Sunday, March 24, 2013

生物多様性はなぜ必要か?

生物多様性はなぜ必要か?——我々、環境問題に携わる者にとって、この問いは、非常に基本的でありながら、なかなかストレートに答えられない問いでもある。

これについて、江崎保男は、その著書『自然を捉えなおす —競争とつながりの生態学—』の中で、次のように述べている。
とある研究会の席上のことでした。私たち鳥類を研究材料とする生態学者の大先輩である橘川次郎氏がこうおっしゃったのです。「受け入れるしかないのですよ。」このとき、はっとしました。そして「生物多様性は掟なのだ!」と思ったのです。(中略)生物多様性もあたりまえのように目の前にある進化の産物なのであり、人がこれまで生きつづけてこられた基盤であって、決して犯してはならない「掟」なのです。
なるほど…。無理筋の理屈をこねくり回すより、ある意味、「掟ですけど何か?」と言われた方が、説得力あるかもしれない。

Tuesday, March 19, 2013

里山学のすすめ

龍谷大学の宮浦富保先生にもらってきた『里山学のすすめ』(2007 丸山徳次・宮浦富保 編)なる書籍の序説で、丸山先生が「里山」という語について論じておられる。少しメモしておこうと思う。

「この語はすでに江戸時代に用いられてい」たが、1960年代、「高度経済成長を通して、農用林が、農業との関係を失い、薪炭から石油やガスへとエネルギーが大きく転換されることによって放置され、都市化の波に押されて宅地造成やゴルフ場建設によって破壊されてゆく」中で、森林生態学者 四手井綱英によって再発見された(四手井氏本人は自身の造語であると主張)。

しかし、「里山の研究となると、ようやく1980年代になって本格化」。守山弘、田端英雄、両名の功績が大。田端は、「貴重種をもち出しての運動では限界があり、貴重種が生息する自然の全体を保護する論理がどうしても必要になった。それが里山研究の始まりでもあった」と回顧している。1987年には、行政用語としても、初めて「里山」が登場(第4次全国総合開発計画)。1994年に策定された環境基本計画においては、「山地自然地域、平地自然地域、沿岸海域と並んで「里地自然地域」という用語が用いられ」た。

丸山先生曰く、里山とは「人の生活の場としての里と、生活にとってなくてはならないヤマとが組み合わさった地域生態系であり、人の暮らしがそこにおいて成り立っていたひとつの生活空間」。また、「里山とは「文化としての自然」であって、たんに自然科学のみの研究によって明らかになるものではない」とも。

Sunday, March 17, 2013

吉崎御坊

昨日は吉崎御坊へ。なかなかに曰く多き土地。

元はと言えば、浄土真宗中興の祖 蓮如上人が、北陸布教の拠点として15世紀に立ち上げた坊舎。一向一揆の根拠地となり、朝倉氏の返り討ちにあって攻め滅ぼされるも、18世紀、蓮如時代の寺山の麓に御坊を再興。ところが、この時代、本願寺は、既に西と東に分裂。両宗派が別々に建立する形となり、東御坊と西御坊は、旧御坊跡地(寺山の山頂部分)の帰属を巡って対立。結果、幕府の捌きにより、その部分だけ天領となる—というような一件も(今は、両派共有の地)。

その名残か、旧境内(寺山の頂上)に繋がる階段道は、東・西両別院の壁に囲まれた、なんとも歪な回廊。明治初期には、更にいろいろ顛末があったようで、お東さんの敷地の中には、「願慶寺」なる末寺と、東本願寺の別院が、別々に立地。敷地外には、近年の「お東騒動」の対立派閥が立ち上げた、蓮如上人の記念館まである。

兎にも角にも、ややこしく、それ故に、奥深い土地のようである。

Saturday, March 16, 2013

CPAC

全米保守派の年次総会“CPAC”(Conservative Political Action Conference)が開催中。今年の主要議題は「移民政策」。具体的には、現在、上院で審議されている移民制度の改正案に、乗るか反るか。この改正案が通れば、1100万人いると言われる不法移民(illegal immigrants)に一時就労ビザが与えられ、とりあえず「不法」状態ではなくなる。

