Sunday, May 31, 2009

CDMs in Western African Countries

明日からのインターンに向け、西アフリカ各国のCDMsの登録実績などについて、予習(付け焼刃?)。

■ 今年5月末現在、全登録(registered)件数(1,647件)のうち、アフリカ(サブサハラ以外を含む)がホスト国となっているCDMs案件の数は30件(全体の1.82%) [出典:UNFCCC]

■ 西アフリカでの登録済み件数はそのうちの2件のみ。いずれもホスト国はNigeriaで、いずれの案件も方法論は“Recovery and utilization of gas from oil wells that would otherwise be flared or vented”(油井からの排ガス回収及びその利用) [出典:UNFCCC]

■ CDM後進国におけるCDMsの開発を促進するため、UNEPは、“Capacity Development for the Clean Development Mechanism”(CD4CDM) プロジェクトを実施中。(with financial support from the Dutch Government) ガーナは、他の12か国(サブサハラでは、ガーナのほかに、コートジボワール、モザンビーク、ウガンダの4か国)とともに、Phase I に参加。 [出典:CD4CDM]

というわけで、ざっと見たところ、ガーナを含め、西アフリカでのCDMの実施は、まだまだ難しい状況の様子。登録には至っていない、準備中の案件がどのくらいあるのかについては、おいおい調べていこうと思う。以上、付け焼刃的予習でした。

Central Hotel, Accra, Ghana, May 31, 24:45

Where Here is??

Accraでの住居が決定。インターン先で働いていらっしゃる方(奥さんが働いておられて、旦那さんは今のところ専業主夫)のおうち(というか、日本で言うところの「マンション」)の一室を間借りすることに。
  
今日、部屋を見に行ってきたのだが、とにかく広い。リビング&ダイニング一続きの居間なんて、「いったい何畳あるんだっ!!?」っていうくらいにだだっ広い(まぁ、日本じゃないんで「畳」ってのもおかしいんだけど…。) オフィスからは乗合バスで10分くらい(ただし渋滞がひどいので、時間帯によってはもっと)とのことなので、至近というわけではないが、セキュリティがしっかりしてそうなのと、それに何より、いざというときに助けてもらえる方が間近にいるという環境が気に入って、昨日の大富豪さんには申し訳ないが、こちらに住まわせてもらうことにした。
  
ちなみに部屋の主夫妻は、イギリス人とカナダ人。Westernの方とルームシェアするのも初めてなので、これはこれで、また面白そう。今晩はもう一泊このホテルに泊まり、明日の仕事終了後、荷物をまとめてそちらのお家に移る予定。
  
そのマンションをおいとまさせていただいた後は、そこから車で5分くらいのところにある、Ghana国内最大のショッピングモール、“Accra Mall”へ。居候先のカナダ人の方が「mallに行くと、自分の国に帰ったような気持ちになる」と言っていたのだが、その言葉に偽りなし。一旦、モールの入口をくぐると、まるでアメリカのショッピングモールのような空間が広がっていた。
衣料品から電化製品まで、生活必需品ではない代物も、非常に豊富に取り揃えられている。 電化製品コーナーなんて、商品がてんこ盛り!!
値段はアメリカと同じか、下手をすると、逆にこっちの方が少し高いくらい。たとえば、ベッド用のシーツセットは、60 Cedi (=US$ 41) だった。客層はというと、確かに白人や中国人がそれなりに目立つが、そうは言っても、お客さんの約三分の二以上は黒人(ガーナ人なのかどうかは、正直、見分けがつかない)。地元の方でも、裕福な層になれば、かなりの購買力を有しているんだということがよく分かる。
  
というわけで、Ghana到着後3日目も無事終了。明日からはいよいよ、インターンが始まります。
Central Hotel, Accra, Ghana, May 31, 21:40  

Climate Change vs Development

最近、本や資料を読みながら考えているのは、「地球温暖化対策と(途上国の)開発の位置関係はどのようになっているのか??」ということ。というわけで、とりあえず今の時点での自分の頭の中のイメージを絵にしてみた。【※ マニアックな内容です】

ポイントは以下の通り。
  1. adaptation(適応策:起こってしまった温暖化に、どう「適応」するか、という対策)は、その大部分がdevelopmentと重なる。developmentの延長線上にadaptationがある、と言ってもいいくらい。途上国で求められるadaptationとは、具体的には、食料対策、風土病対策、砂漠化対策、ひいては、それらに起因する経済難民の取扱いなど。これらは、いずれも、既にdevelopmentとして行われている対策であり、それらをさらに推し進めることが、adaptationとなる。また、どこからがadaptationで、どこまでが「純粋なdevelopment」か、なんて線引きはできない。
  2. 途上国においては、mitigation(緩和策:温暖化を「緩和」するために、どれだけ温室効果ガスの排出を減らせるか、という対策)も、adaptationほどではないものの、developmentと重なる部分が大きい。先進国視点でmitigationを考えると、ついつい、「既にある設備・システムを、如何に低炭素型のものに置き換えるか」と考えがちであるが、途上国(特に低開発国)においてmitigationを考えるときには、「これから新たに設置する設備・システムを、如何に低炭素型のものにできるか」と考える方が良さそう。
  3. 京都議定書に基づくCDM(Clean Development Mechanism)は、まさにそれを体現する制度。先進国(=附属書Ⅰ国)的には、「如何に効率的にクレジットを生み出すか」という方向に目が向きがちであるが、途上国からすると、CDMを梃に、如何にdevelopmentを進められるかこそがポイント。
  4. ただし、CDMとして行われるプロジェクトの中には、「ホスト国の発展に寄与していない」と評されているもの(上の図で言えば、「development」の領域からはみ出ている部分)もある(HCFC製造工程からのHFC回収がその典型例)。

そもそも、京都メカニズムというものは、地球温暖化対策に市場の効率性を活かすことが、その目的の一つとなっている。その意味では、炭素「市場」を政策的に歪める政策(たとえば、HFC回収CDMを全面的に禁止する、など)が、一概に良い政策であるとは思わない。市場経済的にmake senseな行動を安易に否定してしまうと、制度自体が、木に竹を接いだようなものになりかねない。

ただ、竹に置き換えてしまわないまでも、ベースとなる木(=市場活用型システム)の枝ぶりを多少整えてやるくらいのことは必要だろう。根本の部分では市場の力を尊重しつつ、部分的に「市場の失敗」を是正する、といったアプローチが有効ではないかと思う。

とは言え、実際にどう制度を設計するかという具体の話になると、これは非常に難しい。明日からのインターンでは、その辺りの着想を多少なりとも得たいと思う。

Central Hotel, Accra, Ghana, May 31, 9:46

Saturday, May 30, 2009

Becoming a Secure Base

ヒマ人の連続投稿は続く(笑)
  
この部屋のテレビ、CNNやBBCは映らないのに、なぜかNHK Worldだけはきれいに映る。というわけで、ケータリングの夕食を食べながら、何となくNHKを見ていたら、茂木さんの“プロフェッショナル”が流れていた。

流れていたのは、日本で3月31日に放送された同番組のスペシャル版「これが“育て”の極意だ!!」。この番組が予想外にめちゃめちゃ面白かった。ここから飛べるページに、番組の要約が出ているので、ご興味ある方はどうぞ。

