行動を安易に否定してしまうと、制度自体が、木に竹を接いだようなものになりかねない。

ただ、竹に置き換えてしまわないまでも、ベースとなる木(=市場活用型システム)の枝ぶりを多少整えてやるくらいのことは必要だろう。根本の部分では市場の力を尊重しつつ、部分的に「市場の失敗」を是正する、といったアプローチが有効ではないかと思う。

とは言え、実際にどう制度を設計するかという具体の話になると、これは非常に難しい。明日からのインターンでは、その辺りの着想を多少なりとも得たいと思う。

Central Hotel, Accra, Ghana, May 31, 9:46

Saturday, May 30, 2009

Becoming a Secure Base

ヒマ人の連続投稿は続く(笑)
  
この部屋のテレビ、CNNやBBCは映らないのに、なぜかNHK Worldだけはきれいに映る。というわけで、ケータリングの夕食を食べながら、何となくNHKを見ていたら、茂木さんの“プロフェッショナル”が流れていた。

流れていたのは、日本で3月31日に放送された同番組のスペシャル版「これが“育て”の極意だ!!」。この番組が予想外にめちゃめちゃ面白かった。ここから飛べるページに、番組の要約が出ているので、ご興味ある方はどうぞ。

脳科学的に言えば、自発性を尊重することが人を育てる上での一番大事なポイントなんだとか。正直、脳科学を勉強したことはこれまでに一度もないが、この点は、非常にagree。昔、採用担当をやっていた時、「採用する上で、もっとも大事にすべきポイントは何か」ということをひたすら考え続けた結果、行きついた答えは「自律的に成長できる人かどうか」という点だった。自発的・自律的な成長意欲の高さは、人間が成長していく上で、すべての基本になる要素だと思う。
   
ここから先がこの番組のミソなのだが、子供や部下の自発性を伸ばすために、親や上司が取るべき行動とは何なのか、という点が、番組の後半で紹介される。曰く、「「安全基地」になる」ことなんだとか。自発性に導かれるまま、様々なことに挑戦していこうとする子供や部下。しかし、新たな挑戦にはリスクがつきもの。そして、人間誰しも、リスクを目の当たりにしては、どうしても尻込みをしてしまう。そんなとき、「たとえこの挑戦に失敗しても、自分には帰る場所がある」「たとえ敗者になったとしても、そんな自分を全面的に受け入れてくれる人がいる」という安心感が、その人の挑戦を後押しし、より伸び伸びと自発性の赴くままに挑戦に挑み、より大きく成長することができるのだとか。なるほど…。非常に納得。
  
というわけで、一年後、日本に帰ったら、ちょっとマジメに脳科学を勉強してみたくなったbayaでありました。

それにしてもこの番組、茂木さんと一緒にキャスターを務めている、NHKアナウンサーの住吉美紀さんが面白い。彼女の目のマジさ加減と、茂木さんのたじろぎ加減から想像するに、たぶん、住吉さんからの茂木さんに対する質問は、あらかじめ用意されているものではなく、その場で彼女が考えたものなのではないかと思うのだ。その質問が結構良い線ついていて、答えにくいイジワルな質問だったりするので、予定調和の質疑応答を聞かされるより、こちらとしてはよっぽど面白い。茂木さんも、たじろぎつつも、決して逃げずに、正面から答えようとするところが見ていて気持ちいい。
   
そんなことを思いながらテレビを見ていて、「茂木さんって誰かに似てるよなぁ」と思っていたのだが、このblogを書くために番組サイトを見てみて、ようやく謎が解けた。

村上ショージ似だ。ドゥーン!!!
Central Hotel, Accra, Ghana, May 30, 22:30

The Road to South Africa

世界中どこに行っても、現地の人と仲良くなるのに最適の話題はやっぱサッカーでしょう!! (← ※ USA以外)というわけで、サッカーGhana代表についてのお勉強を。
  
アフリカでは、現在、二次予選を勝ち上がった20カ国による最終予選が開催中。 5組に分かれてのリーグ戦が行われ、各組首位が本大会出場権を獲得する。Ghanaは、Mali, Sudan, BeninとともにD組。D組各国のFIFAランキング(5/6付)は、Ghana: 31位(アフリカ内で3位)、Mali: 49位、Sudan: 85位、Benin: 94位で、順当にいけば出場権を得られるだろうという感じら。ちなみに日本の5/6付順位は35位なので、FIFAランキング的に言えば、日本よりGhanaの方が少しだけ強いということになる。まぁそこを比べてもあんまり意味はないんだけど。
  
最終予選は、home & awayの二回戦総当たりで行われており、現在、一回目の対戦が終わったところ。Ghanaは、Benin相手にhomeで1-0で勝利。SudanとMaliは1-1で引き分けたので、とりあえず、暫定首位ということになっている。このリーグ戦は、断続的に今年11月まで続くが、6月には、6日(対Mali)、20日(対Sudan)と二試合が行われる予定。残念ながら両方ともaway gameなのだが。。。
  
国旗にちなんで“The Black Stars”と呼ばれるサッカーGhana代表は、アフリカ杯を過去4回(1963, 1965, 1978 and 1982)制しているが、ワールドカップ本大会出場には恵まれず、前回ドイツ大会が初出場。しかし初出場ながら、一次リーグでは、チェコ、アメリカを撃破する快進撃を見せ、アフリカで唯一、決勝トーナメントに進出(ちなみに同一次リーグ首位はイタリア)。決勝トーナメントでは初戦でブラジルに0-3で敗れて敗退。
  
FIFAのサイトによると、現代表のkey playersは、キャプテンStephen Appiah (MF / 土Fenerbahçe), Michael Essien (MF / 英Chelsea), Sulley Ali Muntari (MF / 伊Inter), Matthew Amoah (FW / 蘭NAC Breda), Samuel Kuffour (DF / 国内リーグAsante Kotoko), John Mensah (DF / 仏Lyon) らとのこと。
  
昨日の深夜、チャンピオンズリーグ決勝の再放送を観ていたフロントの兄ちゃんに「どこのファン?」と聞いたら、Chelseaと言っていたので、何でだろうと思ったのだが、たぶん、Essienの影響なんだろう。彼とAppiahがGhana代表の二枚看板ということらしい。その兄ちゃんに「準決勝はひどい試合だったね」と言ったら「決勝で、バルサはマンUに完勝したけど、準決勝のチェルシーには相当手こずった。だから、僕的にはちょっと満足」と、日本人的(阪神ファン的??)無理繰りpositive thinkingを披露してくれた。何となく、分かり合えるかも…と思った瞬間だった。
 
というわけで、既にお気づきかと思いますが、この週末、ここ数か月にないくらいのヒマを持て余しております。まぁ、勉強しろって話なんですが(笑)
Central Hotel, Accra, Ghana, May 30, 17:23

Housing Hunting

水曜日にAccraに着かれたという日本人の方(ボランティアとして来られていて、Accraには、最低一年以上滞在されるとのこと)が同じホテルに泊られていて、今日は家さがしに行かれるとのことなので、同行させていただくことに。
   
その前に、ホテルのすぐ近くの大通りを歩いて、スーパーマーケット“Koala”へ買物に。(↓ 大通りの様子。道の両側には屋台がいっぱい。洋服やカバンはもちろん、携帯電話なんかも屋台で売っている。)












通りを歩くこと約10分。スーパーマーケット“Koala”に到着。アフリカなのになんでそのネーミング?? とツッコミたくはなるものの(まぁそんなこと言ったら、なんで中日のマスコットがコアラなの?? って話になるか…)、Accra屈指の品揃えを誇る店のようで、土曜日ということもあってか、店内は、家族連れ(白人率高し)で、結構なにぎわい。(ちなみに、麺類・乾物類コーナーの棚はこんな感じ。↓)
やや値段は高いが、基本的なモノはここで何でも揃いそうということがわかって、一安心。
  
というわけで、次はいよいよ物件探しに。例のKoalaで不動産屋さんと待ち合わせ、彼の車で向かった先は、市内中心部の豪邸。敷地は、当然のように有刺鉄線付きの高い壁で囲まれ、入口には常駐のガードマンさんが。邸内に通され、広々とした玄関ホールを通り過ぎて、二階に上る。階段の壁には、この一家の人たちのものと思われるたくさんのポートレイトが。瀟洒で広々とした応接間でしばらく待っていると、奥の方から、恰幅の良い、どう見てもステイタスの高そうなおばあさんがゆっくりと現れた。
  