なぜ保守派がそんなことを言い出したのかと言えば、ヒスパニック系の人口割合がいや増す中、従来通り、移民に厳しいスタンスを取り続けていては、この先、選挙に勝てなくなるという危機感から。

保守派内でまだまだ意見は割れているようであるが、そもそも、こうしたことが主要議論になるということ自体、米社会の中で、ヒスパニックの影響力が増しているということ。

Wednesday, March 13, 2013

black smoke

バチカンで、ベネディクト16世の後任を選ぶ教皇選挙(Conclave)始まる。115人の枢機卿たちの互選により、誰かが3分の2超の得票を得るまで、連日、投票を繰り返す。

しきたりにより、新教皇が決まったときには白い煙を、まだ決まらないときには、黒い煙を、それぞれ、システィーナ礼拝堂の煙突から出して、外部に知らせることになっている。前々回(1978年)のConclaveでは、白とも黒ともつかぬ灰色の煙が出て、混乱を招いたこともあったんだとか。それ以降、煙に黒い色をつけるため、特殊な薬品が使われている(wikipedia)。バチカンのしきたりも、今や、「ただただ昔ながらの作法を墨守します」では、世間様に許してもらえない。

Conlave初日の煙は、大方の予想通り「黒」。報道によると、今回の選挙は「本命不在」とのことで、白い煙が出てくるまでには、もう数日かかりそう。

Sunday, February 6, 2011

my new hobby

Yoyogi-Hachimangu, Tokyo
Yoyogi-Hachimangu, Tokyo, originally uploaded by ::baya::.

そろそろ新しい趣味でもと、夫婦揃って高級(←それなりに)自転車を購入。昨日納車で、今日、初ドライブ。職場に行く道すがら、少し遠回りして渋谷区の代々木八幡宮に参拝してみた。

八幡さまなので、祀られてているのは第15代応神天皇。武神であり、清和源氏の氏紙でもあった八幡神。ここ代々木八幡宮も非業の死を遂げた鎌倉第二代将軍源頼家の近習が、13世紀の初頭に起こしたものらしい。

本殿は、入母屋造・平入に千鳥破風&唐破風を施したもの。境内ではフリーマーケットが行われていた。いただいてきた「栞り」によると、この辺りはその昔「代々木九十九谷」とも呼ばれ、森の広がる広大な寒村だったそうな。「代々木」の地名の起こりについては、諸説あって、まだ定説がないらしい。

ちなみに今日のサイクリング距離は職場往復も入れて約20km。スポーツバイクはケツパッドをつけて乗らないと、なかなかにお尻に厳しいもんだということを身に沁みて実感。

Thursday, January 27, 2011

Obama orders review of regulations

Obamaが1月18日付のexecutive orderで連邦政府の機関に対して、規制の合理化・適正化を求め、GOPの人たちが、「EPAのGHG規制こそ、見直されるべき規制の最たるものだ」と叫んでいるというのが昨今の米国の情勢らしい。Obama自身、このGHG規制についてはan example of the "commonsense" だと言っているらしいが。[Guardian on January 18]

Saturday, January 22, 2011

something not readily available

「世の中には、調べれば簡単に知れる情報と、そうでないものとがある」とは、木曜日に呑んだ某先輩のお言葉。ちなみにその人は経済学者。「そうでないもの」=考え方、理論体系、思考法etc.。

帰国してからというもの、「そうでないもの」を養う機会が激減している。必要な時に「簡単に」入手できないものだからこそ、日頃から、少しずつでも摂取しておかないとね。

Sunday, January 16, 2011

toughest time for utilities

1月14日付のE&E TVで、World Resources Instituteのpresidentが電力会社の置かれた現状についてコメント。
the status quo is what's worse, because they have uncertainty about what is the price going to be attached to carbon, what's going to happen to conventional pollutants, a whole series of issues that significantly change the cost balance between gas, coal, nuclear, renewables and so forth. And they need that information because they're making billion-dollar investments in capital stocks that will be around for 20 years. EPA regulation will answer those questions. The best way to answer it would be Congressional legislation, but we don't have that. So a number of utilities are beginning to say, you know, actually, EPA regulation would be a lot better than nothing.
で、どの燃料に向かうかについては、“They're going to move toward gas. But I think we're going to see more wind as well.