脳科学的に言えば、自発性を尊重することが人を育てる上での一番大事なポイントなんだとか。正直、脳科学を勉強したことはこれまでに一度もないが、この点は、非常にagree。昔、採用担当をやっていた時、「採用する上で、もっとも大事にすべきポイントは何か」ということをひたすら考え続けた結果、行きついた答えは「自律的に成長できる人かどうか」という点だった。自発的・自律的な成長意欲の高さは、人間が成長していく上で、すべての基本になる要素だと思う。
   
ここから先がこの番組のミソなのだが、子供や部下の自発性を伸ばすために、親や上司が取るべき行動とは何なのか、という点が、番組の後半で紹介される。曰く、「「安全基地」になる」ことなんだとか。自発性に導かれるまま、様々なことに挑戦していこうとする子供や部下。しかし、新たな挑戦にはリスクがつきもの。そして、人間誰しも、リスクを目の当たりにしては、どうしても尻込みをしてしまう。そんなとき、「たとえこの挑戦に失敗しても、自分には帰る場所がある」「たとえ敗者になったとしても、そんな自分を全面的に受け入れてくれる人がいる」という安心感が、その人の挑戦を後押しし、より伸び伸びと自発性の赴くままに挑戦に挑み、より大きく成長することができるのだとか。なるほど…。非常に納得。
  
というわけで、一年後、日本に帰ったら、ちょっとマジメに脳科学を勉強してみたくなったbayaでありました。

それにしてもこの番組、茂木さんと一緒にキャスターを務めている、NHKアナウンサーの住吉美紀さんが面白い。彼女の目のマジさ加減と、茂木さんのたじろぎ加減から想像するに、たぶん、住吉さんからの茂木さんに対する質問は、あらかじめ用意されているものではなく、その場で彼女が考えたものなのではないかと思うのだ。その質問が結構良い線ついていて、答えにくいイジワルな質問だったりするので、予定調和の質疑応答を聞かされるより、こちらとしてはよっぽど面白い。茂木さんも、たじろぎつつも、決して逃げずに、正面から答えようとするところが見ていて気持ちいい。
   
そんなことを思いながらテレビを見ていて、「茂木さんって誰かに似てるよなぁ」と思っていたのだが、このblogを書くために番組サイトを見てみて、ようやく謎が解けた。

村上ショージ似だ。ドゥーン!!!
Central Hotel, Accra, Ghana, May 30, 22:30

The Road to South Africa

世界中どこに行っても、現地の人と仲良くなるのに最適の話題はやっぱサッカーでしょう!! (← ※ USA以外)というわけで、サッカーGhana代表についてのお勉強を。
  
アフリカでは、現在、二次予選を勝ち上がった20カ国による最終予選が開催中。 5組に分かれてのリーグ戦が行われ、各組首位が本大会出場権を獲得する。Ghanaは、Mali, Sudan, BeninとともにD組。D組各国のFIFAランキング(5/6付)は、Ghana: 31位(アフリカ内で3位)、Mali: 49位、Sudan: 85位、Benin: 94位で、順当にいけば出場権を得られるだろうという感じら。ちなみに日本の5/6付順位は35位なので、FIFAランキング的に言えば、日本よりGhanaの方が少しだけ強いということになる。まぁそこを比べてもあんまり意味はないんだけど。
  
最終予選は、home & awayの二回戦総当たりで行われており、現在、一回目の対戦が終わったところ。Ghanaは、Benin相手にhomeで1-0で勝利。SudanとMaliは1-1で引き分けたので、とりあえず、暫定首位ということになっている。このリーグ戦は、断続的に今年11月まで続くが、6月には、6日(対Mali)、20日(対Sudan)と二試合が行われる予定。残念ながら両方ともaway gameなのだが。。。
  
国旗にちなんで“The Black Stars”と呼ばれるサッカーGhana代表は、アフリカ杯を過去4回(1963, 1965, 1978 and 1982)制しているが、ワールドカップ本大会出場には恵まれず、前回ドイツ大会が初出場。しかし初出場ながら、一次リーグでは、チェコ、アメリカを撃破する快進撃を見せ、アフリカで唯一、決勝トーナメントに進出(ちなみに同一次リーグ首位はイタリア)。決勝トーナメントでは初戦でブラジルに0-3で敗れて敗退。
  
FIFAのサイトによると、現代表のkey playersは、キャプテンStephen Appiah (MF / 土Fenerbahçe), Michael Essien (MF / 英Chelsea), Sulley Ali Muntari (MF / 伊Inter), Matthew Amoah (FW / 蘭NAC Breda), Samuel Kuffour (DF / 国内リーグAsante Kotoko), John Mensah (DF / 仏Lyon) らとのこと。
  
昨日の深夜、チャンピオンズリーグ決勝の再放送を観ていたフロントの兄ちゃんに「どこのファン?」と聞いたら、Chelseaと言っていたので、何でだろうと思ったのだが、たぶん、Essienの影響なんだろう。彼とAppiahがGhana代表の二枚看板ということらしい。その兄ちゃんに「準決勝はひどい試合だったね」と言ったら「決勝で、バルサはマンUに完勝したけど、準決勝のチェルシーには相当手こずった。だから、僕的にはちょっと満足」と、日本人的(阪神ファン的??)無理繰りpositive thinkingを披露してくれた。何となく、分かり合えるかも…と思った瞬間だった。
 
というわけで、既にお気づきかと思いますが、この週末、ここ数か月にないくらいのヒマを持て余しております。まぁ、勉強しろって話なんですが(笑)
Central Hotel, Accra, Ghana, May 30, 17:23

Housing Hunting

水曜日にAccraに着かれたという日本人の方(ボランティアとして来られていて、Accraには、最低一年以上滞在されるとのこと)が同じホテルに泊られていて、今日は家さがしに行かれるとのことなので、同行させていただくことに。
   
その前に、ホテルのすぐ近くの大通りを歩いて、スーパーマーケット“Koala”へ買物に。(↓ 大通りの様子。道の両側には屋台がいっぱい。洋服やカバンはもちろん、携帯電話なんかも屋台で売っている。)












通りを歩くこと約10分。スーパーマーケット“Koala”に到着。アフリカなのになんでそのネーミング?? とツッコミたくはなるものの(まぁそんなこと言ったら、なんで中日のマスコットがコアラなの?? って話になるか…)、Accra屈指の品揃えを誇る店のようで、土曜日ということもあってか、店内は、家族連れ(白人率高し)で、結構なにぎわい。(ちなみに、麺類・乾物類コーナーの棚はこんな感じ。↓)
やや値段は高いが、基本的なモノはここで何でも揃いそうということがわかって、一安心。
  
というわけで、次はいよいよ物件探しに。例のKoalaで不動産屋さんと待ち合わせ、彼の車で向かった先は、市内中心部の豪邸。敷地は、当然のように有刺鉄線付きの高い壁で囲まれ、入口には常駐のガードマンさんが。邸内に通され、広々とした玄関ホールを通り過ぎて、二階に上る。階段の壁には、この一家の人たちのものと思われるたくさんのポートレイトが。瀟洒で広々とした応接間でしばらく待っていると、奥の方から、恰幅の良い、どう見てもステイタスの高そうなおばあさんがゆっくりと現れた。
  
聞くと、この家の主(故人)は、この国で大臣を務めた政治家だったとのこと。今は、その奥さんであるおばあさんが、不動産業などを営んでいる様子。今日は、おばあさんの邸内の空き部屋一つと、少し離れたところにある、息子さんのオフィスの二階のアパートを見せてもらった。
    