聞くと、この家の主(故人)は、この国で大臣を務めた政治家だったとのこと。今は、その奥さんであるおばあさんが、不動産業などを営んでいる様子。今日は、おばあさんの邸内の空き部屋一つと、少し離れたところにある、息子さんのオフィスの二階のアパートを見せてもらった。
    
そのオフィスで、息子さんにも会ったが、彼は、年の頃なら僕と同じか少し上くらいの見るからに育ちの良さそうな青年で、Lawyerをしながら、いくつかのビジネスも手掛けているとのと。長年、海外で生活していたらしく、彼の英語はGhanaian独特の癖もなく、非常にfluent。彼の部屋には、アフリカンポップアートの作品が飾られ、部屋の隅に置かれた水槽では、熱帯魚さんが優雅に泳いでいた。
  
というわけで、部屋を探しに来たつもりが、アフリカの典型的(たぶん、典型的)なエリート一家の生活ぶりを垣間見させてもらえて、ある意味非常に満足。MaxwellのA君やSちゃんも、こんなところで育ったのかなぁ…なんて余計な想像を膨らませてみたのであった。貸し部屋自体もまぁまぁ悪くない感じ。あした、別の所を一軒見に行く予定になっているので、そちらと見比べた上で決めようと思う。
    
街を歩いていて思うことだが、多少お金を持っていそうな人(特に女性)の服装は、非常におシャレ。もともとスタイルがいいので、少しきれいに着こなせば、(我々アジア人と違って)すぐに「ハマる」ということもあるのだろうが、とはいえ、アメリカにいてても全然おかしくないようなキレイな服装で街行く女性が、想像していた以上にたくさんいることに、やや驚いている。
                                 Central Hotel, Accra, Ghana, May 30, 16:01
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Friday, May 29, 2009

First Day in Ghana

無事、ガーナに到着。
  
9時過ぎにAccra空港に着いた後、ホテルでしばし休憩後、午後は、インターン先とJICAさんへのご挨拶回り。JICAさんでの話し言葉はもちろん日本語だし、インターン先にも日本人の方がいらしゃったりして、意外にも、ガーナ初日は、日本語を多用する一日だった。
    
約一日過ごしてみてのガーナの印象は、「『なんじゃこれっ!!』というほどではない」ということ。3年前の夏休みにインドを旅行した時に感じたカルチャーショックに比べれば、少なくとも第一印象のインパクトは、それほど強くはなかった。
      
いま、この文書を書きながら思いついた仮説だが、僕ら(=日本人、或いはもう少し広くいうと、西洋文明に属する先進地域の中で生まれ育った人たち)が、その域外の国を訪れたときに感じるインパクト(「アウェイ感」と言い換えてもいいと思う)の強さは、その国の経済的発展度合いよりもむしろ、その国に固有の文化の強さで決まってくるんじゃないかと思う。インド然り、中国然り、メキシコ然り。経済的な発展度合いで言えば、これらの国々は、ガーナよりもはるかに発展していて、日本やアメリカの水準により近いところにいるわけだが、訪れたときに感じた「アウェイ感」は、今日、ガーナに対して感じたものよりも、ずっと強かった気がする。
  
もちろん、ガーナでも、田舎に行けばどうなのかはわからないが、少なくとも首都Accraに関して言えば、アメリカから逆流してくるAfrican American Cultureの波がそれなりに強く影響しているせいか、カルチャー面でのショックは、今日一日、良くも悪くも、あんまり感じなかった。
  
こちらの方は、社会的なポジションにかかわらず、基本的に誰でも英語を話せるみたい。独特のイントネーションがあるので、hearing面では、慣れるのにしばらく時間がかかりそうだが…。ただspaking面でいうと、逆に、「まとも」な英語を話さねばというプレッシャーがアメリカよりも少ない分(←今日初めて気付いたが、アメリカにいるときは、この手のプレッシャーを知らないうちに感じていたらしい)、むしろ自然に話せるかも、という気がする。

ガーナ人の人柄については、(もちろん、あくまで第一印象だが、)いろんな人から聞いてきた通り、確かに、温厚かつ快活な人が多そう。少なくとも、レストランなどで、こちらの英語を理解できなかったときに店員さんから向けられる露骨な嫌な顔がないだけでも、アメリカより快適(笑) 窃盗・ひったくりなど、「物盗り」系の犯罪はそれなりにあるみたいだし、ストリートを歩けば、何かを買わせようと寄ってくる人もたくさんいるので(とはいえ、インドに比べれば十分の一以下)、もちろん油断はできないが、その辺に十分注意して過ごせば、この二ヶ月間、それなりに楽しめそうだなぁという印象を持ったガーナ初日の一日だった。(下は、Accra空港に到着した時の様子。"Akwaaba"="Welcome")
















Central Hotel, Accra, Ghana, May 29, 23:46

Thursday, May 28, 2009

At the Aitport

4日前に「今回の準備は、けっこう余裕かも」なんて言ってのたはどこの誰だっけ・・・?? と自分に言いたくなるくらい、昨日の朝からの24時間は、バタバタでした。。。 が、いろんな人の助けをいただき、なんとか無事に(たぶん無事に)Syracuseの空港までたどり着くことができました。助けていただいた皆さん、本当にありがとうございますm(_ _)m なんだか、一方的に、してもらってばっかりの気がしますので、そのうち、どこかで恩返しします。このエントリーが「恩返し」のためのクーポンになりますので、「我こそはbayaを助けたぞ」という心当たりのある方は、このエントリーのキャッシュでも保存しておいてください。そうしないと、数日後にこっそり削除してるかもしれません。(ウソ)
    
昨日は、うちのルームメイトJ君と二人で夕食に。まぁ、予想通り、僕の送別会というよりは、彼のお悩み相談室と言った方がいい内容でした。まぁ、いちおう一年間お世話になったし、それはそれでいいんですけど(苦笑)。目下のところ、彼の最大の懸案事項は、J君の彼女と、J君の男友達(←二人とも、僕が抜けた後の部屋に移り住んでくるらしく、二、三日前から、J君のベッドルームに居候中)の取扱い。二人ともJ君の言うことを聞かずに部屋を散らかしまくるそうで。。まぁ、「勝手にやって」って話なんですが、J君にちょっと同情してあげるならば、中国人コミュニティに入りそうで入りきれない、“香港人”というアイデンティティの難しさってのも多少は影響してるのかなぁ…なんて思ったり。ともあれ、まぁまぁ、いろいろと勉強になった、一年間のルームシェア生活でございました。

このあと、10:10の便でJFKに飛んだあと、17時の便でGhanaの首都、Accraに飛び立ちます。驚くなかれ、Ghanaには、NYから直行便が飛んでいるのでございます!! とはいえ、 JFKで6時間待ちかぁ…。どうせあんまり楽しいターミナルでもないので、Ghana学(??)のお勉強にでも励みます。

というわけで、間もなくSyracuseを離れますが、今度ここに戻ってくるのは8月初旬。でもすぐにDCに引っ越してしまうので、次にここで暮らすのは雪深い、来年の1月から。この街を離れる一つの区切りに、この一年間撮りためた、Syracuse(とその周辺)の写真を載せておきます。




ではでは、行ってきます。
Syracuse Int'l Airport, May 28, 9:37

Wednesday, May 27, 2009

MPA Farewell

送別会第二弾は、MPAの留学生グループの人たちと。アメリカ人も若干名。日本人の皆さんと違い、一旦卒業してしまうとそうそう簡単に会えない人たちなので、正直、昨日以上に寂しいと言えば寂しい(日本人の皆さんがどうでもいいってことではないんですよ!! ←逆に白々しい??)。
  
先週の"African Development Seminar"の副産物は、英語の会話能力(listening、spaeking両方)がかなり(??)改善された(と本人的には思っている)ことだ。少なくとも、ある程度、自信がついた。そのおかげで、今日はこれまでの食事会と違って、英語の壁をあまり気にせず気楽に話すことができた。が、それが、farewell parytyだったというのは皮肉。もうちょっと前に今日くらいしゃべれていたら、もうちょっと深い話もいろいろできただろうに。。。まぁ人生って、そんなものなのかも知れない(笑)
      