Texas v. EPA

1月15日付のThe Dallas Morning News記事によると、Texas以外のすべての州は、1月2日施行のEPAのGHG規制に則って、permitを発行する体制を既に整えているか、そうでなくとも、体制整備が整い次第発行することにしているIn each state except Texas, state agencies are issuing the permits or will do so after their procedures are in place.)が、Texasだけは、今回の措置を「EPAの越権行為」だとして、同制度施行への協力を拒否、司法の場で争う姿勢を見せている。
 
同記事によると、既に裁判は始まっていて、今週、Texasは、DCの控訴院(Court of Appeals)で敗訴したとのこと。とりあえず、目下のニュース的注目は、EPAとTexas州の戦いに集中しているみたいだが、この制度そのものがどんな仕組みになっているのか、もう少し詳しく知りたい。

Saturday, January 15, 2011

Greenhouse-Gas Rule Exemption

EPAは、今年1月2日施行のGHG規制に、バイオマス発電所に係る適用除外を設けることにしたらしい。期間は三年間。[WSJ on January 13]

この判断については、賛否両論あるようだが、環境保護グループは、この判断に批判的だとWSJは伝えている。そもそも「バイオマス発電所は“carbon neutral”だ」という主張は怪しいし、かてて加えて、将来的には、(廃材ではなく)生きた木をそれように切り倒して燃料に使うようになるかも知れないから、というのがその理由らしい。

個人的には、施行してから適用除外を設けるという、EPAのやり方に驚かされる。いままさに建設準備中の発電所もあるはずだが、そういうところの事業者はこういう事態にどう対応するのだろうか?というか、そもそも、州によっては、具体の執行ルールをまだ整備できていないところもあるわけで、新聞記事の言う“went into effect”が実際のところ何を意味しているのかは、よくわからない。

Monday, January 10, 2011

New Climate Regs

久しぶりにアメリカの政策を調べてみたら、年明け早々にUS EPAが結構大きなタマをぶち上げていた。[ScienceInsider on 29 December 2010]

Clean Air Actで以て、発電所、精油所、大規模工場からのGHG排出を縛ろうというもの。年間10万t-CO2e以上のGHGを排出する施設を建設する場合には、今年の1月2日以降、州の許可が必要になる(というか、なっている。)。

ただ、この辺がアメリカの面白いというか、いい加減なところで、実際にどういうルールで以て許可を行うかは各州任せ。しかも、テキサスは、この制度への非協力を宣言するという、ありがちな展開になっている。

Monday, June 28, 2010

8310 miles

二年間連れ添った愛車とお別れしてきました。

個人売買も一応画策してみたのですが、修理屋さんで見てもらったところ、何気に結構ガタが来ていて、いろいろ修繕が必要であることが判明。買い手候補だった人(ていうか、うちの大家なんですけど)はそれ聞いて、購入を断念したので、まぁまぁな値段をつけてくれていたこの地域一番の巨大ディーラーに引き取ってもらうことにしました。買った時もそこだったので、CR-Vにしてみれば、里帰りみたいなもん。

後ろの席のドアのカギが変とか、運転席側のドアにサビが浮いてるとか、年相応に、こまごました不調はいくつか出ているものの、パッと見、そんなに古そうでもないし、何より、足回りは全く問題なかったので、おめかしされた後、数週間後には新しいパートナーを見つけて旅立っていくことでしょう。こっちはこんなに悲しんでるというのに、ほんと、薄情なヤツです。