そのオフィスで、息子さんにも会ったが、彼は、年の頃なら僕と同じか少し上くらいの見るからに育ちの良さそうな青年で、Lawyerをしながら、いくつかのビジネスも手掛けているとのと。長年、海外で生活していたらしく、彼の英語はGhanaian独特の癖もなく、非常にfluent。彼の部屋には、アフリカンポップアートの作品が飾られ、部屋の隅に置かれた水槽では、熱帯魚さんが優雅に泳いでいた。
  
というわけで、部屋を探しに来たつもりが、アフリカの典型的(たぶん、典型的)なエリート一家の生活ぶりを垣間見させてもらえて、ある意味非常に満足。MaxwellのA君やSちゃんも、こんなところで育ったのかなぁ…なんて余計な想像を膨らませてみたのであった。貸し部屋自体もまぁまぁ悪くない感じ。あした、別の所を一軒見に行く予定になっているので、そちらと見比べた上で決めようと思う。
    
街を歩いていて思うことだが、多少お金を持っていそうな人(特に女性)の服装は、非常におシャレ。もともとスタイルがいいので、少しきれいに着こなせば、(我々アジア人と違って)すぐに「ハマる」ということもあるのだろうが、とはいえ、アメリカにいてても全然おかしくないようなキレイな服装で街行く女性が、想像していた以上にたくさんいることに、やや驚いている。
                                 Central Hotel, Accra, Ghana, May 30, 16:01
Posted by Picasa

Friday, May 29, 2009

First Day in Ghana

無事、ガーナに到着。
  
9時過ぎにAccra空港に着いた後、ホテルでしばし休憩後、午後は、インターン先とJICAさんへのご挨拶回り。JICAさんでの話し言葉はもちろん日本語だし、インターン先にも日本人の方がいらしゃったりして、意外にも、ガーナ初日は、日本語を多用する一日だった。
    
約一日過ごしてみてのガーナの印象は、「『なんじゃこれっ!!』というほどではない」ということ。3年前の夏休みにインドを旅行した時に感じたカルチャーショックに比べれば、少なくとも第一印象のインパクトは、それほど強くはなかった。
      
いま、この文書を書きながら思いついた仮説だが、僕ら(=日本人、或いはもう少し広くいうと、西洋文明に属する先進地域の中で生まれ育った人たち)が、その域外の国を訪れたときに感じるインパクト(「アウェイ感」と言い換えてもいいと思う)の強さは、その国の経済的発展度合いよりもむしろ、その国に固有の文化の強さで決まってくるんじゃないかと思う。インド然り、中国然り、メキシコ然り。経済的な発展度合いで言えば、これらの国々は、ガーナよりもはるかに発展していて、日本やアメリカの水準により近いところにいるわけだが、訪れたときに感じた「アウェイ感」は、今日、ガーナに対して感じたものよりも、ずっと強かった気がする。
  
もちろん、ガーナでも、田舎に行けばどうなのかはわからないが、少なくとも首都Accraに関して言えば、アメリカから逆流してくるAfrican American Cultureの波がそれなりに強く影響しているせいか、カルチャー面でのショックは、今日一日、良くも悪くも、あんまり感じなかった。
  
こちらの方は、社会的なポジションにかかわらず、基本的に誰でも英語を話せるみたい。独特のイントネーションがあるので、hearing面では、慣れるのにしばらく時間がかかりそうだが…。ただspaking面でいうと、逆に、「まとも」な英語を話さねばというプレッシャーがアメリカよりも少ない分(←今日初めて気付いたが、アメリカにいるときは、この手のプレッシャーを知らないうちに感じていたらしい)、むしろ自然に話せるかも、という気がする。

ガーナ人の人柄については、(もちろん、あくまで第一印象だが、)いろんな人から聞いてきた通り、確かに、温厚かつ快活な人が多そう。少なくとも、レストランなどで、こちらの英語を理解できなかったときに店員さんから向けられる露骨な嫌な顔がないだけでも、アメリカより快適(笑) 窃盗・ひったくりなど、「物盗り」系の犯罪はそれなりにあるみたいだし、ストリートを歩けば、何かを買わせようと寄ってくる人もたくさんいるので(とはいえ、インドに比べれば十分の一以下)、もちろん油断はできないが、その辺に十分注意して過ごせば、この二ヶ月間、それなりに楽しめそうだなぁという印象を持ったガーナ初日の一日だった。(下は、Accra空港に到着した時の様子。"Akwaaba"="Welcome")
















Central Hotel, Accra, Ghana, May 29, 23:46

Thursday, May 28, 2009

At the Aitport

4日前に「今回の準備は、けっこう余裕かも」なんて言ってのたはどこの誰だっけ・・・?? と自分に言いたくなるくらい、昨日の朝からの24時間は、バタバタでした。。。 が、いろんな人の助けをいただき、なんとか無事に(たぶん無事に)Syracuseの空港までたどり着くことができました。助けていただいた皆さん、本当にありがとうございますm(_ _)m なんだか、一方的に、してもらってばっかりの気がしますので、そのうち、どこかで恩返しします。このエントリーが「恩返し」のためのクーポンになりますので、「我こそはbayaを助けたぞ」という心当たりのある方は、このエントリーのキャッシュでも保存しておいてください。そうしないと、数日後にこっそり削除してるかもしれません。(ウソ)
    
昨日は、うちのルームメイトJ君と二人で夕食に。まぁ、予想通り、僕の送別会というよりは、彼のお悩み相談室と言った方がいい内容でした。まぁ、いちおう一年間お世話になったし、それはそれでいいんですけど(苦笑)。目下のところ、彼の最大の懸案事項は、J君の彼女と、J君の男友達(←二人とも、僕が抜けた後の部屋に移り住んでくるらしく、二、三日前から、J君のベッドルームに居候中)の取扱い。二人ともJ君の言うことを聞かずに部屋を散らかしまくるそうで。。まぁ、「勝手にやって」って話なんですが、J君にちょっと同情してあげるならば、中国人コミュニティに入りそうで入りきれない、“香港人”というアイデンティティの難しさってのも多少は影響してるのかなぁ…なんて思ったり。ともあれ、まぁまぁ、いろいろと勉強になった、一年間のルームシェア生活でございました。

このあと、10:10の便でJFKに飛んだあと、17時の便でGhanaの首都、Accraに飛び立ちます。驚くなかれ、Ghanaには、NYから直行便が飛んでいるのでございます!! とはいえ、 JFKで6時間待ちかぁ…。どうせあんまり楽しいターミナルでもないので、Ghana学(??)のお勉強にでも励みます。

というわけで、間もなくSyracuseを離れますが、今度ここに戻ってくるのは8月初旬。でもすぐにDCに引っ越してしまうので、次にここで暮らすのは雪深い、来年の1月から。この街を離れる一つの区切りに、この一年間撮りためた、Syracuse(とその周辺)の写真を載せておきます。




ではでは、行ってきます。
Syracuse Int'l Airport, May 28, 9:37

Wednesday, May 27, 2009

MPA Farewell

送別会第二弾は、MPAの留学生グループの人たちと。アメリカ人も若干名。日本人の皆さんと違い、一旦卒業してしまうとそうそう簡単に会えない人たちなので、正直、昨日以上に寂しいと言えば寂しい(日本人の皆さんがどうでもいいってことではないんですよ!! ←逆に白々しい??)。
  
先週の"African Development Seminar"の副産物は、英語の会話能力(listening、spaeking両方)がかなり(??)改善された(と本人的には思っている)ことだ。少なくとも、ある程度、自信がついた。そのおかげで、今日はこれまでの食事会と違って、英語の壁をあまり気にせず気楽に話すことができた。が、それが、farewell parytyだったというのは皮肉。もうちょっと前に今日くらいしゃべれていたら、もうちょっと深い話もいろいろできただろうに。。。まぁ人生って、そんなものなのかも知れない(笑)
      