昨日始めたばかりの英語版blogについても宣伝してきた。この企画、正直どうなっていくのか、自分でも予測がつかないが、いちおう、狙いとしているのは、このblogをハブにして、Syracuseの同級生たちとのaliveな関係――何年かに一回、同窓会的に近況を伝えあうのではなく――を維持し続けるということ。もちろん、全員とつながり続けられるわけはないが、数人とだけでもコンスタントに情報を交換し合える間柄になっていければ、結構おもしろいんじゃないかと思う。
   
僕自身は、そもそも今もほとんど使っていないので、なんとも言えないと言えばなんとも言えないのだが、Facebookの"wall-to-wall"のような、easyだけど内容があんまり濃ゆくないコミュニケーションツールをベースにしたコミュニティは、みんなが社会に出て働き始めたら、意外と脆く崩れてしまうんじゃないかという気がする。いまはかなり盛り上がってるみたいだけど。むしろ、ある種逆説的だが、読むのに多少時間を取られる(その代り、それなりの内容のある)「読み物」ツールの方が生き残っていくのではないかと…。Twitter全盛のアメリカにあっては、この考え方自体、既に時代遅れなのかもしれないが、まぁ空振ったところで誰に迷惑をかけるわけでもないので、とりあえずしばらく、自分の直観を信じて(というほどたいそうな話でもないけど)英語版blogを続けていきたいと思う。

今日は、日中に、Popp先生のofficeを訪問。Independent Studyのことについて相談。Independent Studyというのは、授業を取る代わりに、教授の下でリサーチをして論文を提出することで、一コマ分の授業と同じだけの単位(3単位)がもらえるという制度。いろいろ思うところあって(←そのうち詳説するかもです)、Popp先生の下で、Independent Studyをすることを一か月くらい前から企んでいた。
  
「再生可能エネルギーに関する新規技術の普及を促進する政策について研究したい」という、我ながら至って抽象的なアイデアだけを携えて研究室に乗り込んできたのだが、Popp先生は、「renewable energy」「innovation」「diffusion」といった言葉を聞くなり、一も二もなく、指導教官になることを了解してくださり(笑)、さっそく、いくつか資料を送ってあげようととまで言ってくださった。非常にありがたし。
   
夏・秋の間に、下準備を進め、本格的には春学期に執筆し、春学期終了時点に提出、というこちらの立てたプランもすんなり了解していただけた。
  
ミーティングがうまく運んで良かったなぁーとご機嫌になりながら、自分のラップトップの前に戻ってみると、Popp先生からのメールが既に届いていて、論文の添付ファイルが6,7本。ずっしり。やや重だけど、こんな感じでPopp先生の下で勉強積んで、論文書いていけば、次の一年間で、結構いい勉強ができるんじゃないかなぁと…ひそかに期待している。
my home, Syracuse, May 26, 26:00

Tuesday, May 26, 2009

might be a reckless challenge...

有難いことに、今日から3夜連続で送別会でございます。第一弾の今夜は、日本人MPA会(?)の皆さんとご会食。いつもながら、「刺激」と「癒し」に満ちた、楽しいひとときでございました。
  
このメンバーでSyracuseで集まるのも、おそらくは、これが最後になるかと思うと(←僕以外のMPAの皆さんは6月で卒業してしまわれるので)、非常にさびしいものがありますが、これからもこのサイトで、無駄に(??)駄文・長文を発信し続けますので、ときどき遊びにきて、たまには、コメントも残して行ってくださいませ。今後も何かとお世話になることがあるかと思いますが、まずはとりあえず、この一年間、本当にありがとうございました。

さて、ここで一つお知らせが。Eggers CafeでのYさんとのテキトーな会話の勢いで(と言ってしまうと、たぶん言い過ぎですが。笑)、英語版のブログを始めることにしました。とりあえず、週一くらいで書いていこうと思うので、タイトルは単純に、"Weekly Marshall Street Journal"、略して"Weekly MSJ"です。まだまだ拙い英語ですので、お見苦しい点が多々あるかと思いますが、半分、英語の勉強と思って、ぼちぼち続けていこうと思いますので、気が向いたら、たまにはそちらも見てやってくださいませ。英語の誤りの指摘・修正・添削、大歓迎でございまーす。
my home, Syracuse, May 25, 25:25 

Monday, May 25, 2009

Public, Private, and Community

いろいろと紆余曲折はあったが、この9ヶ月間、香港人のルームメイトと暮らしてきた。
   
彼自身は、1月に「出戻り」してきて以降、人間的に、それなりに成長してくれたと思う(←超上から目線でスイマセン)。未熟なところを数え上げれば切りはないが、いろいろと悩める真面目な青年(少年?)であり、彼が是非にと言ってくれている明後日のディナーでは、そんな彼の人生相談にも、できる限り乗ってあげたいと思う。
  
しかし、彼の彼女、彼の友達、或いは「出戻り」以前の彼の姿を見ていると、Chineseという人たちについて、思うところがいろいろある。ある意味、いい勉強になった一年だったとも思う(苦笑)。
  
そんなに大きくもないサンプルから、母集団全体についての結論を引き出すことは統計学的に言えば邪道だということを重々認識しつつも、この一年間のルームシェアリングのまとめ(?)として、現時点での僕の「中国人観」を書いておきたいと思う。(当たり前の話として、この「中国人観」の枠に納まらない中国人の方は、いくらでもいらっしゃると思う。あくまで、僕の感じる一つの「傾向」として。)
    
彼らに関して僕が思うことは、日本人的な意味での(そしてそれは、世界の常識からそんなにずれていないと思うが)“private”と“public”の、両方に対する意識が極めて希薄だということだ。その代り、その中間的な位置づけとも言うべき“中国人community”という存在が、彼らの中で、絶対的な重要性を占めている。
    
この家での彼ら(=ルームメイトの彼女や、遊びに来る彼の友人)の振る舞いや、Maxwellの自習室での彼らの行動を見ていて思うのは、「完全に独りになる」という意味での“private”な時間は、彼らにとってはあまり重要でないらしい、ということ。ほぼ常に、同じメンバーで固まっている。自分も含め、日本人の「独りの時間」希求性は、確かに他の国の人たちと比べても強い方だと思うが、とはいえ、中国人の“communnity”帰属性の強さは、明らかに際立っている。
   
それと同時に言えることは、“community”の外側に対する彼らの関心・配慮は、非常に小さいということ。どこにいても、"Little China"とも言うべき彼ら独自のcommunityを形成し、外界とは、最小限の関係しか持とうとしない。その傾向は、大学院生になれば、学部学生よりも多少弱まる気がするが、それでも、Maxewllの中で、彼らのcommunityは確実に際立っている。
     
多少の主観が混ざっているかもしれないが、これが、現時点で僕が抱いている、中国人観、中国人コミュニティ観だ。この分析が、中国人一般に妥当するという根拠はどこにもないので、あくまで仮説に過ぎないのだが、この一年で僕なりに得た一つの「理解」の到達点として、書き残しておく。
my home, Syracuse, May 25, 22:52

Sunday, May 24, 2009

What EV will offer?

DCにいたときは「Syracuseに戻ったら、あっという間にGhanaに出発…」と思っていたものだが、4日間というのは意外に長いもんで、日中に部屋の片づけを済ませたら、「なんだ余裕じゃん」という気がしてきた。まだいろいろとpaper workは残っているので、ほんとに余裕かどうかは、3日後になってみないとわからないが(笑)、ともかく、一旦そう思ってしまうと、誘惑には抗いがたく、先日、奥さんが送ってきてくれた大量のニホン語booksの中から一冊を取り出して読み始めることに。

そんなわけで今、Nicholas Carrの“The Big Switch”(邦題『クラウド化する世界』)の邦訳版を読んでいる。各方面で評されている通り、非常に読みやすく、示唆に富んでいて面白い。敢えて比べる必要もないかもしれないが、『フラット化する世界』のトーマス=フリードマンより、よっぽど説得力がある。

ちょうどいま、半分まで読み終わったところだが、端的に言うと、こういうお話。

エジソンらによって電気の商業利用が開始された当時、電気は、それを使う事業者(工場)が個別に発電するのが当たり前だった。街灯などに用いられる非事業用の電気も、小規模な区画ごとに発電されるのが普通で、NYやシカゴといった大都市では、ひとつの街の中にいくつもの発電事業者が存在していた。そのような「分散型」発電システムが、徐々に、今日のような、集中的発電/広範囲送電システムにとって代わられることにより、電気をめぐる環境(ひいては近代社会そのもの)は、まったく新しい発展段階を迎えることとなった。