今日の売却時点で、この車の通算走行距離は108,739マイル。買ったときは101,429マイルだったので、二年間で8,310マイル(=約13,000km)走ったことになります。まぁ、二ヶ月間、ガーナに行ってたり、DCでは、ほとんど週末にしか乗らなかったりしたので、アメリカにしては圧倒的に少ない距離。でもまぁ人生で初めて買った車にしては、よく乗ったんじゃないかと思います。
  
最初の秋は、このblogでもCR-Vのこと、結構愚痴ってましたが、今思えば、よく走ってくれた良い車でした。(立場上、燃費がそんなに良くなかったことはヒミツです。)
my room, Syracuse, June 28, 17:36

Sunday, June 27, 2010

よしなしごと

舌の根も乾かぬうちに、今週末のよしなしごとを。
 
土曜日は、昨日のblogを書いた後、DCからわざわざ出てきてくれたアメリカ人の友人と二人でサッカー観戦。アメリカ対ガーナ戦。普段、自分の生活圏を見渡しながら、「アメリカでは、ワールドカップはそこまで盛り上がっていない」と思っていたが、「盛り上がっていない」んじゃなくて、単純に、自分の周りに人がいなかっただけだということに気付く。大都会NYCでは、ワールドカップは立派に盛り上がっていた。
 
East Villageの数あるバーはどこも満席。しばらく探し歩いた末に、フィリピン・バー(=フィリピン系アメリカ人によるフィリピン系アメリカ人のための健全なバー)に着陸。試合結果は御存知の通り、延長戦の末に2-1でガーナの勝利。僕の友人氏含め、アメリカ人の皆さん(というか、店内は全員そう。何系のアメリカ人かはともかく)、一様に落ち込んでいたものの、立ち直りは至って早い。結局のところ、アメリカ人にとってのサッカーというスポーツは、昼間っから呑む口実にはなっても、そこまで本気で入れ込む対象ではない。友人氏は正直に、「サッカーは4年に1回、(ワールドカップの時だけ)観戦するもの」と言っていました。
  
その後、市内をぶらぶらし、友人氏に夕食を御馳走になった後(ごちそうさまです)、もう一人の方も合流して男三人で、タイムズスクエアのマリオットの最上階にある、展望バーへ。このバー、初めて行った(というか、そんなものがあるなんて全然知らなかった)のだが、マンハッタンのど真ん中からの夜景は、なかなかのもの。それだけに、結構良いお値段するのかと思いきや、入ってみると、中の雰囲気は、どこの街にもあるタワーモノのそれに近く(=basically観光客向け)、それゆえ、値段もそこまで高くはない。席に着くまで、多少待たされはしたが、基本的に予約も不要。この先、NYCに行かれる方には是非お勧め。友人氏の粋な計らいで、NYC最後の夜に、良い思い出をつくることが出来た。
  
そのまま、タイムズスクエアの隣にあるPort Authorityからgreyhoundバスに乗り、明け方6時にSyracuse到着。多少呑んでいたこともあってか、車中では一度のinterruptionもなく眠り続ける。まだまだ夜行バスで動けるなと、いらん自信を新たにする。
  
今日は、夕方から、同級生さんたちと一緒に、Syracuse Jazz Festを聞きに。Onondaga County主催の無料のイベントなのだが、かなり気合いが入っていて、オオトリには、かのNatalie Coleまでが登場する。僕にとっては、「名前は知ってるけど、なんて曲を歌ってるのかは知らない」くらいの人だったのだが、生で聞いてみると、その迫力たるや半端ない。
  

二年の間に、多少は耳が英語に慣れたせいか(ホンマか!?)、英語の歌詞の響きが、留学前より幾分、ハートに直接響くようになったような気もした(救いようなく主観的な意見でスイマセン)。帰国したら、今度こそ真面目にjazzを聞いてみようかと思ってみたり。まぁ穏やかでありながら、みんなが心底楽しんでいる、あの雰囲気は、アメリカ(の田舎)ならではなんだろうなぁーとも思いつつ。日本のjazzコンサートでは、こうはなんないだろなぁ。適当に言ってますけど。
  