昨日始めたばかりの英語版blogについても宣伝してきた。この企画、正直どうなっていくのか、自分でも予測がつかないが、いちおう、狙いとしているのは、このblogをハブにして、Syracuseの同級生たちとのaliveな関係――何年かに一回、同窓会的に近況を伝えあうのではなく――を維持し続けるということ。もちろん、全員とつながり続けられるわけはないが、数人とだけでもコンスタントに情報を交換し合える間柄になっていければ、結構おもしろいんじゃないかと思う。
   
僕自身は、そもそも今もほとんど使っていないので、なんとも言えないと言えばなんとも言えないのだが、Facebookの"wall-to-wall"のような、easyだけど内容があんまり濃ゆくないコミュニケーションツールをベースにしたコミュニティは、みんなが社会に出て働き始めたら、意外と脆く崩れてしまうんじゃないかという気がする。いまはかなり盛り上がってるみたいだけど。むしろ、ある種逆説的だが、読むのに多少時間を取られる(その代り、それなりの内容のある)「読み物」ツールの方が生き残っていくのではないかと…。Twitter全盛のアメリカにあっては、この考え方自体、既に時代遅れなのかもしれないが、まぁ空振ったところで誰に迷惑をかけるわけでもないので、とりあえずしばらく、自分の直観を信じて(というほどたいそうな話でもないけど)英語版blogを続けていきたいと思う。

今日は、日中に、Popp先生のofficeを訪問。Independent Studyのことについて相談。Independent Studyというのは、授業を取る代わりに、教授の下でリサーチをして論文を提出することで、一コマ分の授業と同じだけの単位(3単位)がもらえるという制度。いろいろ思うところあって(←そのうち詳説するかもです)、Popp先生の下で、Independent Studyをすることを一か月くらい前から企んでいた。
  
「再生可能エネルギーに関する新規技術の普及を促進する政策について研究したい」という、我ながら至って抽象的なアイデアだけを携えて研究室に乗り込んできたのだが、Popp先生は、「renewable energy」「innovation」「diffusion」といった言葉を聞くなり、一も二もなく、指導教官になることを了解してくださり(笑)、さっそく、いくつか資料を送ってあげようととまで言ってくださった。非常にありがたし。
   
夏・秋の間に、下準備を進め、本格的には春学期に執筆し、春学期終了時点に提出、というこちらの立てたプランもすんなり了解していただけた。
  
ミーティングがうまく運んで良かったなぁーとご機嫌になりながら、自分のラップトップの前に戻ってみると、Popp先生からのメールが既に届いていて、論文の添付ファイルが6,7本。ずっしり。やや重だけど、こんな感じでPopp先生の下で勉強積んで、論文書いていけば、次の一年間で、結構いい勉強ができるんじゃないかなぁと…ひそかに期待している。
my home, Syracuse, May 26, 26:00

Tuesday, May 26, 2009

might be a reckless challenge...

有難いことに、今日から3夜連続で送別会でございます。第一弾の今夜は、日本人MPA会(?)の皆さんとご会食。いつもながら、「刺激」と「癒し」に満ちた、楽しいひとときでございました。
  
このメンバーでSyracuseで集まるのも、おそらくは、これが最後になるかと思うと(←僕以外のMPAの皆さんは6月で卒業してしまわれるので)、非常にさびしいものがありますが、これからもこのサイトで、無駄に(??)駄文・長文を発信し続けますので、ときどき遊びにきて、たまには、コメントも残して行ってくださいませ。今後も何かとお世話になることがあるかと思いますが、まずはとりあえず、この一年間、本当にありがとうございました。

さて、ここで一つお知らせが。Eggers CafeでのYさんとのテキトーな会話の勢いで(と言ってしまうと、たぶん言い過ぎですが。笑)、英語版のブログを始めることにしました。とりあえず、週一くらいで書いていこうと思うので、タイトルは単純に、"Weekly Marshall Street Journal"、略して"Weekly MSJ"です。まだまだ拙い英語ですので、お見苦しい点が多々あるかと思いますが、半分、英語の勉強と思って、ぼちぼち続けていこうと思いますので、気が向いたら、たまにはそちらも見てやってくださいませ。英語の誤りの指摘・修正・添削、大歓迎でございまーす。
my home, Syracuse, May 25, 25:25 

Monday, May 25, 2009

Public, Private, and Community

いろいろと紆余曲折はあったが、この9ヶ月間、香港人のルームメイトと暮らしてきた。
   
彼自身は、1月に「出戻り」してきて以降、人間的に、それなりに成長してくれたと思う(←超上から目線でスイマセン)。未熟なところを数え上げれば切りはないが、いろいろと悩める真面目な青年(少年?)であり、彼が是非にと言ってくれている明後日のディナーでは、そんな彼の人生相談にも、できる限り乗ってあげたいと思う。
  
しかし、彼の彼女、彼の友達、或いは「出戻り」以前の彼の姿を見ていると、Chineseという人たちについて、思うところがいろいろある。ある意味、いい勉強になった一年だったとも思う(苦笑)。
  
そんなに大きくもないサンプルから、母集団全体についての結論を引き出すことは統計学的に言えば邪道だということを重々認識しつつも、この一年間のルームシェアリングのまとめ(?)として、現時点での僕の「中国人観」を書いておきたいと思う。(当たり前の話として、この「中国人観」の枠に納まらない中国人の方は、いくらでもいらっしゃると思う。あくまで、僕の感じる一つの「傾向」として。)
    
彼らに関して僕が思うことは、日本人的な意味での(そしてそれは、世界の常識からそんなにずれていないと思うが)“private”と“public”の、両方に対する意識が極めて希薄だということだ。その代り、その中間的な位置づけとも言うべき“中国人community”という存在が、彼らの中で、絶対的な重要性を占めている。
    
この家での彼ら(=ルームメイトの彼女や、遊びに来る彼の友人)の振る舞いや、Maxwellの自習室での彼らの行動を見ていて思うのは、「完全に独りになる」という意味での“private”な時間は、彼らにとってはあまり重要でないらしい、ということ。ほぼ常に、同じメンバーで固まっている。自分も含め、日本人の「独りの時間」希求性は、確かに他の国の人たちと比べても強い方だと思うが、とはいえ、中国人の“communnity”帰属性の強さは、明らかに際立っている。
   
それと同時に言えることは、“community”の外側に対する彼らの関心・配慮は、非常に小さいということ。どこにいても、"Little China"とも言うべき彼ら独自のcommunityを形成し、外界とは、最小限の関係しか持とうとしない。その傾向は、大学院生になれば、学部学生よりも多少弱まる気がするが、それでも、Maxewllの中で、彼らのcommunityは確実に際立っている。
     
多少の主観が混ざっているかもしれないが、これが、現時点で僕が抱いている、中国人観、中国人コミュニティ観だ。この分析が、中国人一般に妥当するという根拠はどこにもないので、あくまで仮説に過ぎないのだが、この一年で僕なりに得た一つの「理解」の到達点として、書き残しておく。
my home, Syracuse, May 25, 22:52

Sunday, May 24, 2009

What EV will offer?