同様の転換が、今まさにITの世界で起ころうとしている。これまでは、各オフィスごとにサーバを設置し、諸々のアプリケーションを購入するのが当たり前だったが、Googleに代表される次世代のIT企業の登場により、コンピューティングサービスは、高速回線を通し、インターネットの向こう側から提供されるものになりつつある。このようなビジネスモデルの転換は、電気に関して起こったのと同様の、大規模な社会的転換をもたらす可能性がある。

この本についての感想は、全部読み終わってから改めて書くとして、今日、この本を読みながら考えていたのは、(しつこいようだが)betterplace社のEVビジネスのこと。

電気にせよ、ITにせよ、新しいモデルを導入するときには常に、「克服不可能」と思われるほどの技術的・経済的困難が伴った。しかし、それらの困難は、先見性に満ち、リスクテイクに積極的な各時代のベンチャー起業家らによって打ち破られてきたわけだ。ただ、ここでひとつ言えることは、(世間の人たちがどう思うかはともかく)少なくとも彼ら起業家たちの頭の中には、「もしそのモデルが軌道に乗れば、旧来のモデルを遥かに凌ぐメリットが得られるはず」という算段があったということだ。電気の集中発電化は、各工場を「発電機の保有・運転」という経済的呪縛から解放し、彼らの経済活動をより自由なものにした(当然、それによって得られるメリットの一部は、電気代という形で、発電事業者にも還元された)。ITにおけるサービスモデルの転換についても、本質的には同じことがいえる。逆に言えば、そのような「大きなメリット」が向こう側に見えていない状況では、大規模なシステム転換は起こり得ない、ということなのかも知れない。
  
と、考えたときに、自動車の動力を石油から電気に変えることの社会的メリットとは何なのだろうかと思えてきた。その点が、まだ十分見えていないことが、ベ社の挑戦の最大の弱点なのではないかと。
  
ベ社の仕掛けようとしているビジネスは、電気やITと同様、非常に大規模なインフラの転換を伴うものである。そうである以上、一定の過渡期を除き、<二つの形式>が併存し続けるとは考えにくい。大規模なインフラを二重に維持し続けることは、それ自体、社会にとってきわめて非効率だ。もし、ベ社型のEVモデルが本当に有利だと認知されれば、(現時点ではにわかに信じにくいことだが)ガソリンを動力とする今日の自動車システムは、数年後、十数年後には駆逐されるだろうし、そうでなければ、ベ社の挑戦は、遠からず、撤退を強いられるだろう。
  
一つ、確実に言えることは、電気自動車の方が、(システム全体で見ても)CO2の排出量が少なく、また、排ガスの問題も生じにくいということ。ただしこのメリットを、個々の主体の経済活動に織り込むためには、政策的な転換装置(=外部不経済の内部化=炭素排出の有料化)が必要だ。今のところ、十分な「転換装置」を導入していると言える国は、先進国の中にも見当たらないが。
  
本当のところ、ベ社の人たちが、何を「EVのメリット」として認識しているのか、その点は非常に気になるところである。が、もし唯一最大のメリットが、その「環境性能」なのだとしたら、そのメリットを顕在化させるためには、市場のデザインを変える必要がある。言うまでもなく、それは政府の仕事だ。そして、(ベ社に限らず)EVを普及させるために政府ができる、最大の貢献であるとも思う。補助金よりも、何よりも。
my home, Syracuse, May 24, 24:36

The Best Places to Work in the Fed Gov't

The Partnership for Public ServiceというNPOがAmerican Universityと共同で実施した“Best Places to Work in the Federal Government”というリサーチの2009年版調査結果が発表されている。

その名の通り、連邦政府の機関を「働きやすい」順にランク付けしちゃおうという企画。279の連邦機関及びその下部機関が対象で、21万2000人以上の官僚へのアンケート結果を元に集計しているらしい。その数、実にSyracuseの人口の1.5倍。

14の小項目について各機関を評価し、その結果を得点化。それをもとに、総合的な「職員満足度」を算出している(相加平均化なのか加重平均なのかは不明)。ランキングは、「Large Agency」「Small Agency」「Agency Subcomponents」ごとに行われており、「Large Agency」のトップ10は以下の通り。

1. Nuclear Regulatory Commission
2. Government Accountability Office
3. National Aeronautics and Space Administration
4. Intelligence Community
5. Department of State
6. Environmental Protection Agency
7. Department of Justice
8. General Services Administration
9. Social Security Administration
10. Department of Commerce

ついでに載せておくと、14の評価項目はこんな感じ。

  • Employee Skills/Mission Match
  • Strategic Management
  • Teamwork
  • Effective Leadership
  • Effective Leadership - Empowerment
  • Effective Leadership - Fairness
  • Effective Leadership - Leaders
  • Effective Leadership - Supervisors
  • Performance Based Rewards and Advancement
  • Training and Development
  • Support for Diversity
  • Pay and Benefits
  • Family Friendly Culture and Benefits
  • Work/Life Balance
この企画、2003, 2005, 2007と行われてきて、今回が4回目。 実施しているNPO(The Partnership for Public Service)はナニモノ?? と思って調べてみたら、2001年にJustice Departmentを退官したHeymanというおじさんが、最近の国家官僚の質の低下を憂い、連邦政府が、かつてのような“America’s best and brightest”を引き寄せる場に甦ることを願って(そのことは国益にも適うと考えて)、同世代のおじさんたちと一緒に立ち上げた機関らしい。詳しくはこちらを。

中央政府の無能ぶりが連日のように報じられているのは日米に共通だが、「如何にすればうまく機能するか」という前向きな議論は、アメリカでの方が積極的に行われている気がする。この手の調査にしても、霞が関で同じことをやろうと思ったら、えらい騒ぎになるだろう(というか、たぶん出来ない)。そもそもの国の成り立ちの違いが一つの原因なのかもしれないが、仮にそうだったとしても、日本も真面目に考えないといけない時期に来ていると思う。
my home, Syracuse, May 24, 20:01

What to do in Ghana

無事、Syracuseに帰還。

それなりに大きな期待を寄せて参加した、今週の“African Development Seminar”であったが、終わってみると、幸いにも、当初の期待をも上回る成果が得られたと思う。たくさんの情報を仕入れられたことは言うまでもなく有意義であったし、それにとどまらず、同級生たちとの議論を通して、気持ち・モチベーションの面でも、良い刺激を得られたように思う。

そんな中、先週、NYCで考えた、「この夏のインターンで何を見、何をすべきか」という問についても、一定の答えが得られた。
  
今後の人生で自分がやりたいことは、決して「開発」そのものではない。言うなれば、「開発」と「環境」という二つの世界を、より効果的・効率的に<繋げる>方法を見つけ出すということ(「開発」と「環境」だけでなく、「環境」といろんな分野を<繋げ>たい)。非常に抽象的な言い方なので、もう少し具体的に言うと、たとえばこんな感じ。
  
気候変動がアフリカに与える悪影響を強く懸念している「開発」分野の人は多い。彼らは、「砂漠化、食糧難、難民の増加、政情不安などの様々な問題が、気候変動によってアフリカ諸国で引き起こされる」と訴える。しかし、これらの問題を個別に扱うのではなく、「(気候変動への)adaptation」という括りで、集合的に扱おうとするならば、それを扱うアリーナは、おそらく、「開発」の世界ではなく、「環境」の世界の一部になるはず(京都メカニズムで、CERs発行益の2%がAdaptation Fundに収められると規定されているのはその好例)。少なくとも、「環境」と「開発」の共催アリーナで議論がなされるはずであって、「環境」の世界の人間のあずかり知らぬところで議論が進められるということは、多分あり得ない(なぜなら、adaptation名目でaidが行われる以上、その原資は、各国の環境セクションを通して拠出される可能性が高いから)。
   
問題は、「環境」の世界に、「開発」に明るい人間が多くはないということだ。少なくとも、日本についてはそうだと思う。「環境」の世界に本籍を置きつつ、「開発」の分野にも「関心」を持っている人、「simpathy」を抱いている人は多いと思うが、「開発」に関するきちんとした知識を持っている人がどのくらいいるかというと、かなり怪しい気がする。
  