明日からは、二年間のMaxwell生活、いよいよ最後の一週間です。
my room, Syracuse, June 27, 23:54

Saturday, June 26, 2010

NYC滞在中

NYC滞在中。帰国前のNYC訪問はこれが最後。残念ながら絵画を愛でる感性をどこかに置き忘れてしまった僕としては、今さら美術館巡りに躍起になるわけでもなく、人に会う以外はスタバでのんびり過ごしています。「あれ、お前、TOEFL受けてるはずじゃ??」――はい、正しいツッコミ。でも人生には時折、TOEFLよりも大事なものがある、といわけで。それが「徹夜カラオケ」ってのは救いようないけど。

最近、ブログの更新頻度が下がっているのは、忙しいからというより、書きたい気持ちが下がっているからだと思います。「考える」のは、とりあえず、もうこんなもんでいいかなと。いや、もうちょっと正確に言うと、また違ったアングルから考えていたりもするんですが、それを赤裸々に書くと、ちょっとじめじめし過ぎてしまうのでいかがなもんかなと。かと言って、MSJで、日常生活のよしなしごとを書く気にもならず。帰国してから、新装開店するならともかく、このblogは、そういうのじゃないかな、と。何のこだわりやねん、こらっ(笑)

ちゅうわけで、この後、帰国までに、何回くらいblog書くかはわかりませんが、何はともあれ、Syracuse生活も残り一週間というわけで。月~木、4日間の授業と金曜日の卒業式でおしまい。
NYC, June 26, 11:00

Monday, June 21, 2010

新学期のきざし

午前中で授業が終わった後、手続きやら何やらでキャンパス内を歩いていると、明らかに新入生らしい人たちを多数見かける。5月後半~6月前半の一か月間は、アメリカの大学が一番静かになる時期で、特にundergradの学生なんてキャンパス内ではほとんど見かけなかったが、そろそろ、サマースクールを受講する生徒たちがキャンパスに戻り始めている様子。
   
銀行で、口座の閉じ方を確認していたら、隣のブースには、ガチガチに緊張した面持ちで窓口の女性と向き合うアジア系の留学生が。それを見て、二年前は自分もあんなだったなぁと思い出す。いや、もっとひどかったかも。というか、あの英語力でよく銀行口座なんて作れたもんだと今振り返ってみて思う。とにかく、あの頃は、いろんなことが無茶苦茶だった(笑)
  
無茶苦茶で、毎日凹みまくっていたけれど、ここ十年くらいの中で、一番気持ちが晴々していたのもあの頃だった気がする。この先二年もあれば、何でも出来るんじゃないかという気持ちで日々過ごしていた。終わってみれば、もちろん、それは幻想で、二年で出来ることなんて限られているということを悟る。この感覚、ひょっとすると人生そのものにも通じるのかもなぁなんて思ってみる今日この頃。何日か前にも書いたけど、「何でもかんでも」欲しがるのではなく、与えられた予算制約の下で最大のことをするにはどうすればいいかと考える時期が来ている気がする。
  
超人でもないわが身。英語も、勉強も、旅行も、インターンも、パーティも、GAも…は出来ないですからね。留学と同じで、人生も、何を選んで何を捨てるか、そろそろちゃんと考えないとな。
my room, Syracuse, June 21, 16:02

思い出づくり

二年前に買ったまま、これまで一度も使う機会のなかった“Hiking New York”なる本を活用するべく、突然思い立って、ハイキングを企画してみた。行き先は、Syracuseから二時間ほど北東に走ったところにある、ちょっとしたトレイル。こんな「藪から棒」企画にお付き合いくださったのは、MPA/IRの二年目組アメリカ人の皆さんと、日本人MPA生の皆さん。ありがとうございます(って、ここで書いても前者の人たちには届かんな)。心配された雨に遭うこともなく、終日、気持ちいい快晴の下、いつになく健康的な一日を過ごしてきました。