DCにいたときは「Syracuseに戻ったら、あっという間にGhanaに出発…」と思っていたものだが、4日間というのは意外に長いもんで、日中に部屋の片づけを済ませたら、「なんだ余裕じゃん」という気がしてきた。まだいろいろとpaper workは残っているので、ほんとに余裕かどうかは、3日後になってみないとわからないが(笑)、ともかく、一旦そう思ってしまうと、誘惑には抗いがたく、先日、奥さんが送ってきてくれた大量のニホン語booksの中から一冊を取り出して読み始めることに。

そんなわけで今、Nicholas Carrの“The Big Switch”(邦題『クラウド化する世界』)の邦訳版を読んでいる。各方面で評されている通り、非常に読みやすく、示唆に富んでいて面白い。敢えて比べる必要もないかもしれないが、『フラット化する世界』のトーマス=フリードマンより、よっぽど説得力がある。

ちょうどいま、半分まで読み終わったところだが、端的に言うと、こういうお話。

エジソンらによって電気の商業利用が開始された当時、電気は、それを使う事業者(工場)が個別に発電するのが当たり前だった。街灯などに用いられる非事業用の電気も、小規模な区画ごとに発電されるのが普通で、NYやシカゴといった大都市では、ひとつの街の中にいくつもの発電事業者が存在していた。そのような「分散型」発電システムが、徐々に、今日のような、集中的発電/広範囲送電システムにとって代わられることにより、電気をめぐる環境(ひいては近代社会そのもの)は、まったく新しい発展段階を迎えることとなった。

同様の転換が、今まさにITの世界で起ころうとしている。これまでは、各オフィスごとにサーバを設置し、諸々のアプリケーションを購入するのが当たり前だったが、Googleに代表される次世代のIT企業の登場により、コンピューティングサービスは、高速回線を通し、インターネットの向こう側から提供されるものになりつつある。このようなビジネスモデルの転換は、電気に関して起こったのと同様の、大規模な社会的転換をもたらす可能性がある。

この本についての感想は、全部読み終わってから改めて書くとして、今日、この本を読みながら考えていたのは、(しつこいようだが)betterplace社のEVビジネスのこと。

電気にせよ、ITにせよ、新しいモデルを導入するときには常に、「克服不可能」と思われるほどの技術的・経済的困難が伴った。しかし、それらの困難は、先見性に満ち、リスクテイクに積極的な各時代のベンチャー起業家らによって打ち破られてきたわけだ。ただ、ここでひとつ言えることは、(世間の人たちがどう思うかはともかく)少なくとも彼ら起業家たちの頭の中には、「もしそのモデルが軌道に乗れば、旧来のモデルを遥かに凌ぐメリットが得られるはず」という算段があったということだ。電気の集中発電化は、各工場を「発電機の保有・運転」という経済的呪縛から解放し、彼らの経済活動をより自由なものにした(当然、それによって得られるメリットの一部は、電気代という形で、発電事業者にも還元された)。ITにおけるサービスモデルの転換についても、本質的には同じことがいえる。逆に言えば、そのような「大きなメリット」が向こう側に見えていない状況では、大規模なシステム転換は起こり得ない、ということなのかも知れない。
  
と、考えたときに、自動車の動力を石油から電気に変えることの社会的メリットとは何なのだろうかと思えてきた。その点が、まだ十分見えていないことが、ベ社の挑戦の最大の弱点なのではないかと。
  
ベ社の仕掛けようとしているビジネスは、電気やITと同様、非常に大規模なインフラの転換を伴うものである。そうである以上、一定の過渡期を除き、<二つの形式>が併存し続けるとは考えにくい。大規模なインフラを二重に維持し続けることは、それ自体、社会にとってきわめて非効率だ。もし、ベ社型のEVモデルが本当に有利だと認知されれば、(現時点ではにわかに信じにくいことだが)ガソリンを動力とする今日の自動車システムは、数年後、十数年後には駆逐されるだろうし、そうでなければ、ベ社の挑戦は、遠からず、撤退を強いられるだろう。
  
一つ、確実に言えることは、電気自動車の方が、(システム全体で見ても)CO2の排出量が少なく、また、排ガスの問題も生じにくいということ。ただしこのメリットを、個々の主体の経済活動に織り込むためには、政策的な転換装置(=外部不経済の内部化=炭素排出の有料化)が必要だ。今のところ、十分な「転換装置」を導入していると言える国は、先進国の中にも見当たらないが。
  
本当のところ、ベ社の人たちが、何を「EVのメリット」として認識しているのか、その点は非常に気になるところである。が、もし唯一最大のメリットが、その「環境性能」なのだとしたら、そのメリットを顕在化させるためには、市場のデザインを変える必要がある。言うまでもなく、それは政府の仕事だ。そして、(ベ社に限らず)EVを普及させるために政府ができる、最大の貢献であるとも思う。補助金よりも、何よりも。
my home, Syracuse, May 24, 24:36

The Best Places to Work in the Fed Gov't

The Partnership for Public ServiceというNPOがAmerican Universityと共同で実施した“Best Places to Work in the Federal Government”というリサーチの2009年版調査結果が発表されている。

その名の通り、連邦政府の機関を「働きやすい」順にランク付けしちゃおうという企画。279の連邦機関及びその下部機関が対象で、21万2000人以上の官僚へのアンケート結果を元に集計しているらしい。その数、実にSyracuseの人口の1.5倍。

14の小項目について各機関を評価し、その結果を得点化。それをもとに、総合的な「職員満足度」を算出している(相加平均化なのか加重平均なのかは不明)。ランキングは、「Large Agency」「Small Agency」「Agency Subcomponents」ごとに行われており、「Large Agency」のトップ10は以下の通り。

1. Nuclear Regulatory Commission
2. Government Accountability Office
3. National Aeronautics and Space Administration
4. Intelligence Community
5. Department of State
6. Environmental Protection Agency
7. Department of Justice
8. General Services Administration
9. Social Security Administration
10. Department of Commerce

ついでに載せておくと、14の評価項目はこんな感じ。

  • Employee Skills/Mission Match
  • Strategic Management
  • Teamwork
  • Effective Leadership
  • Effective Leadership - Empowerment
  • Effective Leadership - Fairness
  • Effective Leadership - Leaders
  • Effective Leadership - Supervisors
  • Performance Based Rewards and Advancement
  • Training and Development
  • Support for Diversity
  • Pay and Benefits
  • Family Friendly Culture and Benefits
  • Work/Life Balance
この企画、2003, 2005, 2007と行われてきて、今回が4回目。 実施しているNPO(The Partnership for Public Service)はナニモノ?? と思って調べてみたら、2001年にJustice Departmentを退官したHeymanというおじさんが、最近の国家官僚の質の低下を憂い、連邦政府が、かつてのような“America’s best and brightest”を引き寄せる場に甦ることを願って(そのことは国益にも適うと考えて)、同世代のおじさんたちと一緒に立ち上げた機関らしい。詳しくはこちらを。

中央政府の無能ぶりが連日のように報じられているのは日米に共通だが、「如何にすればうまく機能するか」という前向きな議論は、アメリカでの方が積極的に行われている気がする。この手の調査にしても、霞が関で同じことをやろうと思ったら、えらい騒ぎになるだろう(というか、たぶん出来ない)。そもそもの国の成り立ちの違いが一つの原因なのかもしれないが、仮にそうだったとしても、日本も真面目に考えないといけない時期に来ていると思う。
my home, Syracuse, May 24, 20:01

What to do in Ghana

無事、Syracuseに帰還。

それなりに大きな期待を寄せて参加した、今週の“African Development Seminar”であったが、終わってみると、幸いにも、当初の期待をも上回る成果が得られたと思う。たくさんの情報を仕入れられたことは言うまでもなく有意義であったし、それにとどまらず、同級生たちとの議論を通して、気持ち・モチベーションの面でも、良い刺激を得られたように思う。