僕のやりたいことは、「開発」の世界も見渡しながら、「環境」の世界の判断ができるようになること。たかだか一夏の付け焼刃で、「開発」分野の専門家に追いつけるわけはないのだが、「開発」「環境」両分野のnexusとして働けるくらいの理解を得ることは、もしかしたら可能なのではないか…と。とりあえず、そのゴールに少しでも近づくことが、この夏の目標。その意味では、僕がガーナでやるべきことは、きわめて当たり前と言えば当たり前で、開発と気候変動問題との関係(mitiagtion、adaptationの両面)に関し、自分なりの視点を得られるよう、見聞を積んでくるということだと思う。mitigationに関しては、「まだまだmitigationを考えるような発展レベルにはない」という結論に至るならば、それはそれで良し。いずれにせよ、どこかから借りてきた言葉ではなく、自分の言葉で語れるようになることが重要だと思う。
 
ここまで考えると、出発前に勉強しておくべきこともおのずと見えてきた。明日からの4日間、引っ越し準備を進めつつ、どこまで勉強しておけるかが、まずは勝負。
   
ここ一週間、もっぱらアフリカ関係の記事を書いてきたが、環境関連のニュースを一つ。今週21日(木)、下院のEnergy and Commerce Committeeは、Waxman-Markey法案を可決したとのこと。Gristによると、他にも最低6つの下院委員会が、本法案の jurisdictionを主張しているらしく、成立はもちろん、下院通過まででも、道のりは、まだまだ、まだまだまだまだ長そうだが、ともあれ、歴史的な一歩が刻まれたということで、拍手。
my home, Syracuse, May 23, 25:28

Saturday, May 23, 2009

Wrapin' up African Development Seminar

今日で、“African Development Seminar”の授業は、実質的にほぼ終了。というわけで、この授業から得られた新たな発見をまとめておきたい。超基本的なことも混ざっていると思うが、どうかご容赦のほどを(←読者さんの中には、その道のプロの方もいらっしゃるので…。恐縮)。
  • 一国の経済が安定的な成長を遂げるためには、とにもかくにも健全な農業を育てることが大事。農業が発展する中で、それに付随するインフラ(作物輸送用の道路、国内市場、輸出港etc.)が整い、将来の工業化への礎が築かれる。香港・シンガポールといった都市国家以外の国で、このステップを飛び越して工業化に成功した国はない。
  • 南アフリカを除くSub-Sahara諸国の中で、最も経済的に成功している国はBotswana。他のSub-Sahara諸国とは異なり、“middle-developed”に分類されている。政治的にも40年来の伝統を誇る民主主義制度が安定的に機能。ただし、近年は、世界最高の感染率を記録しているHIV/AIDSが非常に大きな国家的課題となっている。
  • Sub-Saharaは、気候変動の影響が最も深刻に発現する地域と言われている。そもそも、世界的な温暖化の進行に伴って、地域的な気候変動が大きく現われると予測されている上に、その大半(97%)が非灌漑で行われている同地域の農業は、降雨パターンの変化に対して脆弱で、多少の変化でも深刻な食糧難につながりかねない。当然ながら、食糧難は、新たな難民問題にもつながる。
  • 現在、アフリカ諸国では、欧米を本拠とする多くのNGOが活動しているが、それら地域の中には、複数のNGOによる「サービスの重複」が生じてしまっている地域もある。たとえば、HIV/AIDSが深刻なある地域では、蔓延の実態を把握するため、3,4の団体が、それぞれ独自に住民からの血液サンプル収集を行った、なんて話もあるとか。NGO間のcoordinateを進んで買って出ようとするNGOはないため、この「重複」問題は放置されているケースが多い。諸団体間のcoordinationをmisionとする国連機関OCHA(UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs)が設立されてはいるが、これまでのところ十分に機能しているとは言えない。
  • 中国・インド両国(特に中国)による、近年のアフリカ進出には目を見張るものがある。この話は、この一週間、本当にいろんな人から聞かされた。詳しくは火曜日のエントリーを。
  • 世界金融危機はさまざまなチャネルを通してアフリカ諸国にも深刻な影響を与えている。Sub-Saharaの多くの国は、GDPの大半を特定の資源・作物の輸出に依存しているため、当該商品の輸出減少は、それら国々の国民経済に壊滅的な影響を与えている。また、近年、ODAから民間FDIに、主たる資本供給元をシフトさせつつあった国も多く、そういった国々は、金融危機以降の民間投資の干上がりに苦しんでいる。
  • 政府からのaidについては、援助する側が、長くても2, 3年以内の短期的な予算を好む(実際、国内の予算編成・執行プロセスを考えると、10年モノなどの予算を組むのは困難)のに対して、援助される側の国は、2, 3年というスパンは短か過ぎると考え、より長期での援助を望む傾向にある。援助期間に関する恒常的なミスマッチが生じているといえる。
ちなみに、ガーナについては、
  • (Sub-Saharaの中では)非常に安定した民主主義体制の下、首都のある南部を中心に、一定の経済発展がなされている。
  • 近年、ガーナの経済発展の足かせとなっているのは、更なる工業化に必要な、エネルギー供給の不足。このため、三軒隣のナイジェリアから、天然ガスのパイプラインを引いてくる計画が進められている。
  • また、北部はいまだ低開発の状態にあり、灌漑も十分ではないため、今後、温暖化が進行した場合には、農業に深刻なダメージが生じる可能性が高い。

とのこと。

明日、最終日の授業(午前中のみ。今週一週間のまとめ)に出た後、また6時間かけて、えっちらおっちららSyracuseに帰ります。
Calvert House, DC, May 22, 25:19

Thursday, May 21, 2009

NGOs in US

気がついたら、ガーナ出発の日まで一週間を切っていた。来週の今頃は大西洋の上空を飛んでいるはず。手続きミスでJFKに足止め、なんてことになってないことを祈る…(←この人、わりとやりかねない)。
  
さて、現在受講中の“African Development Seminar”も半分以上が終了。残るは明日と土曜日午前中の1日半のみとなった。
  
アフリカに関する授業を受けていながら、こんなことを書くのも変と言えば変なのだが、今日はアメリカについて書きたいと思う。

この授業を受けながら、改めて、アメリカのNGOの層の厚さを感じている。毎日、6人前後のゲストスピーカーが、代わるがわるやって来ては各分野のお話を聞かせてくれるのだが、これまでにやってきた人たちの半分以上はNGO職員。
  
日本でNGOというと、正直、advocacyのイメージが強いのだが、しゃべりに来てくれた人たちは、みな、経験豊富な実務家。外交官と同じセッションで話していてもまったく違和感はなく、広い意味での「同業者」といった感じで、会話を楽しんでいる人が多かった。
  
今日は、2、3人のグループに分かれてNGOを訪問するという企画があり、僕はもう一人の生徒と一緒にWWF本部を訪ねてきたのだが、そこで話を聞かせてくれた女性(僕と同じ年くらい)の雰囲気・話し方もこの国の行政官のそれとほとんど変わりなく(日本に比べて国の役人の物腰が、やたらフランクだということもあるのだが)、「ヒステリックに捕鯨問題を詰められたらどうしよう」という僕のささやかな心配は、まったくの杞憂に終わった。
  
彼女のディビジョンは、東アフリカ地域(ケニア、タンザニア、モザンビーク、マダガスカル等)の国立公園及びそれに隣接する海域の保護を担当している。担当地域内にいくつかある保護区ごとに保全のための計画を立て、地元政府と合意を結んだ上で、WWFの現地事務所職員を動員して計画の遂行に当たっている。分野が限られているとはいえ、彼女のディビジョンのやっている業務は、行政のそれとほとんど変わりない。海上での違反者(密漁者)の取締りに当たっては、地元政府だけでなく、US-navyの助力も得ているとか。ここまで来ると、ある意味、米国政府の一部として機能している、と言えなくもない。
   
さらには、ケニア-タンザニア国境を越えて移動するゾウの生息域を保全するため、国境沿いに広がる両国の国立公園を一体的に保全する計画を作ってみたり、はたまた、保全プログラムの一環で地元住民が作った有機作物を、WWFのヨーロッパの支部が欧州各国で販売してみたりと、一国の行政機関には真似できない“政策”までやってのけている。また、自然環境だけでなく、地元住民の生活水準も改善するため、貧困問題を扱う国際NGO CARE と連携し、住民の生活と野生生物の保護とを一体的に保全・改善するプロジェクトも動かし始めているとのこと。こうなってくると、Non Government Organization と Governmet の差は、かなり相対的である。
   