ハイキングコースに向かう道すがら、wind firmの真っ只中を通過。規模がメチャクチャ大きかったので、これはもしやと思って帰って調べてみたら、やはり、NY州内最大のwind firmであることが判明。このwind firm、僕の書いた論文に、ダメな風力発電の例として登場するもの。建ても建てたり、195基の風車を建てたはいいが、作った電気を送りだす送電網容量が不足していて、ピーク時には電気を100%送り出せないというのが現状らしい(参考)。せっかく電気作ったのにね、残念…。
二年間連れ添った愛車、CR-Vとの遠乗りも今日のハイキングがたぶん最後。思いがけず、トレイルヘッドに繋がる最後の数mileが未舗装のダート道だったので、わざと水たまりのあるとこを選んで走ったりしながら、最初で最後の“RVらしい”走りを満喫してみました。そういう意味でも良い思い出を作れた一日。
my home, Syracuse, June 20, 25:37

Sunday, June 20, 2010

デカいにもほどがある。

同級生M君とのドライブ旅行第二弾。第一弾の報告、まだ書いてなかった気がするけど、まぁなんしか第二弾。

今日の行き先は、感覚的にはお隣(?)大学のCornellさん。農学、ホテル学、開発学etc.で世界にその名を轟かす名門中の名門。我がSyracuse大学とは、upstateの雄の座を二分する関係にある(と思っているのは、たぶんうちだけ。)
  
Cornell大学は相当な田舎に位置している。Syracuse在住の分際で何を抜かすか!と突っ込まれそうだが、はっきり言って、うちの比ではない。何せ、Cornell生にとっては、このSyracuseに「出て」来て買物するのがイベントになるというくらいだから、その田舎ぶりが察せようというもの。

そんなわけで、都会人bayaとしては、「いつかそのうち行ってやろう」「行けなかったらそれはそれでOK」くらいに思っているうち、いつしかその存在すら忘れかけていた。このたび、M君からの貴重なるお誘いを受け、ついに訪問する機会を得たわけだが、いざキャンパスに足を運んでみて、実物をこの目で見るなり、直観。

ワタクシ、見くびっておりました。

何はともあれ敷地がデカい。うちとCornellを同縮尺で比べると、うちの大学がかなり貧相に見えてしまう。
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実際、キャンパス内を歩いてみて、その広さと風格に圧倒されてしまったワタクシ(とM君)。学び舎の風格という意味では、これまで見てきたどの大学(Harvard、MIT、Columbia、NYU、Chicago U、Naval Academy、UC Berkley、GWU、AU)よりもCornellの方が上に感じられました。広いといっても、ただだだっ広いだけでなく、アイビーリーグの名にふさわしい気品を漂わせているところがこれまた素敵(←完全にやられちゃってる人)

ただ、問題は、結局元に戻るが、「田舎すぎる」ということだと思う。Syracuseもたいがいだが、Cornellで車がないと、移動の自由が本当になくて難儀すると思う。Ithacaの街からは完全に隔絶されているので、歩いてキャンパス外に出るのは事実上不可能だし、キャンパス内の移動にしても、車がないとかなりきつそう。学期中になれば、バスが頻繁に運行されはするんだろうけど。まぁそうやって荒さがしをしながら、Syracuse大の相対的な優位点を必死に探していた、というのが本当のところなのかも知れません…。
キャンパスの中を貫く渓谷の壮観
my room, Syracuse, June 19, 26:00

Friday, June 18, 2010

"No more war"

午前中に授業が終わった後、同級生たちと一緒に、paintballなるゲームをしに行ってきた。この競技、「○○ボール」と名乗って如何にも「球技ですよー」みたいな雰囲気を醸し出そうとしているが、なんてことはない、ただの銃撃戦ゴッコ。いや、「ただの」というわけでもなく、結構本格的な空気銃を使った撃ち合いを有無を言わせずやらされる。弾は、当たると弾けて塗料が飛び出すグミみたいな物体で、これに当たると結構痛い。