そんな中、先週、NYCで考えた、「この夏のインターンで何を見、何をすべきか」という問についても、一定の答えが得られた。
  
今後の人生で自分がやりたいことは、決して「開発」そのものではない。言うなれば、「開発」と「環境」という二つの世界を、より効果的・効率的に<繋げる>方法を見つけ出すということ(「開発」と「環境」だけでなく、「環境」といろんな分野を<繋げ>たい)。非常に抽象的な言い方なので、もう少し具体的に言うと、たとえばこんな感じ。
  
気候変動がアフリカに与える悪影響を強く懸念している「開発」分野の人は多い。彼らは、「砂漠化、食糧難、難民の増加、政情不安などの様々な問題が、気候変動によってアフリカ諸国で引き起こされる」と訴える。しかし、これらの問題を個別に扱うのではなく、「(気候変動への)adaptation」という括りで、集合的に扱おうとするならば、それを扱うアリーナは、おそらく、「開発」の世界ではなく、「環境」の世界の一部になるはず(京都メカニズムで、CERs発行益の2%がAdaptation Fundに収められると規定されているのはその好例)。少なくとも、「環境」と「開発」の共催アリーナで議論がなされるはずであって、「環境」の世界の人間のあずかり知らぬところで議論が進められるということは、多分あり得ない(なぜなら、adaptation名目でaidが行われる以上、その原資は、各国の環境セクションを通して拠出される可能性が高いから)。
   
問題は、「環境」の世界に、「開発」に明るい人間が多くはないということだ。少なくとも、日本についてはそうだと思う。「環境」の世界に本籍を置きつつ、「開発」の分野にも「関心」を持っている人、「simpathy」を抱いている人は多いと思うが、「開発」に関するきちんとした知識を持っている人がどのくらいいるかというと、かなり怪しい気がする。
  
僕のやりたいことは、「開発」の世界も見渡しながら、「環境」の世界の判断ができるようになること。たかだか一夏の付け焼刃で、「開発」分野の専門家に追いつけるわけはないのだが、「開発」「環境」両分野のnexusとして働けるくらいの理解を得ることは、もしかしたら可能なのではないか…と。とりあえず、そのゴールに少しでも近づくことが、この夏の目標。その意味では、僕がガーナでやるべきことは、きわめて当たり前と言えば当たり前で、開発と気候変動問題との関係(mitiagtion、adaptationの両面)に関し、自分なりの視点を得られるよう、見聞を積んでくるということだと思う。mitigationに関しては、「まだまだmitigationを考えるような発展レベルにはない」という結論に至るならば、それはそれで良し。いずれにせよ、どこかから借りてきた言葉ではなく、自分の言葉で語れるようになることが重要だと思う。
 
ここまで考えると、出発前に勉強しておくべきこともおのずと見えてきた。明日からの4日間、引っ越し準備を進めつつ、どこまで勉強しておけるかが、まずは勝負。
   
ここ一週間、もっぱらアフリカ関係の記事を書いてきたが、環境関連のニュースを一つ。今週21日(木)、下院のEnergy and Commerce Committeeは、Waxman-Markey法案を可決したとのこと。Gristによると、他にも最低6つの下院委員会が、本法案の jurisdictionを主張しているらしく、成立はもちろん、下院通過まででも、道のりは、まだまだ、まだまだまだまだ長そうだが、ともあれ、歴史的な一歩が刻まれたということで、拍手。
my home, Syracuse, May 23, 25:28

Saturday, May 23, 2009

Wrapin' up African Development Seminar

今日で、“African Development Seminar”の授業は、実質的にほぼ終了。というわけで、この授業から得られた新たな発見をまとめておきたい。超基本的なことも混ざっていると思うが、どうかご容赦のほどを(←読者さんの中には、その道のプロの方もいらっしゃるので…。恐縮)。
  • 一国の経済が安定的な成長を遂げるためには、とにもかくにも健全な農業を育てることが大事。農業が発展する中で、それに付随するインフラ(作物輸送用の道路、国内市場、輸出港etc.)が整い、将来の工業化への礎が築かれる。香港・シンガポールといった都市国家以外の国で、このステップを飛び越して工業化に成功した国はない。
  • 南アフリカを除くSub-Sahara諸国の中で、最も経済的に成功している国はBotswana。他のSub-Sahara諸国とは異なり、“middle-developed”に分類されている。政治的にも40年来の伝統を誇る民主主義制度が安定的に機能。ただし、近年は、世界最高の感染率を記録しているHIV/AIDSが非常に大きな国家的課題となっている。
  • Sub-Saharaは、気候変動の影響が最も深刻に発現する地域と言われている。そもそも、世界的な温暖化の進行に伴って、地域的な気候変動が大きく現われると予測されている上に、その大半(97%)が非灌漑で行われている同地域の農業は、降雨パターンの変化に対して脆弱で、多少の変化でも深刻な食糧難につながりかねない。当然ながら、食糧難は、新たな難民問題にもつながる。
  • 現在、アフリカ諸国では、欧米を本拠とする多くのNGOが活動しているが、それら地域の中には、複数のNGOによる「サービスの重複」が生じてしまっている地域もある。たとえば、HIV/AIDSが深刻なある地域では、蔓延の実態を把握するため、3,4の団体が、それぞれ独自に住民からの血液サンプル収集を行った、なんて話もあるとか。NGO間のcoordinateを進んで買って出ようとするNGOはないため、この「重複」問題は放置されているケースが多い。諸団体間のcoordinationをmisionとする国連機関OCHA(UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs)が設立されてはいるが、これまでのところ十分に機能しているとは言えない。
  • 中国・インド両国(特に中国)による、近年のアフリカ進出には目を見張るものがある。この話は、この一週間、本当にいろんな人から聞かされた。詳しくは火曜日のエントリーを。
  • 世界金融危機はさまざまなチャネルを通してアフリカ諸国にも深刻な影響を与えている。Sub-Saharaの多くの国は、GDPの大半を特定の資源・作物の輸出に依存しているため、当該商品の輸出減少は、それら国々の国民経済に壊滅的な影響を与えている。また、近年、ODAから民間FDIに、主たる資本供給元をシフトさせつつあった国も多く、そういった国々は、金融危機以降の民間投資の干上がりに苦しんでいる。
  • 政府からのaidについては、援助する側が、長くても2, 3年以内の短期的な予算を好む(実際、国内の予算編成・執行プロセスを考えると、10年モノなどの予算を組むのは困難)のに対して、援助される側の国は、2, 3年というスパンは短か過ぎると考え、より長期での援助を望む傾向にある。援助期間に関する恒常的なミスマッチが生じているといえる。
ちなみに、ガーナについては、
  • (Sub-Saharaの中では)非常に安定した民主主義体制の下、首都のある南部を中心に、一定の経済発展がなされている。
  • 近年、ガーナの経済発展の足かせとなっているのは、更なる工業化に必要な、エネルギー供給の不足。このため、三軒隣のナイジェリアから、天然ガスのパイプラインを引いてくる計画が進められている。
  • また、北部はいまだ低開発の状態にあり、灌漑も十分ではないため、今後、温暖化が進行した場合には、農業に深刻なダメージが生じる可能性が高い。

とのこと。

明日、最終日の授業(午前中のみ。今週一週間のまとめ)に出た後、また6時間かけて、えっちらおっちららSyracuseに帰ります。
Calvert House, DC, May 22, 25:19