なぜアメリカのNGOには、こんなにも実行力があるのか。もちろん、「カネがあるから」「ヒトがいるから」が直接の答えなのだが、なぜカネやヒトがNGOに集まるのか…とさかのぼって考えてくと、「この国の人たちにとって、政府とNGOとの間には絶対的な違いがないから」という答えに行きつくのではないかと思う。やや極端な言い方かもしれないが。
  
この国の政府は、もともと、NGOみたいなものから始まった。ヨーロッパから新大陸に渡ってきた人たちが、自分たちの暮らしをよりよくするために、自発的に設立した「自治会」がこの国の政府の原型であり、日本のように、元から「政府」や「お上」が鎮座ましましていたわけではない。
 
「建国の経緯は確かにそうかも知れないが、建国から既に200年以上がたった今では、そんな名残も消えているのでは」と思いつつアメリカに来てみたのだが、実際、こちらで暮らしていると、この国の政府(←連邦・州・地方いずれも)の「自治会」的性格に気づかされることが意外に多い。
  
NGOが非常に強力なのも、政府が「相対的」存在であることの裏返しなのではないか。そう考えると、日本にアメリカ流の強力なNGOがなかなか育たないのは、単に「NGOの歴史が短いから」ではなく、そもそも、国の成り立ちが違っているから、という気がしてくる。
  
それが善いとも悪いとも、なんとも言えないのだが、とりあえず、アフリカについて勉強しながら、アメリカについて思ったことであった。
Calvert House, DC, May 22, 25:19

Tuesday, May 19, 2009

China and Development in Africa

今日の授業のお題の一つは「アフリカの開発と中国」。以下、今日の読み物からの抜粋を。
  • アフリカ各国は、中国の経済成長とそれに伴う天然資源への需要増大から、大きな経済的利益を得ている。アフリカからの中国向け輸出額は、2000年から2005年までの5年間に、年平均48%の割合で増加。この増加率は、同期間の米国向け輸出増加率の2.5倍、EU向けの4倍。
  • 中国は、天然資源の購入にとどまらず、西側諸国が長らく手控えてきた分野(大規模インフラ、製造業、農業)への投資・支援も積極的に行っている。
  • 中国製の安い工業製品もアフリカ各国に大量に流入しており、衣料品などを中心に、アフリカの国内製品が市場から駆逐される事態も。
  • 中国系企業による工業製品の現地生産も行われているが、労働力・原材料とも中国本国から持ち込んでくるため、地元経済へのプラスの波及効果は限定的。
  • 中国の企業は国営(或いはその系列)であるため、各企業ごとに黒字を出す必要がなく、パッケージを組んで参入する(言わば「損して得取る」)ことが可能。更に、商談とaidのofferがセットになっていることも。OECDでは、こういった形でのdealを控えるよう取り決めしているが、OECD国でない中国には無関係。
  • 「十分な民主化がなされていない」などの理由で、西側各国やIMFなどの(西側)国際機関が援助を控えている、スーダン、アンゴラなどの国にも、中国は無条件で援助を行う。
  • 西側の援助の対象になりうる国にとっても、援助と引き換えにもろもろの条件をつけられ、かつ、手続き(環境アセスなども含めて)にやたらと時間がかかる西側の援助よりは、無条件かつ迅速に動いてくれる中国の方が便利。

これだけ読んでいると、「あぁ、やっぱり良貨は悪貨に駆逐されちゃうのね。。」と、思いそうになるのだが、事態はそんなに単純でもないようで…。

授業後、例の相部屋のべニン人のおじさんと、この件について話をしてみたところ、彼が言うのにも、やはり、中国のaidは迅速かつ効果的らしく、USAIDと違って被援助国が本当に望んでいるものを提供してくれるんだと言っておられた。地元に雇用を産み出さない(=労働者を本国から連れてくる)点については批判していたが、総じて言えば、中国から援助を受ける方が「より便利」なんだと。

また、アメリカの「民主主義の押付け」には、相当、嫌気がさしておられるご様子。彼自身、「自由と民主主義が大好きだ」と言いつつも、「民主主義にもいろんなフェイズがあるんであって、各国の発展段階にお構いなく、単純に“アメリカ流”を押し付けられるのはかなわん」という趣旨のことをおっしゃっておられた。(ちなみに、彼の出身国であるベニンは、20年の伝統を持つ安定した民主主義国家。)
   
ベニンでも、中国は積極的な投資・援助を行っていて、中国製品も盛んに流通しているとのこと。これといった天然資源のないベニンのこと、「何が彼らの狙いなんだろう?」とCさんに聞いてみたら、「市場だろうね」とのお答え。首都には、made by Chinaの巨大なサッカー場もあるらしい。ちなみに中国の援助は、USAIDやJICAのようなAgencyを通さず、大使館自らが取り仕切って行っているとのこと。
  
ゲストスピーカーで来ておられたCSISの研究員の方は、「中国の援助の仕方にはいろいろと問題もあるが、USAIDがここ20年の間に見失ってしまっていたpracticalityを多分に備えているのは否定できない。中国、アメリカ双方ともにお互いから学ぶべきところがある」とまとめておられた。言いたいことも分かるが、そんなにきれいにまとまる話ではないような気もする。中国については、他にもいろいろ書きたいことがあるのだが、明日も朝から授業なので、またの機会ということで。
Calvert House, DC, May 19, 25:21

Monday, May 18, 2009

Key Challenges to Development in Africa

African Development Seminar 2日目。今日から金曜日までは、朝から夕方まで、みっちり授業。

この講座、先生が講義することはほとんどなく、ゲストスピーカーのスピーチと、それを踏まえてのディスカッションが中心。今日は“Key Challenges to Development in Africa”というテーマの下、食料問題、感染症(主にマラリア、HIV/AIDS)対策、gender equity、気候変動への対応など、幅広い論点についての議論がなされた(←報告電かよ…)。
 
受講生は13人。うち、アフリカ出身者4人、ヨーロッパ人2人、アジア人が一人(=僕)で、残りはアメリカ人という構成。先生(女性)は、元国務省の役人で、元在ギニア大使という経歴をお持ちの方。genocide直後のルワンダ駐在も経験されたらしく、ルワンダ関係の著作もあるとか。とにかく、アフリカに関する知識が半端ない。
  
生徒の中では、行きの車を同乗してきたベニン人Cさんのお話が面白い。地元NGOで10年間働いていたというだけあって、単なるアフリカ擁護論でもなく、奥が深い。今日、一番印象に残った彼の話は、「aidのdonor国がしたいことと、受入国がして欲しいことはかみ合わないことが多い」というもの。donor国としては、自国内でのaccountabilityの問題もあり、一定期間で目に見える形の成果を挙げようとする。一方の受入国からしてみれば、いくら援助が入ろうと、これまでの長い積み重ねのある文化・習慣を短期間に変えるのは困難。そこにミスマッチが生まれる。donor国の国内事情も分かるのだが…とのこと。
 
開発の世界の皆さんからすれば常識的な話なのかもしれないが、僕的には、軽く目から鱗が落ちる思いがした。税金を使ってaidをする以上、何らかの「評価」は当然必要なのだろうが、評価のフレーミングが不味いと、遡って、政策そのものが歪んでしまう。aidに限らず、国内政策でも起こりうる問題だと思うが、こうなると完全に本末転倒。とかく、政策評価というのは大事なのはわかるが、そのやり方は難しい。
    
お昼休みには、秋インターンでお世話になる予定の機関に挨拶に行く。ボスになる予定の方がMaxwell almuniという話は聞いていたのだが、vacation中でお休みとのことで、同じチームの別の方にお会いさせていただくことに。お会いして少しお話するうちに、なんと、その方もMaxwel alumniであることが判明。 たまたまとは言え、Maxwell ネットワーク、恐るべし。
 
夜は夜で、世銀系の某機関で働いておられる日本人の方とお食事。アフリカの開発の話で盛り上がる。その方曰く、「『日本は輸出依存から脱却すべし』という議論はナンセンス。日本の生き残っていく道は、輸出と(その延長線上にある)直接投資(FDI)しかない。何年後かにはアフリカも発展の軌道に乗り、(援助ではなく)FDIの候補地の一つになる、はず」との由。安易な「輸出依存脱却」論よりも、僕としては、よほど合点のいくお話だった。
Calvert House, DC, May 18, 22:41