もちろん、フットボールやベースボールの類でないということは重々承知の上で参加したので、まったく文句は言えないのだが、「やっぱこの人たちとは何かが違うよね…」と改めて痛感する結果に。どこでそんなワザ覚えるんだよみたいな戦争映画顔負けの普段の文民生活ではまったく必要とされない動きを普通にやってのけたり、やたら統制の利いた作戦で有機的な攻撃をしかけてきたりするアメリカ軍(こっちは、非米連合)。要するに、「おいアメ公、お前ら、どんだけこの競技やりこんでんだよ!!」と言いたくなるわけ。

と思っていたら、僕らと入れ替わりで、お父さん(と思しきデブっちょなおじさん)に率いられた子供たち4、5人がpaintballを開始。年の頃なら小学生~中学生くらい。そして納得。彼らはこうして子どもの頃から訓練されてきたのかと(苦笑)

一応、断わっておくと、クラスのアメリカ人のみんながみんな、この遊びに興じているわけではない。むしろ、今日来ていたメンツは、どっちか言うと、普段の呑み会やらで見かけないメンツがわりあい多かった気もする。アメリカ人全員が撃ち合いゴッコに興じているわけではない、と。かといって、極レアってわけでもないみたいだけど(笑)

連戦に次ぐ連戦で、疲れ果てた日本人同級生の口から洩れた一言――“No more war!!” その言葉の重みが一段と身に沁みる一日でございました。まぁでも、一つの「アメリカ体験」という意味では、これもまた面白かったかな。
my home, Syracuse, June 17, 28:29

Thursday, June 17, 2010

考えつづければ答えは出るか?

たぶん育ってきた環境と、大人になってから出会った人の影響が大きいと思うんだけど、僕は、何か困ったことや不満なことがあると、その原因は何なんだろうかとひたすら考える習慣がある。まぁ、そんなことは、今さら本人が書かなくても、このblogをお読みの皆さんなら、お察しの通りかも知れません。

というか、そうすることしか能がないとも言えるし、そうしていればとりあえず安心できるみたいなところもある。特に、時間をふんだんに使えた留学期間中はそうだった。でも、それって、ある種の“信仰”なのかもなぁ…と、思い始めた今日この頃。「考えよ、さらば答えが与えられん」――ホンマか、と。

考えることが無益ではないこと、いろんなことをクソ真面目に考える姿勢が今の自分を形成してきたこと、その自分にある面では自信を持っていること――これらは全て本当だと思える。ただ、「考える」ことの“限界便益”も、他の財と同じようにきっと逓減していくはずで、だとすると、「とにかくひたすら考える」という姿勢は、有限なる資源の分配方法として賢い選択ではないはず。

ましてや、自分の“予算制約線”は、特に大きいわけでもない。「この人の才能には敵わんな」という人は、これまでの人生の中で何人も見てきた。それでも、これまでは、無理繰り、“予算制約線”を広げる方向で努力していたように思う。頑張っていればそのうち広がるんじゃないかと、自分のポテンシャルに過信していた部分もあったように思う。けど、やっぱり、この年にもなれば、そんなものは、そうそう大きく変わらない。むしろ、自分の“予算制約線”の大きさ(小ささ)を受け入れ、その中での利潤最大化を考える方が、現状と比べて得られるものは大きいような気がしてきた。

そう考えると(また考えてますが。笑)、「考える」ことに割く時間や労力はもっと減らした方が良いということになる。まぁ、何をするにももちろん何かは「考え」るんだろうけども、抽象的なテーマや、「理想」に近いような遠い遠い目標について考えるよりも、日々の仕事を如何に上手く捌くか、日々の生活を如何に楽しむかということの方に、もう少し意識を振り向けるべきなんじゃないかと。

同級生M君との会話や、Executive Leadershipの授業の中で感じたことです。
my home, Syracuse, June 16, 24:20