Thursday, May 21, 2009

NGOs in US

気がついたら、ガーナ出発の日まで一週間を切っていた。来週の今頃は大西洋の上空を飛んでいるはず。手続きミスでJFKに足止め、なんてことになってないことを祈る…(←この人、わりとやりかねない)。
  
さて、現在受講中の“African Development Seminar”も半分以上が終了。残るは明日と土曜日午前中の1日半のみとなった。
  
アフリカに関する授業を受けていながら、こんなことを書くのも変と言えば変なのだが、今日はアメリカについて書きたいと思う。

この授業を受けながら、改めて、アメリカのNGOの層の厚さを感じている。毎日、6人前後のゲストスピーカーが、代わるがわるやって来ては各分野のお話を聞かせてくれるのだが、これまでにやってきた人たちの半分以上はNGO職員。
  
日本でNGOというと、正直、advocacyのイメージが強いのだが、しゃべりに来てくれた人たちは、みな、経験豊富な実務家。外交官と同じセッションで話していてもまったく違和感はなく、広い意味での「同業者」といった感じで、会話を楽しんでいる人が多かった。
  
今日は、2、3人のグループに分かれてNGOを訪問するという企画があり、僕はもう一人の生徒と一緒にWWF本部を訪ねてきたのだが、そこで話を聞かせてくれた女性(僕と同じ年くらい)の雰囲気・話し方もこの国の行政官のそれとほとんど変わりなく(日本に比べて国の役人の物腰が、やたらフランクだということもあるのだが)、「ヒステリックに捕鯨問題を詰められたらどうしよう」という僕のささやかな心配は、まったくの杞憂に終わった。
  
彼女のディビジョンは、東アフリカ地域(ケニア、タンザニア、モザンビーク、マダガスカル等)の国立公園及びそれに隣接する海域の保護を担当している。担当地域内にいくつかある保護区ごとに保全のための計画を立て、地元政府と合意を結んだ上で、WWFの現地事務所職員を動員して計画の遂行に当たっている。分野が限られているとはいえ、彼女のディビジョンのやっている業務は、行政のそれとほとんど変わりない。海上での違反者(密漁者)の取締りに当たっては、地元政府だけでなく、US-navyの助力も得ているとか。ここまで来ると、ある意味、米国政府の一部として機能している、と言えなくもない。
   
さらには、ケニア-タンザニア国境を越えて移動するゾウの生息域を保全するため、国境沿いに広がる両国の国立公園を一体的に保全する計画を作ってみたり、はたまた、保全プログラムの一環で地元住民が作った有機作物を、WWFのヨーロッパの支部が欧州各国で販売してみたりと、一国の行政機関には真似できない“政策”までやってのけている。また、自然環境だけでなく、地元住民の生活水準も改善するため、貧困問題を扱う国際NGO CARE と連携し、住民の生活と野生生物の保護とを一体的に保全・改善するプロジェクトも動かし始めているとのこと。こうなってくると、Non Government Organization と Governmet の差は、かなり相対的である。
   
なぜアメリカのNGOには、こんなにも実行力があるのか。もちろん、「カネがあるから」「ヒトがいるから」が直接の答えなのだが、なぜカネやヒトがNGOに集まるのか…とさかのぼって考えてくと、「この国の人たちにとって、政府とNGOとの間には絶対的な違いがないから」という答えに行きつくのではないかと思う。やや極端な言い方かもしれないが。
  
この国の政府は、もともと、NGOみたいなものから始まった。ヨーロッパから新大陸に渡ってきた人たちが、自分たちの暮らしをよりよくするために、自発的に設立した「自治会」がこの国の政府の原型であり、日本のように、元から「政府」や「お上」が鎮座ましましていたわけではない。
 
「建国の経緯は確かにそうかも知れないが、建国から既に200年以上がたった今では、そんな名残も消えているのでは」と思いつつアメリカに来てみたのだが、実際、こちらで暮らしていると、この国の政府(←連邦・州・地方いずれも)の「自治会」的性格に気づかされることが意外に多い。
  
NGOが非常に強力なのも、政府が「相対的」存在であることの裏返しなのではないか。そう考えると、日本にアメリカ流の強力なNGOがなかなか育たないのは、単に「NGOの歴史が短いから」ではなく、そもそも、国の成り立ちが違っているから、という気がしてくる。
  
それが善いとも悪いとも、なんとも言えないのだが、とりあえず、アフリカについて勉強しながら、アメリカについて思ったことであった。
Calvert House, DC, May 22, 25:19

Tuesday, May 19, 2009

China and Development in Africa

今日の授業のお題の一つは「アフリカの開発と中国」。以下、今日の読み物からの抜粋を。
  • アフリカ各国は、中国の経済成長とそれに伴う天然資源への需要増大から、大きな経済的利益を得ている。アフリカからの中国向け輸出額は、2000年から2005年までの5年間に、年平均48%の割合で増加。この増加率は、同期間の米国向け輸出増加率の2.5倍、EU向けの4倍。
  • 中国は、天然資源の購入にとどまらず、西側諸国が長らく手控えてきた分野(大規模インフラ、製造業、農業)への投資・支援も積極的に行っている。
  • 中国製の安い工業製品もアフリカ各国に大量に流入しており、衣料品などを中心に、アフリカの国内製品が市場から駆逐される事態も。
  • 中国系企業による工業製品の現地生産も行われているが、労働力・原材料とも中国本国から持ち込んでくるため、地元経済へのプラスの波及効果は限定的。
  • 中国の企業は国営(或いはその系列)であるため、各企業ごとに黒字を出す必要がなく、パッケージを組んで参入する(言わば「損して得取る」)ことが可能。更に、商談とaidのofferがセットになっていることも。OECDでは、こういった形でのdealを控えるよう取り決めしているが、OECD国でない中国には無関係。
  • 「十分な民主化がなされていない」などの理由で、西側各国やIMFなどの(西側)国際機関が援助を控えている、スーダン、アンゴラなどの国にも、中国は無条件で援助を行う。
  • 西側の援助の対象になりうる国にとっても、援助と引き換えにもろもろの条件をつけられ、かつ、手続き(環境アセスなども含めて)にやたらと時間がかかる西側の援助よりは、無条件かつ迅速に動いてくれる中国の方が便利。

これだけ読んでいると、「あぁ、やっぱり良貨は悪貨に駆逐されちゃうのね。。」と、思いそうになるのだが、事態はそんなに単純でもないようで…。

授業後、例の相部屋のべニン人のおじさんと、この件について話をしてみたところ、彼が言うのにも、やはり、中国のaidは迅速かつ効果的らしく、USAIDと違って被援助国が本当に望んでいるものを提供してくれるんだと言っておられた。地元に雇用を産み出さない(=労働者を本国から連れてくる)点については批判していたが、総じて言えば、中国から援助を受ける方が「より便利」なんだと。

また、アメリカの「民主主義の押付け」には、相当、嫌気がさしておられるご様子。彼自身、「自由と民主主義が大好きだ」と言いつつも、「民主主義にもいろんなフェイズがあるんであって、各国の発展段階にお構いなく、単純に“アメリカ流”を押し付けられるのはかなわん」という趣旨のことをおっしゃっておられた。(ちなみに、彼の出身国であるベニンは、20年の伝統を持つ安定した民主主義国家。)
   