Sunday, May 17, 2009

African Development Seminar

一週間の短期集中講座、“African Development Seminar”が始まりました。今日(日曜日)から来週の土曜日までの7日間。基本的に毎日、「読み切れない」量のreadingが課されているので、とにかく読めるだけ読んで授業に臨む、という一週間になりそうです。そんなわけで、しばらくは更新も滞るかもしれませんが、元気にやってますのでご心配なく。でも、できるだけ、少しずつでも毎日、何か気付いたことを書くようにしたいと思ってます。

今日は、お昼に、職場の先輩から、中華料理をご馳走になり、夜には、先生以下、この講座の受講生みんなでエチオピア料理を食べにいって、確実に体重の増量に成功しました。最近、ほんとヤバいと思います。。。
Calvert House, DC, May 17, 21:42

Farewell Excursion, Side Effect, and Drive down to DC

久々に二日続けて投稿、サボってしまいました。今日はこの間の日記を。

【15日】
MPAの留学生メンバー(+アメリカ人若干名)で、お別れ遠足に。目的地は、Skaneatelesという、Syracuseから車で一時間くらいの湖畔の避暑地。地元名物レストランのfish & chipsをいただいた後、湖畔の芝生で、サッカー、フリスビー、記念撮影 etc. フリスビーが湖に落ちるというお約束付き(←その辺に浮かんでた木の枝のおかげで無事生還)。一緒に行った人たちのほとんどは一年コースなので、僕がGhanaから帰って来る前には卒業してしまう。みんなと、こんな風にのんびり遊べるのも最後かと思うと、いささか寂しいものが…。とはいえ、最高のお天気の下、木々の緑も湖の青も美しく、非常に素敵な一日でした。

と言っていたら、夜中ごろから、なんだか体調がおかしい。頭が痛く、ムカつきがあり、勉強に集中できない。うーん、疲れだろうか、風邪だろうか、それとももしや、豚!? と思っていたら、夕方に、腸チフスの経口ワクチンを飲んだことを思い出す。説明書きを改めてじっくり読んでみると、「よくある副作用」の症状と完全に合致していることが判明。と言ってる間に、気づいたら寝ていた。。

【16日】
体調不良は続き、DC行きの準備はなかなかはかどらず。予定では、前日までには荷物のパッキングも済んで、事前提出ペーパーを書きあげてるつもりだったんだけど。。。イマイチ体調の戻らないまま、午後1時に友人たちをピックアップし、車でDCに出発。車は僕のを出したのだが、体調不良ということで、運転は、他の二人にやってもらうことに(ありがたし)。

Penn Stateに入ったらあたりからなんとか体調も回復。同乗メンバーともぼちぼちしゃべり始める。今回のメンバーは、ナイジェリア人A君、べニン人Cさんと、アメリカ人のP君。アフリカのお二人は、僕と同じ、DCでのコースに出るためで、アメリカ人のP君は、単純にDCにいる彼女に会いに行くためとのこと。内輪ネタで恐縮だが、P君はGAOへの就職が決まっているらしく、彼曰く、彼のほかにもう一人MPAの中からGAOへの就職が決まった人がいるとのこと。また、他にも何人か、まだ選考過程に残っている人がいるそうだ。なんだかんだいって、アメリカ人の同級生たちはそれなりにFederalに就職するのだろうか、なんて思ってみたり。どうだろうか?

で、夜、DCに到着。今朝、事前レポートをようやく書きあげて提出。これから、DCの某先輩とランチをご一緒させていただき、今晩から、African Development Seminarのintensiveな一週間が始まります。
Calvert House, DC, May 17, 10:25

Friday, May 15, 2009

Africa’s Stalled Development

今週末から始まる一週間の短期集中講座“African Development Seminar”の予習用課題図書“Africa’s Stalled Development -International Causes & Cures-”を読む。2003年に出版された本で、著者は、UC BerkeleyのPolitical Scienceの先生と、University of Wisconsin-Madisonの同じくPolitical scienceの助教授。

旧宗主国から独立して以降の40年間、なぜアフリカ諸国の発展は停滞(Stall)したままだったのか――その理由に迫ろうという趣旨の本。

同じ主張の繰り返しが多くて論理の流れが明快でなく、あまり読みやすい本ではなかったが、本書の主張の中心部分を短くまとめると、たぶんこういうことだと思う。

アフリカ諸国の低成長の原因を、それら国々の文化的特徴に求めるのは誤り。(植民地時代の遺産である)それら国々の社会構造にこそ、本当の原因がある。

多くのアフリカの国の経済は、enclave production――特定の地域から産出される一次産品(通常、枯渇性)であって、そのほとんどが輸出に回される商品の生産。石油・鉱物などの天然資源及び大規模プランテーションで生産される輸出向け商品作物など――に著しく依存している。enclave productionの利権さえ掴んでおけば、諸々のrent(税、賄賂、顧問料など)が自然に転がり込んでくるので、そういった国のエリート層は、envlave productionの経営にばかり関心が向き、generalに国の生産性を上げようというインセンティブを持たない。

一方で、enclave productionに付随するrentは、特定の集団への利益供与の温床となり、大統領及びその取り巻きによる“personal rule”(国家の私有化/私的国家経営)を惹起、国民一般が利益を享受できる健全な形での経済の発展の妨げとなる。

多額の財政赤字と先進諸国からのODAのコンビネーションも、アフリカ諸国の停滞に一役買ってしまっている。多くのアフリカ諸国では、財政赤字の額が、ODAなしには利子を払い続けられない水準に達しているため、毎年、(その国の経済規模に比して)多額のODAを受け入れることが必須化・常態化。結果、エリート層は、よりよい内政を敷いて国内の生産力を高めることに関心が向かず、外交にばかり関心を払うこととなる。

このような事情が重なり、アフリカ諸国と欧米諸国との関係(connection)が、発展を妨げる中心的な原因となってしまっている。先進各国は、「従属理論」が指摘するように、意図的にアフリカ諸国を低成長の状態に留めておこうとしているわけではなく、アフリカ諸国の発展を本当に望んで諸々の援助などを行っているのだが(先進国にとっては、アフリカ諸国が安定的に発展してくれる方が、より大きな経済的利益が得られる)、結果的にはそれが裏目に出ており、この両者の関係を根本的に改めないことには、アフリカが低成長から脱することはない。

目から鱗というほどではないが、「なるほどね」という内容の本であった。

今日の記事とは全く関係ないが、数日前に紹介したベタープレイスについて二点。一点目。シリコンバレーの新聞San Jose Business Journalの今日(5/14)付け記事で、13日に横浜で行われたベタープレイスのバッテリー交換デモンストレーションの模様が紹介されていた。ご参考まで。
  
二点目は、ある読者さんから個人的に頂いたご指摘。「車の保証・バッテリーの保証」を誰が行うか(車メーカー?バッテリーメーカー?システム供給者?)が最大のネックとなり、ベタープレイスのビジネスモデルの成功は厳しいのではないか、とのこと。
  
こういうご指摘は本当に勉強になる。言うまでもないことだが、(自分も含め)役所の人間はビジネスの話に疎い。都市国家的な国ならともかく、日本くらいの大きさの国になれば、財/官の分業は徹底せざるを得ないから、役人がビジネスに(ある程度)疎いこと自体は致し方のないことだと思う (疎いどころか無関心なのは大問題だが)。ポイントは、政策を走らせる前に、どれだけ実業界からの意見を聞いて政策に反映させられるかだろう。以前のエントリーでも書いたように、Obama政権のstimulusの環境・エネルギー関連部分(←日本で、“グリーンニューディール”と呼ばれているもの)の立案に当たっては、実業界を巻き込んだ、相当入念な準備が行われている。
my home, Syracuse, May 15, 25:43

Wednesday, May 13, 2009

Back to Syracuse –NYC #3–

昨日の午後は、一風堂でラーメンを食べる以外にこれと言って具体的な予定もなかったので、カメラ片手にNY市内をぶらぶらしてみた。一か所、前から気になっていた場所があったので、その場所にも足を運んでみることに。

その場所というのは、Manhattan島の東に浮かぶ細長い小島、Roosebelt Island。地下鉄のほかに、空中トラム(一種のロープウェイ)でManhattanと結ばれているのだが、初めてNYCを訪れたときに観た、ビル群の中をロープウェイが飛んでいく光景が忘れられなくて、いつか、そのトラムに乗って、上陸してみたいと思っていた。

島内には、これといった観光地もなく、普通のガイドブックにはその名前すら出てこない。Wikipediaによると、島全体の土地がNY市政府に保有されており、市政府はその土地を、1969年から99年間の契約で、NY州の都市開発公社に貸与しているとのこと。なんで「土地の租借」となると、世界中どこでもお約束みたいに「99年間」ということになるんだろう?? ともあれ、その半永久的な租借契約の下、主に開発公社が住宅を整備しており(少しだけ、民間保有の高級アパートもあるらしい)、2000年の調査では、9,520人が、島内に居を構えているとのこと。
  
以前、島をまたいでManhattanとQueensを繋いでいるQueensboro Bridgeの上からRoosebelt Islandを見下ろしたときには、あまり活気があるようには見えなかったので、治安を若干心配しながら上陸してみたのだが、いざ、歩き始めてみると、さほど危険を感じる空気ではなく、近年、再開発が進んでいるのか、かなりの高額所得者向けと思しき集合住宅もいくつか建てられていた。島南部の土地は大学病院に占められていて、更にその突端は警察の管理する一般人立入禁止区域。高級マンションとのアンバランスさが島全体を、ある種、不思議な空間にしている。
  
それにしても、この島から見るQueensboro Bridgeは素晴らしい。大きすぎて、写真では、その迫力をうまく再現しきれないのだが、何枚かはいちおうまともな感じで撮れたので、後で載せておく。

今日は、朝一にNYCを発ち、Amtrakに乗って、一路Syracuseへ。Penn StationからSyracuseまで、所要5時間30分。一度、アメリカでの汽車旅をやってみたいと思ってたので、比較的時間に余裕のあった今回、敢行することにした。

乗ってみると、これが意外と快適。greyhound(長距離バス)の乗り心地の悪さとは比べ物にならない。所要時間もバスとほとんど変わらないし、値段で言えば、Amtrakの方が安い。ネックは本数が極端に少ないこと。NY-Syracuse間のまともな直通列車は、日に二、三本しか運行されていない(まともでない列車だと、Albanyの乗り継ぎで、数時間待たされたりする)ので、運よくタイミングが合わないと、実質的に使えない。ちなみに、僕が今日乗ってきた列車は、カナダ・トロントに直行する国際列車。Penn Stationの改札には、国境越えをする人たちのための簡単な手続きデスクも設けられていた(正式なパスポートコントロールは、実際に国境を越えるときに行われるんだろう)。
  
先週末、車でボストンに行った時にも思ったことだが、この国には(少なくともこの国の東北部には)、「近郊農業」なる概念は存在しないらしい。いわんや、「里山」なんてものは皆無。日本だと、都市の周辺にまず住宅地が広がり、その外に近郊農業地帯が続いて、さらにその側には里山が広がり…という具合に段階的に集住の密度が下がっていくのが一般的だが、この国は、やや大げさに言えば、市街地から、手つかずの自然へと、一気にストンと落ちる感じ。ボストンやNYといった、世界的にその名を馳せる街でさえも、日本人の僕からすると意外なほどに、原生自然がすぐそばまで迫っていることに驚かされる。
  
ただ、そういった原生的な自然が美しいかというと、若干、疑問符が付く。要するに、「人間の手が入っていない土地」というだけであって、それが必ずしも美しいとはいえず、むしろ雑然とした印象を与える空間でさえある。「手つかずの土地=遠隔地=美しい」という二連方程式は、どうもこの国では通用しないようだ(あるいは、それが通用するのは日本だけなのか??)。

Amtrakに乗ってみて、もうひとつ驚いたのは、路線が電化されていないということ。それに気づいたのは、Albanyを過ぎてからだったので、もしかしたら、NYC-Albany間は電化されていたのかもしれないが、少なくとも、Albanyより西側は、未電化。つまり、僕が今日乗って帰ってきた列車は、「電車」ではなく、「ディーゼル機関車+客車」だった、というわけ。

この電化のことにしてもそうだし、上に書いた、列車の本数のことにしてもそうだが、この国では、圧倒的なまでの高速道路網が整備されている反面、鉄道に対しては、非常に小規模な予算しか注ぎ込まれてこなかったらしい。どっちが鶏でどっちが卵かはわからないが、実際、この国の人たちと話していても、鉄道への関心・期待度は著しく低く、長距離移動の手段として鉄道がオプションに上がることは、ほとんど(というか、全く)ない。来年度の通常予算に盛り込まれた「世界基準の高速鉄道」の建設が進めば、こういった状況も多少は変わってくるのだろうか。

以下、今回の旅の写真を。


NYCもまぁもちろん良かったのだが、Syracuseに着いて、緑あふれる静かな街の中をCR-Vで走っていると、妙に「帰ってきた」という感覚を覚える。今がSyracuseにとって、一年で一番いい季節(だと思う)と言うこともあるんだろうが、約一年間、この街で生活する中で、それなりの愛着が芽生えてきたのも事実。
  
そんなSyracuseで生活するのも、Ghana出発までには、残り僅か5日間。そう考えると、なんとなく、もったいないような気分もする。この街とのしばしのお別れの前に、気持ちいい新緑を、十分満喫しておきたいと思う。
my home, Syracuse, May 13, 26:00

Japanese Soul Food –NYC #2–

NYといえば、一風堂(違う?)前回3月にNYを訪れたときには、行列が長すぎて断念したが、今回は、満を持して、空いていそうな夕方を狙って行ってみた。NY店には、去年の年末以来、2度目の来店。今回もいつもどおり(日本にいたときから)、「白玉」をいただいてきたが、日本で食べるのとまったく変わらぬ味に感動。たぶん「赤玉」も他の料理もそうなんだろう。ちなみにNY店は、ラーメンのほかに、夜には居酒屋的なメニューも出していて、日本で言うところの「一風堂」と、「五行」(←一風堂が展開しているダイニング)がくっついたような感じの営業形態になっている。

このお店、前回に来た時にも思ったのだが、店員さんの雰囲気が非常に良い。もちろん、繁盛しているからということもあるのだろうが、店内に流れている空気がすごくポジティブで、かつ、良い意味で「日本的」なのだ。

店員さんの構成は、ざっと見たところ、日本人半分弱、(日本語を流暢には話せない)日系人半分弱、日系人以外のアメリカ人少々。なので、店員さんの間でのコミュニケーションは、日本語がdominantというわけでもないのだが、流れている空気は明らかに日本のそれ。アメリカの普通のお店で感じる空気とは根本的に違うし、他のなんちゃって日本料理屋さん(失礼)の空気とも何かが違う。

「白玉」を啜りながら、何が違うんだろうと考えていたのだが、たぶんこれじゃないかと思ったのは、自発的かつ分権的な改善意欲の存在。見ていると、店員さん同士で仕事の仕方を教えあったり、何人かで集まって、料理の出し方を話し合ったりしている光景がときどき目に映る。そういう光景を通して伝わってくるのは、店員さんが、自分の店、自分の仕事を愛していて、上の人から言われるまでもなく、自ら進んで何かをより良くしていこうとしている姿勢。

また、「上から言われるまでもなく」とは書いたが、「チーフ」的な感じのお兄さん(僕より5つくらい上くらい?)もすごくいい。いつもにこやかに店内を歩き回りながら、決してきつい言葉は使わずに、しかし、こまめに、店員さんへの指示を出し続けている。そして、店員さんみんなが、彼のことを素直に尊敬している様子がなんとなく伝わってくる。

日本にいれば、こんな光景を見ても当たり前にしか感じないのかもしれないが、この国で見ると、ある意味新鮮で、「こういうのってやっぱ日本の良さだよなぁ」と妙に感心してしまう。組織に対して無批判に忠誠を誓うことが正しいことだとは決して思わないが、自らの仕事を愛する姿勢は、日本の美風であり、強みであるとも思う。楽しみながらそれをできるなら、もはや言うことはない。「最高」の一言に尽きる。

もちろん、みんながみんな、そんな楽しい仕事にありつけるわけではないし、どう考えても楽しめない(あるいは「愛せない」)仕事は日本にだってたくさんあると思う。が、少しでもたくさんの人たちの間で、「働く」ということに関する日本の美くしい感覚が受け継がれていってほしいなと、外から日本を見る者として、ふと思った午後だった。

my home, Syracuse, May 13, 14:22