ベニンでも、中国は積極的な投資・援助を行っていて、中国製品も盛んに流通しているとのこと。これといった天然資源のないベニンのこと、「何が彼らの狙いなんだろう?」とCさんに聞いてみたら、「市場だろうね」とのお答え。首都には、made by Chinaの巨大なサッカー場もあるらしい。ちなみに中国の援助は、USAIDやJICAのようなAgencyを通さず、大使館自らが取り仕切って行っているとのこと。
  
ゲストスピーカーで来ておられたCSISの研究員の方は、「中国の援助の仕方にはいろいろと問題もあるが、USAIDがここ20年の間に見失ってしまっていたpracticalityを多分に備えているのは否定できない。中国、アメリカ双方ともにお互いから学ぶべきところがある」とまとめておられた。言いたいことも分かるが、そんなにきれいにまとまる話ではないような気もする。中国については、他にもいろいろ書きたいことがあるのだが、明日も朝から授業なので、またの機会ということで。
Calvert House, DC, May 19, 25:21

Monday, May 18, 2009

Key Challenges to Development in Africa

African Development Seminar 2日目。今日から金曜日までは、朝から夕方まで、みっちり授業。

この講座、先生が講義することはほとんどなく、ゲストスピーカーのスピーチと、それを踏まえてのディスカッションが中心。今日は“Key Challenges to Development in Africa”というテーマの下、食料問題、感染症(主にマラリア、HIV/AIDS)対策、gender equity、気候変動への対応など、幅広い論点についての議論がなされた(←報告電かよ…)。
 
受講生は13人。うち、アフリカ出身者4人、ヨーロッパ人2人、アジア人が一人(=僕)で、残りはアメリカ人という構成。先生(女性)は、元国務省の役人で、元在ギニア大使という経歴をお持ちの方。genocide直後のルワンダ駐在も経験されたらしく、ルワンダ関係の著作もあるとか。とにかく、アフリカに関する知識が半端ない。
  
生徒の中では、行きの車を同乗してきたベニン人Cさんのお話が面白い。地元NGOで10年間働いていたというだけあって、単なるアフリカ擁護論でもなく、奥が深い。今日、一番印象に残った彼の話は、「aidのdonor国がしたいことと、受入国がして欲しいことはかみ合わないことが多い」というもの。donor国としては、自国内でのaccountabilityの問題もあり、一定期間で目に見える形の成果を挙げようとする。一方の受入国からしてみれば、いくら援助が入ろうと、これまでの長い積み重ねのある文化・習慣を短期間に変えるのは困難。そこにミスマッチが生まれる。donor国の国内事情も分かるのだが…とのこと。
 
開発の世界の皆さんからすれば常識的な話なのかもしれないが、僕的には、軽く目から鱗が落ちる思いがした。税金を使ってaidをする以上、何らかの「評価」は当然必要なのだろうが、評価のフレーミングが不味いと、遡って、政策そのものが歪んでしまう。aidに限らず、国内政策でも起こりうる問題だと思うが、こうなると完全に本末転倒。とかく、政策評価というのは大事なのはわかるが、そのやり方は難しい。
    
お昼休みには、秋インターンでお世話になる予定の機関に挨拶に行く。ボスになる予定の方がMaxwell almuniという話は聞いていたのだが、vacation中でお休みとのことで、同じチームの別の方にお会いさせていただくことに。お会いして少しお話するうちに、なんと、その方もMaxwel alumniであることが判明。 たまたまとは言え、Maxwell ネットワーク、恐るべし。
 
夜は夜で、世銀系の某機関で働いておられる日本人の方とお食事。アフリカの開発の話で盛り上がる。その方曰く、「『日本は輸出依存から脱却すべし』という議論はナンセンス。日本の生き残っていく道は、輸出と(その延長線上にある)直接投資(FDI)しかない。何年後かにはアフリカも発展の軌道に乗り、(援助ではなく)FDIの候補地の一つになる、はず」との由。安易な「輸出依存脱却」論よりも、僕としては、よほど合点のいくお話だった。
Calvert House, DC, May 18, 22:41

Sunday, May 17, 2009

African Development Seminar

一週間の短期集中講座、“African Development Seminar”が始まりました。今日(日曜日)から来週の土曜日までの7日間。基本的に毎日、「読み切れない」量のreadingが課されているので、とにかく読めるだけ読んで授業に臨む、という一週間になりそうです。そんなわけで、しばらくは更新も滞るかもしれませんが、元気にやってますのでご心配なく。でも、できるだけ、少しずつでも毎日、何か気付いたことを書くようにしたいと思ってます。

今日は、お昼に、職場の先輩から、中華料理をご馳走になり、夜には、先生以下、この講座の受講生みんなでエチオピア料理を食べにいって、確実に体重の増量に成功しました。最近、ほんとヤバいと思います。。。
Calvert House, DC, May 17, 21:42

Farewell Excursion, Side Effect, and Drive down to DC

久々に二日続けて投稿、サボってしまいました。今日はこの間の日記を。

【15日】
MPAの留学生メンバー(+アメリカ人若干名)で、お別れ遠足に。目的地は、Skaneatelesという、Syracuseから車で一時間くらいの湖畔の避暑地。地元名物レストランのfish & chipsをいただいた後、湖畔の芝生で、サッカー、フリスビー、記念撮影 etc. フリスビーが湖に落ちるというお約束付き(←その辺に浮かんでた木の枝のおかげで無事生還)。一緒に行った人たちのほとんどは一年コースなので、僕がGhanaから帰って来る前には卒業してしまう。みんなと、こんな風にのんびり遊べるのも最後かと思うと、いささか寂しいものが…。とはいえ、最高のお天気の下、木々の緑も湖の青も美しく、非常に素敵な一日でした。

と言っていたら、夜中ごろから、なんだか体調がおかしい。頭が痛く、ムカつきがあり、勉強に集中できない。うーん、疲れだろうか、風邪だろうか、それとももしや、豚!? と思っていたら、夕方に、腸チフスの経口ワクチンを飲んだことを思い出す。説明書きを改めてじっくり読んでみると、「よくある副作用」の症状と完全に合致していることが判明。と言ってる間に、気づいたら寝ていた。。

【16日】
体調不良は続き、DC行きの準備はなかなかはかどらず。予定では、前日までには荷物のパッキングも済んで、事前提出ペーパーを書きあげてるつもりだったんだけど。。。イマイチ体調の戻らないまま、午後1時に友人たちをピックアップし、車でDCに出発。車は僕のを出したのだが、体調不良ということで、運転は、他の二人にやってもらうことに(ありがたし)。

Penn Stateに入ったらあたりからなんとか体調も回復。同乗メンバーともぼちぼちしゃべり始める。今回のメンバーは、ナイジェリア人A君、べニン人Cさんと、アメリカ人のP君。アフリカのお二人は、僕と同じ、DCでのコースに出るためで、アメリカ人のP君は、単純にDCにいる彼女に会いに行くためとのこと。内輪ネタで恐縮だが、P君はGAOへの就職が決まっているらしく、彼曰く、彼のほかにもう一人MPAの中からGAOへの就職が決まった人がいるとのこと。また、他にも何人か、まだ選考過程に残っている人がいるそうだ。なんだかんだいって、アメリカ人の同級生たちはそれなりにFederalに就職するのだろうか、なんて思ってみたり。どうだろうか?

で、夜、DCに到着。今朝、事前レポートをようやく書きあげて提出。これから、DCの某先輩とランチをご一緒させていただき、今晩から、African Development Seminarのintensiveな一週間が始まります。
Calvert House, DC, May 17, 10:25